第7話 戦況
(祈っていう人、ごめん! 僕は何が何でも知りたいんだ!)
洞内から出てすぐの事。
葉一は嘘を吐いて出てきた事を心の中で詫びながら、記憶を頼りに最近知った凱の屋敷へと走っていた。息を荒げながら視線を上げると見知った大屋敷が視界に飛び込んでくる。門付近に門衛の影がないのを良い事に、葉一は勢いよく扉を開けて中に入った。
そのまま記憶していた道順を辿り、廊下を走り、階段を蹴って登り、急いで凱の部屋へと向かった。
「失礼致します‼」
「⁉」
目的地に辿り着くと同時に荒っぽく扉を開けた葉一に、中にいた数名が声のする方を見て目を丸くした。かと思えば、怒気を孕んだ視線が葉一に突き刺さった。
「貴様ぁ……! ここを何処だと心得る‼ 恐れ多くも凱陛下の居室であるぞ‼」
その中の一人、門を守っていた門衛の男が葉一に近付き、語気を強めて槍を葉一に向けた。
「あ、いや、その……! ここへは、〈アズグラッド共和国〉との戦争を見に来まして…………」
「ふざけているのか!」
「――良い、やめよ」
葉一の言動に腹を立てた門衛の男が更に槍を突き付けようとした瞬間、重く低い声がその行動を制した。
「凱陛下……‼ ですが、この者は!」
「良いと言っておるのだ。黙れ」
凱の有無を言わさぬ視線に、門衛の男はすごすごと引き下がる。
「葉一……何故ここに来た」
「それは、えーと…………この屋敷は結構高いですし! ここからなら夜澄さんがどう戦っているのか分かるかなぁと…………」
本当の事を言っても信じて貰えないと思った葉一は咄嗟に思い付いた言い訳を並べ立てる。決して嘘は言ってない。半分は本当である。しかし、取り繕った態度の所為か凱の両目は真一文字に細められていた。
「……やっぱり、駄目ですよね」
「まあ、良かろう」
「い、良いんですか⁉」
まさか許可が下りるとは露程にも考えていなかった葉一は思わず聞き返していた。
「本来ならば、罰則を与えて打首とするところだが、お前はこの国の住人ではないからな。罰しても意味はあるまい」
「いや、意味はあるような…………」
「何か言ったか?」
「イエ、ナンデモゴザイマセン」
「まあ良い。それに夜澄にお前の世話係を頼んだ手前、あいつが与り知らぬ所でお前を無き者にするのはおかしいからな」
その言葉を聞いた瞬間、葉一はひゅっと息を飲んでいた。間一髪で罰を免れた事に、葉一は心の中でそっと胸を撫で下ろした。
「それで、戦況を観たいのであったな。葉一、ここへ来い」
凱がそう言って、自分の正面に鎮座している大きな水瓶を指差した。近くには、水瓶に向かって手をかざし集中している巫女が立っている。
正直、飲み水程度にしか考えていなかった葉一は首を傾げながら近付き、水瓶を覗き込んだ。
「こ、これは……!」
すると水面には、『皇御国』と『アズグラッド共和国』の戦いがリアルタイムで映し出されていた。
「【呪術】を使い、遠方の景色を映し出しておるのだ。現在の場所はこの国の国境付近だな」
「そ、そんな事まで可能なのか……⁉」
食い入るように覗き込む葉一。
今映し出されているのは、夜澄達『皇御国』の軍勢だ。男の兵士は武士のような甲冑を身に着けており、それぞれ剣、槍、弓を所持している。その近くでは女の兵士の代わりに、十数人の巫女達がそれぞれ【皇国呪装】と思しき武具を手にしていて立っていた。
今のところ被害は見受けられず、先程夜澄から少し話を聞いていた葉一は酷く安心した。
「な、なんだ……全然大丈夫そうだ。これって、〈アズグラッド共和国〉の方は見られないんですか?」
「うむ、君頼んだ」
「はっ」
葉一が凱に尋ねると、凱は水瓶に手をかざす巫女に指示する。数秒待ったのち、水面が揺れて映像が映し出される。
そこで映った恐ろしい存在と強力な武器に、葉一は度肝を抜かれる事になった。
「なっ⁉ こ、これは……僕は知っている、これはアンドロイド⁉」
「あん、どろいど? なんだ、それは? 絡繰り人形の事を言っておるのか」
「ええ、そうです。それにこれは、戦車に重機関銃か……⁉ なんて事だ……」
葉一は相当なショックを受けていた。何故なら〈アズグラッド共和国〉が扱う戦力とは、記憶の中にあった現代兵器そのものだったからである。
(夜澄さんが強敵と言う訳だ……見た感じ、戦力差があり過ぎる!)
(この者、やはり共和国について知っておったか……だが、反応を見るに嘘を言っておる訳ではないようだな)
葉一が戦力差に絶望していた最中、凱は葉一の素性について考えていた。
(でも、だからこそ謎だ。無人兵器であるアンドロイドや銃の類があるにもかかわらず、なんで〈皇御国〉が滅んでいないのかが……!)
〝戦争〟というのは、あらゆる面で国力を使い潰す怪物のようなもの。
葉一の考えでは、〈アズグラッド共和国〉の兵力はほぼ無尽蔵かつ被害が少なすぎるのだ。人ではない戦う人形ならば、人的被害はほぼ無いと言って良い。重ねて言えば、資源が尽きぬ限りは兵力を半永久的に補充できるのだ。その継戦能力と破壊力を持つ軍に勝るものはまず無いだろう。
しかし、だからこそ葉一は不思議だった。圧倒的な戦力を前にして、何故〈皇御国〉が今まで生き長らえてきたのかが。
「何やら深刻そうな顔をしておるが、何も心配はあるまい」
「え?」
「我が軍を映せ」
凱が巫女に頼み、またも場面が切り替わる。
映し出されているのは、今まさに皇国軍に幾千もの銃弾が雨の如く降り注いでいる光景だった。
「っ……!」
葉一は咄嗟に目を背けた。瞼の裏側では、皇国軍の兵士や巫女が蜂の巣にされている。しかし、次に目を開けた瞬間、葉一は信じられない光景を目にした。
「…………え? む、無傷っ⁉」
兵士や巫女達は地に足をついてしっかり立っていた。直接近くで見た訳ではないので、無傷なのかは定かではないものの、彼等は皆平然としていた。
驚愕はその一回切りではなかった。
夜澄の他の巫女が何かを呟きながら鉾鈴を片手に優雅に舞う。直後、鉾鈴から光のベールが現出し、皇国兵の身を包み込んだ。武器を持った兵士達はそのまま雄叫びを上げて、無謀にもアンドロイドと戦車に突撃を敢行。
今度こそ駄目だと葉一は思ったが、突進の最中、兵士達は弾丸をその身に受けながらもベールがそれを弾き、銃弾が支配する空間を抜けた兵士の槍と剣がアンドロイドや戦車に突き刺さった。そうして、頑強な筈の兵器は瞬く間に大破していた。
「…………」
信じられない光景を見たとばかりに、葉一は大きく口を開けて唖然とする。
――――しかし、まだこれでも終わりではなかった。
それを証明するかのように、目を瞑った夜澄が正面に設置されている大筒に手をかざし、何やら口上を述べる。すると、砲身の先端に紫色の光が収束し始め、溜まり切ったエネルギーが一気に放出された。
光弾と化した弾が弾道ミサイルの如く右肩上がりの軌道を描き、後方に配置された予備戦力へと着弾。瞬間、閃光を発した光弾は凄まじい衝撃波と爆発を起こし、敵兵力を軒並み吹き飛ばしてしまっていた。
「だ、だから……なのか……〈皇御国〉が今まで生き長らえてきたのは、攻守を合わせ持った【皇国呪装】の存在があったからだった…………」
葉一は思った。先程の自分は表面上の情報をなぞっただけだったのだと。
戦力はほぼ互角。今回はたまたま〈皇御国〉が勝ったが、この調子ならば両国は勝っては負けてを繰り返しているに違いないと葉一は考えた。
(どちらかが勝っても軍の損傷は免れない。だからこそ、再起には多くの時間が掛かるんだ。そうして時間を空けて戦い、また時間を空ける…………なるほど、滅びない訳だ)
ようやく腑に落ちた。葉一は心のしこりがすっきりしたのを感じた。
(しかし、さっきの選択肢通りに行動したら本当にその通りになってしまった……あれは一体……)
顎に手を当てて考え込んでいると葉一はふと視線を感じた。そちらを見れば、凱が溜息を吐いていた。
「ふむ、今回はなんとか勝てたか…………どうだ、感想は?」
「正直、想像以上でした。共和国の軍勢を見て一時はどうなる事かと思いましたが、皇国の戦力も予想以上でびっくりです。ですが……」
「なんだ」
「いえ、やっぱりなんでもありません。この様子だと夜澄さんは帰ってきますよね? 僕、あの人に言いたい事があるんです」
「…………ならば、行くといい。私の代わりに労いの言葉でも投げ掛けてやってくれ」
「はい!」
葉一は一瞬言い留まると首を横に振る。その様子に凱は考え込む仕草を見せると、葉一を見送ろうとした。
「葉一」
「はい、なんでしょうか?」
「次に戦争が起きた時、お前の意見をまた聞かせてくれ。頼んだぞ」
葉一を引き留めると、凱は取るに足らない約束を葉一に取り付けた。
「任せて下さい。この国と夜澄さんには僕を拾ってくれた恩がありますので。それでは、今度こそ」
葉一はそんな凱の口約束を不審にも思わず、素直に言葉を返していた。そうして、慌てて入ってきた入口から部屋を出ていった。
第8話は明日(1/18)の18時に投稿します。
※次回以降は、全て一日1話・18時投稿でいきます‼