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03. 作戦会議

 舞踏会の日の翌日。

 シルベスタ邸、つまりオリヴィアの家のエントランス前で、俺は軽く固まっていた。


 そこには一人の男がロマネスク調の白い円柱に背中を預けて立っていた。

 妙に艶のある切れ長の琥珀色の瞳が印象的な、筋骨隆々とした男だ。赤毛の髪は後ろを短く刈り上げ、前髪はオールバックで軽く後ろに流している。赤と白の動きやすそうな軍服を着こなし、腰には大きめの剣。

 ただ立ってこちらを眺めているだけなのに、随分と様になる男だった。


「よくいらっしゃいました、師匠」


 逞しい腕を組みながら俺に向かって、口の端を笑みの形に歪める。真顔でも端正で人目を引くのに、少し顔を崩すと幼いいたずらっ子みたいな雰囲気になる。


 ピアスに変化した岳雪が、耳元で震えながら呟いた。


『こ、この、超絶モテまくりそうなガチムチイケメンは……!』 


 岳雪も気づいているのだろう。

 見た目は全く違うがその雰囲気、その気配。確かに知っている。というか、昨日会った。


「オ……オリヴィア、様……?」

「ご明察です。敬語は必要ありませんよ。私も、いや、俺も敬語は使わずにいく」


 そう言って、オリヴィア嬢だった男性はウィンクなんてしてくる。


 ぽむっと、音がして、岳雪が俺の肩にちょんと現れた。びっくりしすぎて、ピアス状態を維持できなかったらしい。ぷるぷるとした震えが肩越しに伝わってきた。


「岳雪もようこそ。このふわふわは素晴らしいな」


 オリヴィアが無駄の無い動きで岳雪を掬いあげるとそのまま、もみもみしだす。


『うひゃあ、よい揉まれ心地』


 岳雪がピーピー鳴きながらなんか言っているが、オリヴィアには甲高いネズミの声としか認識できないはずだ。


「とりあえず、昨日の薬を使ってみたんだけど、どうかな。対外的にはオリバーと呼んでほしい」


 ガチャから入手したとはいえ、あんな怪しげな薬をとりあえず使ってみるとか、思い切りが良すぎる依頼主である。


『すっごい好み!』


 揉まれながら岳雪がなんかピーピー言った。こういうのが好きなのか、岳雪。


「薬の効果としては申し分ないかと、オリヴィア様」


 オリヴィアが俺の唇に、ぴっと人差し指で触れる。


「敬語はなしで、と言っただろう。男らしい話し方や立ち居振る舞いを練習したくてね。せっかくだからお茶会をしよう。もちろん」


 ぱんぱんと、オリヴィアが手を叩く。


「ナンシーも一緒だ」


 すっと現れてぺこりとお辞儀をしたナンシーは、花がらのワンピースにエプロンをきて、フリルのついたカチューシャを着用している。


 んん、今日の格好もかわいい。




 シルベスタ邸の庭園はバラが絡まるアーチがいくつも回廊のように置かれており、綺麗に丸く刈り揃えられたトピアリーが規則的に並んでいる。ところどころラベンダーや水仙といった色とりどりの花が、思い出したようにあちらこちらに咲き誇っている。


 その一角、薔薇の絡まるガセボに設置されたお茶会用のテーブルを囲みながらひとまず作戦を練る。バラをモチーフにしたかわいらしいティーテーブルに華奢な椅子。

 オリヴィアが華麗に腰かければ、椅子の細い脚が苦しげに軋んだ。


「女として向き合うからだめだと気づいたんだ。男として近づき、情報収集や工作をすればよいのではと」


 斬新な発想である。しかも速攻実行に移そうとするところがすごい。

 オリヴィアの頭の上には岳雪がのっており、先程からオリヴィアの話にうんうんと頷いている。何言っても全肯定してる。


「じゃあ、あとはどう近づくかだな。岳雪の認識齟齬を使って騎士団に忍び込むのが手っ取り早いか」

『オリヴィア、もといオリバー・シルベスタという男性として認識齟齬かけるので、これに、さらに騎士団員属性つけるのは少し難しいですね』

「む。じゃあ他の手を考える必要があるな」


 思案していると、ナンシーがカタカタと軽快なきしみ音とともに銀のワゴンを押してくる。ワゴンからティーポットやカップを出してテーブルに並べはじめた。

 カチャンと音がしてカラカラとポットの蓋が地面に落ちた。


「大丈夫ですか、ナンシー。あとは私がやりますので」


 俺は速やかに立ち上がり、サーブするナンシーを手伝う。昨日も思ったけど、ナンシーはあまり慣れていないようで、すぐ物をおっことしたり、大きな音をたてたりする。そういうところもかわいい。


「ひゃっ、いいえ、わたしの、仕事ですので」


 ややハスキーな低めの声で恥じらうのも実に良い。


 一通りティーテーブルのセットを手伝った後、椅子に座り俺は膝の上を軽くぽんぽんと叩いた。


「ナンシーはここに座ろう?クッキー、あーんしてあげようね」

『仕事に集中!』


 いつの間にか肩に乗っていた岳雪が、ちっちゃい手で俺の頬をぺしっと叩いた。

 オリヴィアは「膝の上でクッキーたべさせあいっこ、なるほど」とかいいながらメモしている。


『ちなみにこれ、ナンシーはどこまで事情を知っているのです?』


 岳雪の疑問は最もだ。オリヴィアに聞いてみると、気まずそうに斜め下を眺めつつ頬に手を当てた。逞しい風貌のまま頬に手を当て、ちょっとしなをつくる。


「実は昨日のガチャ回してたあたりから、ガラス越しに見られてしまっていて。全部話してしまったんだ。異世界秩序管理局の話も、私が転生者である話も」


 その言葉に思わず俺と岳雪は、顔を見合わせる。


『人避けの術、してましたよね?』


 岳雪の言葉に大きく頷く。あのバルコニーに続く扉やガラス窓には、誰も近づかず、気にもとめなくなるという、人避けの術をかけていた。

 なのにガラス越しに見られていたなんて。普通ならバルコニーへの扉は、のぞくことも開けることもできないはずだ。


 じっとナンシーをみつめてみると、きょとんと俺を見つめ返してくる。どう注意深く見ても、特に変な気配はない。強いて言うならかわいい。


「まあ、ナンシーは、俺の運命の人だから、そういうこともあるだろ」

『ちょ!おおい!!』

「冗談だ」

『ほんと、頼みますよ』


 確かに岳雪の懸念は当然だ。特異体質か何かあるのかもしれないが、彼女から害意は感じない。


「ちなみにナンシーはオリヴィアから聞いた話はどう思ってるんだ?」

「ええっと……いろんな魔術があるんだなっておもいました。あっ、他の人には話しませんから!」


 ちょっと慌てたように両手をわたわた振りつつ、秘密厳守を約束してくれる。

 俺達としては存在が明るみになろうがなるまいが、あとでどうにでもなるから、構わないんだけど。


『基本的に魔法の類が無いこの世界で、違和感なく受け止めているって、おかしくないですか?』


 岳雪の疑問は最もだ。

 愛しのナンシーを変に疑うような真似はしたくないが、違和感は拭えない。


「ナンシーについて調査を頼む」


 岳雪にだけ聞こえるように小声でつぶやいた。

 


 ところで膝上抱っこをナンシーに盛大に拒まれた俺は、仕方ないのですぐ横にもうひとつ椅子を置いて、そこにナンシーに座ってもらうことにした。少しでも距離を縮めたい。


 ナンシーの入れてくれた紅茶を一口飲む。最高に美味しい、至高の一雫。それを口の中で転がしているだけで幸せ。

 俺がささやかな幸せを噛み締めていたその時。


「あ、あの、騎士団の入団試験を受けに行くのはどうです?騎士団に入ればきっと情報収集思いのままかも」


 ちっちゃな声の思わぬ提案はナンシーのものだった。


「えっ、オリヴィアが騎士団の入団試験受けるってこと?」

「ええっ!?」


 オリヴィアが持っていたカップを落としかける。


「まあ確かに、それなら騎士団内に潜入しやすいな」

「確かにそうですけど、そんな、いきなり試験なんて。それに、わた……んんっ……俺は剣術はさすがにできないぞ。この筋肉はハリボテだし。そもそも、今な時期は騎士団への入団試験は開催されていないはずだ」


 眉を寄せるオリヴィアの前に、俺は異世界秩序管理局の局員手帳を見せる。黒い手帳の表紙には山と炎をデフォルメした紋章が刻まれている。


「そこは、俺達の力でなんとかなるとしたら?」


 オリヴィアが、口元に手を当てて思案げに眉を寄せる。


「もちろん、試すかどうかは、オリヴィア次第。もし入団できたら愛しのウィリアムに話しかけ放題じゃないか」

「ウィリアム様に……」


 ほう、っと一瞬遠くを見つめたオリヴィアは、真っ直ぐ俺を真正面から見据えた。


「チャレンジしてみたいです」

「決まりだな、早速行こう」


 カップに残った最後のお茶をぐいっと飲んで、たんとソーサーにおく。ガチャリとティーセットが派手な音を立てた。

 立ち上がろうとした時、おずおずと遠慮がちに横から声をかけられた。


「あの、私も一緒に連れて行ってもらえませんか」

「ナンシーも行きたいの?」


 オリヴィアに聞かれてこくこく頷くナンシー。かわいい。

 速やかに俺は傍らに座る彼女の手を握った。その榛色の瞳をまっすぐ覗き込む。


「もちろん一緒に行こう。君と俺はどこまでも一緒だ。誰にも文句は言わせないし、粗野な騎士どもには髪の毛一本すら触れさせない。全ての危険から君を守ると約束しよう」

「は、はい、ありがとう、ございます」


 ちょっと顔を赤らめるナンシー。かわいい。握った手をひっこめないとか、これもう、相思相愛なんじゃないか。このまま、押せばいけるのでは。


「ところで、今夜空いてる?俺はナンシーのためなら、いつでもフリー。そろそろ結婚式場も探そうか」

「へっ!?いえ、そういうのはちょっと」


 ぱっと、手を振りほどいて逃げてしまった。

 ががーん。


「今夜空いてる?というのは、悪くない口説き文句ですね」


 オリヴィアがまたメモしてる。そのメモ帳の上の方にエドワード語録と書かれているのが見えた。


『いやこれ、絶対に参考にしちゃだめなタイプでは?』


 ずっとオリヴィアの言葉に全肯定だった岳雪が、初めて冷めた声で突っ込んだ。

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