80話 海の日⑨
★★★★★★
「俺がヒロに一騎打ちを申し込むにあたって、高垣さんには足止めをして欲しいな」
「……何故敵である私にそんな事を頼むのかしら。それなら朱音でも十分だと思うけれども」
「ヒロなら高垣さんが目の前に来たらイヤでも集中すると思って。朱音は……どう見繕っても足止めは出来ないだろうし」
「え、ナチュラルに馬鹿にされたんですけど?」
「それに今のヒロを見てると、撃ちこそしないけれど人質として捕らえそうかなって思えるから」
「……随分とまあ、私を踏み台にする気でいるのね」
「捻くれた捉え方はしないでくれると助かるかな。高垣さんにこうやってお願いしているのには理由があるんだよ」
「何をかしら」
「心底残念そうに仲間だったらって言ってたじゃん。それってつまり、始めはヒロが居るあのチームの一員として動く気でいたんじゃないの?」
「……」
「ヒロに一泡吹かせたいだろうなって考えなんだけど。それでどうかな高垣さん。やってくれたらお礼するけど」
「……まあ、やるだけやってみるわ」
「ありがとう。じゃあ、状況を見て合わせてくれると助かるかな」
「……ええ(なんだか警戒されている気がしてならないわね。もしくは……いえ、どちらにしろ私にとっても都合が良いから良しとしましょうか)」
「良し、取り敢えず流れを説明するね」
★★★★★★
思わぬ逆転劇に一瞬だけ目を見開いた高垣だったが、状況を掴み直ぐに冷静な顔付きに戻る。
今に自身に突き付けられた水鉄砲と自分の持つ物を交互に見やり、そして何処か呆れた様に溜め息を吐いた。
「相も変わらず馬鹿ね」
「ああ?」
「それを突き付けるだけでなく、私の銃を取り上げれば良かったものを」
「…………Oh」
事ここに至って、その助言に近い言葉に納得してしまう。
確かに言われた通りにしておけば俺の勝利はより確実なものへと近付いたというのに……何故に俺は突き付け合うだけの展開に持ち込んだのだろうか。
「その反応、もしかしてノリと勢いかしら? 何れにしろ間抜けね」
「……ぐぬぬぬ」
口ごもる俺の考えを読み取っただろう高垣は、案の定鼻で笑いやがる。
「ふ、ふーん! これも作戦の内なんですぅ!」
「言い方がキモい。じゃあこの後どう持ち込むのか言ってみなさいよ」
「それは……いや敵を前にして中身を曝け出す馬鹿が何処に居るかよ!?」
「それもそうね」
コイツ……俺の落ち度で窮地に追いやられなかったおかげなのか、徐々に余裕を取り戻していやがる。
「いいのか撃っても。そうしたらお前はここで退場し、勝負をけしかけた癖して無残にも敗北したという、とても、とーっても情け無い事実が刻まれるぞ」
「撃っていいわよ?」
「へぁ?」
調子付く前に軽く脅してみれど、返ってきたのは許可の一言。
抵抗の一つはしてくると踏んでいた俺は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「私としてはここで終わっても別に支障は無いもの。ええ、だからほら、撃ちたいのなら先に撃って構わないわ」
状況はイーブンとは言え、やけに挑発的だなと感じ……ここで高垣が退場となった場合に起こるメリットを考えてみた。
すると、俺の脳内に一筋の稲妻が落ちた。
「……ぬあんむむむ!」
「何がむむむよ」
あの部下女子の言う通りならばコイツは今回もリーダーで、ここでの敗北は即ちチームの敗北だ。
此処で高垣を討ち取ればこのチームは解散となり、只の外野と成り果てるだろう。
「お前……考えたな」
「あら、もう辿り着いたのかしら。となれば、後は想像が付くでしょう?」
その後は、今に騒ぎ立てる外野と同じ様に振る舞うも良し、大人しく観戦するも良し、となる。
俺の知る高垣としてはきっと後者を選ぶだろう。
要約すれば―――ここで敗北となろうが、このゲームが終了するまで一人で静観を決め込めばいいという腹積もりだ。
それも今の今まで共に戦ったチームメンバーと仲良く感想を言い合う事はせずに、な。
ああそうだ、俺の知る高垣ならば絶対にそう振る舞うよな!
「お前……俺がもう撃てないと確信してる?」
「それはどうかしら」
そして仮に今この瞬間に惚けるコイツを仕留めると言うことは。
降って湧いた様な友人達と遊び倒すというこの青春の機会を……他の者に敗れるのなら兎も角、有ろうことかそれを望んだ俺自身の手で幕を下ろすと言う意味になる。
そしてそれは、俺にとって大変不本意な結果だ。
考え無しだった前とは違い、あえて真意に至らせた今だからこそ、こうも余裕を持って撃っていい等と宣えるのだコイツは。
「ずっけぇ! 実質お前の独壇場じゃないか!」
「だからあの時にチェックメイト、と言ってあげたでしょう」
「あんな一瞬で分かるものかよ!?」
「正直なところ、一騎打ちを仕掛けた時点でアンタがここまで気付くかどうか五分五分だったわ。とは言え、土壇場でこの展開を選んだのには驚きもしたけれど、それと同時に感謝をするわ、お馬鹿さん」
「ぬわー! 急な心理戦は止めろォ! 脳がオーバーヒートするだろうが!」
「これはアンタが始めたゲームでしょうが。そう言えば、形勢逆転とか言っていたわね。はてさて、そんな事実なんて何処にあったかしら?」
「ぐぬぬぬ!!」
望みの為に絶対に決定打を打てない俺と、自身の立場を有効に使い気持ち次第では何時でも打てる状況をこうして作り上げた高垣……小賢しいにも程が有るだろ!
ここからひっくり返すには、俺が警戒していた筈の横槍の存在が必要になった訳か。
そんでもって気になるのは、こうして生殺与奪の権利を握ったにも関わらず、それを実行に移すでもなく、ただただ対話をするだけな点。
このまま討ち取れば、個人にしろチームにしろ利になると言うのに。
それは何故だ……足止めか、或いは時間稼ぎ?
「熟考しているところ悪いのだけれど」
「なんだ……なに笑ってんだ」
高垣の意図を読み取ろうと考えに耽っていると、声を掛けられた。
そこで、してやったりと言った笑みを浮かべた高垣とばっちりと視線が合い。
「私にばかり視線を向けて良いのかしら」
「は?」
言外にまるで他に注意すべきものがあるだろう、と聴こえたその時。
背後で砂を踏み込む微かな音が、俺の鼓膜を叩いた。
「汝隙ありきーーー!!」
「唐突な危機回避ィ!!」
背後に誰かの気配を察知できた俺は、咄嗟にその場から飛び退く。
そして聞き覚えの有りまくる声を出しながら突っ込んできたのは、やはりと言うべきか朱音だ。
朱音は朱音で不意打ちで俺に拘束を仕掛けようとしていたのか、手を伸ばしながら俺が居た場所にそのまま突っ込んで行き……
「んべっ!」
「全く……随分と危ない事をするわね」
標的たる俺ではなく、対面に立っていた高垣に優しく受け止められる形で終わった。
何処とは言わないが、とても柔らかそうな部位に大胆にも顔を突っ込ませながら。
「馬鹿ね、声を出すから避けられるのよ」
「詩織ちゃんだって直前でヒント出してたじゃんか」
「そうだったかしら。それならお互い様ね」
「むううう! このっこのっ!」
「擽ったいたからやめて」
俺を蚊帳の外に置き、納得のいかない様子の朱音は両腕で高垣の腰辺りをがっちりホールドし拗ねるように顔をもぞもぞとさせ、高垣はそんな朱音に呆れながらもされるがままとなっている。
その光景はさながら姉妹の様にも見えるが、俺としては百合が咲き開く一歩手前にも見えた。
「くっ……何でだろうか、ついつい魅入られちまうぜ」
「あの間に入る男ってどう思う?」
「んなもん処すの一択だ……どぅええ佑ゥ!?」
「ハロー」
只の独り言に返事が返ってきたかと思えば、俺のすぐ横には何時の間にか佑の姿が有った。
「避けて正解だったね」
「いや正解も何も危機一髪だったんですが?」
「あのまま朱音に突撃された後を想像してみてよ」
「ああ?」
戦場という場に似つかわしくない会話をしながら、促された通りに想像してみて―――万死に値する光景を想像し発狂してしまう。
「……くっ! いっその事殺せ!!」
「想像力豊かで何よりだよ」
だって絵面がヤバいだろう。
あの時に俺が朱音の存在に気付かないままであれば、この身は襲い来る慣性に逆らえず、勢い余って二人して前に進んでしまっていただろう。
するとどうなるか……只でさえ近かった高垣とのその距離を更に縮めさせ、最悪は支えとして抱き着きに行っていたかもしれない。
何処からどう見ても絵面がヤバ過ぎだろう!(二度目)
こうして考えてみると、俺って結構ピンチだったんだな。
いやまあ、朱音があそこまで勢い良く来なければいい話なんだが。
「男としては楽園に感じるもんじゃない? 気付けば体の前後から、とてもとても柔っこい何かが当たってとか」
「……あー日光が熱いなー! うん、やっぱ滅茶苦茶熱いよな!」
「俺としてはどうでも良いことだけど」
「良かねぇだろボケが!! 男だろ!?」
急に梯子下ろされた気がしなくも無いが……よくよく考えるともしかしてコレって軽い猥談じゃないか?
………………あの佑が?
こっそりと教材(意味深)を渡しても、何時も一読しかしてこなかったあの佑が?
俺や周りがその手の話を振ろうとも、鉄仮面ながら余り興味がありませんと言った返事しかしてこなかった佑が?
この場でそんな話を振ってくる……ソレってつまり、何か心境の変化があったって事だよな!
俺としてはそれが朱音絡みであって欲しいと心底思うが、それはさて置いて、そういう話がしたいなら何時でも付き合うさ。
「でも今じゃねえんだよ!?」
「うわ、急にどうしたの?」
「今じゃねえんだよこういう話はさ!? 今俺とお前、敵だぞ!」
「ああ、そういう。うん、忘れてないよ」
言いたい事が伝わっただろう佑は、うんうんと頷き。
「一騎打ち始め」
「うおおおい!?」
何の合図も躊躇いも無く、俺のポイ目掛けて水鉄砲を撃ってきた。
辛うじてその動作が見え、咄嗟に首を傾けそれを回避した。
「銃を投げつけたり背後から突撃して来たり急に撃ってきたりと、どいつもこいつも騎士道精神ってのがねぇのか!? そんな子に育てた覚えは有りませんことよ!?」
「ヒロがそれ言うの?」
「一騎打ちぃ? ハッ! そちらがその気ならこっちだってなあ―――あれ?」
佑から距離を離しつつ、先程置いた相棒二号を手に取ろうとし、その手が空振ってしまった。
見ればその姿は何処にもなく、其処には重みで沈んだ輪郭だけが残されていた。
「どうしたのかなヒロ君や。何を探してるのかな〜?」
弾んだ声でそう声を掛けてきたのは、既に高垣から離れていた朱音であり、その手には俺が求めていた相棒が握られていた。
俺が佑に目を移している隙に奪っていたというのか!
まさかっ―――今の百合百合な行動自体、これを遂行させる為の陽動とでも言うのか!?
ということは、もしかしたら高垣は―――
「やってくれる!! 待っていろよ相棒!」
「へっへーん! やーい間抜けバカヒロ〜!」
「朱音貴様ァ!」
「……」
ドヤ顔をかまし、まるで自分の物と言わんばかりにその銃口を向ける朱音を全力で睨み付けた。
隣の高垣といえば、朱音と俺を交互に見遣りながら口元に手を添え、何やら考え事をしだしている。
「両手を上に上げて、ヒロ」
「む!」
状況が混沌とした中で、今度は背中を見せた俺に対してそんな指示が佑から飛んでくる。
雰囲気的に見れば水鉄砲を突き付けていることだろう。
「次は、そのまま振り向いて」
「……分かったよ」
まるで前門の虎に後門の狼と言った展開になった事を認識し、降参という意味ではないが指示通りに動く。
振り返れば、案の定と言うべきか佑は此方に銃口を構え、俺の挙動に注視していた。
……その姿が思っていた以上に様になっているのには若干嫉妬してしまうが。
「ここまでの協力ありがとう、高垣さん」
「結局の所、貴方達が何をしたいのかは分からないけれど……これで私はお役御免という事で良いのね?」
「うん! だいじょーぶ!」
「そう。お礼を期待しておくわ」
ある程度察してはいたが……ここまで来れば隠す意味が無くなったからなのかそんな会話を堂々とする三人。
銃を取られた時点でそうではないのかと薄々予想はしていたが。
「高垣……態々ああして一騎打ちを仕掛けたのは、佑達から注意を逸らす為か?」
「そうでなけばあの時点で撃っていたわよ」
「そうかい」
何やらお礼がどうのと言っていたが、それを目当てに協力するなど高垣も現金なやつだな。
「さて……話もそこそこに。朱音」
「はーい。ちょーっと距離を離そうか、詩織ちゃん」
「……ええ」
平然と裏切ってみせた高垣を見詰めていると、佑の呼び掛けに応じた朱音が高垣の手を引き、距離を離していく。
一先ず挟み撃ちにはならない事が確定した訳だが……普通に一騎打ちを挑む訳でもなく、高垣の協力を得てまでしてこうした状況を作り上げた佑は一体何を考えているのやら。
「……」
そんな佑は、背を向け離れる二人を眺めていたが、次に俺に近づこうとして、何かに気付いたように足元に視線を向けた。
「ん、こんな所に水鉄砲落ちてる」
「あー、それ高垣のだ」
「ふぅん?」
ポツンと取り残された持ち主を失ったその水鉄砲を拾い上げた佑は、気のない返事をしながらソレをまじまじと眺め始めた。
「……ここなら大声じゃなければ聴こえないだろうし、一つ聞いておこうかな」
「何だ?」
佑は再度後方へ移動した二人を一瞥し、何を始めようとしているのか一挙手一投足を見逃さぬようにしている俺に対して口を開いた。
「ヒロは、高垣さんの事が好きなの?」
「………………は?」
海の日は残り二話位......かもです。




