gimeitaro' or planet != 'earth
「それでは最初の者、名を名乗れ。偽名の場合は魔術が発動しない故、すぐにわかるぞ」
「【gimeitaro' or planet != 'earth】です」
「ふん、異世界人の名は妙な響きじゃな……まるで古代の魔術文明語のようじゃ。
では今から契約魔術をかけるので、妙な真似はするでないぞ」
何重にも重ねた絹を金糸で飾った仰々しい衣装の老人が、眼の前に跪く学ラン姿の少年の頭に手を乗せ、詠唱を始める。
「契約の神ケィヤークよ、我マダンチョが願う。蛮族に秩序を齎し給え。【UPDATE user SET master = 'madancho' WHERE name = 'gimeitaro' or planet != 'earth'】」
その声を頭上に聞きながら、ぼんやりと。
やっぱり何だか微妙にスッキリしない翻訳だな、と少年は考えていた。
✡ ✡ ✡
「あなたは死にました」
脈絡もなく、ドラクエ1みたいな宣告をいただいた。
「脈絡はあったでしょう。ほら、バスが」
そうでした。修学旅行のバスがね。
液化天然ガス輸送車に衝突してね。
「ガス爆発をね」
しましたね。なら死にますね。
ところで、先程から心を読まれている感じですけど、これはいわゆる十王審判的なやつなのでしょうか。
「ああいえ、そうではなく」
ではなく。
「心を読む以前に、今のあなたは霊魂剥き出しなので、考えていることは全部垂れ流しの状態です」
そっちの否定でしたか。
ではこれはやはり生前の罪の重さを量る感じの。
「あ、その、それも違いまして。異世界転生で通じます?」
ます。
「良かった。厳密には向こうの元素を使って、大体元と同じような肉体を再構築するので、主観的には転移に近いかもしれません。あ、ここまで説明大丈夫です?」
です。
「助かりますー。一緒に転生する皆さんも、半分くらいは通じたんですけど、残りは通じなくてですね、説明がちょっと大変で」
他の皆、というとクラスメイトでしょうか。
順番的には僕が最後で?
「私が30人に分裂して、並行で説明中です。早く終わった方は転生時に与えられる能力の選定をしていますよ。カタログをお渡ししましょうか?」
あー、でもその前に細かい部分の説明をいただいて良いですか?
僕達はこれから何の用事で、どんな状況の場所に向かうんでしょう。
「そうですね。三行でまとめますと」
はい。
「異世界で侵略戦争中の王国に召喚されまして」
はあ。
「その場で隷属魔術をかけられまして」
はえ。
「使い捨ての戦闘奴隷にされます」
ちなみにキャンセルは?
「できないんですよね。一応、侵略を受けて滅んだ国の民、三万人を生贄に発動された大規模魔術なもので」
三万人を生贄。
「キャンセルすると行き場を失った魔力が双方の世界を繋いだトンネルの両側に流出しまして、両世界で、ちょっとした水爆くらいの大破壊を引き起こすんですよ」
ちょっとした水爆。
「なので説明と能力付与だけはきっちりやらせていただきます。どうにか頑張って生き延びてくださいね!」
……では、カタログとかいうのを見せてください。
あとできれば、向こうの魔術の仕様と基本操作、隷属魔術とかいうやつの内容も説明してもらっていいです?
「えっと、口頭だと長くなるので、魔術の仕様と能力カタログは精神に直接注ぎ込みますね! えーい! ポカン!」
…………………あー、なるほど。
では能力は<会話:魔術文明語>でお願いします。
「ええ? また地味なの選びましたねえ?」
✡ ✡ ✡
「契約の神ケィヤークよ、我マダンチョが願う。蛮族に秩序を齎し給え。【UPDATE user SET master = 'madancho' WHERE name = 'gimeitaro' or planet != 'earth'】」
爆発するような光に一瞬遅れ、ズァオ、と風の吹き荒れるような音。
【gimeitaro' or planet != 'earth】と名乗った少年のクラスメイト、その周囲で槍を構えた雑兵ら、召喚術式の補佐をしていた魔術師達、壁際に控えた全身鎧の騎士団、召喚儀式を見物に来ていた文官に、王族。その全てが、物理的な運動エネルギーを伴う魔力の爆風に蹌踉めく。
その中央にいた少年と、宮廷魔術師長たる老魔術師の周囲だけが無風であった。
だが、無傷であったわけではない。
「ぬおおおっ、な、何だこの光の強さは! このワシの魔力が、吸い尽くされる……ッ!?」
本来ならば対象者たる少年の頭上で軽く光る程度の魔術。
暴走した隷属魔術は術者たる宮廷魔術師長の有する体内魔力を全て吸い付くし、その効果を可能な限り発揮する。
まずは術師自身に。そして、この場から近い順に地球出身者以外の首に次々と隷属の首輪が嵌められてゆく。兵も術師も騎士も王族も。
室内の全員に揃いの首輪が付いた後は、文官も武官も侍女も庭師も料理番も衛兵も隠密も出入りの業者も無差別に、部屋から近い順に魔術の餌食となった。
城中の人間が宮廷魔術師長に隷属し、城下へと術の対象が広がろうとした所で、ちょうど術者の魔力が枯渇し、息絶えた。
隷属魔術で奴隷化された者は、術者の死と共に殉死する。
かくして王城にいた人々は、召喚された少年少女を除き、ただ一人の例外もなく、ただ糸が切れたように、物言わぬ死体と化した。
唖然とするクラスメイトの中から一人、以前より【gimeitaro' or planet != 'earth】と交友のあった少年が進み出て、恐る恐る尋ねる。
「これ。お前、何かしたの?」
【gimeitaro' or planet != 'earth】はバツが悪そうな顔で答えた。
「ぜ、脆弱性チェックを」
魔術文明語は、翻訳結果が本文中のように表記されているだけで、発音などは実際の物(?)とは異なります。