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06. 任務完遂

 これは、後で岳雪の調査報告から知った話である。


 この国では、王家とそれに連なる者のみ、『魔術』と呼ばれる特異な能力を使うことができるらしい。

 使える能力は二つのみ。ひとつは他の人間へ変化へんげできる能力。もうひとつは簡単な魔術ならば破ることのできる能力。


 変化できる能力は、俺が使う変化術と気配がよく似ていた。おそらく過去、王家の誰かが管理局側となんらかの縁があったのだと推察する。


 しかしこの特異な能力、意外と平和なこの国ではいまいち使う機会がなかったようだ。せいぜいが、城下町におしのびで行くときの変装か、家臣にイタズラしかける時くらい。


 いつからか、この変化スキルを『嫁探し』に使うようになったらしい。

 王家ともなると、恋愛結婚などご法度。基本は政略結婚なのだが、可能ならば賢くて性格が良い子を娶りたい。王族を前にして猫被ってる姿からはわからない、女の子の本質を、どうにかして見極めたい。

 ということで、結婚適齢期の王子が一時的にメイドとして働きつつ、いくつかのパーティなどにも参加して、生のお嬢様達の姿を見極めて、嫁選定の判断基準にするという斬新な慣習が生まれたのである。

 嫁探しが目的なので、基本的にメイドの正体は秘匿され限られた者しか知らない。例えばナンシーの正体は、シルベスタ邸でいえばシルベスタ侯爵くらいしか知らなかった。


 そんな平和な慣習の一環で、ナンシーとして働いていたグレアムだったが、なんとナンシー中にグレアムの影武者が暗殺されかけるという事件が起こってしまった。表向きは王宮のボヤ騒ぎですませていたものの、誰の仕業かについて王家は血眼で調査していたらしい。

 騎士団が怪しいと目星をつけていたものの、この国で騎士団は一種の治外法権。なかなかおおっぴらに調査ができず、証拠が掴めない状態だった。そんな時に、俺とオリヴィアが騎士団潜入計画を立てていたというわけである。

 俺達の計画に便乗したグレアムは、ナンシーとしてついてきて、隙を見て王家転覆計画関係者の連判状を持ち出そうとしたのだった。


 ちなみに、オリヴィアは入団試験中に席を立つナンシーを心配してついていったらしい。ナンシーが連判状を手にしているところを見つけ、なんとなく事の次第を把握。さらにサイモン達にみつかり、なんとかナンシーを守ろうとしていたところに、俺やウィリアムが合流したのだった。


 ◇◇◇


 一通り、サイモン一味を無力化した後のこと。


 俺は先程まで険悪な雰囲気に包まれていたホールのすみっこで体育座りをしながら、グレアムやウィリアム達が縛り上げたサイモン一味を運び出しているのをぼんやりと眺めていた。運ばれていく男たちは、女性化したお互いの顔を見ては驚愕に慄きながら運ばれていく。


「エドワード、大丈夫か」 


 後始末もそろそろ終わり、ホール内の人影もまばらになってきた頃。今まで張り切ってウィリアムを手伝っていたオリヴィアが、心配そうに声をかけてきた。ちなみにオリヴィアの身体は、まだ逞しい男性のままである。


「だい、じょう、ぶー」


 無心で仕事してるときは良かったが、落ち着いたらナンシーショックがじわじわ襲ってきて頭が思考を停止したままだ。

 ちなみに岳雪は先程ピアス化してから、沈黙したままである。下位とはいえ術を使ったから怒ってるのかもしれない。


 もう一人、覗き込んでくる影を見上げればグレアムだった。


「エドワード、君の気持ちを利用するような真似してすまない。でも本当に助かった」

「だい、じょう、ぶー」


 心ここにあらずな俺の返答に、オリヴィアとグレアムが顔を見合わせた。


「エドワード、なにか美味しいものでも食べる?お茶する?」

「本当にすまなかった、私としても下手に身分を明かすわけにはいかず。そうだ、国家転覆首謀者の検挙に貢献したから、なんでも褒美をやれるぞ、なんなら勲章授与してもいい」


 オリヴィアとグレアムが、なんだか必死に俺に話しかけてくる。慰めようてくれてるんだろうか。しかし、ナンシーショックは俺の心に深い影をおとしていて、正直二人の言葉など左耳から右耳へと抜けるばかりだ。


 重たげな足音が近づいて来たと思えば、ウィリアムだった。


「犯人の確保、一通り終了いたしました!」


 グレアムに向かって、教科書にでものっていそうな敬礼をした。


「ご苦労、ウィリアム。あとで騎士団の今後の体制について後で相談させてほしい」

「はっ!」


 小気味よい返事とともに、これまた良い姿勢でぺこりと頭をさげるウィリアム。グレアムはそれに満足気に頷くと、なにやら他の人に呼ばれてそちらへ行ってしまった。


 ピシリとした良い姿勢でグレアムを見送ると、ウィリアムはお手本通りといった姿勢でくるりとオリヴィアの方に向き直る。


「オリバー、今回の王家転覆事件の解決に君も非常に尽力したと、グレアム様から伺った。グレアム様を必死で守ろうとしたとのこと、本当に素晴らしい。そして、これは私の個人的な想いなのだが」


 ウィリアムが、なぜか顔を赤らめてオリヴィアの男らしい無骨な手を握る。


「先程約束した通り、今夜は二人っきりで過ごさないか。私も君と、もっと仲良くなりたい。」

「えっ、は、はい、ぜひ!」


 オリヴィアも嬉しそうなんだけど、両方男である。

 まあ、性別はともかく、本来の目的である情報収集とかはできそうだな、などと思っていたら。


 オリヴィアが、ぽむっと音を立てた。

 そう、あの性転換薬の効果が切れたのだ。


 筋骨隆々なオリバーが、服はそのままに華奢なオリヴィアの姿となる。


「わわ!どうしましょう!」

「ひぃっ!」


 真っ赤になって慌てるオリヴィアと、真っ青になって仰け反るウィリアム。オリヴィアが真っ赤になるのはわからなくもない。しかし、ウィリアムはまるで恐ろしい物でも見たように、壁に張り付いてブルブルしている。


「あら?ウィリアム様?」


 怪訝そうなオリヴィアに向かって、ウィリアムは首を横にぶんぶん振った。


「すみません、私、女性は大の苦手でして!男性ならいけるんですが!今までの話は全部なかったことにさせてください!」


 そのまま全力でどこかへ走っていき、見る間に小さくなるウィリアム。


「え……あ……」


 引き留めようと伸ばしたオリヴィアの手が虚しく宙をかいた。

 




「オリヴィア、大丈夫か」

「だい、じょう、ぶー」


 俺の横で同じように体育座りしているオリヴィアが、ぼんやりと答えた。


 そして、ぽつりと言った。


「ガチャで性転換薬出たのって、こういうことだったんですね……」

「なんの根本的解決にもなってなかったな」


 二人でホールの隅の壁にくっつくように、ちまっと座っている。

 もうサイモン一味の後始末も終わり、ホールには俺とオリヴィアと、あとモップかけながら掃除している人しかいない。


 いや、もう一人いた。


「オリヴィア!」


 ホールの窓から差し込む午後の日差しを受けて、なんかきらきらしてる第一王子、グレアムその人である。

 グレアムは俺達の前まで来ると、オリヴィアの前で膝を折り、そっとオリヴィアの琥珀色の瞳を覗き込む。


「ウィリアムから、事の次第を聞いたんだが」

「うっ」


 ウィリアムの名前を聞いただけで、オリヴィアが顔を伏せた。

 ぎゅっと固く握られたオリヴィアの手に、グレアムがそっと触れる。


「オリヴィア、君は素敵な恋がしたいと言っていたね。その、まだ他の恋は考えられないかもしれないが、私ではだめだろうか。もちろん、失恋の痛みが癒えてからで構わない」


 がばっと顔をあげたオリヴィアの瞳を、グレアムが真っ直ぐ見つめる。


「君の物怖じしない度胸や、さりげない他者への思いやり、行動力。今日、必死で私を守ろうとした君の強く優しい気持ち。ナンシーとして間近で見ていて素晴らしいと感じた。私は、恋愛するならオリヴィア、君が良いと強く思ったんだ」


 突然のグレアムからの告白に、オリヴィアは文字通り固まっている。

 しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと、俺の方を向いた。なんだか困ったような顔をしつつ顔を赤らめている。


「え、エドワード、どう思う?」


 どう思うも何も。

 俺にこう聞くってことは、オリヴィアとしても無しじゃないんだろう。ウィリアムがだめな理由もひどかったし。


「ナンシーのことは気にしなくていい。新たな恋は、失恋の特効薬だ。遠慮せず幸せになれよ」


 グレアムが差し出した手の上に、そっとオリヴィアが手を乗せる。


「まだ、心の整理がつかないので、最初はお友達からでよければ」

「もちろん、それで構わない」


 グレアムがきらきらしながら、まるで天使のように微笑んだ。



 その瞬間。

 シャンシャンシャランシャンシャン。


 清らかな鈴の音があたりに響き渡る。ホールの石造りの壁に、床に染み込むような静謐な透明感があたりに満ちる。

 それは、俺が過去に何度も聞いたことがある響き。任務完遂の知らせだ。


「えっ、これなに?」


 オリヴィアとグレアムが、何の音だろうときょろきょろしている中、俺は弾けるように立ち上がった。

 この鈴が鳴ったということは、もう時間が無い。せめて伝えたいことを伝えなければ。


「おめでとう、オリヴィア!無事に基点が生成され、この世界において、君の幸せな未来は確定した。これから君は、グレアムと素敵な恋をしてゴールイン、とにかく幸せになれるぞ!」


 何事かとぱちくりした琥珀色の瞳を、俺はじっとみつめた。

 強く逞しい俺の依頼主。なんだかんだで、彼女は自身の力で幸せを掴みとったに等しい。


「エドワード……?」


 いまだ鳴り響く鈴の音に囲まれ、窓から差し込む赤みを帯びた金の陽光に照らされ、オリヴィアがきょとんとしている。

 その横にはグレアム。確かに王族であるというだけあり、彼の魂の輝きそのものはひどく俺好みだった。男には興味ないが。


 俺はオリヴィアとグレアムに、にっこり微笑みかける。


「遠く奈落の果てから、君達の幸せを祈ろう。さようなら、だ」


 ふぉんと、俺の足下に円形の陣が現れる。

 そのまま揺らめくように、俺の姿は二人の前からかき消えた。


 ◇◇◇


「オリヴィア?」


 グレアムに呼ばれてオリヴィアは、はっと我にかえる。


「横を向いて、どうしたんだい?」

「横?」


 そういえば、なぜ自分は横を向いていたのだろう。


 たった今、グレアムからの告白を受けたばかりだったのに。


 今この場所に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 改めてグレアムの方を向き直り、彼の手を握る。


 蜂蜜色のやさしげな瞳。いまだウィリアムのことは心に残るが、それでもきっと、この傷を癒やしてくれるのは彼をおいて他にない気がした。

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