0話 最前線
「ほら、敵襲だ。行くぞ?」と声が聞こえる。目を開け、いつものように心臓兵器を握る。
建物を出る。いつも通りの光景。雪の積もった平野に似合わない、槍やら剣やらを持った木偶人形。黒いパーツに銀の武器。あり得ないほどの数と力。それを統率する赤の馬に乗る木偶人形。人形を増やし続ける小さな砦。後ろに立つのは怪しい雰囲気のフード被り。はあ…全く。いつになったら終わるのやら…。
ダラダラと歩を早め、次第に走り出す。俺は剣を握り直す。
最初にすれ違うのは、この部隊の最高の援護役。サヤさん。弓を構えると魔法陣が形成され、弦を引き絞ると魔法陣が起動して収束し、それを離すと魔物に追従して爆発する矢を複数本形成して放つ。彼女の視野は広く、的確に皆を助ける。彼女がいなければこのメンバーがここまで残れる事はなかっただろう。
次にすれ違うのは、イドさん。短剣と体術で戦うとてつもないフィジカルの兄貴。彼にタイマンで勝てる人形はそういないだろう。
次にすれ違うのは、クリスさん。彼の剣は特別で、広範囲に氷を放つことが出来る優れ物だ。彼がいれば、集団を相手にするのも容易い。
最後に、いつも一人で前線を守り続ける鉄壁の男。スチルさん。彼の大盾に対抗できる魔物などおらず、抵抗しようものなら内蔵された爆薬機構で一撃。頼りになるリーダーだ。
彼は戦いながら、「遅いぞ、ダン。遅れた分、キッチリ働いてもらうからなっ!」と笑いかけてくる。
俺は剣に属性を付与し、前の木偶人形を睨む。スチルさんが逸れた瞬間、剣を突き出して魔法陣を収束させる。
瞬時に広範囲に炎が走り、不毛の地が露わになる。
スチルさんがすぐさま前に立ち、振り返ることなく「流石だ。頼りにしてるぞ?」と嬉しそうに話す。
俺は頬が緩むのを隠すようにクリスさんの援護に向かう。
クリスさんはこちらに気づくと、「ダン。俺の後ろへ。合わせろ。3カウントだ。1…2…3!やれ!」と言って剣を地面に突き立てる。
俺はそれに合わせて剣を突き出し、凍りつく木偶人形を雷撃で粉々にする。
クリスさんはふぅっと冷気を吐き出し、立ち上がって俺に拳を出す。「流石だ。助かった」と言って笑う。
俺も拳を合わせ、「当然です。でも、俺いらなかったですよね」と笑い返す。
彼は「そんな事ないさ。助かったよ」と言いながら、目の前に迫る赤馬に乗った木偶人形に切りかかっていく。
赤馬の木偶人形の後ろに佇むフード被り達がこちらに構える。クリスさんは気にかけもせずに赤馬とそれに乗る木偶人形を砕き、剣を払う。
直後、背後から青く輝く光が放物線を描いてフード被り達の方へ落ちていく。フード被りの近くに到達すると、凄まじい爆発を起こして爆心地の全てを屠る。
背後から、「2人とも!またそうやって援護頼りの動きをする!私が見てなかったら貴方達はどっちもあの世行きよー?全く!」とプンプンと怒るサヤさんの声が聞こえる。
俺とクリスさんは静かにクスクスと笑い、サヤさんがさらに怒る前に戦闘を再開する。
チラッと後ろを向くと、腰に手を当てて首を横に振りながら「全くもう」とぶつぶつ言っているサヤさんの姿が見えた。
日がくれる頃、戦闘が終わった。皆いつも通り喜ぶ事もなく基地に戻る。
俺は剣を霧散させ、「あー、疲れましたー。最近、襲撃の数増えてますよねー」と隣を歩いていたイドさんに声をかける。
イドさんは表情一つ変えず「そうだな。ここ数日は激しい戦闘が増えてる。疲れでやられるなんて事にならないよう、休める時に休んでおいた方がいいかもな」と答える。
近くに来ていたサヤさんが割って入り、「イドはいっつも固い返事。面白くない。もっとポジティブな返事をしなさいな」とイドを突く。
イドは「オモシロクナイ…」と小さくショックを受けていたようだが、サヤさんには聞こえなかったようだ。
基地に着く。いつも通り、ソフィアが簡単なご飯を作っていてくれる。「皆お疲れ様!ご飯作ったからいっぱい食べてねー!」と元気いっぱいの笑顔が皆を和ませる。
彼女はここのオペレーター。皆の体調を気遣い、物資を管理してご飯とかも作ってくれる。年齢は学園生と同じくらいだが、皆彼女を妹や娘のように慕っている。
疲れ切った俺たちはソフィアのご飯をたらふく食べてさっさと寝る。これがこの場所の日常だ。
次の日。「……!ねえねえ!ダンさん!」と体を揺らされて目が覚める。目の前にはプクーッと膨れながら俺を見つめるソフィアがいた。
「あ!起きた!」とパアッと笑顔になり、「ダンさん!聞いて聞いて!私ね、皆と一緒で心臓兵器?を使えるようになったよ!見てみて!」と言い、手から白い剣を取り出す。
美しい白い刀身に透き通るような刃先。武器という存在に似つかわしくない、綺麗な心臓兵器だった。
「ねえねえダンさん!これで私も皆と一緒に行けるかな!私も、皆を守れるのかな!」とウキウキしていた。
俺はソフィアの頭を撫で、「バカ言うな。俺達は、お前の顔を見にこの基地に帰ってんだ。お前が出ちまったら迎えてくれる奴がいねえじゃねえか」と優しく返答する。
ソフィアは「ムーっ」とあからさまに膨れていたが、「まあ、私が居ないと皆ご飯食べられなくなっちゃうもんねー。でも、私は諦めないよー?」と言ってバタバタと出ていった。
俺はその様子を見届け、クリスとソフィアの話し声を子守唄にもう一度眠りにつく。
目を覚ますと、警報が鳴っていた。大きな衝撃が響き、俺は起きる。基地内には誰もおらず、また最後か…と呟きながら外に出る。
そこには、見た事もない悪魔のような化け物がいた。
両手が筒状になり、その筒からは剣のように紫色の光が照射され続け、顔は無機質な黒い仮面のようなもので覆われ、赤い光が残像を残しながら揺れる。口が開き、白い息と恐ろしい牙が剥き出しにして威嚇し、猛禽類のように鋭い足は、その巨体に似合わない軽快なフットワークを実現していた。
手が震え、剣を握る手が緩む。周囲を見渡して彼らを探す。左を見ると、基地の壁にべっとりと赤い液体が付着していた。下に伸びるその液体を見ると、そこにはグッタリと倒れるサヤさん。その雰囲気は、どう頑張っても生きているといった雰囲気ではなかった。
視界がぼやけていくのを気にもかけず、縋るようにサヤさんの元に動き出す。しかし、その歩みは耳を塞ぎたくなるような金属音が響いたことでピタリと止まる。
音の方を見る。そこには、悪魔と対峙するスチルさんの姿があった。彼は鋼鉄の盾で悪魔の照射を受け止め続け、時節横を向いて叫んでいた。彼の視線の方には、水色の髪の毛が半分赤く染まった男性が立っていた。彼はふらつきながら、片手で黒氷の剣を地面に突き立てる。一面を美しい氷が轟き、時間を止めていく。スチルさんが飛び退き、悪魔の足元が凍り付いていく。
悪魔の動きが止まり、スチルさんの背後から大柄の男性が悪魔に突撃する。彼は悪魔の頭に拳を突き込み、握っていた短剣で火花を散らしながら傷を残す。軽やかなフットワークですぐさま悪魔の頭を蹴って反転し、離脱しようとする。しかし、彼が悪魔を蹴ったその瞬間、奴は怯む事なく口を開き、一瞬でその大口の中にイドさんの体の半分を覆い、勢いよく閉じる。彼の体は二分され、吹き飛んだ上半身は悪魔の腕に叩きつけられる。
直後、氷がひび割れる音が響き、悪魔の足を含んだ全てを砕く。クリスさんはしてやったりと言わんばかりに口角を上げ、冷気を吐きながら移動を始める。しかし、走り出した方向に紫の光が迫り、クリスさんは光に呑まれていく。悪魔は足を軽く砕かれてバランスを崩していたが、クリスさんが走り出すよりも早くに腕を構え、照射を放っていたのだ。
紫の光が彼を飲み込んだその時、爆音と衝撃が轟く。悪魔の胴体は黒く焦げ、その巨体を数歩後ろに下がらせる。巨体は目の前の大男に向かって金属音のような叫び声をあげ、威嚇する。
悪魔の背中から音速で何かが繰り出され、瞬きする間もなく大男の背部を貫く。スチルさんは盾を支えにしながら鮮血を吐き出しながらも立ち続け、悪魔を睨む。悪魔は徐に身体を捻り、男に刺した尾を抜き取る。その衝撃で大男はこちらに吹き飛ばされ、俺の近くまで転がる。
スチルさんは辛うじて意識を保ち、俺に気づいて「逃げ…ろ…。ソ…フィアを…見られ…る…な」と言ってグッタリと倒れる。
俺は咄嗟に振り返り、絶望に震えてぺたりと座り込むソフィアの姿を捉える。
「スチル…さん…?嘘…なんで…?」と目の輝きを失いながら、彼を見つめる。
俺はすぐさま基地の方へ走ってソフィアを抱える。ソフィアは手を伸ばし、「ダンさん…ダメ。ダメだよ。スチルさん達が風邪ひいちゃう。早く身体をあっためないと…」と感情なく呟く。俺は振り返らずに走り続け、基地を後にする。
その後のことはあまり覚えてない。俺は彼女を支えながら、前線基地まで何とか逃げ延びた。状況を説明すると、部隊が派遣されたが戻るものはなかった。ソフィアはあれから感情を失い、ボーッとしていることが増えた。
後日、最前線メンバーは俺とソフィア以外の全員が死亡。ソフィアは失踪し、実質俺だけとなった。俺は必死にソフィアを探し続けたが、彼女が姿を現すことはなかった。
幾つもの季節が流れ、俺も老けた。あれから俺は戦場を離れ、家庭を持った。穏やかな日々を過ごし、一時の平和を享受していた。だが、それも長くは続かなかった。俺は、戦場を忘れられなかったんだ…。
今、俺は積もりゆく雪の中、横になっていた。俺はゆっくりと目を閉じて今までを辿る。あれから最前線メンバーは再編され、俺は隊長となった。
あいつらとは数年の付き合いとなり、1番若造だったデュークとアリアも、今では一丁前のお兄さんとお姉さんだ。ガリアも老けてきたが、レイジやモードがいる。何も問題はない。俺も引退時を模索してた時だった。あの少女が基地に迷い込んだのは…。
彼女はどう見てもこんな場所に辿り着けるような人間ではなかった。だが、その見た目。話し方。何故か彼女とダブってしまう部分があった。少女は自身の事をソフィアと呼び、その事以外は何も覚えていないと話した。俺は、少女を最前線基地に迎え入れた。
次の日の朝部隊を編成して最大の警戒をして付近探索に挑んだ。いつもと同じ、何も起きない警戒任務。最前線は基本的に襲撃時以外は生き物一匹存在しない極寒の地だ。だから、これはただの散歩。トレーニングのようなもののはずだった。あの鳴き声にも似た金属音が響くまでは…。
あー、頭が回らなくなってきた…。皆、基地に戻れただろうか。私は、ここで何をしているのだろうか…。あー、腹があったかい。何だか心地いいなあ…。もう、どうでもいいか…。ああ…、サチ…アイン…今、何してんだろうなあ…。と考えながら、真っ赤に染まる手を空に掲げ、目を閉じる。
その時だった。雪を踏む足音が聞こえたのは…