36話 交錯する思惑
ここは何処だろう…。暗い暗い…何もない世界。ただただ落ちていく感覚。ここは現実なのだろうか…。それとも、夢…?考えがまとまらない。だけどどうしてだろう。とても居心地の良い場所のように感じる。そんな不思議な無の空間に、僕はいつしか捕らわれていた。
いつの間にか、底につく。僕は足を抱えて横たわり、何も考えずにただただそこに居た。すると、緋色の光が視界を照らす。人の形を取り、僕に近づく。僕を見下ろし、その手を出す。僕は、ゆっくりとその手を握る。
視界が晴れる。何処か豪邸の庭のようだ。目の前には、青年が立っていた。僕と同じ黒剣を握り、僕の前に立つ。いつのまにか、僕も剣を握っていた。
頭に声が響く。「来い。僕に挑んでみろ」と。
僕は動けなかった。もう、戦う意欲を見出せなかった。先生のように…フレッドのように…。遥か昔、この力を見出した青年…。英雄アスターのようには…。
頭に声が響く。「もう戦う意欲もない…か。君はそれでいいのか?あの女に言われた通り、全てを失うのを見届けるのか?」と。
失うのは怖い。だけど、今更僕に何が出来る?僕は誰も守れなかった。僕が弱いから、大切な人が死んでいく。これからもきっと、失い続けるんだ。
その運命を捻じ曲げるほどの力は、僕にはない。
頭に声が響く。「そんな事はない。君は僕とは違う。僕は多くを失い、その屍の上に立った。輝かしい軌跡だけが記された事で英雄と称えられているが、それは島民から見た結果だ。1人の人間としての僕は、何も果たせなかった。僕は、手に届いたはずの大切な人々の全てを失い、その屍の上に立ちながら英雄となった。僕と共に戦った戦士達。僕の妹。ミーティア。本当に守りたかった人々は誰1人、守れていなかったんだ。」と。
そんなはずは…。貴方が、守れなかった?そんなわけない。貴方ほどの力があって、守れないものなんてないはずだ。貴方は誰よりも強かった。やろうと思えば、この島を滅ぼせるほどに。そんな貴方が守れなかったものなんて…。
頭に声が響く。「君は僕を英雄視しすぎている。僕がした事は結果的に人類存亡の危機を救ったのかもしれない。だけど、本当に彼らを救いたかったか?称えるだけ、全てを任せてやり遂げた事を褒めるだけ。それが終わったら僕は用無し。僕に帰る場所は残されていなかった。僕は、知らない誰かの為に全てを捧げるのではなく、他の全てを失っても大切な誰かと共にいたいと…そう願ってしまった愚かな男なんだ」と。
そんなはずはない。貴方は、誰もが讃え、憧れる英雄だ。貴方はきっと、全てを守ることが出来たはずだ。
頭に声が響く。「なら、少し僕の話をしよう。君と同じくらいの頃。当時の僕は、一言でいうなら弱かった。才能と言える才能はなく、剣術も平凡だった。小さい頃に星の意思から継承した力であるアステロイドも扱いきれず、今の君のように絶望もした」
「この話はもう誰にも伝わっていないのだろうが、僕は奴隷の家系の生まれなんだ。刻まれた家名はスレイヴ。代々ハインドゴーンの領主に仕える暗殺、単独任務のスペシャリストの家系。ハインドゴーン領主は、僕達に力を求め続けていた。だが、優秀な両親と妹に反して、僕は平凡だった。つまり、役に立てなかった。僕は日に日にその存在を必要とされなくなり、妹以外の誰からも認識されなくなった。その妹も、領主に使われ僕と会うことも出来なくなった。そんな時、僕が小さい頃に出会った星の意思から受け継いだ岩の大剣、アステロイドを使いこなそうと考えた。僕の、唯一の他の人との相違点。この力が扱えれば、妹との生活が…平穏な未来が掴めると、そう信じた。だが、鍛錬は身を結ばず、時間だけが過ぎていった。ある日、そんな鍛錬は意外な結果に繋がった。裏庭での鍛錬は、ミーティアと出会うキッカケとなったんだ。彼女と出会い、力の継承を受けた事で僕はアステロイドの真の力を使うことができるようになった。」
「これは、後にシュバルツに言われて分かった事だが、ミーティアが継承していたクリスタリア家の力。アトモスフィアは、星の意思を燃やす緋色の呪いだ。彼女の家系は、どういうわけかそんな呪いの力を継承し続けていたんだ。そんな異質な力とアステロイドは共鳴し、真の力を解き放った。だがそれは、僕とアステロイド双方を蝕み続ける物でもあった。そんな事を知らなかった僕はこの力を使い、圧倒的な戦果を上げる事ができるようになった。僕は結果的にスレイヴ家の一員として認められる事に成功したんだ。けど、家族との平穏なんてものは訪れず、僕も家族と同じように幾つもの戦場を馳せ、幾度も任務をこなす事になった。全てを終えた時、あの赤涙戦争を終えるまでの数年間。僕はただ、駒として使われた。全てを投げうってでも、その先のささやかな幸せが待つと信じて任務を遂行し続けた。だけど、結果は残酷だった。妹の命もミーティアの命も…僕は結果的に守れず、平穏な日常なんてものは訪れなかったんだ。僕は赤涙戦争でミーティアを失い、建国後に妹を失った。僕は結局、全てを賭して人類の礎になったんだ。それは、1人の人間としての僕が背負うにはあまりに重すぎたんだ。」と。
そんな…そんな事が…。
頭に声が響く。「これで分かったかい。僕は英雄ではない。力を持ちながら、何も守れなかった愚かな男なんだ。君には、僕と同じ後悔をしてほしくない。きっと君にも大切な人がいるはずだ。その人達を捨ててまで守るべき世界なんてものは、本当はないんだ。だから、もう迷わないで力を振るってほしい。今君が目指すのは英雄としての責務を全うする事ではない。手に届く大切な人々を守るための力として、この剣を振るってほしいんだ」
「全てを背負う必要はない。最強という称号は、それだけで全てを背負ってしまう。期待、羨望、嫉妬、妬み…。人というのは残酷だ。最強なら、全てを背負えと願い、何かを失敗すると全てを君のせいとするだろう。だからこそ、背中を預けられる、信頼できる仲間と共に歩くんだ。彼らの道を切り開くのではなく、彼らと共に道を進むんだ。その先にはきっと、君の望んだ結果が待つはずだ。」
「だけど、一つだけ警告する。この力は呪いだ。僕から受け継がれた星の意思がどれほど残されているか、もはや誰にも分からない。君は、その力を使い続けてもいい。それ以外の力を模索してもいい。全ては君次第だ。だが、後悔しない選択をしてほしい。そして、その選択をやり遂げる為に、強くなってほしい」と。
その言葉を聞き届けた後、緋色の光が包み込む。暗闇が照らされ、視界が開ける。
気がつくと、僕は瓦礫の上に立っていた。崩れた塔の奥。衝撃によって抉れた地面には、緋色の光が籠った岩が肌を見せていた。
視線を上げると、デュークやアリアがまだ倒れているのが見える。メードも戻っておらず、時間が全く進んでいないようだった。
僕は先程のアスターの話を胸に秘め、ボロボロになった身体を引き摺りながらアリアの元へ向かう。
意識を失い、うつ伏せになってグッタリとしていたアリアの元につき、「アリアさん!アリアさん!起きてください!」と叫ぶ。何度も。何度も。
アリアさんはすぐに目を覚ましてくれた。瞼が揺れ、ゆっくりと目を開く。
「ん…。アイン君…?私…そっか…終わったのね…」と体を少し起こし、周囲を確認する。アリアは治癒の光を顕現させ、アインと自分に順に付与する。
治癒の光が霧散するのを確認してから、2人でデュークの元に急ぐ。塔の壁にもたれかかり、傷だらけになった彼に治癒を施しながら、アリアは優しく声をかける。
「デュークっ。デュークっ。起きて!」と何度も。
デュークはなかなか目覚めなかった。アリアさんはアインに周囲の探索とメードの捜索を依頼し、アインは従う。
アインは塔を出る。そこには、フードを被った小さな人間が立っていた。
「ふふっ。来たね。戦闘が終わった後、入り口から一人で出てくる。私の予知はよく当たるんだ」と少女の声が響く。「驚かせたね。久しぶり、本当に久しぶりだ。その表情、雰囲気。本当に彼にそっくりだ」と続ける。
僕は咄嗟に剣を構える。「貴方は…誰ですか」
少女はその動きに一切の動揺を見せず、「いきなり構えるなんて酷いじゃないか。私と君は一度話したことがあるというのにさ」
「まあ、覚えてないよね。それじゃあヒントだ。君が入学試験後に倒れて学園で寝てた時に声をかけてきた人が居たろう?その人の名前を覚えてないかい?」と尋ねてくる。
僕は少し考えを巡らせ、答えに辿り着く。「ポラリス…。君が…?」と漏れ出るように呟く。
少女は微かに笑い、「覚えていてくれたのかい?嬉しいね。そう、私はポラリス。この星が好きな、しがない少女さ。まあ、もっと言うならシャルロットちゃんを攫うのを指示した人物でもあるんだけどね」
僕はその言葉を聞いてポラリスを睨みつけ、今にも飛び掛かろうと構える。
少女はそれでも微動だにせず、「シャルロットちゃんの件はすまなかったね。彼女はちょっと特殊でね。ゾディアック達に消されてしまうのは非常に困る。だから、私達アトラクタが保護したわけだ。シンにはもうちょっと優しく…なんなら君も一緒に連れてくるよう言ったんだけどねえ。まあ、それが上手くいかないのを分かってたから私がここにいるんだけどね」と事情を話し始める。
僕は警戒を解かず、「シャルロットを何処へ連れて行ったんですか」と鋭い言葉で問いかける。
ポラリスはふふっと笑い、「まあ、それは答えられないねえ。でも、一つの条件を呑んでくれたら彼女に合わせてあげるよ。ねえ、アイン君。アトラクタに入らないかい?私達アトラクタは君達とは違った方法でこの島の平和を目指してる。でも、今の戦力では実現は難しい。だから、交換条件だ。シャルロットちゃんの安全の保障と君の覚醒の手伝いをしよう。君は、昔の彼が目指したように全てを守ろうと考える事だろう。それには、力を制御できないとだめだ。それを手伝ってあげるよ。その代わり、今の生活は一時的に切り離してもらう。それに、こちらでの戦闘は今までとは比べ物にならないほど過酷だ。それでも、悪い話ではないだろう?」と淡々と伝えてくる。
ポラリスは僕の反応を見て真剣なまなざしを向ける。「いきなり言われても困るよね。でも、迷う時間はない。だから、今すぐ選ぶんだ。」
僕は、その場で立ち尽くしてしまう。アトラクタは…。ポラリスは信用に値するのだろうか。シャルロットは本当に無事なのだろうか…。うまく考えが整理できない…。
ポラリスはそんな僕の表情を見て、静かに動き出す。「そうだよね。でも、本当に時間は少ないんだ。もう考える時間は終わり」と呟きながら。
アインはその雰囲気の変化に気が付き、すぐさま剣を構える。構えたはずだった。大剣は霧散し、体が止まる。目の前に立つポラリスは申し訳なさそうな表情で「ごめんね。でも、後悔はさせない。もう、あの時のようには…」と呟いた。視界が揺らぎ、一人の人影が写る。完全に視界が暗闇に落ちる。




