4話 アリサの過去
目を覚ますと、そこは学園の一室だった。誰かが近くで作業していた。もう昼頃のようだ。作業していた人がこちらに気付き、驚いた様子でバタバタと近づきながら声をかけてくる。「大丈夫!?君が運ばれてきた時は心臓の音がほとんどなかったんだよ!もうダメかと思ったよー!」と僕を覗き込みながら話してきた。
「ええ。今のところは動くのが難しい程度で大きく調子が悪いわけではないです。それより、貴方は?」
「あ、私は養護教諭の先生だよ。ここは養護室。君はね、入学試験の途中に倒れたみたいで試験監督の先生に運び込まれたの。それで、私が君を診察して休ませてたってわけ。」
「そうでしたか。ありがとうございました。ちなみに、僕が倒れてからの話を知っておられますか?入学試験で一緒だった二人の事も知りたいのですが。」
「えっとね。少し前にその二人も君を心配して見に来てくれてたんだ。君が倒れた後、カール君が治療を試して、外傷は回復したけど意識が一向に戻らなかったって。それで、二人で君を支えながらゴール地点まで行ってくれて。そこからはさっき話した通り、試験監督の先生が君を運んできてくれたんだ。私は診察して、出来ることがないことが分かったから安静にしてもらってたの。えっとね。こういう試験の方式を始めてからたまにこうなる子がいるんだけど。単純に言うと、心臓兵器と心臓のパワーバランスが調整できてなかったことが原因だと思うよ。つまりは、自分の心臓を酷使しすぎたってことね。詳しくは講義で教えられるから、よく勉強してね。こういうケースに遭遇するタイプの子は、特に気を付けながらこの力と付き合っていかないといけない。少しでも無理すると暴走したり、制御が効かなくなって死んでしまうリスクが高いってことだからね。まあ、難しい話はここまでにしようか。今は休んで。明後日には学園生活よ」
先生の話が終わった後、すぐに僕は眠りについた。次に目覚めたのはその日の夜だった。僕は疲れで気づいていなかったが、隣のベッドに1人の学生が寝ていることに気づいた。少し動けるようになった僕は、外の空気を吸うためにゆっくりと体を起こす。その音に気がついたようで、仕切りの向こうで寝ている学生が声をかけてくる。
「ねえねえ、君は誰?」と。
幼めな女の子の声だった。体を起こした僕は、その体勢のまま「僕はアインだよ。君は?」と尋ねる。
「私はポラリス。アインはなんでここに来たの?」
「えっと、この学園の入試試験の最中に倒れちゃったんだ。それで、友達と先生がここへ連れてきてくれたんだよ。君は?」
「私も似たようなもの…かな?私も倒れちゃったの。」
「それじゃあ、僕と同じかな。僕も自分の力に体がついてこなかったみたいで倒れちゃったんだ。試験中、大きな白いオオカミと戦ってね。三人で戦ってやっと退けたってくらいだったんだ。」
「そうだったんだ。でも、貴方はいずれもっともっと強くなるよ。世界の命運を握るほどに。でも、その力は身に余るもの。貴方が掴める未来は多くない。慎重にね」
「ん?なんの話を・・・?」
「ん?私何か言ったかな・・・?ごめんなさい、ちょっと眠たくなってきちゃった。また会えたら、いっぱい話そうね。おやすみなさい」
「う、うん。分かった。起こしちゃってごめんね。おやすみ」
そう伝えると、ポラリスの寝息が聞こえたので僕も休むことにした。
その後、朝まで休んだ僕は回復して動けるようになった。ポラリスはもう出ていったようで、隣はキチンと片付けられていた。養護教諭の先生に聞くと、何の話?と言っていたけど。まあ、また会うこともあるよね。
万全とはいえないが、支障をきたすほどでもなかったので、養護教諭の先生に感謝を述べて僕も出発することにした。
荷物を寮に持っていくのは学園がやってくれているみたいだったので特に用事がない。僕はとりあえず2人を探すことにした。始業式は明日なので、今日は学園内でゆっくりしているかもしれない。
フラフラと学園内を歩いていると、寮の付近でカールと出会えた。
僕はカールに突撃しながら「カール!試験の時はありがとう!何度も助けてもらっちゃってごめん!」と開口一番に伝えた。
カールは驚いた様子で「もう大丈夫なのか!安心したぞ!アリサと一緒に心配してたんだよ!」と僕の頭を撫でながら歓迎してくれた。
「アイン!あれっておまえの心臓兵器だよな!見た目はヘンテコだけど物凄い強さだったな!」
「カール…それ気にしてる事だから言わないで…あの土壇場であれが出てきた時は、終わったー…僕はここまでだ…ありがとう皆…って思いながら見つめてたんだから…」
「わ、悪かったって…俺はてっきりアインが転生者とかで心臓兵器を知ってる上でやったのかと思ったぞ!まあ、見た目はアレだが強かったんだから良かったじゃねえか!元気出せよ!な!」
「う、うん…カールって傷を癒す能力なのに言葉では結構傷抉りがちだよね…」
「あ、あれええ…?元気付けたつもりだったんだがな…アイン、悪かったって。強かったのは事実だし、凄いカッコよかったぞ!アリサと二人だけであんな化け物みたいな狼を倒しちまうなんてさ!」
「ありがとうカール。でも、一戦しただけで倒れてたら世話ないよね。この力を使いこなさないとね」
「そうだな。俺の能力は補助向けだし、早めに継承して俺も前線を手伝ったりしたいぜ。まあ、お互い見出したばかりだし、上手く付き合っていかねえとな。あ、そういえばアリサには会ったか?」
「いや、2人を探しながら歩いてたんだけど、見つからなくて。先にカールを見つけたんだ。アリサが何処にいるか知ってるの?」
「おう、アリサは庭園の方に行くってさっき言ってたぞ!」となぜか僕の肩をボンボン叩きながら話してくれる。カールに感謝を伝えて庭園に向かう。
カールの話の通り、アリサは庭園で小さな花を見ていた。「アリサ!」と声をかけると、驚いたようにこちらに振り返ってくる。僕は続けて、「アリサ!試験の時から色々とありがとう!アリサがいなかったら僕はもういなかったよ!本当にありがとう!それと、あーっとえーっと、とにかくありがとう!」と怒涛の感謝を突進しながら述べる。
アリサは困った顔で「気にしないでください。アインさんが無事で良かったです。」と立ち上がりながら答えてくれた。
「あ、そういえば。アインさんも私と一緒で訳ありの心臓兵器を見出したようですね。あのような形のものは初めて見ました。それなのに、見出してすぐにあんな大きな狼まで撃退してしまうなんてすごいですよ!私たちが無傷で試験を終えられたのはアインさんのおかげなんですからね!」と笑顔で伝えてくれた。
アリサのその一言で僕は救われた。2人の力になれてよかったと本当に思う。
一通り話を聞いた後、そういえばと話を切り出す。「アリサって僕たちのことさん付けだし丁寧に話してくれるよね。でも、僕たちはもう友達だし、そこまで丁寧に言葉を選んでくれなくてもいいんだよ。アリサがよかったら、これからは普通に話してくれると嬉しいな」
アリサは少し困った顔で「うーん」と唸っていたが、すぐに「分かりました!じゃあ、ふ、普通に話すようにするね!」と可愛らしく笑いながら話してくれた。
「そういえば、アリサの昔の話ってあの時聞けなかったよね。よかったら教えてくれない?あ、あんまり話したくなかったら無理に話さなくても大丈夫だよ」と尋ねてみる。
アリサは少し曇った顔をしたが、アインさ、アイン達ならいいかなと話し始めてくれる。「私は、アインツマイヤーとハインドゴーンの不可侵領域のすぐ西。アインツマイヤーから見て一番北東の辺りの村に生まれたの。魔物の発生源の近くで、常に戦闘地帯になってた場所だったんだ。周りの人たちはすっごく優しくて、資源も食べ物も少ない貧しい中だったけど楽しく過ごしてたんだ。でも、場所が場所だから、お父様や男性の方が中心になって村を守るために戦い続けてたんだ。」
「私達は助け合いながら暮らしてたけど、私がまだ8歳くらいの時、魔物の数が増えた時期があったんだ。この時あたりから村の力では魔物の勢力と拮抗も出来なくなってきたの。そんな時、お母様がもう少し穏やかな西側に行こうっておっしゃったんだ。お父様も賛成してくださったけど、お父様は村一番の強さだったから、残った村の方や私達に魔物が寄り付かないように戦う必要があったの。だから、村を出るのには付いて来れないことがわかったんだ。私は2人共と一緒にいたくて、我儘言ってたけど結局お父様は付いて来られなかった。村で唯一心臓兵器を見出してたから、皆のために最後まで守ると言って村の人たちと一緒に行ってしまわれたの。」
「お父様の帰りを待ちたかったけど、お父様の選択を無駄にしないためにも西に行くべきだとお母様がおっしゃったから、渋々お母様と一緒にアインツマイヤーの北側の村まで遠征に出たんだ。最初は順調だったんだけど、数日経ったある日に魔物と出会ってしまって。心臓兵器を見出している人はほとんどいなかったし、見出しておられた村人の方もサポートするタイプの方がほとんどで…防戦一方になってた時、魔物の一匹がお母様に飛びかかって。その時、私が守らなきゃって走り出したら、あの剣を見出せたの。その後は、目的地まで私も戦闘に参加して皆を守ったりしたんだ。そんな事をしてたから、多少は戦えるようになっちゃった。その後はカールやアインと一緒で、15歳になったからその力を国のため、お父様達を助けるために使えたらいいねとお母様がおっしゃったからこの学園に来たの。その後は知ってるもんね」と最後はニコッと笑いながら話してくれた。
「そっか。アリサは大変な人生を送ってきたんだね。あんまり話したくない事だったろうに、ありがとう。僕はアリサの事を応援するし、一緒に頑張ろうね」と伝えた。アリサは、その経験から力の使い方、それを持つことで期待され、頼られることの意味をよく分かっていた。実際、アリサの話にある遠征で、どれほど戦闘をすればあんな華奢な女の子が軽々と魔物を倒せるようになるのか、見当もつかない。戦闘の才能があったにしても、訓練もなくあんな身のこなしは難しい。彼女は、他の人達から期待され、そうなるしかなかったのだろう。
その後はアリサと試験などについて盛り上がり、日が落ちてきたあたりで寮まで一緒に戻る。アリサを見送り、僕も自室に戻る。明日から学園生活だ。