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ノーブル・チョイス~悔いなき選択~  作者: お芋ぷりん
第1章 歪んだ国、逃げる選択を
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第3話 記憶のない恐怖

 




「ここが私の家になります。少し狭いですけど、くつろいでくれると嬉しいです」


 屋敷を離れて十分程歩いた所に夜澄の家は建っていた。何やら特別視されている夜澄の家にしては、これまで見てきた住人の家と大差ない。


 夜澄は扉を開けて、中に入っていく。葉一はしばらく家の外観を眺めていた。


(さっき歩いている時も感じたけど、なんというか、随分と質素……というよりも古い街並みだな……)


 素直な感想が心の中で漏れ出る。今まで葉一が見てきた住居は、木や草などの自然由来の素材で構築されていた。ススキのような植物で出来た急勾配の屋根は三角形に組まれており、軽い雨風ならば十分に防げそうである。


(ん……? なんで今、そんな感想が出たんだろう? 記憶を失う前の僕は、都会に住んでいたのだろうか)


 途端、葉一は心に浮かんだ感想を不思議に思っていた。


「葉一~! 早く入って下さい、風が冷たくなってきました」

「あ、はーい」


 しかし、その疑問を解消するよりも前に夜澄に呼ばれて、葉一は深く考えるのをやめた。呼ばれて中に入ると、中央には囲炉裏(いろり)があり、夜澄が夕飯の用意をしているところだった。


「自炊、なんですか?」

「凱陛下やここの住人達が私を特別視しているのに、って思いましたか?」

「はい。その不思議な格好といい、周囲の態度といい、夜澄さんは高い権力の持ち主か地位の高い人だと思っていましたから」

「そう思っているのに、結構気安いのですね」

「……今一番信頼できて、唯一頼れる人ですから」


 記憶のない葉一が頼れるのは助けてくれた夜澄のみ。そんな人の前で肩肘張っていれば、精神的に参ってしまう事は葉一も分かっていた。


「それに、くつろいでくれと言ったのは夜澄さんです」

「それもそうですね……っと」


 天井から垂れ下がる自在(じざい)(かぎ)に黒い鍋を吊るし、慣れた手付きで灰の上で横たわる薪に火をつける夜澄。その方法は火打石、ではなく夜澄が使う特別な力。薄暗かった室内は徐々に明るくなり、同時に少しずつ暖かくなっていく。


「随分慣れているんですね……」


 鍋が少しずつ煮立ってくると、夜澄が昆布を放り込んで出汁を取り始める。


「もう何年も一人だから。これくらいは自分で出来ないと生きていけません」

「えと、その泥のようなものは一体…………?」

「これは味噌(みそ)って言って、まあ食べられないものじゃないですから」


 木の箸と杓子(しゃくし)を使い分け、茶色い泥のようなものを溶き入れていく。葉一には、夜澄の料理が出来上がるのを待つ他ないので、疑問が浮かんでも無理やり納得するしかなかった。


 続けて、まな板の上でざくざくと包丁で切った様々な野菜を鍋に放り込む。その野菜は屋敷からの帰り道にわざわざ男性農家の家に寄り受け取ったものだ。


 そうして煮込む事数分――――。


「さあ、出来ましたよ」


 囲炉裏を囲むようにして二人が席に着いた後、遂に料理は完成。夜澄から鍋の料理を盛りつけられた木の皿を手渡される葉一。


 手元には事前に渡された箸と料理の入った皿。箸を使って食べれば良いという事自体は記憶の中にある。しかし、記憶にあったとしても箸を持つその手が上手く動く事はなかった。


「? どうかしましたか」

「あ、いや……」

「ああ……! 記憶がないのでしたね、こう食べるのですよ」


 迷った末、助け舟を出してくれた夜澄が箸で野菜を掴んで口に入れる。そして、皿の中の汁を啜った後、豪快に野菜をかっこんだ。


「…………」


 作法や手順など一切分からなかった。しかし、わざわざ丁寧に食べた後、雑に食べてみせたのは夜澄なりの気遣いだと葉一も気付き、


「っはぐ!」


 箸を右手で握った葉一もまた、夜澄に倣って豪快にかきこんだ。しばらく咀嚼(そしゃく)した後、徐々に食べるスピードが速くなり、気付けば皿の中身は空っぽになっていた。


「ふふ、そんなにお腹が減っていたのですか。慌てなくてもまだありますよ」


 夜澄が葉一から皿を受け取り盛り付ける。そして、それを受け取った葉一は無心になって料理を食べ続けた。


 その最中、夜澄の表情は母親のように穏やかだった。


 ◆


 腹が膨れた葉一は夜澄に勧められるまま湯浴みをした。勿論、念の為に方法は聞いた。しかし、その際、「何でしたら一緒に入りますか?」と夜澄に平然と言われ、葉一は「結構です‼」と即座に断っていた。


 十分に身体も温まり、夜澄も沐浴(もくよく)した後、二人は並んで布団に入っていた。葉一が着ていたスーツは畳まれており、今は夜澄から渡された無地の茶色い半纏(はんてん)に身を包んでいた。


「……なんで布団が一組しかないんですか」

「客人を泊める事なんてなかったからです」

「そうですか…………」


 湯浴みのくだりで夜澄は自分に〝男〟としての意識などない事は葉一も分かっている。


(記憶を失っているとはいえ、健全な男としてはこの状況、如何ともしがたい……)


 夜澄が気にしないのであれば、葉一もまた気にしないのが礼儀。そうと分かっていても、葉一は集中して眠る事ができなかった。


(はぁ……眠る事に意識を集中させたら余計に眠れなくなるな)


 記憶もなければ、帰る場所もない。今は夜澄を頼っていれば良いが、この先いつ追い出されるかも分からない。暗闇の中で、葉一はそんな事ばかり考えていた。


(これからどうなってしまうんだろう…………)


 葉一の身体が布団の中で震える。


 記憶がない事がこんなにも恐ろしい事だとは思わなかった。自分が何者か解らず、記憶が戻ったとしても以前のままではいられない。そんないつの話か分からない事に、葉一は途方もない恐怖を感じて身体を抱き抱えた。


 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか…………。


 いつの間にか、葉一は眠りについていた。目には一筋の涙を浮かべて。


「…………葉一」


 そんな葉一の葛藤を横で感じていた夜澄は葉一の頭を優しく撫で付けた。





第4話は今日(1/17)の12時に投稿します。

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