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4話

「うぃーっす」


 登校してから教室の階へと辿り着くまでに様々な視線を浴びつつ、中へ入ろうとした所で佑と朱音は友達になったであろう別クラスの生徒達から話し掛けられたため俺一人で中へ入る。俺を見て『誰?』という疑問符が浮かんでそうな顔をされたが別に悔しくなんてない。ぱっとしない見た目で悪ぅ御座んすね。

 比較的早めに来る俺達なのだが、教室の中は既に半数以上が埋まっていた。


「おはようさん。新藤」


 わざわざ教室の入り口へ来て快活な笑顔を見せながら真っ先に挨拶を返してくれたのは、俺の前の席になっている野球少年、蔵元 哲(くらもと てつ)

 野球部故に坊主頭なのだが、憎めない顔立ちにとても似合っている。

 入学日のHR後に『あのサイドポニーの子、めっちゃ可愛くね』と話しかけられた時が最初の会話であり、野球で培った根性魂の中には思春期らしい煩悩も入り混じっている中々面白い男。野球の話になると熱くなるのだが、時折コソコソと誰々が可愛いとかの話をする関係を意外と俺は気に入っている。男子高校生だからね、そういう話になるのも仕方無いことなのだ。


「おっすー蔵元。朝練後?」


「そうだぜ。今日もな!そういえば今日はお前ひと……り……」


「皆おはよー!!」


「おはよう」


 蔵元は俺の後方を見て固まり、次いで廊下での友達との会話が終わったであろう二人の、朱音は響き渡るような、佑は静かながら澄んだ朝の挨拶が教室内に浸透していった。


「おおおおはよう春辺さん!浅見!」


「おはよう蔵元君!」


「蔵元じゃん。おはよ」


 朱音を見てやや緊張し吃りながら二人へ挨拶する蔵元。

 はは〜ん。一目惚れでもしたか?


「娘はやらんぞヴェッ!」


「誰がいつヒロくんの娘になったのさ!」


 思わず父親のような言葉を口にだしてしまい、背中に強い衝撃を受ける。背中を摩りながら振り返るとスクールバッグを両手で振り抜いた朱音の姿。

 お前、教科書やらなんやら入ってるから滅茶苦茶痛いんですけど!?

 ふと佑を見ると暇そうにこちらを眺めていたので取り敢えず泣き付いてみる。

 俺の意図に気付いた朱音は卑怯者、とでも言いたそうな顔をしていたがそんなこと知らねぇぜ!へへっ。


「佑〜。朱音が虐めるよ~」


「鞄置きに行っていい?」


「あ、はい」


 ☆☆☆☆☆☆


「朝から賑やかだったわね」


「うっす。高垣も混じればよかったじゃん」


「朝はテンション上がらないから無理」


 HRが始まるまで自分の席でぼうっと黒板を眺めていた俺に、少し眠気眼の高垣が前の席に座ってきた。どうやら高垣は先に教室に入ってたらしく先程の会話を見ていたらしい。冗談を言ってみたが成程、見た目からして朝からウェイウェイするような感じでは無いので納得する。したらしたで抱腹絶倒ものであるが。


「何ニヤニヤしてんの」


「ぃや、何でもないっす」


 無意識にニヤニヤしていたらしい。妄想したら表情に出てしまうのは俺の悪い癖だ。平常心平常心。

 顔を正していると、高垣は真顔でこちらをじっと見詰めていた。

 おおぅ、初対面時の圧倒感を思い出すね。


「昨日の話、もうちょい詳しく聞かせてよ」


「え?あ、あぁいいけど。もしかして面白かった?」


「あんたの足りない頭でこれまで考え行動してきた結果を知りたくなったから」


「ぇ……」


 ちょっと朝から毒舌パンチが強すぎませんかね貴女。会って数日程度ですよ?いや、よくよく思い返してみれば初対面の時から少しずつ今の様なやり取りになったんだったな。

 たった数日でこんな言い合いを出来るような仲になったと捉えるべきだろうか。きっとそうだ。別に舐めて掛かっても怒られないからとかじゃない。蔵元の魂を掛けてもいいぜ。


「んじゃ放課後でいいか?そうしたら沢山語れるしな」


「それでいいわ。よろしくね」


「あ、待て高垣」


 話はそれだけだったらしく立ち上がって席へと戻ろうとした所である用件を思い出し呼び止める。何よ?と言われながら自分の鞄を漁りある物を掴む。そしてそれを高垣に渡した。


「紅茶?何で?」


「昨日の放課後」


 渡したのは登校の途中に自販機で買っておいた紅茶。

 目線を今もなお友達と話している件の二人へ向け、それを追って見た高垣は『あぁそういうこと』、と短いワードだけで理解してくれたようで窓際の自分の席へと戻っていった。

 そしてペットボトルを置きそのまま頬杖を付きながら外を見始めた所でSHR前の予鈴が鳴り響く。

 最後に映った姿は朝なのにまるで疲れたOLが黄昏れているようであった。

 ―――傍らに置かれた紅茶も相まって余計に。


 ☆☆☆☆☆☆


「おはよう。そんじゃ今日の日直、号令よろしく」


「はーい先生。起立、気をつけ、礼」


 担任の前川 剛志(まえかわ つよし)先生が訪れSHRが始まる。

 ずっしりとした体格に少し強面の先生はパッと見ヤのつく人物に見えるようではあるが結構気さくな性格で、冗談も交えて話をしてくれるので肩肘張るような事はない。そして見た目とは裏腹に体育ではなく現国の先生である。

 まだ数日と交流は少ないが、年頃の男児としてはThe大人な感じで格好良く見える人物。


「特になし。以上」


「きりーつ、気をつけー。れーい」


 早い、早すぎる!

 開始10秒にも満たないSHRだったがそれでいいのだろうか、と思うがこれがこの先生のやり方との事。恐らく高校生になったばかりだが浮かれ過ぎないようにといった注意喚起はあるのだろうが、初日以降この手の内容の場合は今のようにすぐ打ち切る。つまりは分かっていることを何度も言うつもりは無いぞ、といった所だ。


 日直である男子も俺と同じ気持ちだったのか肩を落とし気が抜けた様子で号令を掛けた。

 授業まで少々時間はあるが、一限目が現国なので前川先生はそのまま教卓で準備を始めたのを確認して俺は席を立つ。


「あ、すいません先生。教科書忘れました」


「浮かれてるな?阿呆め。隣の宮野に見せてもらえよ」


 カツンッとクリップボードで頭を叩かれた。

 それを見ていたであろうクラスメイトからクスクスと小さな笑い声が聞こえる。

 ふと強い視線を感じ振り返ると朱音がニヤニヤとこちらを見ていた。そして、そういえば先程怒られちまえと煽っていた事を思い出した。

 どう報復致そうか、そう考え周囲に視線を送り―――


「皆。朱音のニヤケ顔はレア物だぞアデッ!?」


「っ!!?」


「何があったか知らんが女子を見世物にすんじゃない。馬鹿者」


 先程より少し強めに叩かれる。頭が下に振れる直前に見えた光景は、俺の発言によって皆の視線が一瞬で一点に集まり、俺の意図に気付いた朱音は顔を真っ赤に染め上げ机に伏せ始める所までだった。

 どうやら前川先生は紳士でもあるようだ。

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