37話 沈黙
「アイン君っ!デュークが起きたよ!」アリアの声が塔の入口に響く。しかし、それを聞き届ける人影はどこにもなかった。「アイン…君…?」アリアは途端に不安になり、周囲を見渡す。「駄目…。どうして…?周囲には彼以外の反応は…」と思わず声が漏れる。
アリアはすぐさま塔に戻り、デュークの元に付く。
片手で顔を半分多い、片膝を立てて暗い表情をしたデュークの姿がそこにはあった。「クソッ…」と吐き捨てるようにデュークは呟く。
顔を上げ、不安な表情のアリアを見る。「あいつはどうした?」彼はすぐさまその理由を理解し、そう尋ねる。
アリアはその言葉かけに助けられ、「アイン君は…居なかった」と真実を口にした。
「そうか。まあ、そうだよな…」と彼は呟く。アリアの表情が曇るのを察し、そのまま言葉を続ける。「あいつとシャルロットは特別なんだ。シャルロットは赤涙戦争の生き残り。アインは赤涙戦争の英雄、アスターの力を継ぐものだ」
アリアはその言葉に驚愕し、言葉を失う。
「あいつらは全盛期のゾディアック達に対抗できた異次元の存在だ。だが、その存在は今まで秘匿されていた。誰が手を貸していたのかは知らねえが、シャルロットの存在が表に出たのは本当に最近の事だ。彼女はゾディアッククイーンとして活動していた。彼女の秘密が何故分かったのか、ゾディアッククイーンとして座していたのは何故か。それは俺にもわからねえ。」
「まあ、もうこうなっちゃ騙せねえからな。結論から言うぜ、アリア。俺もゾディアッククイーンだ。俺はゾディアック側から差し向けられたスパイだ。ごめんな」と告げた。
覚悟していたはずだった。だけど、その言葉を彼が発することにどれほどの重みがあるか。私はそれを理解していたはずだった。けれどもその言葉を受け止められないほど、私は彼を信頼していた。
デュークはその様子を見つめ、アリアの頭を撫でる。「悪いな。こうするしかなかったんだ。ゾディアック側はこれから大規模な制圧作戦を展開する。今回は不穏分子の排除を目的とした即効性の高い任務だった。俺はゾディアッククイーンとして暗殺、魔物の掃討、情報工作。色んなことをシャルロットともう一人の情報屋から伝言で受けとって動いていた。つまり、キングは俺に自ら指示を出さずに常に傍観を決めていた。そんな完全に無干渉な彼が、俺の前に現れた。そして、今回の任務の詳細と先んじて動いたゾディアック達の結果を俺に伝えてきた。奴らは本気だという証明。フレッドはこの騒動に巻き込まれ、ゾディアックキング「スコルピオ」と相打ちで死んだ。その情報を渡した上で、彼は俺に向かって選択しろといった。」
「今までの全てを失う覚悟があるなら、この情報を使って先手を打てと。だが、その行動はゾディアックにとっての裏切り。加えて、君がゾディアックの関係者である事を示唆する。それでも行くなら止めないと」
「俺は荷物をまとめて飛び出したさ。レイナやアリア。君らを失う可能性を考えたら、俺の立場なんてどうだってよかった。キングによれば、奴らの作戦の要はシャルロットとのことだった。彼女はゾディアックとして何年も活動し、内情に詳しかったからだ。それに、さっき言った通り彼女の持ち得る力は今存在する全ての勢力の力関係を変えてしまう存在だった事が明らかになった。だからこそ、記憶を失ったとされた彼女は抹殺の対象となった。ゾディアッククイーンとしての記憶が戻ればゾディアック達の情報が洩れる。完全に記憶が戻ってしまえば、ゾディアック達はかなりの苦境に立たされる。だから不穏分子は消す。味方になるかもわからない強力な存在なんて不安要素はこの世に必要ない。これは昔からのやり方だ。キングの情報と俺の力。この二つから俺の頭で考え付いた案がこれだった。彼らの目標を連れ去り、守る。彼らの作戦を歪め、お前達を守る。これが俺の作戦だ。こんな辺鄙な場所ならバレないだろうし、たとえ戦闘になったとしてもやりようがあると思った」
「だが、甘かった。奴らは俺の動きに気づいて学園を掌握。魔物を放ち、捜索を始めた。俺はすぐに見つかり、メードがここに来た。メードは初め、俺の助けになろうとした。だが、不意に豹変して俺に攻撃してきた。シャルロットが気絶させられたのもこの時だ。そこから激しい戦闘…?まあ、一方的だったがな。シャルロットの壁になりつつ、耐え続けた。限界が来た時、お前らが来たんだ。後は知っての通りだ」
アリアはデュークの話を聞くにつれて悲しい表情になり、「なんで…なんで何も言ってくれなかったの…私は、そんなに信用できなかった…?」と涙を流しながら呟く。
デュークは「そんなわけあるか」とアリアの頭を撫で、「でも、悪かったな。俺は、大事な奴を巻き込みたくなかったんだ。だってさ、幸せに生きてほしいじゃねえか。手の届く範囲の、大事な奴くらいさ。」と優しく返した。
その優しい言葉を聞き取り、アリアは俯き、崩れるように涙を溢し続ける。
デュークはアリアを優しく見つめ、「そんな泣くなって。俺はまだ生きてる。表舞台からは姿を消すが、また会える。大丈夫だから。な?」と続けた。
アリアがその言葉に反応して顔を上げる。「また何処かに行っちゃうの…?」
デュークはその質問に困ったように微笑み、「ああ。」と小さく答える。
アリアはゆっくりとその言葉を噛み締め、首を横に振る。「ダメ…。私も…私も連れて行って…。敵とか味方とか関係ない…貴方の…デュークの側に居たいの…」
デュークは静かに立ち上がる。「悪いな。それはダメだ。だって、俺達には守らねえといけない奴がいっぱいいるだろ?レイナ、アイン、学園の奴ら。基地のメンバーだってさ。俺にはもう、守ってやれねえんだ。けどな、アリアには出来る。勝手な事ばっかりで悪い。俺が守りたかった大切な奴らを、見守ってやってくれねえか。」そう、真剣に彼女に告げる。
アリアはその言葉を受け止めるように涙を拭う。「いつも…いつも…勝手なんだから…」そう呟き、彼を見上げる。「分かった、分かったよ。私はデュークの分まであの子達を見守る。けど、一つだけ約束して。」
「また会いましょう。全てが終わった後、また一緒に旅をしましょう。これだけは、約束してほしいな」
デュークは塔の入口に向かって歩き出す。そして、アリアの方へ振り返り、いつもの笑顔を見せながら「ああ。約束だ。必ず戻る。どれほどの時間がかかろうと。どれほどの困難が待ち受けていようとな。」そう声をかける。そして、歩みを再開して「じゃあな」と手を振り、入口に消えた彼はそのまま何処かへ立ち去っていった。
アリアは、彼の消えた塔の入口をいつまでも見つめていた。




