42話 天誅 ④ 覚悟
ノーツコア学園 演習場
演習場は普段の雰囲気から一変し、魔物の気配が溢れ出す魔境と化していた。彼らが到着する前に学園に飛び出た魔物達が、未熟な生徒達を蹂躙して悲鳴と赤い跡を残す。
現着。生徒会生徒2名。第一α4名。第二α2名。
演習場からは二本足で立ち、文明的な槍を握るトカゲや頭のランタンから魔法を放つ魚。ミノタウルス。大山羊。様々な魔物がゾロゾロと姿を現していた。
本をめくる。魔法陣が展開される。周囲に分配し、脈を高める。タイミングを合わせ、スイッチを押すように力を込める。顔を上げる。
「今ッ!」声を聴いた生徒全員が同時に後退し、魔法陣から青白い線が幾千と分裂しながら突き進み、木々の合間を縫って周囲の温度を冷ます。魔法陣が閉じるのと同時に線が崩壊を始め、貫通、触れていた物の全てを巻き込みながら砕け散る。生き物が身体の一部を砕かれた場合、その痛みとショックで死亡する。自然界の物質には大きく影響を与えず、傷を残す程度で終わる。少女は息を吐く。
一瞬の無が訪れ、すぐにまた地面を揺らし始める。生徒達が一斉に前に出て戦線を作る。
少女は本をめくる。魔法陣を展開する。繰り返された戦線維持の手筈。しかし、それにも綻びが出始めていた。メンバーは疲弊し、彼女の本に残されたページは後僅か。少女に焦りが見え始める。
「不味いわ…」と弱音と冷や汗が零れ落ちる。それでも少女は冷静にタイミングを見極め、合図を送る。
魔法人が起動する。先程とは違い、魔物を追従するように軌道を変え続ける雷鳴が轟く。一瞬の無が訪れた時、近くにいた大柄の男に声をかける。
「ディル。これ以上は持ち堪えられないわ。どうするの?」と焦った表情で声をかける。
ディルと呼ばれた大男は、「大丈夫だユイカ。人型魔物の位置は特定した。あとは任せろ」と勇気づける。
ユイカはその言葉を聞いて安堵し、再び魔法陣の展開を始める。
それを確認した瞬間、ディルが大声で「第一αのハドー!第二αのベルト!来てくれ!」と呼びかける。
呼びかけに応じて2人がディルの元に到着したのを確認すると、付いてきてくれ!とだけ告げて地面を蹴る。ディルの速度は、その雰囲気と体格から想像できないほどの速さであった。
ハドーとベルトはお互い目を丸くし、すぐに首を横に振ってディルに続く。
2人が続く道には、あれだけ居たはずの魔物の姿が一体も見当たらなかった。2人が川の付近まで走り抜けた時、ディルが立ち止まっているのが見える。彼らは勢いを弱めて後方に立つ。
ディルは静かに盾を取り出して左手に装備する。その姿を見てハドーは風の短剣を拳に展開して構えをとる。ベルトも黒い籠手を取り出して装備する。
ディルは2人の準備が出来た瞬間に地面を蹴る。川に飛び出し、目の前の男に迫る。
男は銀の剣を握り、地面を蹴る。ディルの盾に剣を打ち付け、彼を睨む。ディルはびくともせずに乱暴に払いのけ、盾を撃ち込む。男は簡単にそれを弾き、体を捻って彼を蹴る。
ディルは体で受け止めてから男の足を掴み、そのまま背後に打ち付けようと振る。しかし、勢いがついた瞬間に男は拘束を脱し、対岸の木に着地して勢いを相殺する。すぐさま木を蹴り、剣を構える。ディルは盾を前面に構えて膝をつく。次の瞬間重たい衝撃が走るが、ディルは片手で受け止める。即座に盾を上げて男の体勢を崩す。すぐさま体を捻り、渾身の力で男に盾を突き出す。しかし、目の前に男の姿はなく、直後に背後から強い衝撃を受けてよろめく。
男はディルの背後から剣を突き刺していた。しかし、彼の鋼鉄の体には刃が深く刺さらず、すぐに抜き去って後退する。直後、左右からの殺気を感じてさらに後退する。
隙を狙い続けていたハドーとベルトの奇襲は失敗に終わったが、2人は男の方へ追撃に迫る。
ハドーの鋭い連撃を避け、隙を見て蹴り込む。ハドーは小石のように水面を跳ね、数メートル先まで吹き飛ぶ。
男はその姿を一瞥すらせず、身を屈めてベルトの方に振り向き、滑らかに剣を通す。
ベルトの腹部からは軽度の傷が生じるが、彼は気にする素振りを見せずに拳を振るう。男は身を屈めたまま剣で防御し、スッと後方に飛び退く。両手で剣を握り、ベルトに迫る。
直後、鈍い音が響いて男の姿が消える。ベルトの目の前には大きな影が立ち塞がっていた。
ディルはベルトの傷を見て「大丈夫か?無理するな」と淡々と告げる。
ベルトは即座に「大丈夫です。まだやれます」とだけ答えて男の方へ構える。
側面からディルの一撃を受けて吹き飛んだ男はゆっくりと立ち上がり、銀の剣に青白い光を宿す。両手で剣を握り、地面を蹴る。
ディルは先程と同様に盾を前面に構えて受け止める姿勢となる。ベルトは後方に立ち、タイミングを測る。
次の瞬間、ディルとベルトの横を風が吹き去り、後ろで斬撃音が響く。そこには、辛うじて立ち上がっていたハドーの姿があった。青白い光を宿した剣は、彼の心臓をいとも容易く貫いていた。
ハドーの心臓兵器が霧散する。剣が抜き去られ、ハドーは膝をつき、力無く倒れる。2人はその様子に怒りを露わにし、心臓兵器を握り直す。
男は剣を2人に向け、魔法陣を展開する。ディルは咄嗟に構え、怒りに任せて走り出そうとしていたベルトを掴もうと手を伸ばす。その瞬間、辺りに閃光が放たれる。
光が収まると周囲には火がちらつき、焦げた匂いが鼻を突く。ディルの右手は上腕部から消し去られ、掴もうとしていたベルトは姿形すら留めずに塵となっていた。
ディルは怒り狂い、地面を蹴る。熱を冷ますように剣を軽く振って立ち尽くす男は、ディルの突進に合わせて地面を蹴り、彼と交差する。ディルの立ては霧散し、支えを失ったかの如くその場に崩れ落ちる。
男はその様子を見ることなく、鮮血の滴る剣を霧散させ、奥の男に合図を送る。
男はメガネをクッと押し上げ、指を鳴らす。すると、先程とは桁違いの数の魔物が姿を現し始める。
魔物達は一斉に走り出し、学園側に迫り始めた。
音が止んだ。魔物の気配も消えた。勝ったのだろうか…。不安だけが過ぎ去る。
ユイカは最後のページをめくり、魔法陣を展開する。無音が過ぎ去り、鼓動が高まる。勝ったのか、負けたのか。辺りの生徒達は気を緩め始めていた。ただ1人だけを除いて。
氷の障壁を展開し、障壁の中央から紫の光の照射を放って戦っていた少女だけが、一向に障壁の展開をやめずに演習場を睨み続ける。
私も胸騒ぎが収まらず、この詠唱を待機していた。
次の瞬間、正しい者とそうでない者の運命が別れた。急に地面が揺れ始め、たった数メートル手前あたりで大型の魔物が何体も展開されたのだ。
彼女は一瞬にして無数の障壁を展開して周囲の生徒を守り、紫の照射を魔物に放つ。しかし、障壁は数を出すことで精度が落ちるようで、照射の威力は大型の魔物の体を貫けていなかった。
だが、その一瞬の判断が功を奏し、ユイカの詠唱が追いつく。彼女は咄嗟に、動けない生徒がいる事を加味して調整し、無数の魔法陣から光の球を解き放つ。球は真っ直ぐに飛び出し、生物に触れた瞬間に紫色のプラズマを放出する。光は何かに触れた時点で瞬間的に輝きを広げて範囲内の全てを飲み込み、その部分を世界から切り取るように消失する。
様々な部位を切り取られた魔物や木々はその場に崩れ落ち、視界が晴れる。
そして、その先の地獄を見せつける。蟻の行列が如く、所狭しと隊列を組んで迫る魔物の軍勢が、そこにはあったのだ…。
ユイカは咄嗟に、「撤退しますッ!」と叫び、生徒達はそれに応じる。しかし、ユイカは言葉に反して青く光る短剣を取り出し、構えをとる。
氷の障壁を使っていた少女が隣に立つ。「私も、戦います」と。淡々と彼女は述べた。
ユイカは咄嗟に「ダメッ!私だけでいい!1人でも多く、皆を守るのが私の!私達の役目なのっ!分かって!」と彼女を睨む。
彼女はその様子を横目に、「大丈夫です。大丈夫ですから」といって障壁を展開し始める。
ユイカは咄嗟に「どうしてッ!私の言葉に従ってよ!このままじゃ貴方も死んじゃう!」と叫びながら、迫る魔物に向けて短剣を構える。
少女は静かに答える。「先輩、大丈夫です。落ち着いてください。私が足止めをします。あの魔物達を足止め出来る程度のトラップを展開します。隊列が崩れた瞬間、一掃してくださいますか?」と。
ユイカはその言葉にハッとなり、「貴方は…どうしてそこまで…」と呟く。
少女は微笑み、「私の大切な人は、こうやっていつも私を助けてくれたから…。私だって、誰かを守れるんだって教えてあげないといけませんので…」と答えた。
ユイカは「分かった。合わせるね」と静かに呟いて冷静さを取り戻し、「さあ、やるよッ!」と決意の表情を見せる。
少女はその言葉を聞いた途端にユイカが立つ西側前方に中程度の魔法陣を幾つも展開し、魔物が踏むのを待つ。ユイカは短剣を構え、魔法陣を展開する。
魔物達がユイカの目前に迫る。魔物が氷の魔法陣を踏み抜き、短射程の照射が魔物達を襲う。最前列の魔物達が崩れ、隊列が乱れる。
ユイカはすぐさま短剣に力を込め、横に振るう。魔法陣が収束し、一瞬の無が訪れる。次の瞬間、ユイカの前方数十メートル範囲を幾つもの連鎖爆発が襲い、轟音と衝撃を轟かせる。
同時に、少女が立つ東側には巨大な紫の照射が横薙ぎし、魔物達を塵に変えていた。
ユイカはその様子を見つめる。そこには、金色の光を纏いながら何重にも氷の障壁を重ねて紫の光を放つ少女の姿があった。ユイカは「綺麗…」と言葉を零して釘付けになる。
しかし、紫の光が収束した瞬間、少女はペタリと座り込む。彼女の前からは、2人の攻撃を凌いだ数体の魔物が迫り始めていた。
ユイカはすぐさま地面を蹴り、少女を抱えて学園に走り出す。しかし、消耗したユイカの速度では大型の魔物から逃げ切る事は叶わず、影が迫り始める。
影が手に持つ何かを振り下ろそうとした瞬間、どこからともなく声が響き、影が姿を消す。
ユイカは恐る恐る振り返るが、そこには恐ろしい魔物の姿はなかった。




