◻︎◻︎の試練
勝利を噛み締めつつも、みんな揃って床にへたり込んでしまっていた。というか寝転んでいた。
しょうがない。疲れ切ってるんだもの。もうしばらくは動きたくない。せめてMP回復するまでは休ませてくれ。
そう思ってたのに、
ピカッ
突然床が輝き出し、何かの魔法陣が空中に現れた。
「え、なに!?なんで光ってんの!?」
慌てて逃げようとしたけど出口はないままで、私たちはなす術なく光に呑まれていった。
「う〜・・・どこよここ」
目を開けたらそこは、どこまでもただただ白い空間だった。天井も壁もなく、白一色が視界の限りまで続いている。
すぐそばにみんながいたおかげで落ち着いてるけど、1人だったら慌てふためいてたかもしれない。
「よくぞ月夜神様の試練を潜り抜け、旧世界の大怨霊を打ち倒しましたね」
「誰?」
さっきまで、確かに誰もいなかった。あの女は一体いつ、どこから現れた?
透き通る白銀の髪に、宝石のような碧眼。金の刺繍が施された白い衣装と帽子を纏ってる。とてつもない美人。だがその背中には、汚れ1つない真白の翼が3対広がっていた。
E・O内で羽の生えた種族はいないはずだ。でも、こんなに人間により過ぎた外見のモンスターもありえない。てことは、NPCか?
それにしてもあの見た目。
「・・・天使みたい」
「ええ、その通り。私は月夜神様より、こちらの試練の管理を預かっている天使。ガブリールと申しますわ」
「本物だった」
というか、月夜神?まさか、そいつがダンジョン名の◻︎◻︎の部分の名前か?
「あの、月夜神、様ってどういう」
一応様付けしとこう。
「?貴方は第6層の大神殿で創世神話を聞いたのでは?」
「なにそれ知らないです。まだ第3層までしか解放されてないです」
なにそれ知らん。いやマジで。
「んん?んんん??」
人外の美人にめっっっちゃ凝視されるぅ。
「確かに、まだ1つの高位もしていないですわね」
「なんです高位って」
「上の階層に昇る試験を乗り越えることですわ」
階層ダンジョンって試験なんだ。確かにクリアしてない、っていうかダンジョンのあるランスにすらまだ行ってないわ。
「であれば、私が大神殿の者たちに代わり創世神話をお教えしましょう」
「あっはい」
なんか断れる流れじゃないし、ありがたく聴かせてもらおう。
かつて、天の世界に多くの神々がおりました。
神々は天の下にある、何も無い暗闇の世界へと降り立ちました。
空を作り、海を作り、大陸を作り、無であった場所に地上の世界を創造されたのです。
そして生み出した世界の住人たちも、お創りになりました。獣を、虫を、魚を。そして多様な種の人を、創られました。
神々はそれらの全てを愛しましたが、神の召使たる天使の姿を元に創られた人を、特別慈しみました。
神々の庇護のもと、人は成長し、自ら多くを生み出すようになりました。
ある日、とある神が言ったのです。
「我らがいては、人の成長を妨げてしまう。この地を離れ見守りましょう」と。
他の神たちもその意見に賛同を示し、多くの天使を連れ地上を離れ、天の世界へと昇りました。
神のいなくなった後も、神々の願い通り、人は成長を続けました。
しかしある時、彼らは争うようになりました。
見た目が違う、力が違う、種族が違うからと。
神の創られたその身に、貴賎はないというのに。
天より見守る神々は悲しみましたが、人を信じて争いの終わりを待ちました。
しかし、そのような日は訪れません。
幾年も、幾十年も、幾百年も争いは続きました。
そしてついに、厄災が起きてしまいました。
流され続けた血は呪いとなり地に染み込み、悲しみと憎しみの怨嗟が世界に満ちてしまったのです。
生けるモノも、死したモノも、動かぬモノも、多くが呪いによってその身を変え、世界を荒らし始めました。
このままでは全てが壊れてしまうと、ついに神々が動き、呪いは鎮められました。
しかし、その身を魔へと変貌させてしまったモノたちは、元通りには戻りませんでした。溢れた負の力の全ては、消し去ることができませんでした。
神々は、世界を作り直しました。
元の世界を幾枚も切り取り重ねました。
強き者を上へ、弱き者たちを下へ。
力を示し試験を乗り越えたものだけが、上に昇ることができるようにしました。理性のあるものだけが、下へと降りられるようにしました。
そして、それぞれの層の中ある自身の領域の奥に、怨嗟を封じ込めました。
人々の業によって生まれた負の力は、人にしか癒すことができないからです。
そうして、新世界は廻り始めました。
歴史を繰り返さないため、旧世界の出来事は大神殿にのみ伝えられるようにされました。
ここまで話して、ガブリールはパンっと手を叩いた。
「じゃあ、さっきの旧世界の大怨霊って・・・そもそも地下4階自体が」
「ええ、あれこそが月夜神様の領域内に封じられた怨嗟。その化身ですわ。地下4階もまた、土地ごと封じられた旧世界の面影にございます」
つまり、ドロップした品物とかもかつての時代の人の所持品であってたんだ。
「あの、この、新世界?にとって重大そうな場所なんですけど、私来ちゃって大丈夫なやつですか?」
「問題はございませんわ。私は貴方を、あなた方を待ち望んでいたのですから」
「へ?」
「怨嗟を浄化するのは人でなければなりません。しかし、かつてとは大きく変わってしまった新世界の人々では、浄化することができないのです」
イグドラスールのNPCじゃダメと。だからプレイヤーを?でもそれだと、プレイヤーが旧世界の住人になるんだけど。
「呪いを鎮めた際、まだ魔に侵されていなかった多くの魂が保護されました。神々はそれらを生まれ変わらせ、彼らに浄化を任せることにしたのです」
彼女はニッコリと笑い、両腕を広げて言った。
「ここは神が過ちを犯した人々に用意した試練の場にして、神の領域そのもの。
全ての試練の場へと訪れ、怨嗟を浄化すること。それこそがこの世界に連れてこられた、否、帰ってきた貴方たちの使命なのですわ」
確か聖域に参詣したり、聖なるものにより近づこうとすることを巡礼っていうんだっけ。
ここは神の領域。最も神に近い場所と言えるかもしれない。
そんで、これと同じような場所が他にも何箇所もあって、プレイヤーはそれら全てを巡ることを求められている。
つまり、巡礼の旅人なわけだ。私たちは。
「それにしても、まさか初めて試練を乗り越えた方が此処を探して訪れたわけではないとは、驚きましたわ。どうやら正規の入り口以外から入られた様ですし」
「ちょっと待って」
え、正規の入り口?
いや、あんな泥池がちゃんとした入口なわけないか。うん。そうなんだけど。・・・・・・なんだろう、釈然としない。
「正規って、どこに」
「大神殿にてそれぞれの神の紋の刻まれた魔法陣を入手し、それを特定の場所、此処でしたら池の淵ですね。そこで取り出し魔力を流すと、中へと入る扉が現れますわ」
・・・潜らなくていいんだぁ。あそこ。
「あの、今の私ってもしかして侵入者になってます?」
「ご安心くださいませ。あくまで正規の道がそれだというだけですわ。むしろ貴方の通った道は、月夜神様があえて用意した裏口のようなもの。それを見つけ出した慧眼を称賛こそすれ、糾弾することはありません」
「あっそうなんだ」
神様も裏口とか作るんだ。
「それに裏口を通ったおかげで、試練の負荷も回避したようですね」
「なんですそれ」
負荷?
「試練に挑むにあたって貴方方にかけられる力の制限ですわ。試練を用意した神の加護を持たない者が扉を潜ると掛けられるものです。
この月夜神様の試練ですと『レベル半減』でした」
「え"」
「当然その間の成長もなかったことになりますわ。スキルはそのままですし、あくまで一時的な半減なのでレベルアップに必要な経験値もそのままですが」
「えっっっぐ!!!」
基礎ステータスの成長ポイントは、レベルが上になる程獲得量が増える。それの消失ってことは、戦力半減どころじゃ済まない。神の試練やばー!
でもだからか。私みたいに弱っちいのでもクリアできたのは、潜ってる間に半減を想定した適正レベルにまでなっていたから。
じゃなかったら、第6層まで行ってることが前提のダンジョンなんて普通無理だよな。
「そういえば、月夜神様ってどんな神様なんですか」
「闇の属性を司り、日の届かぬ深淵も月光で照らす、心優しき神ですわ」
なるほど。名前の通り、月のある夜の神様か。
神様はそれぞれ、司る属性があるのかな。
「それでは、試練を突破された貴方に褒賞を与えましょう」
ダンジョン攻略報酬だ!
報酬には2種類ある。
プレイヤーの中で初めてクリアした初回攻略報酬と、自分が初めてクリアした初回クリア報酬。
それ以後は攻略してもラスボスのドロップしか手に入らないけど、その分この2つが豪華らしい。
今回私は2つとも貰えるはずだ!
「ではまずコチラを」
ガブリールが手をかざすと、私の体を黒い光が包み、10秒ほどで消えていった。
「月夜神様の加護にございますわ。主人の貴方を通して使い魔にも加護は降り注ぎますから、ご安心を」
そして目の前に何かの模様が描かれた羊皮紙が現れる。
中心部分が月をモチーフにしてる模様っぽい。
「あとコチラも。月夜神様の紋の陣です。本来は第神殿にて自ら書き写すものですが、此処でお渡ししましょう」
「ありがとうございます!」
これがあればもう此処に入るために泥に塗れなくて済む!
「続いてコレをどうぞ」
目の前にポンっと宝箱が現れた。
本物の宝箱だー!偽物ばっかり見てきたからかな、すっごい感動。
さっそく開けてみる。
「中身は〜」
『100,000,000C』
『ミスリル(英雄級)×10』
『宵闇結晶(英雄級)×5』
『月の欠片(英雄級)』
『月の涙(英雄級)』
『星屑のローブ(神級)』
「ふぁ!?」
1億C!?それに英雄級のアイテムが4種類もある!
ていうか装備品の神級って何?そんなの聞いたことないんだけどお!
「神級とはその名の通り、神の権能により生み出された品物を示す言葉ですわ。英雄級は人のたどり着ける限界ですね。英雄級も素晴らしくはありますが、格が違うと言わざるをえません」
じゃあ普通にやってたら手に入らないってことじゃね。・・・とんでもない物が手に入ってしまった。
「では最後に、裏口を見つけたご褒美ですわね・・・貴方はテイマーのようですが、どの使い魔を最も愛されてますか?」
「え?」
まだ貰えんのは嬉しいけど、どの子を最もって。
「く、比べられるようなもんじゃない!みんな大切で大事な家族だ!!」
敬語も忘れて、咄嗟に言ってしまった。
これでご褒美没収になったらどうしよ。いや、でも看破できる問題じゃないし。
「なるほど、良い心掛けですわ。では最も長く使い魔をしている者に合わせましょう」
あ、よかった。怒ってない。
最長っていうならリリスになるけど、もしかして使い魔用の装備品とかくれるのかな?
ガブリールの両手の上に光の塊が現れ、それが私の元へと飛んで来る。
目の前で落ちそうになったから受け止めたら、それはぬいぐるみになっていた。
ぬいぐるみ?
「神のお創りになった、完璧な存在たる私をモチーフとしたぬいぐるみですわ」
彼女の姿をデフォルメしたような、クレーンゲームにありそうな30cmくらいのぬいぐるみ。
『エンジェルぬいぬい モデル・ガブリール(神級)』
ちゃんと神級なんだコレで。というかなんだぬいぬいって。
「えっと、あの・・・ありがとうございます」
「ふふふ・・・では貴方を元の場所へと帰しましょう」
「あ、はい」
白い空間に来る直前と同じ魔法陣が構築されていく。
「今後も良く勤め、使命をまっとうなされるように。それではまたいつか、お元気で」




