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16_お姉さんの違和感

「あれ?」


「あっくん、どうしたの?」



食事の時のことだった。今日のメニューはお姉さんが作ってくれた麻婆豆腐だった。



「あ、いや、ちょーっと麻婆豆腐辛くない?」


「え!?そう!?」



慌てて一口食べるお姉さん。



「ちょっと辛すぎるよね!?ごめん、すぐ作り直すから!!」


「あ、いや、ちょっと辛いかなと思っただけだし、ご飯が進むしそんな慌てなくても……」


「そう?あっくんは優しいね。でも、辛かったら残してもいいからね?」


「あ、うん……」



別に麻婆豆腐のことはそんなに気にしてない。

ただ、「ちょっと」って言ったけど、かなりの激辛だった。

お姉さんってそんなに辛い物好きだったっけ……


別にお姉さんが辛い物を好きでも、激辛好きでもいいのだけど、何となくイメージと会わなかったし、これまでそんな辛党のイメージがなかった。

いつぞやのフレンチトーストなんて、さらに、はちみつをかけていたくらいだし。


あと、お姉さんのことだから、料理は味見してるだろうし、作っている最中に気づかなかったのかな?

あ、でも、何度も味見をしているうちに味覚が段々麻痺してきて、思ったより辛い物になるって話は聞いたことがある。


麻婆豆腐だし、その流れかもしれない。

この時の俺はその程度しか考えなかったし、それ以上何とも思わなかった。



***



今日は天気が良かった。暑くないし、寒くもない。

日差しも適度で散歩には適していると思った。


俺としても、ちょうどアパートを引き払う日となっていて、不動産屋さんの立ち合いがあった。

どうせ外に出るのならば、お姉さんにも声をかけて一緒に散歩したらいいと思ったのだ。我ながらグッドアイデア。



「お姉さん、俺、今日アパート引き渡しに行くんだけど、一緒に行って帰りに散歩しない?」


「……ありがとう。いいや」



あれ?お姉さんならニコニコしながら一緒に行くって言うと思ったのに、少し予想と違った。



「もしかして体調とかよくないの?」


「あ、そうだ!私買い物に行かないと!」



なんかはぐらかされた?もしかして、俺がアパートの話をするのが嫌とか?

アパートを引き払って、こっちに来るって言っているんだから、お姉さんは喜んでくれそうなんだけどなぁ。

もしかして、やっぱり俺と一緒っていうのが嫌になったとか?

それで、俺がアパートを引き払うって言ったら不機嫌になったとか。


気にはなったけれど、不動産屋さんとの待ち合わせの時間もあるので、お姉さんを残して俺は部屋(いえ)を出ることにした。



「じゃあ、行ってくるね」


「え?あ、うん。早く帰ってきてね」



お姉さんはそう言って、玄関まで来て俺に抱き着いてきた。

あれー?益々予想外のリアクション。むしろ行かないで欲しいって感じ?


俺の想像力では追いつかない感じ。

まあ、立ち会って鍵を返すだけだからすぐに帰ってこれる。



「行ってきます」



俺が手を上げてそう言うと、お姉さんは「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。

その表情が少し寂しそうというか、不安そうだったのも見逃さなかったのだけど、どういうことなのか理解までは及ばなかった。



***



この日はお姉さんはかなり寝坊していた。



「あれ?まだ寝てるの?今日どこか出かけるって言ってなかったっけ?」


「えー?私、出かけるのあんまり好きじゃないよ?」


「そうだろうけど、何日か前、出かけるから俺に留守番しててって言ってなかったっけ?あれ?それって別の日だった?」


「ん?あれ?今日だった!そうそう!今日だった!ありがとう、あっくん」



その後、お姉さんはおめかしするわけでもなく、普段着で出かけて、1時間くらいしたらマイバッグを下げて帰ってきた。



「あれ?出かける先ってスーパーだったの?俺も荷物持ちで一緒に行けばよかった」


「あ、うん。そうだね。そうだったね。次からお願いね」


「うん……」


マイバッグの中身も普通の食材を中心に普通の中身だった。

お姉さんは帰ってきたら食材を冷蔵庫に仕舞っていた。

なんかイマイチ腑に落ちない感じ。

無理やり用事を作って、それをこなして帰ってきた感じ?


なんだか分からないけど、漠然とした不安が俺の中で成長していくのを感じていた。



そんなある日、掃除の最中にお姉さんが倒れた。


倒れたと言っても、実際にはリビングの掃除の途中で液体が滑り落ちるようにスローモーションでソファに座り込み、そのまま気を失ってしまったのだ。


呼吸は正常だったけれど、普通のことではなかった。俺はすぐに救急車を呼んだ。

10分程度で救急車がマンションの下に到着したけれど、俺は来客を招き入れる方法を知らなかった。


そこで、サイレンの音が止んだ瞬間一旦下まで降りて、救急隊の人2人を部屋まで案内した。しばらくしてお姉さんは意識を取り戻し、救急隊員の人の問いかけに応えていた。


俺は不安に思ったけれど、水が飲みたいのではないかと思い、水をコップに準備してお姉さんのところに持って行った。

お姉さんは「ありがとう」と言ってコップの水を1口か2口飲んでグラスを返した。


救急隊員の人たちはお姉さんから何かを聞くと、救急隊員たちはそのまま帰って行った。



「病院に行かなかったの?」



俺が心配して聞いた。



「うん……軽い貧血だから、しばらく安静にしていたら大丈夫だって」


「そうなんだ」



貧血がどれほど危険か、はたまたそれほどでもないのか、俺は未経験だったので知らないけれど、救急隊員の人たちが帰るくらいなので、とりあえず安心なのだろうと思った。思ってしまった。


起きられるようになったら、お姉さんを支えて部屋に連れて行った。

お姉さんは机の引き出しから「頓服薬」と書かれた袋に入った薬を取り出し飲んでいた。俺はなんとなく貧血の薬だと思っていた。そんな薬があるのだ、と。


俺はいつでも能天気で、察しが悪い男なのだと後になって気づかされることになる。

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