50話 守護者
ディストリアより東 シリウス北東側
かつて栄えた痕跡を残すように、壁がひび割れて所々が崩壊した石造りの家で休憩する。
シリウスより東側は、最前線から波状に広がる土地汚染の影響で半ば不毛の大地となっている。ここより東は年中雪が降り続ける極寒の大地となり、その歪性が垣間見える。
アインは息を吐く。「はあ、ここは何もないな。魔物は居れど他の動物とかはほぼいないし。こんな殺風景な場所に2人だけってさすがに気が滅入るよ…」と呟く。
近くで聞いていた女性は「そんなことを言うな。ポラリス様の話によれば、そのうちシンも合流する。シャルロットは、まあ…。ポラリス様が許せば来るだろうが、どちらにせよ、そのうち援軍も来る。この旅路も折り返し地点は超えた。あと少しだ」と淡々と返す。
アインは「そうだね…」と力無く返事し、「じゃあ、休憩もしたし先に進もうか」と立ち上がる。
それに合わせて、もたれていた壁から体を離し、「ああ。そうしよう。」と衣服を整える。
二人が建物から出ようとした瞬間だった。溢れ出る殺気を感じ、同時に出来うる限りの回避行動をとる。2人が動いたのと同時に、建物の入り口には、電撃の軌跡が煌めく。その光を認識した瞬間、入り口周辺は塵と消える。そして、そこには人型のシルエットに全身が鎧のような見た目の敵が立っていた。頭部は金属で覆われ、角ばった兜の正面は2段になっており、額部分が長めの台形で出っ張り、顎部分は額よりも低めの出っ張りが見て取れ、獰猛な動物が下を向きながら口を開いたようであった。そして、その二つの出っ張りの間からは不気味な赤い光が漏れており、獲物を舐るように揺らめく。
アインとサジは咄嗟の判断によって直撃は免れたが、広範囲の衝撃に弾き飛ばされ、壁に打ち付けられる。そのまま壁を擦るように床に座り、目の前の生命体を見る。
鋼鉄の敵対者はゆっくりと赤い光をこちらに向け、「敵性体確認。排除執行」と濁った機械音を発して地面を蹴る。それと同時に、小さな機械音を放ちながら両前腕部から手背の方向へ滑らかな刃が滑り出すように露わとなる。
真っ先に視線を向けられたアインは体勢が整わないままに側転し、鋼鉄の敵対者の攻撃を回避する。直後、彼の背後は無残に切り刻まれ、レンガ調の壁はバラバラと崩れ去る。その先で静かに佇む鋼鉄の敵対者は静かに振り返り、アインの方へ再び接近する。
アインは黒剣を取り出し、緋色の光を血管のように巡らせて敵対者に振るう。敵対者は片手で簡単に受け止め、ものすごい力で地面に叩きつける。アインは強烈な力にバランスを崩す。そして、一瞬視線が離れた瞬間、敵対者は滑らかに転身し、力強い回し蹴りをアインに叩き込む。瞬きもしないうちにアインの体は建物の外に勢いよく突き抜け、硬い地面が彼を迎える。敵対者の前には、地面に突き立てられた黒剣だけが残った。
敵対者はそれを気にも留めず、両手にクロスボウを構えたサジの方を見る。サジは両手を振るい、クロスボウを煌めかせて敵対者に向ける。そして、暴風雨の如く矢を浴びせる。
白煙が舞い、サジは静かに両手を降ろす。しかし、次の瞬間彼は殺気を察知して体を動かそうとする。しかし、彼女の指一つが動くよりも速く、敵対者が彼女の間近に迫る。敵対者は体を捻り、両手で同じ軌道を取るようにサジの胴体を切りつける。真正面から大きな一撃を受け、彼女は力なく吹き飛ぶ。
アインが顔を上げると、建物から一つの影が飛び出す。その影は力なく地面を滑り、アインの近くで止まる。アインはその影を見て目を見開き、すぐに立ち上がる。
アインは咄嗟に彼に駆け寄り、「サジさんッ!」と大きな声で叫ぶ。反応のない彼女を見て、すぐにポーチから血石を取り出して彼女の前で割る。淡い光が彼女を包み、治癒が開始される。
アインは建物の方を振り向き、ゆっくりと近寄ってくる悪魔を見つめる。立ち上がり、黒剣を手に取る。彼は緋色の力を限界まで巡らせ、冷や汗を流す。
悪魔が静かに刃を構え、地面を蹴ろうとした次の瞬間だった。「スィフィルッ!何してるのっ!」と少女の声が響き、悪魔の動きが止まる。
少女は建物の陰から顔を出して怯えている。少女は静かに口を開き、「スィフィル…?その人達は…?」と敵対者に尋ねる。
鋼鉄の敵対者は静かに少女の方を向き、「サラーサ。彼らはこの地を荒らす敵対者だ。この地を荒らすものはサラーサを傷つける。故に排除する必要がある」と淡々と答える。
サラーサは困った表情のまま恐る恐るこちらに出てくる。「スィフィル。この人達は今までの人達とは違う気がするわ。しっかり見て…」と二人を指さす。
スィフィルはアイン達の方へ光を向け、「スキャン開始……肯定。確かにこの地に残った資材や貴重品を略奪しているわけではないようだ。しかし、この場所で過ごす仲間を彼らは殺している。彼らは私達を理解しようとはしない」と淡々と答える。
サラーサは首を横に振り、「それは違うわ。彼らが戦ったのはこちらが挑んでしまったからよ。スィフィルは皆の居場所が分かるのでしょう?彼らは本当に皆をやっつける為にここにきていると思う?」と尋ねる。
スィフィルは動きを止め、少し時間を置いた後「否定。彼らはここから西。ディストリアより侵攻を開始している。しかし、彼らは我らの同胞を避けるように迂回を繰り返しながら行動している。排除されたのは彼らを追撃したもののみだ」と答える。
サラーサは満足したように頷き、「ねっ?この人達は悪い人たちじゃないと思うの。だから…」といってサジの元に駆け寄る。
アインは理解が追いつかないといった表情で立ち尽くしていたが、咄嗟に彼女の前に立ちはだかる。次の瞬間、アインの首元にはスィフィルの刃が当てられた。
サラーサは困った表情でアインを見つめ、「通してくださいますか?お兄さん。サラーサにそこで倒れているお姉さんの治療をさせて欲しいのです。スィフィルの勘違いで貴方達を傷つけてしまったのですから」と静かに尋ねる。
アインは驚いたように目を見開き、サラーサを見つめた後に静かに道を譲る。サラーサは嬉しそうに微笑み、「ありがとうございます。お兄さん」とアインに伝える。スィフィルも腕を降ろし、彼女を見守る。
サラーサはサジの隣で屈み、自身の心臓に手を当てる。彼女の手は白銀の光を纏い始める。サラーサはその光をサジに与え、静かに見守る。すると、血石ではほとんど回復していなかった傷が見る見るうちに塞がり、彼の呼吸が落ち着いていく。
アインは驚き、「その力は…?」と呟く。
サラーサは立ち上がってアインを見上げ、「これでこの方は大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」と言ってぺこりと頭を下げる。
スィフィルの方へ視線を向け「行きましょう?皆が待ってますよ」と歩き出す。
アインは咄嗟に「あのっ」と声をかける。
サラーサはその言葉に立ち止まって振り返り、「どうかしましたか?」と首を傾げる。
「君たちは何処に行くの?」
サラーサは「うーん」と唸った後、「皆のところです。この辺りは獰猛な魔物も出ます。私達が守ってあげないといけませんので」と答える。
「皆って?もし誰かいるのなら、僕達も付いて行ってもいいかな。この辺の地理は詳しくないんだ」とサラーサに頼む。
サラーサはスィフィルの方に視線を一瞬向けてから困ったような表情を見せ、「えっと…その…」と口籠る。
スィフィルが顔を上げ、「アイン。サラーサは迷っているようだ。悪いが時間を貰えるか」と提案する。
アインは頷き、「困らせてしまってごめんね。もちろん、難しかったら大丈夫だから…」と申し訳なさそうに謝罪する。
サラーサは困ったように「そんな、すぐに返答できなくてすみません…」と口籠る。
スィフィルがアインの方へ光を向け、「質問。アインはどうしてここに来た」と尋ねる。
アインはスィフィルの方へ視線を上げ、「僕達は、ここからさらに東。分断地の方へ行こうとしてたんだ。ポラリスの話によれば、そこには英雄が残した遺物があるんだって」と素直に答える。
二人はそれを聞いて目を合わせ、「その回答には驚きを隠せない。我らは長い間この地に住むが、そのような話をした者は初めてだ」とスィフィルは返す。
アインは首を傾げ、「僕たち以外にここに来た人がいたの?」と尋ねる。
スィフィルは頷き、「肯定。ここは貴重な物資が多く眠る地。故にそれを狙ったならず者がこの地を荒らす。それを私は排除している」と答える
「そんな危険な場所に、2人はどうして留まってるの?」
スィフィルはアインに光を向け、「ここは我が生み出された地。サラーサと出会った地でもある。ここは昔、緑豊かな穏やかな土地であった。だが、時が経つにつれ汚染が進み、魔物の侵攻も増えた。栄えた村々は一つ、また一つと放棄されていった。そうして人気のなくなったこの地で、まだ赤子だったサラーサを見つけた。彼女は、我の巡回ルート上の荒れた山道の道端で泣いていた。彼女の保護者を探すため、周辺を捜索していた時だった。楽園を見つけたのは。我はそこを守護し、泣き虫のサラーサや原生動物達と共に生きてきた。我らは現在も、彼らと共存する為にここに留まっているのだ。彼らには我らが必要で、我らにも彼らが必要なのだ」と説明する。
サラーサは恥ずかしそうに睨む。「スィフィル~ッ!なんで泣き虫って強調するのっ!?そこは言わなくてもいいのにっ!」と頬を膨らませる。
スィフィルは焦ったようにサラーサの方へ光を向け、「申し訳ない。配慮が足りなかった。だが、赤子が泣くことは恥ずかしい事ではないと判断するが…」としょんぼりと頭を下げる。
「もうっ、小さい時の事はいいのっ」と腰に手を当ててスィフィルの方を見上げる。巨大なスィフィルが、一瞬だけサラーサより小さく見えた…。
サラーサは、しょげるスィフィルを他所にアインの方へ向き直り、「アインさん、さっきスィフィルが言ったとおりサラーサはスィフィルに育てられました。なので、こうやって普通に話せる方の到来はとても嬉しく思います。ですが、ここは無法地帯にも等しい荒れた地です。ここに訪れた人々は身勝手に略奪し、スィフィルの友達や動物たちを蹂躙していきました。サラーサ達はそういった方々を多く見てきました」と言って少し俯き、決意したように顔をあげ、「ですので、申し訳ありませんがアインさん達を簡単に信頼する事はできません。貴方達が目指す場所は、私達の住む場所と違うようです。私達は干渉致しませんので、なるべく早くにここを抜けていってください」と途中から震えた声でサラーサはアインに伝える。
アインはサラーサの視線に合わせるように屈み、「わかった。僕達は先を急ぐ事にするね。ありがとう、サラーサ」と微笑む。
サラーサは寂しそうな表情を見せ、「いえ、お力になれず申し訳ありません」とアインに返す。
アインはもう一度感謝を述べ、サジの元に向かう。意識の戻らない彼女を抱え、「それじゃ、2人とも元気でね」と笑いかけて先を急ぐ。
2人はその背中を静かに見送った。
エーデルコード トーテルス
サラーサ達と別れた後、サジも意識を取り戻し、2人は足早に行軍していた。
ディストリアからかなりの距離を進み、エーデルコードと呼ばれるサラーサ達の故郷の中心となっていた街の一つである、トーテルスという小さな町の廃墟に差し掛かった時であった。
アインが急に足を止め、サジも合わせる。「何か…様子が変だ…」とアインが呟き、剣をとる。サジもクロスボウを両手に取り出して警戒態勢を取る。
次の瞬間、近くの建物の屋上から、二つの人影がアインの前でクロスする。アインは咄嗟に反応して剣を前に出していたものの、とてつもない威力と衝撃に吹き飛ばされる。顔を上げると、体躯ほどの大きさの大剣を静かに構える長髪の男性と扱いやすそうな大剣を構える男性が立っていた。




