43話 天誅 ⑤ 降臨
またあの場所だ。暗い暗い水の底。
緋色の光が視界を染め、彼の声が響く。「アイン…。アイン。気を確かに持つんだ。大丈夫」
ああ、そうだね。だけど、やっぱり予測通りだ。彼にはこの程度じゃ勝てない。
声が響く。「そうだね。彼は今までのどの敵とも格が違う。あれは全盛期のゾディアックそのものだ。彼に届くには、やはり制御していてはいけない」
分かってる。フレッドがそうしたように、ガイウス先生が守ってくれた時に誓ったように。僕が最後まで物語に居る必要はない。数か月の特訓は無駄じゃない。彼が残してくれた遺物は奴の全てを見せてくれた。
声が響く。「そうだ。さあ、思うがままにやるといい。君はもう、負けない」
ここまでありがとう。アスター。僕は、やっと君に追いつける。
声が響く。「ああ、君にならできる。真の英雄。君と対話出来た事、君に力を与えられたこと。僕は本当に誇らしく思うよ。さあ、行って。反撃の時は来た」
ノーツコア学園 広間
火柱が霧散し、一つの緋色の軌跡と緋色の瞳を輝かせた影が男に神速で迫る。男は咄嗟に剣を2本取り出し、影の一撃を辛うじて防ぐ。しかし、その勢いと力に押されて男の立つ地面が軋む。男は咄嗟に後退するが、影の攻撃はそのまま地面に振り落とされ、周囲が陥没する。凄まじい轟音と衝撃。影はその光景を気にすることもなく、緋色の剣を両手に携え、緋色の残像を残して男に迫る。
男は目を見開き、口角を上げる。「帰ってきたのだな!アスター!」と手を広げて六本の剣を取り出す。2本の剣を握り、4本の剣を浮遊させる。
アインは勢いを乗せて大剣を横薙ぎにする。男は咄嗟に屈み、背後に立っていた校舎に緋色の軌跡が残る。その光はすぐさまその輝きを強め、校舎は歪ませる。校舎は地面を揺らしながら崩れ落ちる。
男は地面を蹴り、アインに迫る。左手に握った赤い剣を振り下ろし、それに連動するように浮遊した剣が振り下ろされていく。アインは剣を突き立て、緋色の衝撃を周囲に放ち、男を弾き飛ばす。浮遊していた剣は力無く地面に突き立ち、銀色となって役目を終える。アインは突き立てていた剣を斜めにずらし、地面を蹴ると同時に抜き去る。そして、逆手に握ったそれを荒々しく男に振るう。壁に叩きつけられた男に緋色の斬撃が走り、壁と男をなぞる。壁は融解して崩れ、瓦礫が男を飲み込む。アインは大剣を逆手に握ったまま、その光景を見守る。
瓦礫が動き、青白いオーラが現れる。そして、そのオーラに包まれた男は、無傷で立ち上がり高らかに笑う。「いいぞ!アスター!私はこの瞬間を待ち望んでいた!人類最強の力ッ!私が唯一叶わなかった人類ッ!雪辱を、晴らす時が来たんだッ!来い!アスターーーーッ!アッハッハハ!」と叫びながら剣を展開して地面を蹴る。
アインは大剣を両手に握り、荒々しい剣戟に合わせ、緋色の軌跡を花火のように散らす。
幾千もの剣戟が鳴り響き、周囲が崩れ始める。終わりのない破壊の化身同士の戦いが、周囲を巻き込みながら嵐を起こそうとしていた、その時だった。
崩れた校舎の屋上から声が響く。
「スターコード・アクティベート。権限解放。疑似展開。オーダー権限受領。ロードオーダー・オールパージ」
剣戟が止まり、周囲の心臓兵器、魔物が霧散する。緋色の大剣だけが地面に突き立つ。全員の動きが止まり、輝きを放つ影を見あげる。
影はフードを取り、少女の姿が現れる。少女は口を開き、「直ちに戦闘行為をやめ、引き上げなさい!これ以上戦闘を続けるなら、我々アトラクタが制圧行動を行います。」と厳しく言い放つ。
男は怒りをあらわにし、「これからって時にッ!また邪魔をするのか!アトラクタ!」と反発する。
少女は男を睨みつけ、「私は貴方達の行動を否定します。このようなやり方で掴み取るものは理想ではありません。人を見ず、人を信じない。貴方達は昔から何も変わりません。人が持つ力。可能性。それを信じて見守る。さすればいつか理想に辿り着いてくれる。そう教えたはずです」と諭した。
男は納得できないといった表情で「あなたはいつまでもそんな戯言を仰られる!いつまで経っても人は変わらなかった!あなたもこの地に残ったのなら分かったでしょう!あなたの話す過程は、実現しない机上の空論なのです!人類には、我々の介入が必要なのです!」と反論する。
少女は表情を崩さず、「本当に分かってないのですね。もういいです。ですが、私は諦めません。貴方達サテライトも、いずれ分かってくれるはずです。人類は我々が想定するほど愚かではなく、信じるに値する存在なのだと。彼らは、理想を自分たちの手で実現できます」と答えた。
男は面白くないといった表情で顔を歪ませ、徐に立ち上がる。上空に手を向け、魔法陣を展開して空に放つ。上空に赤と緑の光が留まり、二つが混じって大きな光を放つ。その音が響いた瞬間、幾つかの影が街と演習場から飛び上がり、上空に展開された亀裂に吸い込まれる。
辺りに静寂が訪れる。少女は胸を撫で下ろし、息を吐く。
「これで敵は去りました。学園の皆様、協力に感謝いたします。貴方達の活躍によって、失われるはずだった命の多くが救われた事でしょう」と告げ、丁寧にお辞儀をする。
多くの出来事にボーッとしていた生徒達は、少女の声を聞いて現実に戻る。事態を把握し、ポツポツと歓声が上がる。
「うおおお!やったぞ!」
「あいつ凄かったぞ!」
「勝った!私達、化け物達に勝ったんだ!」
とそこら中から歓声が上がり、アインを称えるように全員が彼に声を向けた。
彼はその歓声を聞き取りながら静かに膝をつく。
全く言う事の利かなくなった体を動かすのを諦めて、僕は目を閉じる。彼と話した暗闇に落ちる感覚がした。だけど、そこにはもう彼の気配はない。もう、何も聞こえない。彼の声も、鼓動も、何もかも。
そんな静寂を破ったのは忘れもしない男の声だった。「おい、坊主。決心はついたようだな」と静かに語りかける気迫に満ちたその声は、シャルロットを攫ったあの男の声だった。




