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01. ミッション開始

 きらびやかなホール内は、舞踏会の準備中であった。ある者は活けた花をチェックし、またある者はテーブルの配置を確認している。

 開放的な窓からは夕陽がさしこみ、招待客が来るまであとわずか。そんな舞踏会直前の緊張感あふれる会場の片隅に、俺の目は釘付けになった。


「ふあああ、なにあの子、超かわいい!」


 質素で簡素で身奇麗ではあるが、ろくろく化粧もせず飾りっけもない。忙しげに給仕の準備なんかしている、ちょっとそばかすのある栗色の髪の女の子。落ち着いた黒のワンピースにフリルのついた白いエプロン。頭にはこれまたフリルのついたキャップ。めちゃくちゃ好みである。


 俺がいるのは、華やかなホールではなく、その天井うら。小さくあいた床穴から、双眼鏡越しに、彼女をなめまわすようにみつめた。


「俺にはわかる。あの子は光る原石。俺の手によって磨かれ、そしてきらめく笑顔で俺に愛を囁くようになる、これは妄想じゃない確信だ。あの子こそが俺の花嫁」

『ちょ、またですか!?しっかりしてください!これ、ただ下見に来ただけですよね!?』


 俺の肩でピーピーと鳴き声がした。こいつの名前は岳雪がくせつ。この鳴き声は、俺には言葉として認識できるが、他のやつから見たらただのピーピーうるさい手のひらサイズのねずみだ。白くてふわふわで触り心地が良いくらいしか取り柄がない。


『あなた、異世界秩序管理局のエージェントでしょう!?ちゃんとミッションに向き合ってください!』

「ミッ………ション………?」

『初めて聞く単語じゃないですよねえええ!?しかも、ボスが、さっきめちゃめちゃ説明してましたよね!?』


 俺は肩の上のふわふわねずみを、わしっと掴んでもみもみする。


「まあそう、荒ぶるな、岳雪。あれだろ?依頼主であるオリヴィア、異世界転生した彼女の恋仇をぶっ殺す」

『全然ちがいますーー!!』


 もまれながら、さらに岳雪がピーピー跳ねた。ぺしぺしと小さな手足で俺の手を叩いてくるが、全く痛くない。ちょっと太めの尻尾をぷわっと膨らめたのは、怒っているからだろうか。


『オリヴィアからの依頼、意中の騎士がうまく振り向いてくれない問題の解決です!!』

「俺のやり方でもいいじゃん」

『いいわけ、あるかー!根本解決にならないでしょう!さあ、いきますよ、現場に!』

「えっ、まって、俺の運命のあの子の名前もまだ知らないんだけど!」

『運命ならまた会えますよ!はい、今回のなりすまし先に転移します!!』

「あああああああー!!!」


 俺のささやかな叫びも虚しく、ふぉんと一瞬周りの床が円型に光ったかと思えば、俺の姿はその場から掻き消えた。




 異世界秩序管理局。

 文字通り、異世界での揉め事に対応する組織である。犯罪者を捕まえたり、不具合修正したり、クレーム対応したりと、仕事はピンからキリまであるのだが、俺はその中で主にクレーム対応担当だ。


「これが、今回の依頼内容か」


 豪奢なソファに座りあらためて、ミッションと向き合う。ミッション遂行のため適当に見繕った貴族の邸宅の一室だ。


 手のひらほどの平べったいデバイスに表示された画面を、岳雪と一緒にのぞきこむ。無駄にふわふわした岳雪の毛が俺の頬を撫でてくすぐったい。

 そこには、依頼内容や基本的な情報が表示されていた。どうやらこの世界は剣と経済の世界。基本的に、魔法というのは王族といった限られた人にしか使えないもので、あまり発達していないらしい。

 今回の依頼内容は、素敵な恋をしてゴールイン、とにかく幸せになりたいけどうまくいかないので助けてほしい、そんなことが書かれていた。


「ううむ、俺向きの仕事じゃないと思うんだけど」

「経験積むのも大事です。ささ、いつものやつ、やってください。これが基本データです」


 岳雪がちょろりと俺の腕を伝い、ピピッとデバイスの画面を切り替える。そこには、一人の男の身長、目や髪の色、服装などといった情報が記載されていた。イメージ写真と書かれた画像も張られている。


 俺は胸元のペンダントにぶら下がる、翡翠色の宝石を握りしめて意識を集中する。直径五センチほどのその宝石には、俺がこの世界で術を成すための力の源がこめられている。

 デバイスに表示された基本データ通りの男を強くイメージした。


 ぽむっという音と同時に、俺の視界が少し高くなる。


「ふむ。こんな感じか? どうだ? んーんーあーあー、声はこんな感じか」


 手近な姿見の前に立ってみる。


 そこには、すらりとした長身の貴公子然とした男が映っていた。白磁のような白い肌にサファイアを思わせる澄んだ切れ長の瞳。金の髪は光を反射して淡く輝いている。

 声音も女性受けしそうな、低めかつ柔らかなものに調整した。


「おぉっ、相変わらずの良い造形! 変化だけはうまいですよね」

「もっと褒めてくれ岳雪。俺が勇気出してあのかわいい子に告れるように」

「いや、仕事してくださいよ! とりあえず、うまく社交界に溶け込めるよう、認識齟齬かけますね」



 フォールズ公爵家三男、エドワード・フォールズ。

 それが、今の俺の名前と立場である。もちろん架空の存在だが、岳雪がかけてくれた認識齟齬のおかげで、不審がられることはない。


 舞踏会の会場へ向かう馬車に揺られつつ、車窓の向こうを眺める。中世然とした町並みは既に夕闇に沈み、時折漏れる窓灯りが朧気にその石造りの壁を浮き上がらせる。


『造形が良いと、足組んで窓の外眺めてるだけでも様になりますねぇ』

「なんだ岳雪、このエドワード様に惚れそうか?」


 岳雪の、むにむにほっぺを指でくいくいと撫でる。


『中身を知っているので残念ながら!ほら会場に着きましたよ。はい、耳出して』

「優しくしてくれよ?」


 岳雪を手のひらに乗せて、左耳に近づける。かぷっと岳雪が耳たぶに噛み付く感触とともに、ぽむっとささやかな音がした。


「いてっ。相変わらず雑だな」


 左耳に触れると、そこにもうふわふわねずみはおらず、かわりに硬質なピアスの感触。岳雪がピアスに変化したのだ。さすがに、舞踏会会場にねずみのままで連れていったら大騒ぎである。


『今回のターゲットの瞳の色に合わせて、緑色の宝石のピアスにしましたよ』

「んんん、俺の苦手な色」


 ピアス越しの岳雪の声は、もちろん俺以外には聞こえない。うっかり話しすぎると、独りごと言ってる痛いやつになるから要注意だ。


『今回は、梅コースですから注意してくださいね。上位術なんて使ったら、即予算オーバーで始末書ものですから』

「梅、制約厳しいんだよな。デフォルトスキルか、下位術のみでいかないと」


 ガタリと大きめの振動とともに、馬車が止まり、御者がドアを開けてくれる。

 俺は気を引き締めて、大きく深呼吸した。



 舞踏会は既に始まっていた。飾り立てた美しい女性たちが、きらびやかな舞踏会の会場で、あるものは華麗に舞い、あるものは密やかに歓談し、またあるものはお目当ての男性に熱い視線を送る。

 そんなむっとする熱情こもる空間の中で、依頼主であるオリヴィアを探す。まずは、彼女から詳しい事情を聞く必要がある。

 赤いドレスが目を引くオリヴィアは、すぐに見つかった。


 ただ。


「まあ、エドワード!」

「あら、エドワード様!」

「エドワードに会えるなんて!」


 オリヴィアまでの十メートルほどの間に、すんごい声をかけられる。岳雪の認識齟齬のおかげで俺の存在を自然に受けいれている証だが、それにしても声をかけられ過ぎである。造形を良くしすぎたかもしれない。次はもう少し調整しよう。

 彼女達を適当にいなしていると、ドンという音とともに背中に衝撃。カシャンとグラスが倒れる音がした。


「も、申し訳ありません!」


 半泣きの声に振り向けば、それはまさしく俺の運命。あの天井裏から執拗に眺めた栗色の髪の子だった。うっかり、給仕の最中に俺にぶつかってしまったらしい。


 わあ、やっぱりかわいい。


 化粧してなくてもこの愛らしさ、つぶらな瞳も、可憐な唇も素敵なんだけど、彼女から発せられる独特の輝きみたいなものが素晴らしく魅力的である。

 ぺこぺこ謝りながらグラスを整える彼女の手を、俺は流れるような所作で握る。


「お怪我はありませんか?そして、貴方のお名前は?この後、お時間あります?かわいらしいですね」

『仕事を!!しろ!!』


 耳元の岳雪の叫びは無視した。

 千載一遇のチャンスなんだ、仕事どころではない。


「あっ、すみません、すみません。許してください!」


 それだけ叫ぶと彼女は、俺の手を振りほどき、ぱぱっとグラスを片付けて行ってしまった。俺は去りゆく彼女を呆然と見送る。


「もしかして、振られた?」

『いや、あれは普通引くでしょ。身分とかあるのにあんないきなり』

「くそお、めげるもんか」


 奥へひっこんでいく彼女の背中を目に焼き付けつつ、未練がましげに何度も振り返りつつ、俺は依頼主の元へと向かう。

 オリヴィアは、知人とのおしゃべりに花を咲かせていた。


「聞きました?王宮でのお話」

「ええ、ちいさな火事だったんですって?不注意かしらね」


 どうでもいい時事ネタを話しているようだ。

しばらく待っていると、話し相手が、別の人に声をかけられて離れていった。


「オリヴィア様」

「あら?あなたは……?どなたです?」

「私はエドワード・フォールズ、おわかりになりませんか?」


 俺の名乗りに、オリヴィアは顔を顔を赤らめつつ、しかし訝しげに首を傾ける。


『認識齟齬が効いてませんね、この世界外の存在、異世界転生した依頼主で間違いありません』


 岳雪がこそっとサポートしてくれる。俺は胸元から異世界秩序管理局の局員手帳を取り出し、オリヴィアの顔の前に掲げる。開いたページには、俺のエドワードとしての顔写真や名前などとともに、所属などが書かれているはずだ。


 オリヴィアの耳に唇を寄せ、彼女にしか聞こえないように、そっと囁いた。


「オリヴィア・シルベスタ侯爵令嬢、いえ、佐藤佳苗様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか。異世界秩序管理局から参りました。私のことはエドワードと」

「ほわわわ」


 オリヴィアが変な声を出した。

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