49話 動き出す思惑
ディストリア 北
トートよりさらに北側。遥か昔から穏やかな気候に恵まれたリゾート地。今は人っ子一人住まないこの美しい土地から見える海を、静かに少女は眺める。その横に、スッと大男が立つ。
少女は彼の方を見ず、「大丈夫だった?シン」と声をかける。
シンはああ。と答え、「ギリギリ間に合ったようだ。死者は出ていない。全く、急なことをしてくれる」とうんざりした様子だ。
少女は申し訳なさそうに笑ったあと、「だって、彼が動くって気づけたのがギリギリだったんだもんっ。私も万能じゃないんだよっ」と言い訳する。
シンはその様子を気にする素振りもせず、「だが、彼らの行動は疑問が残るな。生徒会は何故あそこに居た?俺の動きを知っていたのか?それとも、ダンの動きを知っていたのか?」と尋ねる。
少女はお気楽な様子で「さあねぇ」と呟き、「まあ、ダンくんが動いたってことは彼らの範疇ではないってことだろうし、シンの情報が漏れたのかなあ」と首を傾げる。
シンは溜息を吐き、「なら、尚更慎重に動いた方がいい。貴方も予想してたが、俺達の立場はかなり厳しいものだ。連邦議会がどう動くかは想像できるが、ゾディアック達は命令以外で動かないわけじゃない。今回もそうだったようにな」と提言する。
少女は頷き、「それはそうだね。ダン君が動いたってことはゾディアック達は動きを見せようとしてるってことだ。そして、その狙いは生徒会。私達は生徒会メンバーを失うわけにいかないけど、下手に動くと議会の話のネタにされちゃう。正義の味方は辛いねえ」と言ってバタッと倒れこむ。
シンは少女を見下ろし、「それで、次はどうするおつもりで?」と淡々と尋ねる。
少女は「うーん」と悩んだ後、「とりあえずは何もしない。サジとアイン君達の手伝いしながら、アーツバルトに向かうのを優先するつもりだよ」と答える。
シンは複雑な表情を見せ、「それでいいのか?議会の任務やゾディアック達の動きから見て、生徒会メンバーはかなり危険な状況だと見るが」と反論する。
少女は口角を上げ、「大丈夫だよ。だってほら、シンは彼女と会ったでしょ?アイン君のお仲間の女の子。あの事件の時、一人だけ君の事を見た子がさ」とヒントを与える。
シンは少し考えた後に目を開け、「確かに会ったな。ブロンド髪の赤いリボンの少女。最後にアインを見送った子だな」と答える。
少女は「おーっ」と拍手しながら笑い、「そう、その子。私の予想ではね。彼女がキッカケになってくれると思うんだ。私達がどういう存在で。アイン君が何故私達の元に来たのか。彼女は答えに辿り着けるはずだよ」と期待を込めるように微笑む。
シンは納得したように頷き、「そこまで言うのであれば大丈夫なのだろう。じゃあ、俺はシャルロットと共にアイン達に加勢に行くとしよう」と歩き出そうとする。
すると少女はプクーっとむくれ、「シャルちゃん連れて行くのかいー…?あの子はここに居てほしいなぁーーー…」と駄々をこねる。
シンは溜息を吐き、「ダメだ。彼女をいつまでも貴方に付き合わせるわけにもいかない。それに、貴方はもう少し昔のように威厳を見せるよう努力して下さい。今の貴方を彼が見たら失望するでしょう」と厳しく伝える。
少女は「やだやだやだーっ」と駄々をこね続けていたが、シンはそのまま無視して近くの家屋に向かう。
その様子を見送り、彼女は静かに体を起こす。「はあ…。そうだよねえ。もう何年たったかなあ…。もうすぐ会えるよ、君の旧友にね。君が全てを賭けて作り出したものだ。約束は守るさ」と呟く。
シンは扉をノックして部屋に入る。「シャルロット。アイン達の手伝いに行こう。ポラリス様の許可は得てる」と声をかける。
部屋を掃除していた彼女の手が止まり、「本当ですか!?」とシンに詰め寄る。
シンはそっと距離を取り、「ああ。元より彼と共にいて欲しくて連れてきたんだ。さあ、付いてきてくれ」とシャルロットを誘う。
彼女はパッと明るい表情となって頷き、「準備してきますっ」とパタパタと部屋を後にする。彼女がいた部屋は、ピカピカと輝いて見えた。
シンはそれを見て「いつものことながら流石だな…。どこで覚えたんだか」と口元を緩ませながら呟く。
時間を潰していると、パタパタと人が近寄る音が聞こえてくる。シンはゆっくりと立ち上がり、赤いマフラーを巻いてノーツコア学園の制服を身に纏ったシャルロットを迎える。
シンは少し困った表情で「それで行くのか?制服じゃなくてもポラリス様が色々準備してくれてただろ」と首を傾げる。
シャルロットは少し顔を赤らめ、「いいんですっ。ポラリス様が選んでくださった物はちょっと、その…可愛すぎましたので…。それに…露出も多くって…」と恥ずかしそうに俯く。
シンは慌てて「そ、そうか。シャルロットがいいならそれでいいんだ。じゃあ、行くぞ」と気を取り直して声をかける。
シャルロットは嬉しそうに頷き、シンの後を続く。
???
薄暗い会議室で一人座る白スーツの男は、今回の顛末を静かに確認していた。「チッ…。まさか奴が動くとはな…。今回はどちらも被害は出なかったが、まあいい…。奴の対処はゾディアックにさせれば問題ない。それよりも…」と口元を緩ませ、地図を見下ろす。そこには、ディストリアから東に進み続ける赤い点が映し出されていた。「アイン・リーティス…。クククッ…。貴様からその地に踏み込むとはな…」
議長は手元に置いていた無線の電源を入れる。
???
いつも通りのくそったれな最前線。誰も知らないもう一つの地獄。
崩れかけた廃墟の中に静かに座る5人の若い男女。それぞれが静かに、ただ俯いて次の戦闘に備える。
時間が過ぎ、地響きが聞こえる。若い男が立ち上がり、「行くぞ」と呟く。他の四人も静かに立ち上がり、彼に続く。
5人の戦士は静かに心臓兵器を取り出し、悪魔たちの到来を待つ。
中央に立つ一番初めに立った男が煙草を捨て、「今日は一段と多いこって…。全く嫌になるぜ」とダルそうに頭を掻く。
隣に立つ女性は、「そう?いつも通りじゃない?まあ、終わりが見えないのは辛いけどね」と乾いた笑いを吐き出す。
近くでストレッチを始めていた小柄の男が二人を見上げ、「そんだけここの戦力も減ってきたってことっすかねえ。今回たくさん出して、もう後はありませんってね」とへらへらと笑う
小柄な男の後ろで静かに杖を取り出した少女が、「ハヤテさん、またそんなこと言って」とため息を吐いた後、中央の二人に視線を移し、「ここ数日で敵の数は増える一方です。こちらの戦力は申し分ありませんが、対策を取らないといずれここも陥落してしまいますね」と伝える。
中央の男性が顔だけ振り返り、「まあ、そうだな。でもまあ、この感じだと直近でくたばるってこたあない。先の事なんか考えても仕方ねえからな。気楽に行こうぜ」と笑いかける。
杖を持った女性は溜息を吐き、「アラタさんはいつもこれだから…。セリアさんもなんか言ってやってくださいよーっ」とアラタの隣に立っている女性に声をかける。
セリアはふふっと軽く笑いながら振り向き、「そりゃあ難しいわ。リーシャも知ってるでしょ?アラタに何言っても無駄なのよ」と微笑む。
リーシャはええーっと残念そうに漏らした後、「まあ、アラタさんは今日の事しか考えてないポンコツですもんね…」と納得する。
アラタは焦ったように振り返り、「リーシャさん?その納得の仕方はひどくねえかな…」と苦笑する。
リーシャはその反応を見て「本当の事ですもんっ」と追撃する。
アラタはそれを聞いて「そんなあ」と項垂れる。
そんな他愛もない談笑を鋭く切り裂くように、「おい、無駄話は終わりだ。来るぞ」と低い声が響き、自分の体躯ほどの大型の大剣を握った男性が静かに地面を蹴る。
小柄な男性もそれに続くように地面を蹴り、「待ってくださいよー。トーマさんっ」と情けなく叫ぶ。
アラタも大剣を肩に担ぎ、「じゃ、行くか」と合図する。
セリアとリーシャも頷き、各々の武器を構えて崖を下る。
数刻後、5人が崖を上がる。小柄な男が隣を歩くトウマを見上げ、「今回も大勝でしたね!トーマさんっ」とはしゃぐ。
トーマは小柄な男を見下ろし、「ああ…。そうだな」と冷たく返す。
そのやり取りを見ていたアラタは大袈裟に笑い、「また失敗だな。ハヤテ。トーマは難易度高いぞー?リーシャにしとけって」とちょっかいをかける。
リーシャがその言葉に反応し、「どういう意味ですかっ!私がチョロいって言いたいんですかっ」とアラタを睨む。
アラタはニヤニヤしながらリーシャの方へ視線を向け「わかってんじゃねえかー」と笑う。
リーシャは顔を真っ赤にして「アラタさーんッ!もう、今日の分のご飯は分けてあげませんからねッ」とそっぽを向く。
アラタはすぐさま表情を変え、「そ、それだけは勘弁してくれよーーっ!リーシャーーー」と情けなく騒ぐ。
トーマはその様子を静かに聞きながら、「騒がしい奴め」と呟く。近くを歩いていたセリアが「ふふっ。微笑ましい限りだわ。トーマも恥ずかしがらずに入ればいいのに」と笑いかける。
トーマはチッと呟き、「わざわざ俺なんかに構うな。セリア」と静かに答える。
セリアは困ったように笑い、「もう、すぐそうやって突き放すんだから」と呟いて静かに離れる。
五人は廃墟に戻り、いつの間にか置かれているコンテナを開け、物資を分ける。
「今夜は金槌パンかよーっ、これ硬ってえんだよなあー」とアラタは四角のパンを悩みながら見つめる。
セリアが「ほら、今日はスープも付いてるからっ。浸して食べたら柔らかくなるわよ」と笑いながら手渡す。
アラタは目を輝かせ、「まじかよっ。こりゃあ助かるぜ」とスープを受け取って浸してから齧る。すぐに口を開け、「セリア…。変わんねえよ…。硬え…」と歯型のついたパンを睨む。
近くで見ていたリーシャとハヤテがそれを見て笑い、暖かい空気が流れる。そんな時だった。ピピっと崩れた廃墟には似合わない機械音が響き、空気が凍る。
アラタはすぐに真剣な表情になり、近くの無線を起動する。耳に当て、幾つか声が流れた後「了解です。始めます。議長」と静かに答え、無線を切る。
アラタは静かに見守っていた4人の方へ視線を向け、「任務だ。ターゲットは少し前に起こったアインツマイヤー襲撃事件の首謀者の一人。名はアイン・リーティス。ターゲットは現在、ディストリアを東に移動している。ターゲットが分断地に辿り着いたら任務失敗。エーデルコード内で速やかに排除しろとのことだ」と簡潔に伝える。
アラタはメンバーに視線を配り、「今回の任務は5人全員で行くとのことだ。俺たちが戻るまでは、議長直属の部隊が変わってくれるんだと。議長がここまでの行動をする敵だ。気を引き締めてかかるぞ。いいか。」と静かに伝える。
静かに聞いていた4人が驚いたように目を合わせ、「5人でって…。そんなの今までに一度も…」とリーシャが呟く。
アラタも思いつめた表情で頷き、「ああ。こりゃあ、厳しい戦いになるかもなあ」と呟く。
ハヤテは動揺する様子を見せず、「5人なら余裕っすよ!ターゲットもたった一人だし、パッとやってパッと帰りましょ!」と皆を励ます。
トーマが顔を上げ、「そんな簡単なら5人も行かねえだろっ。ちったあ考えな」と静かに呟く。
ハヤテはトーマの言葉にハッとなり、「そ、そうっすよねっ…。すんません」としょぼくれる。
セリアがすぐに、「ハヤテ君、心配しなくても大丈夫よ。トーマなりに気にかけてくれてるのよ。言葉選びは相変わらずだけどね」と苦笑いする。
ハヤテは女神を見るようにセリアを見上げ、「セリアさ~んっ…。ありがとうございます…」と情けない反応を見せる。
トーマはそっぽを向き、「そんなんじゃねえ。目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いってだけだ」と冷たく呟く。
アラタは困った奴めと言わんばかりにソーマをニヤニヤと見つめていた。
その日の晩、アラタはセリアとトーマを戦場前の崖に集めた。
トーマとセリアがアラタを迎え、「それで、話ってのは?」と尋ねる。
アラタはいつになく神妙な表情で、「今回の任務は、失敗を前提とした任務のようなんだ」と2人に告げる。
トーマは表情を変えず、「そうか」と呟き、セリアも静かにその言葉を受け入れる。
アラタは2人に視線を向け、「だが、死んで来いってわけでもないみたいでな。議長は、最後にこう言ったんだ。もしターゲットを始末できなければ、彼の近くに居るであろう赤いマフラーを巻いた少女を攫えってさ。名前は、シャルロット・スレイヴってな」と静かに続ける。
セリアはその言葉を聞いた途端に目を見開き、「待って?スレイヴですって?それは、そういう事なの?」とアラタに迫る。
アラタは頷き、「おそらくな。どういうわけか分らんが、かの英雄の親族が生きているようでな。ターゲットが始末できない場合は、そのシャルロットとやらを連れ去るだけでも問題ないそうだ。議長曰く、アイン・リーティスがシャルロットを失う事は、奴を始末するのと同等の価値があるようでな」と続ける。
トーマが顔を上げ、「可能性の話だが、ターゲットであるアイン・リーティスがシャルロットとやらの親族もしくはその力の継承者という事は考えられるか?」と静かに告げる。
アラタはその問いにも頷き、「ああ。俺がその話を聞いて、昔の講義を思い出しながら議長の思惑を考えた」と言った時、セリアが「転生者…っ。アイン・リーティスはかの英雄の力を継いでいる?」と呟く。
アラタはゆっくりと頷き、「俺もそこに考えが至った。かの英雄がセブンスの能力の所持者であったかは知らんが、セブンスとやらは力を継承してこの地に生まれ続けると議長は言っていた。実際、セブンスの力の所持者は不定期にその姿を現し、人類に大きな影響を与えてる。長い歴史の中で、かの英雄の力を継承した者というのは例がないが、それほどまでに転生に時間がかかるほど強大な力を持っているということなのかもしれんな」
「そんで、その転生者とその親族が一緒に居ることは議長にとって都合が悪いってこった。さて、この話を聞いて、悪者はどっちだと思う?」と2人に問いかける。
トーマは興味がなさそうに戦場を見下ろし、「そんな事は考えても意味ねえ。どちらにしても、俺達は任務を遂行するだけだ。今回だって何一つ変わらねえ」と淡々と答える。
セリアもトーマの発言に同意するような表情を見せるが、「でも、その上でこう思うわ。英雄の力の継承者が悪に染まったんじゃなくって、こちら側が悪なんじゃってね」と呟く。
アラタはそのセリフを聞いて大きくため息を吐き、「はあ、そういう事だな。俺は、昔からおかしいと思ってるんだ。議長が俺達にここを任せ、全ての人類との接触を禁じた事。俺達は終わりのない戦闘を続け、後ろに待つ多くの人類を守っている。だが、本当に終わりがないのかってな。議長は俺達の存在も、この場所も、根源を断つ方法も、その全てを隠しているように感じてるわけよ。つまりは、議長はこの地を守る指導者としての立場とは違う顔を持ってんじゃねえかってな」と静かに続けた。
トーマが振り返り、「お前の意見は分かった。だが、俺は任務を遂行するぞ。これは、人類を守るための戦闘じゃない。俺達の行動理由はいつだって同じだ」とアラタの目を見つめて伝える。
アラタはそれを受け止め、「そうだな。俺達の行いが本当に人類の為か…なんて、言ったって仕方ねえことだ。俺達は、俺達の手の届く範囲の大切な奴らを守る。そのためには、議長の力が必要だ。分かってる。任務は遂行する」とトーマに返した。
セリアが拠点の方へ振り向き、「ここまでのようね。リーシャ達が来ちゃったみたい」と柔らかく微笑む。
すると、遠くから「何してるんですかーーー?」とリーシャの声が響き、2人の影が見える。
アラタは口角を上げ、「お前らには教えねえよーーーーっ!」と返しながら、拠点の方に歩きだす。数歩で立ち止まり、トーマ達の方へ振り向き「変な話して悪かったな。全員生還。任務完遂。いつも通りいこうぜ」と笑いかけ、姿が見えたリーシャ達を歓迎する。
ハヤテとリーシャはアラタに抱えられ、「何するんですかあ!アラタさーん。うわーーーっ」とはしゃいでいる。
その様子をトーマとセリアが呆れたように笑って見つめる。
エーデルコード トーテルス
アラタが静かに建物の屋上で屈む。耳に付けた小型のマイクを起動し、「配置に着いた。ターゲットがもうすぐ来る。いくら強かろうが人だ。心臓兵器を抜かれる前に仕留める。トーマ。俺に会わせろよっ」と呟く。
すぐに「ああ。任せろ」と冷たい声が響く。
アラタは苦笑いし、「念のため、俺たちが仕留めきれなかったらいつも通り、セリアの指揮に従え。抵抗が激しい場合はいったん退くのも手だ。無理はするなよ」と続ける。
全員の了解の声が響き、静寂が訪れる。




