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51話(8/23修正)

修正しました。

「もうすぐ夏休みだねー!」


「その前に今週の期末テストでしょ。浮かれてると赤点取って補習喰らうよ」


「うっ、それもそうだね。でも今回は大丈夫!なんてったって夏休みが控えてるからね」


「ははは」


「どうしたのヒロ?元気無さそうだけど夏バテ?」


「いや、何でも無いぞー」


 嬉しい事に今年は比較的速く梅雨も過ぎ去ると朝のニュースでは流れていたが、湿気と日に日に強くなる日差しにより佇むだけで汗が滲み出る程に暑さが増し何処に行っても蝉の声が増えてくる七月初旬。

 登校中に行き交う社会人は汗を拭う為に頻りにポッケに入れたハンカチで、学生達は鞄やリュック、または片手に持ったタオルで汗を拭き取りながら暑い暑いと眩い空を睨め付けそうぼやきながら歩いている。

 この頃になると学生はもうすぐ始まる夏休みに向けて様々な行事毎や遊びの計画を立てたりと毎日の様に浮かれ会話に花を咲かせる。そしてそんな学生とは対象的にすれ違う通勤中の大人達が先を楽しみといった学生達の様子を見て羨ましいといった視線を送っている。

 もう少し歳を重ねれば俺もその立場になるのだろうな。


「今日の体育は水泳だから涼めるー」


「いいな〜男子は外だし。汗だく確定」


「次の体育じゃ逆になるじゃん。今日はたんまり泳ぐよー」


 そして高校生たるもの、この一夏で恋人を作り共に幸せな思い出を築き上げたいと焦がれるものだろう。

 ビバ夏!ビバ祭り!ビバアヴァンチュール!!ビバ青春!!男女の距離は急接近するだろう!!ヒューッッ!!!


「あ、俺夏休みバイトしてみるわ」


「「…………え」」







「考えなおしてよー!まだ決まってないんでしょ!?沢山遊びに行こうよ!ね!ねぇっ!?ていうか罰のことについて何か言う事は!?」


「俺は決めたんだ。高校生になったんだし折角だからこの夏はアルバイトをしてみようと。ていうか朱音、いい加減歩き辛いんですけど?あとこの前の罰についてはその、ね?もうちょっと時間くださいな」


「意味が分から……いややっぱ気持ちはわかるけど何で相談も無く急に!?逃げる気かー!」


「アルバイトか。何か欲しいものとかあるとか?」


「たすくんも説得してよー!」


「我儘はよくないよ朱音」


「うっぐぐぐ」


「あの、俺のこと無視しないで?」


 バイトします宣言から数秒後、そのまま曇の一つ無い晴れ渡った空を眺めて歩いていた俺は唐突に訪れた背後からの衝撃によってたたらを踏む事になった。

 正体は俺の腰辺りに抱き着きこのまま先へは進ませまいと後ろに引っ張り、先日の罰について詰問しながら凄く慌てている感じの朱音。

 小走りで横に並んできた佑も朱音ほどに動揺した素振りは見せないが未だに何処か信じられない、といった顔で俺を見ながらも疑問に思ったことを投げ掛けてきた。


 ……あれ、そんなに俺がバイトするって決めたことが意外だった?


 内心そう思いながらも、時間帯はまだ余裕ではあるがこのまま下手に時間を消費すると最悪遅刻するかもしれないので一向に離れる気配を見せなかった、俺の背中に顔を埋める駄々っ子(朱音)をそのままに神話に登場する半人半馬のケンタウロスの如く学校へ。

 校門を通り過ぎ玄関まで辿り着くが、案の定といった所か俺と朱音の騒動は視線を集めるものとなっていた。四方八方から同学年と先輩達の珍妙なものを見る視線に居た堪れない気持ちをぐっと堪え腹に回された朱音の腕を優しく―――強っ!何でこんなに力込めてんの!?

 訂正、多少強引に引き剥がしにかかる。


「ほら、周りも見てるから。ていうかいい加減離れなさい。もう玄関だぞ」


「うぐぐ!……わかったよ。履き替えてくる〜」


 引き剥がされた後も口を尖らせ納得がいかないといった様子で自身のロッカーへ移動する朱音を既に履き替えた佑と共に眺めていると声を掛けられた。


「それにしても、予定の無い日なんかは家に居るって聞いてたからさ。今年もそうなんだろうなって決め付けてた」


「……まあ、今まではな」


 佑の言う通り何もない日は基本家で過ごしてきたのは確かだ。

 漫画、ゲーム、宿題、あとはシチュエーション探しにネットに潜ったりと……今思えば引き篭もりに似た生活のようにも思える。

 しかしながらそれは中学までの話であってこれからは同じ過ごし方をするつもりはない。

 今のうちに出来る経験を積んでおいて損という事も無いし何より今後を考えると『今から積み重ねなければならないもの』もある。


「それで、どんな所でバイトするか候補は決めてるの?近く?それともバスとかチャリで行ける範囲?」


「するって言っただけで今の所バイト先はまだ何も決まってないんだよな」


「ふ〜ん」


 少し前から周辺のアルバイト募集情報を検索しているが未だに自分にとってピンとくるものが見つからない。

 いや選り好みしなければ幾らでもあるのだが、どうしても人生初のアルバイトだからと変に意気込んでしまい本当に自分に合う職種なのかどうか慎重に厳選している最中である。実際に働いてみないと解らないものもあるだろうけど。

 それになにかの間違いで怪しいバイトに手を出して、なんてオチは避けたいものだ。下手すりゃ退学コース待ったナシだし。


「じゃ、じゃあコンビニのバイトとかは?」


 上履きへと履き替え此方へ戻ってきた朱音は俺達の会話を聞いていたのか候補として一番に上がりやすいコンビニスタッフはどうかと聞いてくる。


「クラスメイトの奴らと会ったら最悪騒ぎそうで却下した。万が一そうなれば他の客にも迷惑だと思ってな」


「そっかー」


 そうして並びながら、二人は考え事に耽っているのか無言で教室に向かう。


「何処行っても上手くやっていけそうだね。想像だけど」


「へいらっしゃーい!って言ってそう」


「それもうラーメン屋」


「「……似合うじゃん」」


 朱音の何気ない言葉に佑がそうツッコむ。そして二人は共通してラーメン屋で働く俺の姿を想像したのかピッタリ言葉を合わせてそう言ってきた。

 どうせ頭にハチマキ巻いて湯気に充てられ汗だくになりながらも元気に来訪の挨拶をする俺を想像しているのだろう。

 ……あれ、自分で言うのも何だが結構似合うかも。


 無意識に上を向いて歩く二人を見て、俺は自然に口角が上がってしまっていた。

 足元見ないと危ないぞ二人とも。俺も気を付けるけど。






 ☆☆☆☆☆☆


「高垣は夏休みどうするんだ?」


「私の予定を聞いて何するつもりかしら」


「いや何もしないが?何でそんなに警戒するんです?」


 三限目が始まるまでの時間、移動教室の為に道具を持って向かう途中。

 佑と朱音は事前に誘われていたのかそれぞれのグループと共に教室を出て、俺は一人で行こうとしていた高垣を見つけ隣に付いた。


 軽く雑談を交えながら、そういえば高垣は休み期間中は何かするのだろうか、とそんな疑問がふっと湧いたため聞いてみただけなのだが素直に答えるつもりはないようで、挙げ句の果てには身の危険を感じたかのように疑いの視線を送りながら返事をしてきた。解せぬ。


「アンタは何をするの?」


「今はバイトしてみよっかなーって思ってるぐらいか。休みが始まるまでに残り三週間の間で先生方に印鑑ラッシュしなくちゃいけないがな」


「あぁ、アルバイト許可願いだっけ。アルバイトするのにも色々手続き必要みたいだし頑張ってね」


「そこだけメンドクセーよな〜」


 アルバイトをするにあたって必要なモノ。

 まずは未成年である事から年齢証明書、つまりは住民票の用意、それから学校からアルバイトの許可を戴く為の許可願い。

 夏休みが始まるまで、つまり三週間でアルバイト先を見つけたうえでそれら全てを済ませなければならない。

 想像するだけでげんなりしてしまう。


「単純にお金が欲しいの?アンタの事だからそれだけじゃ無いような気が……」


「ふっ。やはり高垣は俺の事を良くわかってらっしゃるようで」


「キモ。似合わないから止めて」


「ねえ褒めただけじゃん。何で酷いこと言うの?」


 高垣の疑問通り、今回のバイトの件は単にお金稼ぎだけではなぁい(ねっとり)

 その勘の良さに対しその通りだと人差し指を立てウインクを送るが、高垣からは蔑みの目を持って再び距離を取られた。

 その態度と辛辣な言葉によって俺は思わず肩を落としてしまう。


「さて、何を考えてると思うかね高垣君?」


「どうせ朱音と浅見君関連でしょうから……二人のデート資金の調達?」


「いやいや流石にそんな事しねぇよ。仮にそんな理由であの二人が素直に金を受け取ると思うか?」


「全然。常識的に考えれば自分が稼いだ金なら自分の為に使えって怒るでしょうね」


「そりゃそうだ」


 ぱっと思いついたように案を一つ口にするが、当然それが正解とは思っていなかったのかサラリとその後の展開を語る。

 もし高垣が言った通りに俺がそのような行動をしてしまえば二人は激怒するだろう。

 奢る奢られる程度ならばさして問題無いが、いきなり大金を二人の為に稼ぎました、なんて馬鹿もいい所。

 良識ある二人ならば絶対に受け取らないし逆に俺が二人の何方かにそんな事をされれば家族会議を開いてまで説教をしてしまうだろう。


 今度こそ高垣は真面目に考えているのか、口元に手を添え前を向きながら思考を巡らせている。

 そして何やら思いついたのか、俺を尻目にしながら答えをだす。


「もしかして二人と距離を取る、とか?」


「正解!さっすが高垣すわぁん!」


「ウッザ」


 まさかの早い段階で今回の作戦の本質に辿り着いた高垣へ心から賛辞を送るが、思わず気が昂ぶり一段と大きくなった声に五月蝿そうに片手で耳を塞いで一歩距離を取る。

 近づいたり遠ざかったりと忙しないな高垣は。


「夏といえば?」


「暑い」


「何で真っ先にそんな言葉が出るの?お前ホントJK(女子高生)か?」


「はっ倒すわよ。発言に気をつけなさい」


「いだだだだ!」


 夏と言えば。

 頭空っぽでそう問われても一つ二つぱぱっと答えが出そうなモノなのに、このクールビューティーはあろうことか暑いとだけ言ってのけてしまった。その可哀想な発想に思わず哀れみの籠もった声が出てしまう。 

 癪に障ったらしい高垣は眉間に深い谷間を作り俺の二の腕を力を込めながら抓んでくる。

 いや痛い痛いっめっちゃ痛いんですけど!


「夏といえば海とか夏祭りとかだろうが!お前そういうの楽しみにしてないのか!?」


「家で過ごすから関係無いわ」


 なんと、高垣は今までの俺と引き籠もりのような毎日を過ごす予定らしい。


「はーッこのボッチ!ぐーたらJK!引き篭もりー!」


「そういえば朱音に聞いたことあるけど、アンタも休みの間は基本似たようなものなんでしょ。一緒よ一緒」


「残念ながら今年はバイトする予定でございます。貴女と一緒にしないでもらえません?」


「……くっ、そうだったね」


「はん、雑魚が」


「は?」


「すんません」


 俺から罵倒されたのが悔しいのか、何時の間にか朱音から聞かされていたらしい昔の俺の過ごし方を反論の材料として引き出してきた。

 しかし今し方教えた筈の今年の予定を再度伝えれば高垣はど忘れしていたのか悔しげに顔を染めた。それを見れて俺は大変満足である。

 抓られたところでが思いの外痛かった事への憂さ晴らしとかでは決して無い。無いったら無いのだ。


「というか高垣は誰からも遊びとかに誘われたりしてないのか」


「……アンタには関係無い」


「ふーん。否定はしないのな」


「……」


 沈黙は肯定なり。

 その言葉が当て嵌まる高垣の様子に大方、前に出会った高垣の幼馴染二人から久方振りに会えた事の連絡やら、ついでにといった形で色々誘われたのだろうと予測する。

 いや、大穴狙いで居るか分からないがこの高校で高垣に好意を寄せた男子とか、こちらも居るか分からないが朱音以外の仲の良くなった女子とかか。


 高垣は基本他人と関わりを持たないようにするような雰囲気を出しているせいか、未だに積極的にクラスメイトと話をする姿を見たことがない。

 受け答えをする所は見掛けるが、思い返してみても今時の若者の様に和気藹々とした会話はしていない様子だった。

 俺と朱音以外と接する際に小さくとも笑ったり何かに興味を引くような表情をした記憶が出てこないのが証拠。


 だが、もしかしたら俺が知らないだけで他に交友関係を持っている人物が居る可能性もあるし、高垣に見惚れた男子とかが居るのかもしれない。案外遊びとかデートに誘われたりしてな。

 もし居るのならば、性別問わずどんな相手なのか大変興味がある。


「着いたな。俺先にトイレ行ってくる」


「はいはい」


 会話も程々にそのまま目的地へ辿り着く。


「―――」


「―――」


 そして高垣が扉を開けようと手を掛けたそのタイミングで、俺達が歩いてきた道の反対側から同じ色のネクタイからして別クラスだろう一年の男子二人組が此方を盗み見るようにして会話をしながら歩いているのが視界に入る。

 なんとくそちらに意識向けていると、高垣が人一人入る程度に扉を開き中へ足を進める。その際に中で談笑していたグループの誰かが高垣に俺の不在を尋ねておりそれに軽く返事をしてから振り返り扉を全開にした。

 そうして扉に隠れる形になっていた俺の全身が露わになり、反って注目を集めてしまったので取り敢えず皆に向けて手を振っておいた。


 そして何となしに気になっていた見知らぬ二人組が俺の後ろ辺りを通り過ぎ、次にトイレトイレと意識を切り替えた時だった。


「はっ。いいご身分だな」


 もしかしたら雑談の一環でそのような言葉が出ただけなのかもしれないが、何故か俺の耳は嘲りを含んだ様にも聴こえるその声だけを拾ってしまった。

 そして、それを俺に対して言っているかのようにも聞こえてしまい思わず固まった。


「やっかみかよ」


「うっせぇ笑うな」


 振り返り声のした方、男子二人組の背中を見てみる。

 そんな会話を最後に今はもう笑い声しか聞き取れないが何やら面白可笑しそうに片方が肘打ちをし、された側は少し痛がる素振りを見せそのまま進んでいった。


 ―――良いご身分?


「ん、トイレ行かないの?」


「お……あぁ行く行く。あー因みに男子がトイレ行くときは雉を撃ちに行くんだって。格好良くね?」


「ならさっさと撃ってきなさい」


「ほいさー生きの良い雉打ってくらぁ」


「はいはい。どうぞご自由に」


「あ、俺の道具持っていってくんね?」


「仕方ないわね」


「ありがとさん」


 その場で立ち止まり律儀に閉まらぬよう扉の端を手で抑えてくれていた高垣は、未だにその場から動かない俺を見て怪訝そうな視線を寄越しながら声を掛けてきた。なんでも無いと返すつもりが別の事に集中していたせいか変なことを口にしてしまい呆れた視線を送られる。

 トイレに行く序に俺の頼みを聞いてくれるらしく、またもや呆れながらも扉を抑えていた手を此方に差し出してきたので感謝しながら掌に道具一式を預けた。


 そうして抵抗が無くなり自然に閉まり始める扉の隙間から、此方に背を向け俺の指定席へと歩く高垣の背中を少し見てから予鈴が鳴らない内にと少し早歩きで近くのトイレに向かった。


「……あ、そういえば作戦の内容を言ってなかったな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 高垣さんとのやり取りが漫才 [気になる点] 良いご身分…? それは主人公がお似合いの裕朱音カップルとは不釣り合いって事か? それとも単純に朱音と付き合ってるって噂のせいで不釣り合いだなって…
2023/01/07 04:11 退会済み
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