32話 日常へ
学園に帰還して数日。僕達は、遠征の顛末を纏めるために頭を捻っていた。僕達3人には報告書の仕上げという名目で、ある程度の休みが用意されていた。僕達はそれをありがたく享受し、今回の出来事を振り返りながら報告書の仕上げを行っていた。
この期間中、ガイウスは時折寮に訪ねにきてくれていた。トートの復興についてや、あの襲撃について。彼は独自に調査をして、その結果を教えてくれていた。
彼の調査により、ある重要な事が分かった。それは、今回のシリウス、トート、そしてオーブへの襲撃は組織的な動きである可能性が極めて高いという事だ。
彼によると、遠征帰りのあの時に襲撃が起きていたのはトートだけではなく、オーブ周辺の小さな街や村がいくつか同時に襲撃されていた。そちらはオーブの人々が解決にあたったおかげで現在は鎮圧されているが、オーブ側は激戦を強いられた。結果的には、討伐できなかったゾディアックと思わしき男が撤退した事で事態が収まったそうだ。その男は撤退する前に「我らサテライトは、均衡を崩す存在を見逃しはしない。必ず奴等を、セブンスを排除する。今回は警告だ。次はこの程度ではすまない」と言い残していたそうだ。
その男が出鱈目を言っている可能性は考えられるが、仮にも魔物達を率いていた男が放ったセリフ。無下にするわけにもいかないだろうとガイウスは付け加えた。
僕達はその情報に感謝し、ゾディアック達の動向も気にかける事にしていた。しかし、意外な事に僕達が授業に出向くまでの休暇期間中、彼らは全く動きを見せなかった。ガイウス達も彼らの動向を探り続けていたが、その動きはパタリと消えてしまっているという。
不穏な空気が流れながらも、結果的に僕達は穏やかな日々を享受することが出来た。
寒い季節が本格化し始めた頃、遠征の報告を終えた僕達は学園に復帰する事になった。他の皆と一緒に授業を受けるのはもう何日ぶりだろうか。
ノーツコア学園 教室
席に座る。たった数十日ほど離れただけの教室はどこか懐かしく思えた。見知った顔ぶれが声をかけてくれ、ガヤガヤと話し声がする賑やかな教室。しかし、そこには2つの空席が残っていた。僕は、激動の学園生活を振り返りながら、物思いに耽っていた。
チャイムが鳴る。いつものようにガイウスが入ってきた。
「おはよう!皆揃ってんな!今日からシリウス組も授業に復帰する。3人と新しく来る1人には補習が待ってんぞ、楽しみにな!」とガイウスはわざとらしく大きな声で話す。
僕はため息をつき、ガイウスをじっとり見つめる。
ガイウスは明らかにテンションの下がった僕を見て苦笑し、「まあまあ、そんな顔すんなって。優しめにしとくからよ」とフォローを入れる。
「そうそう、シリウス組には伝えてなかったが、今日から転校生が来る。入ってくれ」とガイウスは教室の入り口の方へ声をかける。
教室の扉が開かれ、制服を着た少女が入ってくる。赤いマフラーにショートのサラッとした髪…その立ち振る舞い…顔つき……
少女が教壇に辿り着くよりも先に、アリサとレイナが立ち上がって胸に手を当てる
アリサは咄嗟に、「先生ッ!その方はッ!」と殺気を出して警告する。
ガイウスや他のクラスメイトは驚き、「どうしたお前ら?この子に見覚えがあんのか?」とざわつきはじめる。
僕は2人の様子を見て立ち上がり、「2人共、落ち着いて。ほら、初対面からそんな反応じゃ彼女もかわいそうだよ。さあ、座って話を聞こう」と優しく投げかける。
アリサとレイナは僕の行動に驚いた表情を見せたが、僕の表情を見て納得したように渋々座ってくれる。
ガイウスは、何だったんだ…と呆れた顔で頭を掻き、「はあ。新しいクラスメイトだってのに初対面からそんな態度じゃ可哀想だろう…」と僕と同じような反応をしていた。
ガイウスは咳払いし、教壇の近くで静かに様子を伺っていた少女に向かって「騒がしくて悪いな。じゃあ、自己紹介を頼めるか」と声をかける。
少女は頷き、教壇に上がる。「今日からアルファクラスの一員となります。シャルロット…シャルロット・スレイヴと申します。宜しくお願い致します。」と彼女は簡単な挨拶をして丁寧にお辞儀をする。
ガイウスはうんうんと頷き、「ありがとう。そういう事で今日からシャルロットがクラスに加わる。皆、仲良くしてやれよ。それじゃあ、シャルロットはアインの後ろの空席に座ってくれ」と僕の方へ手を向けて案内する。
シャルロットが僕の後ろの席に座る。
ガイウスが何かを話し始め、皆の視線がシャルロットから外れたのを確認した後に振り返り、「宜しくね、シャルロット」と小声で彼女に声をかける。
シャルロットは僕の顔を見ても顔色一つ変えず、「はい。宜しくお願い致します。」と感情の乱れのない淡白なセリフで答えた。
シャルロットの言動に多少の違和感を持ったのはその時だった。
僕は、お昼の時間にアリサとレイナを庭園に呼び出す。
ノーツコア学園 庭園
先に庭園に着いて座っていた僕を見つけ、アリサは声を荒げて「アインッ!どういう事なの!?あの子は、あなたを殺そうとした子よ!?」と怒りをあらわにしている。
レイナも「そうです。あの子はアインさんを殺しかけたゾディアッククイーンなのですよ?どうして学園に…?しかもこんな時期に…」と驚きが隠せず、疑問が絶えない様子だった。
僕は2人の言葉が落ち着くのを待ち、「うん、そうだね。2人共、あの時抑えてくれてありがとうね」と優しく声をかける。
レイナはそれを聞いてバツが悪そうな顔になり、「い、いえ…あの場であんな態度をとるのは相手がどんな方であっても失礼でした。むしろ、止めていただいてありがとうございます」と反省の色を見せてくれていた。
アリサも同様に反省の色を見せるが、納得できない様子で、「でも、それでも、あの子はアインを…。私達を殺そうとしたのよ?アインはなんでそんなに落ち着いてたの?」と彼女に対する僕の態度に疑問を持っていた。
僕はその質問に顔色を変えず、「簡単な事だよ。ミーティアと同じように、土壇場で彼女と面識があった事に気づけたから」と淡々と説明する。
アリサはその言葉に驚いて動きを止め、「え?それってどういう事?」とこちらを見つめる。
「僕は、断片的に誰かの記憶が流れてくる事があるってアリサには説明した事があるよね。トートの洞窟で彼女と戦った時、僕は戦闘の最中にその断片を見た。彼女と記憶の僕は、生活を共にしていたんだ。記憶の僕と彼女とがどういった関係だったかは分からないけど、彼女の名前が浮かび、彼女との生活の断片が見えた。そして、彼女の名前を口に出した時、彼女は僕を認識してくれて戦闘を止めてくれた。彼女はきっと敵ではないはずだと僕は考えてる」と誰にも伝えていなかったあの洞窟での出来事を2人に伝えた。
アリサは納得できないように首をかしげ、「じゃあ、シャルロットさんはアインとの事を思い出したから、アインを完全に殺さずに去ったって事?」と尋ねてくる。
僕は頷き、「そうだよ。彼女が僕を仕留めなかったのは土壇場で僕を思い出したから。彼女はあの時、手を止めたうえで言える限りのゾディアックの情報を話してからその場を去ってくれた。彼女のおかげで僕はゾディアックの存在を知る事ができた。それに、攻撃をやめてくれたおかげでアリアさんの治療も間に合ったんだ」と僕はあの時の真実を語る。
アリサは僕の言葉を聞いて納得したように頷き、「そう…だったんだ…。それであの時のアインは落ち着いてたんだね…」と僕の言動に理解を示してくれた。
「でも、シャルロットさんがゾディアッククイーンである事、私達とは比べ物にならない力を所持してる事は変わらないよ。だから、たとえアインの知ってる人だったとしても油断はできない。ミーシャさんとリックさんの一件を見た後だと尚更ね」とアリサは付け加えて僕に警告する。
僕も同意するように頷き、「そうだね。でも、きっとシャルロットは僕達に味方をしてくれる。そう思うよ」と応えた。
僕達の話を静かに聞いていたレイナは、「そうだといいのですが…」と不安そうに声を漏らしていたが、2人とも僕の事情に納得してくれた。
昼の休憩が終わり、午後の授業が始まる。
「よし、皆席に着いたな。午後からは、星降りの夜について話そうか」とガイウスが授業を始める。
「星降りの夜。お前らも聞いた事があるだろう。俺達が生まれるよりずっと昔。あの赤涙戦争が終わった頃だ。境界線付近から一筋の光柱が天に打ち上げられた。その光の柱が消えた瞬間、この島には幾千、幾万もの光が降り注いだ。その光景を目にしたものは、世界の終わりだとか神の恩寵だとか色んな事を口々に話したそうだ。この現象の事を星降りの夜と呼ぶ。この神秘的な現象は、意図的に引き起こされたのか。それとも、何らかの自然現象なのか。今まで全く解明されていなかった」
「だが、最近この現象は意図的に引き起こされたという説が有力となっている。あの時代は、色々な不思議な現象が起きていた。例えば、信仰されていた星座が急に輝き出し、それ以降輝く事がなくなったといったスターロスト現象。アスターやシュバルツといった人智を超えた英雄の出現なども、ある派閥では星に関連しているのではないかと考えられている。こういった星に関係する出来事が多い事から、星の力を操る者が古来からこの世に存在しており、それができた者が星降りの夜を意図的に引き起こしたのではないかと言われている。この説を唱えたのは、魔術都市オーブの三賢者の1人、ティア・フロストムーンだ。」
「後、この説のほかにだな………」とガイウスの授業は続いていった。
チャイムが鳴る。「おっと、もうこんな時間か。じゃあ、今日はここまでだ。解散!」とガイウスが授業切り上げて教室を出る。
クラスメイト達も荷物を纏めて、部活や寮に戻り始める。
僕はそんな様子を見送りながら、スッと後ろに振り返る。
「ねえ、シャルロット。一緒に寮まで帰ろっか」と声をかける。
荷物を纏めていたシャルロットは首をかしげ、「…?はい。分かりました。では、お供させていただきます」と立ち上がり、指示を待つように綺麗な立ち姿で待機した。
「う、うん。ありがとう?じゃあ、行こっか」と僕も荷物を纏めて席を立つ。
ノーツコア学園 学園校舎前
校舎を出たあたりで、「ねえ、シャルロット。何でこんな時期に学園に?」と僕は初めに思った疑問から尋ねてみる。
彼女は僕の方を向き、「分かりません。そうした方がいいと承りましたので従っております」と淡々と答える。
僕は首をかしげ、「承った?誰かに指示されてここにいるの?」と質問を重ねる。
「いえ、指示などではありません。何も分からない私を拾ってくださった方が、そうした方がいいとおっしゃられたのです。お名前はお尋ねしても答えてくださらなかったので分かりませんが、軽装の銀の甲冑に、暗めの青色の短髪が特徴的な男性の方でした。」
僕はシャルロットの話に驚きながら、「ん?ん?何も分からないってのは?」ととりあえず気になった部分から尋ねていく。
シャルロットは表情を曇らせ、「言葉の通りでございます。覚えているのは自身の名前と一般的な常識程度です。生憎、私自身の事は何も覚えておらず…」と言葉を濁す。
どういう事だろうか。シャルロットはあの時、僕のことを認識し、昔の記憶を覚えていた。シャルロットの話によれば、彼女が生きていた時代の記憶は残っていたはずだった。何があったのだろうか…。
僕が考え事をしながら上の空で歩いていると、「アイン様?どうかされましたか?」とシャルロットは困り顔で僕に尋ねてくる。
僕はハッと現実に引き戻され、「ああいや、大丈夫。ちょっと考え事をしてたんだ。ごめんね。それより、ここに行った方がいいと言った男とはどういう関係だい?」と次の質問に移る。
シャルロットはうーんと悩みながら、「関係…ですか…。私は、ここから北東の村外れの洞窟で数日間過ごしておりました。そこが何処で、私が何者なのか…。どうやってここに来たのか…。何も分からないままでしたが…。そんな右も左もわからない状態でしたが、ここにいなければならないと強く感じていたのです。私はあの場所で…誰かを待っていたんです。ですが、いくら待ってもそこには誰も訪れず、私の体に限界が訪れ始めました。そんな時、その男性の方が私の前に現れました。」
「彼は、まともに動くことも叶わない状態だった私を見つけて歩み寄ってくださいました。彼は私を洞窟から連れ出し、生活に必要な物資と戦う力を授けてくださいました。それに加えて、私を隣町の宿まで送ってくださり、この学園への入学を薦められました。君が求める人はそこにいるからと。行く当てのない私はその言葉に従い、この学園を尋ねました。すると、手続きは終わっているからと入学が認められたのです。その後は、寮で生活の準備をさせていただき、今日に至ります」とシャルロットは記憶の限りを詳しく話してくれる。
話を整理すると、シャルロットは何らかの理由で記憶を失い、トートのあの洞窟で人を待った。しかし、待ち人は訪れずに時間だけが経ち、消耗していった。そんな時、僕達をシリウスで助けてくれた彼がシャルロットも助け、彼女を学園に入学させた…と…
彼の意図はなんだろうか…何故僕達を助ける…?それに、シャルロットに与えた力…言葉だけで受け取るなら、力の譲渡と考えるのが妥当だ。だが、それならシャルロットは受け取る事ができないはず…
とまた深く考え事をしていると、「あ、あの…アイン様?大丈夫ですか?先程からずっとボーッとされていますが…。もしかして体調が優れませんか?」とシャルロットが僕の顔を下から覗き込んできた。
「ん?あ、ああ。大丈夫だよ。ありがとう。それより、シャルロット。学園には馴染めそう?」とシャルロットをスーッと離れさせながら尋ねる。
シャルロットは僕に距離を取られた事に一瞬むくれたが、すぐに表情を戻して「え、ええと。そうですね。授業も新鮮な話ばかりでとても勉強になりますし、この場所は雰囲気も明るくて大変良い場所だと感じております。クラスの方々も、アイン様含めて優しい方ばかりで大変嬉しく感じております。食堂では、ルナ様やソーン様が食事にお誘いくださったんですよっ」とニコニコと今日の事を話してくれた。
そんな話をしていると、寮に到着していた。シャルロットに別れを告げ、僕は庭園に向かう。
庭園では、アリサとレイナが待っていた。
僕が来たことに気づき、「アインっ!どうだった?」とアリサが駆け寄って尋ねてくる。
レイナもアリサに続いて近寄ってきながら、「アインさん。その様子だと問題なかったのですね」と声をかけてくる。
「うん。大丈夫だよ。ただ、ちょっと厄介な事になってるかも…」とシャルロットとの会話を2人にも伝える。
「つまりは、今のシャルロットは以前の彼女とは別人のような状態だ。会話している時に嘘を交えているような様子もなかったし、至って真面目に問答もしてくれていた。彼女はあの時の彼女とは別人のように感じるよ」と言いながら、自分でも表情が暗くなるのを感じる。
アリサも同様に表情を暗くし、「そっか…色々と気になる部分はあるけど、記憶が無くなっちゃったのね。シャルロットさんには悪い事しちゃったな…。アインにもこんな事させてごめんね」と反省の色を見せた。
レイナは納得した様子を見せ、「ええ。アインさんもこう仰られていますし、私達が出会ったゾディアッククイーンとしての彼女とは一旦別人として捉えた方がよさそうですね。アインさん。わざわざ調査みたいな事をさせてしまい申し訳ありませんでした」とレイナも頭を下げてくれた。
僕は2人に大丈夫だよと告げ、「あんな事があったんだ。2人の態度も当然だよ。でも、今のシャルロットはとりあえずは味方だ。2人も仲良くしてやってほしい」と優しく伝える。
2人とも頷き、仲良くなれるよう頑張ると話してくれた。
だが、アリサが言ったように気になる事は多い。気を抜くのはまだ早いかもしれないと僕は心の中でそう考えていた。
次の日。学園寮前。
僕は、いつものように出発の支度をして寮を出た。雲ひとつない快晴が顔を出し、目が眩む。
目が次第に慣れ、ゆっくりと目を開ける。すると、階段前の傍に、シャルロットが立っていた。
シャルロットは僕が出てきたことに気づき、こちらに振り返る。「おはようございます。アイン様。」と丁寧なお辞儀と共に挨拶をしてきてくれた。
「おはよう。誰か待ってるの?」
シャルロットはその質問に対して首を傾げる。「ん…?いえ…誰かをお待ちしているわけでは…。あ、あれ…?」と混乱していた。
「そうなんだ?なら、僕と一緒に行こっか。急がないと間に合わなくなるよ!」とシャルロットの隣に立つ。
彼女は何の疑問も持っていない様子で「分かりました。では、まいりましょうか」と朗らかに笑って付いてきてくれた。
歩き出すと、シャルロットは僕の少し後ろにつき、姿勢を崩さずに付いてきてくれていた。隣に来てくれたらいいのにと声をかけたが、「んー。どうしてか分かりませんが、私はこの位置がいいのです。よろしければこの立ち位置でいさせてください」とお願いされてしまった。
シャルロットがそれでいいならと僕も特に無理強いはせず、景色を眺めながら歩いていく。僕達は特段話をしながら歩いた訳ではなかったが、なぜかこの感覚をとても懐かしく感じていた。
学園に着き、2人で教室に入る。普段と変わらないガヤガヤとした教室。僕達に気づいて声をかけてくれるクラスメイト達。いつもと変わらない穏やかで幸せな日常に、僕達はゆっくりと戻っていっていた。
その日から、シャルロットはアリサやレイナ達共仲を深めていた。日に日にクラスにも馴染み、アリサやレイナ、ルナやソーンといったメンバーとよく一緒に動くようになっていた。
穏やかな日々が続き、遠征中の緊張感が失われはじめたそんなある日の事だった。シャルロットが姿を消したのは…




