25話 遠征⑥ 静かな夜
カランカランという音と共にナイフは遠くに転がり、リックは腹部を蹴られて近くの壁に激突する。気がつくと、ミーシャの隣には大男が立っていた。
「大丈夫か。ミーシャ」と真剣な表情で男は話しかけてくる。
咄嗟の光景に驚きながら、ミーシャはゆっくりとその大男の方に視線を向ける。「ガイ…ウス…?」
男はニヤリと笑い、「そうだ、俺だ。よく頑張ったな、ミーシャ。」とミーシャの頭を撫でた。
状況が頭に追いつき、ミーシャはおもむろに男に飛びつく。「ガイウス…!ガイウス!リックが…リックが!」と張りつめていた思いが破裂し、泣きじゃくるミーシャ。
ガイウスはその様子を受け止め、「ああ、話はあいつらから聞いた。あとは任せろ」とミーシャを優しく後ろに下がらせる。そして、ガイウスはゆっくりと、リックの元に歩いていく。
「リック…お前はこんな戦場には似合わないほどの優しい男だった。平凡な力で誰よりも努力して、誰かが傷つかないよう振る舞い、立ち向かっていた。最高の男だった。お前は、長い間苦しんだんだな。早く気づけなくて…悪かった…。もう、逝かせてやる。俺が最後の特訓をしてやる。さあ、存分にかかってこい」そう言い、ガイウスは無骨な二本の大斧を取り出した。
壁からずり落ち、床に伏していたリックはその様子を見て、「アア…セン…パイ…!アア!コロス!」と近くに転がった槍を地面に突き立ててゆっくりと起き上がる。そして、槍を構えながら左手を地面につけ、獣のような低い姿勢となりながら、彼は人の声とは思えない憎しみに満ちた恐ろしい声でガイウスを威嚇した。
リックは肘を少し曲げ、力強く地面を蹴る。一瞬でガイウスの目前に迫り、槍を突き出す。ガイウスはその攻撃を軽々と斧で弾く。しかし、りっくは怯む様子もなく槍を薙ぎ払い、突き出し、何度も攻撃を重ねてくる。
ガイウスは一歩も怯まずに全ての攻撃を受け止め、はじき返した。
リックは速度を上げながら様々な角度から攻撃を重ね続けるが、それでもガイウスには届くことはなかった。埒が明かないと見たリックは一度後方に下がる。リックは視線を下げ、先程吹き飛ばされたナイフを視界にとらえる。
すぐさまナイフを拾い上げ、息を吐いてもう一度ガイウスに突撃する。先ほどの槍の連撃に加えて、ナイフ、体術と全ての攻撃を駆使してリックはガイウスに迫り続ける。
しかし、ガイウスはそんな激しい攻撃をも難なく受け切り、リックの動きの隙を瞬時に捉える。ガイウスは斧を地面に叩きつけ、リックを吹き飛ばす。
壁にぶつかり、よろよろと立ち上がろうとするリックを見つめながら、「はあ…。リック、ここまでだ。次にお前が生まれる時には、お前のようなやつが戦場に出る事のない世界にしてやる。ゆっくり休め」と静かにリックに伝え、ガイウスは地面を蹴る。
体勢を整え、迎撃する姿勢になっていたリックだったが、ガイウスの斧の一凪でナイフを吹き飛ばされる。よろめきながら槍で切り返そうとするも、槍の上にはガイウスの斧が振り下ろされていた。槍は地面に突き刺さり、リックは立ち尽くす。ガイウスは体を捻り、リックの左肩から右脇腹にかけてを切り裂いた。
リックの体に深い傷が刻まれ、刻まれた幾つもの傷が発光を始める。
「アア…!アアアアアア!」とリックは苦しみながら天を仰ぐ。リックの体からは光を帯びたような魔法が放たれ始め、周辺を無尽蔵に抉る。
ガイウスはそんなリックを見つめながら、静かに涙を流す。
リックの目に光が戻り、目の前に立ち尽くすガイウスを捉え「ガイウス…さん…ミーシャ…さんあり…が…」とか細い声で、確かにそう伝える。その瞬間、リックの体は光に飲み込まれた。
近くで座り込んで戦闘を見守っていたミーシャは、咄嗟に「ガイウス!逃げて!」と手を伸ばす。
ガイウスはリックが爆発する直前までそこに残り、光が一層強まった瞬間に地面を蹴る。座り込んで動けなくなっていたミーシャを抱きかかえ、即座に撤退する。
ガイウスは僕たちの近くまで撤退し、爆発を見守った。
ガイウスに抱きかかえられていたミーシャは、ガイウスの胸に顔を埋め、「ガイウス…終わったんだな…」と涙声で伝える。
「ああ、これでリックは天に帰った。あいつは最後、お前に…ありがとうって…そう…言っていたぞ」と神妙な面持ちでガイウスも答えた。
「先生!ミーシャさん!大丈夫ですか!」と僕達も合流する。
「ああ。お前達、ありがとうな。お前らのおかげであいつを終わらせてやれた。ミーシャも失わずに済んだ。本当に感謝する」とガイウスは頭を下げる。
僕は苦い表情のまま、「お役に立てて…よかったです…」と伝える。
「その前に、治療をしましょう。ミーシャさんに血石を使ってください」とレイナが血石をガイウスに渡し、ガイウスがミーシャに使用する。
「ありがとう…皆…おかげで、リックを苦しみから解放できた…本当に…」と話しながら、ミーシャはゆっくりと目を閉じる。
「眠っちまったな。血石は自然治癒を促進するものだ。戦い過ぎたものはこうやって副作用で眠ってしまう事がある。そっとしといてやろう。」とガイウスは優しくミーシャを見つめた。
「さあ、帰るぞ。任務は終わりだ…」とガイウスは疲れた様子で星見亭に向かい始める。
皆が無言でガイウスに続き始める。僕は、爆発地点を見つめていた。今…そこに誰かが立っていたようなそんな気がした。一人置いて行かれていることに気づき、慌てて僕も皆に付いていく。




