エピローグ 夢の実現
終戦してから早一ヶ月が過ぎようとしていた。
調印式典の会場だった場所は今では〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉の民が共に生活できる街として生まれ変わっている。今はまだ、意思疎通の為の翻訳機が必要だが、近い内にそれも要らなくなるだろう。
共和国語と皇国語を統合した共通言語が生まれようとしているのだから。
「夜澄さん……貴方の夢は叶ったよ。ほら、見てくれ……皇国と共和国の国が手を取り合って、笑顔で過ごしているよ」
葉一は国境の真上に建築された〈平和の塔〉の最上階から景色を堪能していた。
そこからの景色は絶景で共和国人と皇国人が共同で作り上げた街が並んでいる。つい先日まで争っていた国の住人同士が仲良く暮らす光景を見る度、葉一の胸に穏やかで温かいものが去来する。
「葉一様~! あ、やっぱりここにいたのですね」
「祈さん? 何か用ですか?」
葉一が虚空に向かって独り言をしていると塔の階下から洋服を着た祈が現れた。
「今日は亜澄様の散歩に付き合う約束だったじゃないですか……! もしかして忘れていましたか?」
「ただ、凱陛下に遠慮しただけだよ。多少、年の差はあっても愛し合っているみたいだし」
「そういう理由なら仕方ありませんね。亜澄様の生き甲斐が戻って本当に良かった……」
「ええ、本当に」
ネイサンが起こした一件の後、葉一は凱に亜澄の生存を伝えた。
すると、巫女だった亜澄は捕虜になる前は凱と恋仲だったようで、凱がその事を知るや否やグレイを叩きのめしに行った。当然ながら一緒にいた葉一や亜澄本人の強い制止により、戦争が再び勃発する事は免れた。
それでも鬱憤が収まらない凱は怒りを抑え、グレイに亜澄の心のケアを手伝うようにと伝えた。
グレイも亜澄にした仕打ちの事を反省しており、今では進んで彼女の心の回復をサポートしている。
「祈さんも普通の女性に戻る事ができて良かったですね」
葉一が洋服を着ておめかししている祈を見て微笑む。
「はい。平和になった世界では、巫女の力はもう必要ありませんから」
「この世界は【科学】や【呪術】がなくても回り続ける――精霊もマザーコンピューターの力も必要ない。これから僕達は人間の力だけで未来を歩んでいく」
葉一が塔のバルコニーから身を乗り出し、平和の風をその身で受け止める。その顔には未来への不安など微塵もない。
そんな時、地上から民の声が空気を伝ってきた。
「――神の御使い様ぁ~~!」
「あ、ははは。やっぱりこれには慣れないな」
なんとも仰々しい肩書きで呼ばれた葉一は苦笑して手を振り返す。
「あなたがあの変な力に頼ったからじゃないですか。自業自得です」
「あれがなければ、祈さんを助けられなかったと思いますけど?」
「あの時のわたしには【呪術】があったので万に一つもありえません~!」
「生まれた小鹿のように震えていた癖に良く言いますね。夜澄さんに爆笑されますよ」
「なっ、今ここで夜澄は関係ないでしょ~~!」
「あはははははっ!」
今日も今日とて平和な日々が続く。
この数日後、葉一は突如として息を引き取った。まるで、糸の切れた人形のように。
しかし、長きに渡る戦争を終わらせた葉一の姿と信念はこの先も永遠に語り継がれていく事だろう。
巫女や科学技術が無くなったこの世界で〝神の御使い〟として民に崇められ、心の拠り所となったとしても――――。
次回最終話・エピローグ、明日(2/14)の18時に投稿します。




