04. 入団試験
王立騎士団は、王宮に隣接した敷地内にある。乗り付けた馬車からおりて、その門へと近づくと当然のように門番に制止された。二人の門番が、柄の長い槍を交差させて俺達の行く手を阻む。
「何者だ!許可は得ているのか!」
俺は、彼らに黒い局員手帳を掲げながら、力をこめて高らかに告げる。
「オリバー・シルベスタの騎士団への入団試験を受けに来た。話は通っているはずだ。私はその付添だ」
俺の局員手帳をみた門番が、一瞬遠くを見るような目をしたあと、ばっと槍をおさめて敬礼した。
「失礼いたしました!どうぞお通りください!」
俺とオリヴィア、ナンシーの三人は悠々と門の中に入り、騎士団の建物を目指す。ちなみに、岳雪はピアスに変化している。オリヴィアにはさきほど認識齟齬をかけておいたので、オリバー・シルベスタとして自然と認識されているのだ。
「あらかじめ話をつけていたのか」
「いや?異世界秩序管理局の特権だと思って貰えれば」
この局員手帳を見せながら告げたことは、すべて真実として認識される。そしてそれはこの手帳を見せた者だけではない、この世界そのものが真実として認識する。岳雪の認識齟齬を、もっと強くしたものだ。あまり使いすぎると因果が崩れるので、使いどころには注意が必要だ。梅コースなら、せいぜい1、2回といったところだろう。
騎士団の建物の前には、大柄の一人の男が腕を組んで仁王立ちしていた。右頬に大きな古傷がある。機嫌悪そうに、眉をひそめて、俺達を値踏みするようにじろじろ眺めてくる。
「入団試験を受けに来たのは貴様たちか。入れ」
顎をしゃくるように入り口を示し、さも面倒くさいというように、身体を左右に揺らしながら建物の中に入っていく。俺達三人はおとなしく後に続いた。
騎士団の敷地は随分と広かった。簡素な事務棟を抜け、さらに兵舎を抜ければ、ぽっかりとひらけた空間。高い塀で囲まれたそこはおそらく、鍛錬場だろう。何人もの無骨な男が、剣を振ったり、筋トレをしたりしている。さらに向こうに見える建物は、宿舎のようだった。
「ウィリアム様がいらっしゃる……!」
オリヴィアの興奮した小さな叫びに見れば、鍛錬場の隅の方で剣を振る大柄な男性。確かに前もって聞いていたウィリアムの特徴と合致する。ウィリアムは、こちらなど気づかないのか、無心で剣を振るっている。
「試験は簡単。今から我々相手に五人抜きをしてもらう。五人全員に勝てるほど強ければ入団を許可しよう」
さきほどの、顔に傷のある男が、にやにやしながら、俺達に説明する。五人抜きなど、はなから無理だと思っているような口っぷりだ。
俺の方を不安げに見てくるオリヴィアの肩をぽんと叩いて落ち着かせる。
「その条件で問題ない。ちなみに、殺しはありなのか」
俺の言葉に、にやついていた男が鼻白む。
「い、いや、殺しはなしで。まいったと言ったら負けだ」
「なるほど。オリバーは強いぞ?精鋭を選ぶといい」
俺の言葉に、ぴくぴくと男の眉が動く。さらに、横のオリヴィアがビクビクッとした。
男が対戦相手を選んでいる間、オリヴィアがコソコソと話しかけてくる。
「ちょ、エドワード、これどうするんだ。本当に俺は戦えないぞ」
「今から俺の意識をオリヴィアに移す。お前の体で俺が戦う。もともと俺はこういう荒事が得意なんだ。任せろ」
オリヴィアの頬に両手を添えて少し引き寄せる。俺の首にかかっている翡翠色のペンダントを、オリヴィアの首にかけた。
「岳雪フォロー!意識がかりだ、タイミング合わせろ!」
『了解!』
耳のピアス越しに岳雪の意思が流れ込んでくる。
意識がかりは岳雪の十八番で、意識を別の身体に移す術だ。俺単体ではできないが、岳雪の力を借りて初めて可能となる。意識がかりにはいくつか種類があるが、今回は、俺とオリヴィアの意識を交換する。
オリヴィアの顔を引き寄せて、軽く額をくっつける。間近でまんまるになった琥珀色の瞳の奥をのぞきこむ。
「これ、なに!?」
「足を踏ん張れ、オリヴィア!」
その琥珀色の瞳の奥底。
魂に紐づく意識を引き剥がし、俺の意識と交換する。
ぐるりと意識が反転する。
一瞬、くらっと足元がふらつくのを、踏みとどまってこらえる。
眼前には、ブロンドの髪、サファイアのような瞳の線の細い貴族風の男⸺エドワードだ。バランスを崩しかけるその身体を、倒れないように支える。
「大丈夫か?」
俺の言葉は、オリヴィアの口から、オリヴィアの声で発せられる。
「う、こ、れ、私は……?」
エドワードの身体でオリヴィアが額に手をあてて呻く。初めての感覚に慣れないのだろう。
「今は、オリヴィアがエドワード、エドワードがオリヴィア。意識だけを一時的に入れ替えている」
「そんなことが。梅コースなのに、随分と手厚いですね」
「身体自体は依頼主のものを使っているからな。梅コースの範囲内といえば範囲内だ」
オリヴィアは、ブロンドの頭を振り振りしつつ、まだうまく立てないようだ。ショックの余りか、口調が女性のときのものに戻ってしまっている。手近なベンチに座らせると、ふらついているオリヴィアを支えるように、さっとナンシーが手を添えた。
「オリヴィア、様……なのですか?」
今までのやり取りをみていたのだろう。ナンシーが、おそるおそるエドワードの身体に声をかけている。
「オリヴィア、俺の身体とナンシーを頼む。ナンシーは、俺のかっこいいところを目に焼きつけといてくれ。決して忘れないように」
かっこつけて言ってみたものの、俺の言葉など耳に入らないのか、ナンシーはオリヴィアを心配そうに見つめている。
完無視とかちょっと寂しいけど、オリヴィアを気遣う優しいナンシーもかわいい。
腰から下げていた剣を取り外し、オリヴィアの傍らに置く。何かあってもこの剣があれば、身を守れるだろう。
ふと、懐に何か入っていることに気づき、取り出してみると、そレは性転換薬の入ったガラス瓶だった。入団試験中に割らないように気をつけないと。
薬を大事に懐にしまいなおしていると、オリヴィアががしっと俺の腕を掴む。うつむきながらも、しっかりとした口調で俺に問いかける。
「本当に、どうしてここまで?こんな、一番安いコースで、自分の身体を依頼主に預けるなんて」
「別に、頑張る依頼主のためにこれくらいは当然だ。すぐに戻ってくるし」
まだ、ふらふらして辛そうな様子のブロンドの髪をぽんぽんと撫でる。
「それに、さっきのお茶会。あれ、俺がナンシーとお茶したがってたから、わざわざセッティングしてくれたんだろ?結構、嬉しかった。ありがとな」
礼というわけではないが、梅コースの範囲内で、オリヴィアにしてやれることはなるべくしてやりたいと思ったのだ。
俺の腕を掴んでいるエドワードの手をそっと離し、対戦場所である、鍛錬場の一角に向かう。
対戦自体は木刀でやるようだ。いくつか壁に立てかけられている木刀のうち、適当な一本を選ぶ。
向こうには、試験の相手なのだろう木刀を持った男が一人だけ、にやにやと下卑た笑いを浮かべている。ウィリアムは品が良さそうだが、こいつはそうでもない。なかなかに玉石混交な騎士団なのかもしれない。
「俺がお前の相手だ、オリバーとやら」
「五人勝ち抜きじゃないのか?あと四人はどこにいるんだ」
「一人で十分だ。ここで試験は終わるからな」
「じゃあすぐ、二人目を用意してもらわないとな」
「だまれ!」
襲い掛かってくる男を力をこめて視る。
俺の目には、まるでスローモーションのようにゆっくり見えた。繰り出される刃を木刀の腹で滑るようにいなし、そのまま急所を強めに突けば、相手はどさりと倒れる。
「で、二人目の用意はできたか?」
例えどんなに鍛錬を積んだ騎士だろうが、人間如きに負ける気などしない。たとえ、身体が人間であっても。
十五分。
俺が、五人全員を倒すのにかかった時間である。
木刀を肩にかつぎつつ、倒れて呻く男たちを見下ろす。
「それだけの強さがありながら、今まで無名とは……」
感嘆の声に振り向けば、オリヴィアの想い人、ウィリアムだった。ちなみに、彼は対戦者に含まれてなかった。
「これで入団できるということでいいんだろ?気に食わなければ、さらに十人だろうが十五人だろうが相手してやろう」
「いや、もう十分強さはわかった。こちらからお願いしてでも入ってほしいくらいだ」
無骨な右手が俺に向かって差し出される。
「ウィリアム・グローブスだ。入団に際して何か希望があればきくが」
力強く差し出された右手を握り、ぐっと引き寄せた。その、澄んだ翠玉の瞳をまっすぐにみつめる。
「俺はあんたに興味がある。ぜひ、仲良くなりたい」
「わかった。今夜、ゆっくり話をしたい」
ウィリアムの片眉が、ぴくりと上がり、右手を力強く握りしめ返される。少し顔を赤らめながら、はにかむような笑み。オリヴィアが見たら喜びそうな表情だ。
よし、これでオリヴィアとしてウィリアムといろいろ話せそうな段取りがついた。
あとは、俺の強さに惚れ惚れしているナンシーといちゃいちゃするだけ。
晴れ晴れとした気持ちで、ナンシーがいるはずのベンチを振り向いた俺の視線の先には誰もいなかった。ナンシーも、そして俺の身体であるエドワードに入ったオリヴィアも。
きょろきょろと鍛錬場内を探してみるが、見当たらない。あの愛しい栗色の髪も、いつも視界に入る絹糸のようなブロンドの髪も、どこにも見当たらなかった。