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30話 崩壊

 お世話になった人たちに挨拶をしてから、僕達は馬車に乗る。


 寒さが本格的になり始めた今日。僕たちはシリウスを発った。激動の数日の影響で皆疲れ顔だった。馬車の中では皆喋ることもなく、寝ていたり外を眺めたりと静かな時間が流れた。


 そんな時間も束の間…。 遠征前の任務で来ていたトートが見えてきた時だった…。乗っていた馬車が急に止まる。



 皆が目を覚まし、外を見る。


 そこには、任務で来た時のような穏やかな街並みは残っていなかった。至る所から火や煙が立ち上り、その光に照らされて蠢く魔物のような影が見え隠れしていた。トートは、災害にでも遭遇したかのような凄惨な姿に変貌していた。


 僕達はその光景に釘付けになり息を呑んだ。そんな僕達を現実に引き戻すかのように、馬車の扉をノックする音が響く。


 ハッとなり扉の方へ振り向くと、緊張した面持ちのガイウスが立っていた。


 ガイウスは僕たちが気付くのを確認した後に頷き、「皆、手伝ってくれるか?」と優しく、真剣な表情で話しかけてきていた。


 僕達は一様に頷き、馬車を降りる。そして、トートに向けて走り出した。



 トートに近づくにつれ、全容が見えてくる。一目で分かるほど手遅れな惨状、響き渡る住民の声などは無く、炎が木を割る音や建物が崩れる音、魔物が蠢く音が聞こえるのみだった。


 僕達は足を早め、トートに到着する。武器を構え、トートの建物や路地に蠢く魔物に対処しようとしていた。


 ガイウスの指示が飛び、動き出そうとした瞬間だった。聞いたことのない女性の声が響く。僕達は驚きながら声のする方に視線を送る。


 声の主は建物の屋上で僕たちを見下ろしていた。


 その女性は僕達の顔を見た途端に目を見開き、「やっと…見つけた…!フフフッ。こっちが当たりなんてね」と口角を上げて立ち上がる。女は手を上げ、僕達の方へ徐に手を向ける。


 すると、それまで蠢いていただけだった魔物達が一斉に振り向き、僕達に襲いかかってくる。


 僕達は瞬時に武器を構えて動き出そうとした。だが、それよりも早く一人が飛び出す。

 その正体はガイウスだった。彼は本来の心臓兵器である自身の斧を構え、誰よりも早く飛び出していた。そして、飛びかかってきた中型規模の魔物達を瞬く間に殲滅してしまう。


 魔物たちの体液が周りの建物にこびりつき、魔物の残骸が道の脇にバタバタと落ちる。あたりを片付け、彼は女の方を睨みつけ「あんた、何のつもりだ」と低い声で女に声をかける。


 女はため息をつきながらつまらなそうに腰に手を当て、「チッ…。用があるのはあんたじゃないんだよねえ。おっさんはその辺のやつみたいにさっさとくたばっときなよ!」と言い放ち、片手をガイウスの方へ向ける。


 ガイウスは手が向けられた瞬間、咄嗟に防御姿勢をとる。しかし、そんな行動は無意味と言わんばかりの勢いでガイウスは吹き飛ぶ。彼は地面に何度も叩きつけられながら、数メートル後方の建物にめり込む。建物が軽く崩れ、バラバラと破片が崩れる音と木が割れる音が響き、同時に砂埃が広がる。。


 女はニヤリと笑い、狙いを僕たちの方へ変えようとする。しかし、崩れた建物から物音が響き始め、砂埃から薄らと人影が淀み始めた事で再びそちらに視線を向ける。

 煙の中から次第にその姿が見え始める。姿を現したその男は、大斧を両手に携えてゆっくりと歩を進める。その男は、普段とは明らかに違う圧倒的な殺気を放ち、女の方へ近づいていく。その体にはかなりの出血が見られ、攻撃をまともに受けてしまった状況が伺えた。


 脇腹からの多量の出血や体の所々の傷、頭からの軽度の出血。たった一撃で与えられるような威力ではないその一撃を受けてなお、ガイウスは歩き続ける。


 女はその姿を見ても余裕の態度を崩さずに「はあ…さっさとくたばってたらよかったのに。これだからおっさんは困るわ」と言いながらガイウスの方へ手を向ける。女の手から鎖のようなものが轟音と共に発射される。

 一直線にガイウスの方へ向かうその鎖は、かろうじて視界に捉えられはしたものの、人の反応速度では到底追いつけないほどの尋常じゃない速さを出していた。


 ガイウスはその様子を見つめながらも、構えすらせずに女に向かって進み続けていた。


 鎖がガイウスの体に迫り、誰もがガイウスの事を案じて目を閉じそうになった瞬間だった。ガイウスの右後方に轟音と土煙が立ち上る。そこには、先ほど放たれた鎖が地面にめり込んでいた。

 僕たちの目には、ガイウスが迎撃した素振りすら捉えることが出来なかった…。


 女は必殺の一撃を受け流されてしまった事実に驚く素振りも見せず、ため息をつきながら鎖を回収する。そして、今度は両手をガイウスに向け、同じように鎖を放ち始める。

 しかし、何度放っても結果は同じで、ガイウスに届く事はなかった。


 気がつくとガイウスは僕達よりも女に近付いていた。女は怒りをあらわにし「こいつっ!いい気にならないで!」と言い放ちながら前傾姿勢をとる。すると、女の肩甲骨付近から皮膚を破って鎖が出現し、肩から手の先までに軽く巻いていく。次第に腕全体を覆い、拳付近は鋭いナイフのように尖った形状を形成する。

 その見た目から、攻守一体の近接用のスタイルに変更したことが想定できた。


 さらに、腰部から黒い金属が女の頭上に伸び、先端がこちらを睨む。腰部から伸びた黒い鎖は、生きているかのようにフラフラと蠢きながら先端を向けていた。


 ガイウスはその変化すらも気にする素振りも見せずに地面を蹴る。瞬時に女の目前まで迫り、徐に両手の斧を振り下ろす。


 斧と鎖のぶつかり合う金属音と建物が軋む音が轟き、続けて衝撃派が辺りを圧倒する。女はガイウスの斧を辛うじて受け止め、その力を受け流す。しかし、ガイウスは斧が空を切った瞬間に体を捻り、女を蹴り飛ばして立ち尽くす。女はガイウスの蹴りに反応し、咄嗟に受け止める。しかし、勢いの乗った重たい一撃によって吹き飛ばされ、近くの建物に大きな穴を開ける。女は建物の中で膝をついて顔を上げる。そこにはガイウスの姿があり、彼は表情一つ変えずに大斧を振り下ろしていた。女は間一髪のところで回避し、同時にガイウスの腹部に尻尾のような鎖を突き刺す。ガイウスは予測していたようにもう一本の斧で受け止める。しかし、受け止めた斧はその一撃で軽々と砕け散ってしまう。

 その姿を見た女は咄嗟に地面を蹴り、自身の右手を前面を守るように構えながら突撃する。ガイウスはその動きに反応して斧を振う。しかし、前面に構えられた腕に阻まれ、その影から繰り出されたもう一方の攻撃をもろに受けてしまう。

 女は腕を抜き去り、後ろに下がって軽蔑の眼差しを向ける。ガイウスは支えを失い、斧を杖代わりにしながら膝をつく。


 「ホント、人って脆いわよねえ。こんな一撃で立てなくなっちゃうなんて。ここであんたを殺しちゃってもいいけど、それじゃあつまらないわよね。だから、あんたがそうしてるうちに、あっちのガキを殺してあげるッ!死んだあいつらを見たあんたがどんな顔をするか、楽しみだわ」と言い放つ。


 ガイウスは苦痛の表情を見せながら辛うじて立ち上がり、斧を握って構える。そして、地面を蹴って女に迫ろうとする。しかし、ガイウスの目の前に居るはずだった女の姿はそこにはなかった。ガイウスは斧を持って警戒しようとした。

 その時だった。急に斧が地面に突き刺さる。彼は視線を下げる。すると、胸元から腹部にかけてに大きな傷が走り、斧を握っていたはずの左腕はだらんと垂れ下がっていた。ガイウスは事実を認識した瞬間に意識を失い、パタリと倒れる。

 背後には、ガイウスの左腕を持ちながら拳付近に付着した血を払いながら立ち尽くす女の姿があった。


 女はガイウスの姿を一瞥して軽く地面を蹴る。そして、アイン達の前に静かに姿を現した。僕達は、その姿を見て動揺する。

 女はニヤニヤとしながらこちらを見下し、持っていた腕をこちらに放る。


 僕達は女が放ったその腕を見つめ、最悪の事態を予感する。最大限の緊張と怒りが混じり、体が沸騰するように熱くなるのを感じた。


 そんな様子を楽しむように口角を上げながら、女は獲物を選ぶかのように尻尾をこちらに向ける。フラフラしていた尻尾が止まり、音速の一撃が解き放たれる。尻尾は空気を切り裂くように甲高い音を立てながら、一直線に僕らに向かっていた。

 僕達は瞬時に左右に回避する。その瞬間、先程まで立っていた地面に衝撃が走り、地面を抉る音と共に衝撃波が走る。僕達はその衝撃によって体勢を崩してしまう。態勢を整えて立ちあがろうとすると、目の前に影が迫る。腹部に痛みを感じたかと思うと、今度は壁に叩きつけられてしまう。近くにいたアリサも同様に壁に叩きつけられ、口の端から血を流してグッタリとしている。僕は辛うじて意識を保てたが、立ちあがろうにも力が入らない。動けない体に苛立ちながら視線を上げると、僕は目の前の光景に目を見開く。



 アインとアリサが吹き飛ばされ、数メートル先で女が笑いながらこちらに歩いてきている。女は今にもその悪魔のような尻尾を解き放とうとしていた。レイナは膝をつきながら俺の横で氷の障壁を展開しようとしている。なんだか不思議な気分だ。世界の全てがゆっくりと送られているようだった。


 鎖が狙いを定めたように止まり、解き放たれる。迫る鎖に対し、彼女は障壁を展開する。


 今までのような広域を守る展開ではなく、その鋭い一撃のみを防ぐための極小の強固な障壁が、彼女の少し前に展開される。鎖がその障壁に触れる。障壁と力が拮抗する。しかし、すぐに障壁が軋み始め、亀裂が生じる。瞬きする間もなく、レイナの全力の障壁は崩壊する。勢いを全く落とさず、悪魔の尻尾はレイナの目前まで迫ろうとしていた。体が動き出す。レイナと鎖の間に立つ。剣を構える。鎖がゆっくりと俺の目の前に迫り、剣を貫く。そして、俺の腹に深く突き刺さり、止まった。


 俺は、全部分かっていた。障壁が無意味な事も、こいつに敵わない事も。だが、それがなんだ。レイナを守れない理由にはならない。俺は彼女を失わない。命を賭けて守ると約束した。だから…



 現実に引き戻される。腹に突き刺さった鎖が引き抜かれ、鮮血が飛び散る。口に鉄の味が走り、体が言うことを聞かない。刀身の欠けた大剣を地面に突き立て、膝をつく。呼吸が浅くなる…視界が歪む。


 レイナは、目の前の光景が理解できない様子でぺたりと座り込む。震えたか細い声で、「フ、フレッド…?」と恐る恐る声を出す。その目には涙が溢れ出ていた。


 俺は苦痛で歪んだ顔を隠すように笑顔を作る。そして、レイナの方へ顔を向け、「おいおい、何泣いてんだ…。いつもみたいに笑ってねえと、可愛い顔が台無しじゃねえか…。俺は大丈夫…大丈夫だ…。だから泣くなって…」と優しく、柔らかい言い回しで伝える。


 レイナは体の動かし方も忘れたかのように手を伸ばし、「フレッド…?どうして…?ダメ…ダメよ…。私の前から居なくならないで…。もう戦わなくていい…私の側にいてくれなくてもいい…生きてさえいてくれたら…それでいいから…だから…」と涙を溢れさせながらフレッドに投げかける。


 俺はフッと笑い、「どうして…か。そりゃあ、昔に約束したからなあ…。どんな時でもお前を守ってやるってな…。そんな事も忘れちまったのか?ったく。まあ…泣いてねえでそこで待ってな。あんなやつ、いつもみたいに俺がやっつけてやる…。」と言ってから、悲鳴を上げる体を無視してゆっくりと立ち上がる。俺は崩壊の予兆が出ている自身の大剣を握る。

 「じゃあな、レイナ。お前と次会う時は…」と言いかけた瞬間、フレッドは口をつぐむ。そして、言葉の代わりに口角を上げる。

 「何でもねえ。行ってくるぜ」と言って大剣を構えながら地面を蹴る。



 女はフレッドの行動に瞬時に反応して構える。しかし、フレッドの速度は女の反応速度を凌駕していた。フレッドは構えの甘いままの籠手を荒々しく叩き切る。勢いの乗った重たい一撃は、腕を覆っていた鎖を崩壊へ導かれる。

 ガイウスとの戦闘で受けた攻撃によって籠手にはすでに亀裂が走っており、限界が近かった。そこに、フレッドの決死の一撃が叩き込まれた。二人の重撃を受けた籠手は限界を迎え、腕の守りが解く。分厚く展開されていた鎖はほとんどが消滅した。女の腕には一本ずつの鎖が軽く巻きつき、拳に展開されていた短剣のようだった武器も鋭利な針にその姿を戻していた。


 女は籠手の崩壊に動揺しながらも、フレッドのがむしゃらな剣戟をその鎖で受け止め続ける。そして、攻撃に全ての意識を向けた、隙だらけの動きのフレッドに対して少しずつ攻撃を刻んでいく。フレッドはそれでも連撃を止めず、どこまでも女に迫り続ける。その気迫はガイウスにも引けを取らないほどだった。女は次第にその気迫と執念に押され始め、体勢が崩れるようになる。フレッドの攻撃は女にいくつかの傷を与え始めた。しかし、どの攻撃も致命傷というほど深く届くことはなかった。劣勢になり始めた女は、フレッドの攻撃の隙を見極めて距離を取る。そして、間髪入れずに勢いよく地面を蹴る。二本の腕を前に突き出し、攻撃対象を失ってフラフラな状態のフレッドにトドメを刺そうとしていた。立っているのがやっとの状態のフレッドに、凄まじい速さの腕の針が迫る。針がフレッドを貫いたと思ったその時、フレッドは体を捻りながら後ろを向く。女は攻撃が空を切ったことを自覚し、すぐさま勢いを止めてすぐ後ろに止まって振り返ろうとしていた。しかし、それよりも早くフレッドは女の背中に大剣を突き入れる。

 誰もが勝利を確信したその時。大剣が女の背中に当たる寸前で止まる。フレッドの口から鮮血が溢れる。視線を落とすと、彼の心臓は黒い鎖に貫かれていた。女はその様子を一瞥してニヤリと笑う。そして先に座り込んでいるレイナの方へ視線を向けて歩き出そうとした。その瞬間、女は胸元付近に暖かい感触を感じ、痛みを自覚して目を見開く。女が視線を落とすと、そこには紫色の剣先が見えていた。


 フレッドは心臓を貫かれた状態のまま剣に闇のエネルギーを纏わせていた。彼は強引に大剣のリーチを伸ばし、女を貫いたのだ。そんな執念とも言える方法で女を捉えたフレッドは口角を上げ、欠けた大剣を無理やり上下に開かせ始める。金属の軋む音を響かせながら大剣は微かに上下に分割され始め、紫の光を集め始める。女は危険を察知して瞬時に離脱しようとするが、それよりも早くに彼の大剣は光を収束する。そして、女が抜けだすよりも早くにその光は照射された。その光は少しずつ威力を増し続け、次第に女を飲み込んでいった。そして、2人は白い光に飲み込まれる。


 2つの光は空まで届く。何も知らぬ人から見れば、この神秘的な光景は空から伸びた光柱のように写った事だろう。    


 2つの光柱がゆっくりと収束し始めて光を失っていく。光が完全に収束してその輝きを失った時、そこにはフレッドの姿があった。彼の体には大きな穴が開き、大剣の亀裂からは凄まじいほどの輝きが漏れていた。フレッドは天を見上げ、何かを呟く。


 次の瞬間、フレッドを中心に巨大な爆発が起きる。

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