8_お姉さんとご飯に行く
7話目の内容が間違っていました。
現在は差し替え済みです。
よろしくお願いします。
お姉さんと居酒屋でご飯を食べてから帰ることになった。
駅近くの普通の居酒屋。
平日ということでお客さんも少なくて、快適で広めの席に案内された。
小上がり的になっていて、入り口側だけ暖簾がかけてあってちょっとした個室みたいになっている場所。
ある程度のプライバシーがあっていいな、こういうの。
お姉さんに促されて俺が先に座ると、お姉さんは俺の横に座った。
大人になると座る位置ってこうなのだろうか。
今までバイト仲間と飲みに行ったことはあったけど、二人の場合はテーブルのこっちと向こうで向かい合わせばかりだった。
まあ、飲みに行ったと言っても、俺はまだ未成年ので一応飲めないのだけど。
「あっくん、どれにする?」
お姉さんがメニューを俺の前に広げてくれる。いつでも優しいなぁ。
近くに座っているもんだから、お姉さんのいい匂いが伝わってきた。
正直、メニューはあまり情報として脳髄に到達していないと思う。
注文するものって言えば、19歳ってとても微妙で、こういった席で酒を飲まないと場をしらけさせるみたいだし、飲むとなると「法律が~」という人が一人くらいいるのでめんどくさい。
学生じゃないし、大人じゃないし、19歳で社会に出ている俺の年齢は本当に難しい。
「あっくんは『子どもビール』かな?」
お姉さんがニヨニヨしながら聞いた。
子どもビールとは、アップルタイザーのこと。要するにリンゴ炭酸ジュース。
19歳って子ども扱いされるとちょっと残念な気もするし、こっちはこっちで微妙なんだよなぁ。
ただ、お姉さんは絶対俺を揶揄ってる。
でも、不思議とお姉さんに揶揄われるのは嫌な気がしなかった。
お姉さんはハイボールみたいなのに決めたみたい。
「あっくん、お料理どうする?」
「そうだなぁ…」
「あ、そうだ。最初に言っとくと、お会計は私だからね。好きなだけ食べてね」
「あ、うん。ありがとう」
嬉しいけれど、なんとなく男として情けなくもある。
男女平等の世の中なのだから、女の方がお金を持っていたら、払ったって全然いいけど、なんとなく残念に感じるのは俺が男だからだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、お姉さんが口元に手を添えながら顔を近づけてきた。
「お金は先に渡すから、会計の時はあっくんが払ってね」
多分、俺に恥をかかせないためだ。年上とはいえ、この人完璧だ。
「ありがとう」と苦笑いして言ったら、お姉さんも目を細めて「いいえ」って言ってた。
料理は、お造りみたいなものとか、唐揚げとか、メニューにまとまりはなく、食べたいものを注文した。
お姉さんは店員さんから今日のおすすめを聞いたりしていた。
こういうのを見ると、俺はお姉さんが大人だなぁと感じるのだった。
「あ、あっくん、いかのお寿司頼まなくてよかった?」
どうやらお姉さんは、俺がいかのお寿司を好物だと勘違いしているようだ。
「別に、大丈夫ですよ」
「これって『いか』だよね?お寿司あるよ?」
お姉さんはメニューの「烏賊」という字を指して聞いてきた。
そう、確かにそれは「いか」って字だし、いかのお寿司が置いてあるみたいだけれども!
「遠慮しなくても大丈夫だよ?」とメニューを見ながら言った。
その時、俺のすぐ横でお姉さんが耳の所の髪の毛を書きあげた仕草にドキッとした。
どうなってるんだろう、このお姉さん。
俺がドキッとする仕草とか、好きな仕草とかをいつも自然にしている。
メニューは全然目に留まらず、お姉さんの耳が気になってしょうがなかった。
注文が終わると、お姉さんが俺におしぼりとかお箸とか渡してくれた。
自分よりも先にこちらに渡してくれるのって、なんか愛されてる感じで嬉しいな。
***
しばらくして飲み物が来た。
「じゃあ、乾杯しよっか」
「うん、あっくん、お仕事おつかれさまー」
お姉さんが俺のグラスにそーっと自分のグラスを当てて言った。
その時の笑顔が本当に嬉しそうで印象的だった。
この笑顔は俺だけに向けられたもので、その向こう側には愛情があるのではないだろうかと思わせた。
何もしていないのに、お姉さんに思われるほど世の中は甘くない。
それなのに、こうして笑顔を向けてくれるのは、なにかあるのか、それとも誰にでもこうなのか。
だとしたら、少し嫌だなと俺の中の嫉妬心がうずいた。
「あっくん、サラダ取り分けるね?」
「ありがとう」
なんか、めちゃくちゃ献身的なんだけど……
お姉さんがお姉さんらしい。まあ、いつでもお姉さんなんだけど。
いや、俺はなにを言っているんだ!?
お姉さんの方を見ると、手を合わせて誰にも聞こえないくらいちっさい声で「いただきます」って言ってから食べ始めてた。
俺が好きなやつだ。ちゃんと挨拶できる人って尊敬できる。
「あ、サラダ美味しい♪エビとアボカドとドレッシングが気になってたんだよね」
美味しそうにサラダを食べるお姉さん。
そんなにおいしそうに食べられると俺も気になってきた。
普通の居酒屋メニューでこんなに喜んで食べるのって、お姉さん的にはどうなんだろう?
印税もあるし、宝くじまで当たっちゃって、大金持ちだろうにそれでも1皿680円のサラダで喜んでいるし。
いつももっと高級なものを食べているイメージを勝手に持っていた。
「お姉さん、サラダ美味しそうだね」
「うん、おいしいよ。あっくんも食べてみて」
「ありがと。お姉さんってもっと高級食材の料理ばかり食べてると思ってた」
「あう……もしかして幻滅した?私って生まれたってのお金持ちって訳じゃないから、何でも美味しくいただけちゃってて……かえって、高級食材って何があるかあんまり知らないの……ごめんなさい」
なぜ「ごめんなさい」と思ったのか。俺の中のお姉さん株がストップ高なんだけど。
お金を持って変わっちゃう人っているって聞くけど、お姉さんは変わらない。
なんかそれが嬉しかった。
「お姉さん、ソフト屋さん時代は飲みに行かなかったの?」
「あの頃は、毎週デスマだよ?飲みに行くどころか、家にも帰れなくて机の下で寝袋で寝てたよ……」
デスマとは、デスマ―チのことだったか。
たしか、大変な仕事を根性だけで何とかしようとする仕事方法……
どんな会社なんだよ。俺の想像をはるかに超えたブラックぶりだった。
「それでも求人には『アットホームな会社です』って書いてあったの。まさかアットホームすぎて寝泊まりすることになると思わないじゃない……家には寝に帰るだけだから、何のために家賃を払っているのか分からなくなるし、ついには家を引き払って休憩室に住み着く人まで現れて……」
ああ、お姉さんが段々ダークサイドに落ちていく……お姉さん帰ってきてー!!
「そんなだったから、私、お付き合いとか以前に、人付き合いをほとんどしないで来ちゃって……だから、今こうやって、あっくんとご飯食べられるのが嬉しくって♪」
とんでもない恋愛歴だった。
ソフトの仕事を何年したかは知らないけれど、大学生の時の小説家時代と合わせても働きづくめで年齢に合った恋愛はしてこなかったのではないだろうか。
そう考えると、いくつか腑に落ちることもあるのだ。
他の人じゃなくて、10年も前に好きでいてくれた俺が出てくるってのも納得だった。
ちょっと気になったのは、お姉さんの飲むペースがおかしいこと。早くないかな?
最初はニコニコしてゆっくりペースで飲んでたんだけど、お酒が進むにつれて加速してきた。
ハイボールの次は日本酒に移ってお猪口で飲んでいる。
口数が少なくなったのもちょっと気になったところ。
「お姉さん、ちょっとペースが早くないですか?」
「だってぇ、あっくんが意地悪するしぃ~」
お姉さんは何故かちょっぴりお憤りだった。
まあ、上目遣いで責めてくるのだが、全然怖くなくて、可愛いばっかりなのだが……
「あっくん、あんな若くてかわいい子たちに囲まれてバイトしてたんだね」
「え?」
「中々辞めたくない訳だよね!」
どうやらお姉さんはちょっと誤解してやきもちを妬いてくれているようだ。
「あー!真剣な話しているのに、あっくんがニヤニヤしている!」
しまった。やきもち妬いてくれたのが嬉しすぎて、つい顔に素直に出てしまっていた。俺は両手で自分の顔を隠した。
「どーせいいんだぁ。私なんかアラサーのおばさんだから、あっくんに弄ばれて捨てられちゃうんだ……」
とんでもないことをつぶやきながら、横で俺の袖を掴んでいた。
少し目をやると、胸元が微妙に開いていて胸の谷間が覗けてしまっていた。
形のいい魅力的な曲線なんだけど、見ていいのか悪いのか……
しかも、テーブルにおっぱいを載せているみたいでなんかその重量感が……
やばい、俺なんかいっぱいいっぱいになってきた。
「さっきの挨拶してきた後輩ちゃんが、あっくんのカノジョ?」
「え!?いやいやいやいや、違う違う違う!彼女は、単なる後輩だよ」
「ホントかなぁ~、バイト中にきゃっきゃうふふしてたし~」
お姉さんの半眼が痛い。そして、顔が近い!
息がかかりそうなほど近くにお姉さんの顔があった。
お姉さんは確実に酔っていて、頬が桜色に染まっていた。
すげえ色っぽい。なんかドキドキする。
それにしても店(バイト先)のことは、傍から見たらそんな風に見えるのだろうか。
注意しないと、店(バイト先)にお客さんが来てくれなくなってしまう。
「俺は誰とも付き合ってませんし、モテませんから」
「そんなこと言ってぇ~、私からはモテモテだよ」
俺は恥ずかしくてお姉さんの方を向けないのに、お姉さんは身体ごとこちらを向いている。そして、俺の腕に縋りついているので、大きな胸の感触が俺の二の腕辺りに伝わってきていた。
「あ、あ、ああ、俺はお姉さんが気にかけてくれているなら、それだけで十分だから……」
「ホントぉ?」
絶対お姉さんは酔っぱらっていらっしゃる。
人差し指を自分の唇に当てて疑う仕草が異常に可愛い。
「ホントです!」
恥ずかしいけど、ちょっとだけお姉さんの方を見て言った。
その一瞬でお姉さんと目が合ってしまい、俺はまた前を向いた。
きっと俺の顔も真っ赤になっていると思う。
「じゃあ、私をあっくんのカノジョにしてくれるぅ?」
「!」
突然の告白(?)に気が動転すた…いや、した。
小さい時に好きだった人で10年ぶりの再会してまだ2日。
お姉さんの方から告白してくれるなんて!嬉しいを通り越して眩暈がした程だ。
「あー!やっぱり嫌なんだぁ!」
「いやいやいやいや!」
「そんなに嫌々何回も言うことないじゃない!」
「そうじゃなくて!」
お姉さんはまた頬を膨らませていた。
基本的に年上でよく面倒を見てくれるのに、時々子供みたいで……
「ラストシャンスだと思ったのにぃ……」
「ちょっと!諦めないで!急なことだったから驚いただけで!」
「でも、あっくんには、金髪の若い後輩ちゃんがいるしぃ?」
「あの子は本当に普通のバイトの後輩ですから!俺はお姉さんと付き合いたいです!」
「そんな大きな声でっ」
気付けば、周囲が一瞬静かになるほど大きな声で俺はお姉さんに告白していた。
お姉さんがあわあわしながらも、スマホで何かを入力していた。
『あっくんと交際開始!!』
お姉さんのスマホのスケジュール帳に今日の日付で記載されていた。
もしかしたら、日記の様に使っているのかもしれない。
意外と乙女チックだった。
店を出るころには、お姉さんはほろ酔いよりもう2段階くらい酔いが進んでいてグダグダだった。俺の腕に掴まっていないとまっすぐ立っていられないほどだ。
「お姉さん、飲みすぎじゃないんですか?」
「だーって、あっくんが一緒だと楽しいし、あっくんが告白してくれたし……」
もう、分かったような分からないようなことしか言わない。
この状態では電車やバスで帰るのは不可能だ。
居酒屋さんに払ったお金の残りがあるから、お姉さんと一緒にタクシーで帰ることにした。
とにかく、わちゃわちゃのうちに俺はお姉さんと付き合うことになったみたいだ。