第4話 反乱分子
宴の日より一週間後――――。
「やあ、お会いできるのを楽しみにしていましたよ……〈皇御国〉皇帝・凱陛下」
「私もだ。長年私の国を苦しめてきた者にようやく会えて光栄だ……〈アズグラッド共和国〉から来たアンダーソン大統領」
調印式典の開催の日が訪れていた。
「楽しみだの光栄だの言っていますけど、全然笑顔じゃないですね」
「それはそうでしょう。どちらも国の戦力を削り合っているのですから、むしろ安心できます」
「……それは確かに。仇敵だった者同士が次の日には笑顔で意気投合とか、不気味過ぎますもんね」
グレイと凱が握手を交わす光景を見て、葉一と祈は静かに溜息を吐く。
葉一とグレイが事前に相談した通り、式典開催の会場は両国の国境の丁度真上にある。共和国が急ピッチで会場を作り上げ、今では荒野だった空間にちょっとした街が出来上がっている。
先が思いやられる光景を見ていると不意に葉一の肩が叩かれる。
「開催までもう少し時間がありますし、あの二人は放っておいて少し見回りませんか? 屋台も出ているようですし」
巫女服を着た祈が葉一の袖を引く。公式の場という事で今日は葉一も伝統衣装を着ている。
「そうですね……翻訳機のおかげで意思疎通は可能ですからね、行きますか」
祈の提案に乗り、二人は出来上がったばかりの建物を見て回る。
「国民全員分の翻訳機なんて、よく生産できましたね~」
「早く、言語を理解できるようにならないといけませんね」
屋台を出しているのは皇国人だ。
無論店舗を組み立てたのは共和国人だが、その代わりに皇国人には翻訳機が提供されている。また、料理は機械を使わない原始的なものだが、それが逆にバーベキューのようだと意外にも共和国人にウケていた。
争う雰囲気など微塵も感じられない光景が微笑ましく思える程だ。
二人は屋台で鳥の串焼きを二本買い、歩きながら食べては笑い合った。調印式が終われば、ようやく夜澄の望んでいた夢が叶う。
否、既に叶い始めているのかもしれない。
「――おっと、そろそろ時間ですね」
セットしていた腕時計のアラームが鳴り、葉一が足を止める。
「そ、そうなんですか……わわ、わかりまし、った……!」
「?」
祈の様子が何やらおかしい。身体は震えていて、何故かお腹を押さえている。
(はっ⁉ 有り得ないけどまさかッ……共和国が仕掛けた遅効性のど――)
「毒じゃありませんよっっっ⁉ ここ、これは、単に……お、お腹が痛い、だけで……」
葉一の阿保な予想を先回りして潰す祈。
「あぁ~……どう見ても食べ過ぎていましたもんね……」
我慢しているのか、祈が両足を閉じてキュッとしている。それで葉一もようやく得心がいく。
「と、とにかく! 先行っていて下さいっ……始まるまでに戻りますから‼」
「厠の場所分かります?」
「馬鹿にしないで――っ~~⁉ 下さ、いっ……!」
葉一を構う事を止め、祈は足早にその場を離れていく。
「だ、大丈夫かな……やばい、僕も準備があるんだった!」
残された葉一は祈の心配をしつつも仕事があった事を思い出し、祈から視線を切った。
◆
『――只今より、講和条約の調印式を――…………』
「すっかり遅刻ですね……!」
皇国式の厠から出る寸前、開会を告げる言葉が街各所のマイクから流れてきた。祈のお腹は葉一が心配していた程ではなく、今は毒素が抜かれた事でスッキリとした顔付きだ。
「夜澄でさえこんなにも浮かれる事はなかったのに……反省しないとっ」
と、急いで戻ろうと厠を出た直後だった。
「――おっと……反省する全く必要はないぜ?」
出た先で共和国人の男性とぶつかってしまった。
「っ! ここは女性用のかわ――むぐっ⁉」
女性用トイレの前に待ち受けていた男に祈は憤慨とした。だがその瞬間、怒鳴ろうとした祈の口が分厚い掌で押さえつけられていた。
「だって、アンタがしないといけないのは、あの皇国人への餌になる事なんだからなぁ?」
「ぐっ⁉ あ……ぅ――」
直後、祈の腹に拳がめり込む。そうして、祈の意識は次第に遠のいていった。
◆
『――只今より、講和条約の調印式を行います! 〈皇御国〉、並びに〈アズグラッド共和国〉の代表者は壇上に上がって下さい!』
司会進行役を務める共和国人男性がマイクを持って促す。その後、召集を受けた凱とグレイが壇上へと上がり、二つの机の前に立った。
周囲には共和国と皇国の国民が勢揃いしている。
ただし、国別で集まっている訳ではなく、良い意味でごちゃ混ぜ――――つまり、他国混合での状態でそれぞれ待っていた。
『そして今回、長きに渡る戦争を止めた立役者――〈皇御国〉出身の葉一さんにもご登場願います!』
「「おおおおおおっ‼」」
続けて、葉一の名が呼ばれると会場中が色めき立った。
「な、なんだか凄い人気だな……いや、自惚れている訳じゃなくて」
自分の事なのにまるで他人事のように思えてしまう葉一。
しかし、その期待に応えない訳にはいかない。が、会場の熱狂っぶりに思わず圧倒されてしまい、葉一はらしくもない愛想笑いを浮かべて手を振りながら壇上に上がった。
「流石に戦争を止めただけの事はあるね、葉一君」
「全くだな。国の長である私達よりも喝采を浴びるとはな……」
「からかわないで下さいよ……はぁ」
皇帝と大統領の二人に冷やかされた葉一は思わず溜息を一つ吐く。
そうして、凱の隣に並び立った。その理由は講和条約調印の際、公文書におかしな点がない事を確かめる為である。
特殊な葉一とは違い、凱は翻訳機を付けているだけで共和国の文字は読めない。更に言えば、皇国には文字の文化を持たない為、文字も言葉を分かる葉一が必然的に凱のサポートに入らなければならないのだ。
とはいえ開会前に三人で集まり、声を出しながら内容を確認した為、その心配は杞憂とも言える。しかし、これとは別に葉一には気掛かりな点があった。
(祈さん……まだ来ないな。もしかして、お腹を壊したとか……? だとしたら心配だな)
会場広しといえど、巫女服を着た女性は多くはない。ましてや、巫女服を着た男性が突っ立っている事も有り得ない。そして、何よりも終戦の為、夜澄の夢の為に共に戦った祈を葉一が見逃す筈がない。
(まあ……まだ厠にいるってだけかもしれないし、心配し過ぎかな……)
葉一の心配などお構いなく、調印式は進行していく。
『講和条約の内容は大きく分けて三つ。一つ! 〝戦争行為の無期限禁止〟! 二つ! 〝両国家間の国境の撤廃〟! 三つ! 〝生活圏及び技術の共有〟! 以上三点となります!』
葉一と凱、そしてグレイは手元にある文書に目を通す。
これにより、戦争を起こす事が禁止となり、国境がなくなる事によって両国家の垣根が取り払われる事となる。更に共和国は今までの知識を、皇国は生活に関する技術を相互提供し合わなければならず、そこに必要な対価などは存在し得ない。
『では、両国家代表のお二人! 終戦に関して何かコメントをお願いします! まずはアンダーソン大統領から』
「そうだね……最初は平和を保つには、国の思想を武力で押し付ける事が必要だとボクは思っていた。だけど、彼――葉一君に思い知らされたよ。武力で国を従わせている時点でこの国の敵が際限なく増えるどころか、たちまち国が自然消滅してしまうという事を。今までボクについて来てくれた国民には、本当に申し訳ない事をしていたと思っている。これからもどうか、ボクと共に未来を歩んで欲しい――」
言い終えると、沢山の拍手がグレイに送られた。今までの苦労を労うかのような静かな拍手だった。
『では、お次は凱陛下。お願いします』
「うむ。私は今まで共和国の侵略から抗う為に戦ってきた。その過程で、多くの尊い命が失われてしまった事が本当に残念でならない。失われた命に報いるべく奮戦していた私はどこか焦っていた……どうすれば、皆の働きに報いる事ができるのかと。その所為で、民達には要らぬ迷惑と心配を掛けてしまったが、ここにいる葉一のおかげで私は闇から抜け出す事ができた。本当に感謝している。過去の遺恨を完全に忘れる事はできない。しかし、平和を望んだ者達に教えられたのだ。復讐からは憎しみしか生まれず、復讐したところで死者は帰ってこないのだと。だから、私としては死んでいった者達の墓の前でアンダーソン大統領自ら手を合わせてくれれば、もう何も言う事はない――」
「勿論だ。私が背負った罪は私自らの手で精算させてもらおう。それがこの国の大統領として、そして一人の人間として出来るせめてもの償いだ」
『お二人とも、素晴らしいコメントをありがとうございました……! ではいよいよ、調印式典最後の行事に移りたいと思います』
最初こそ騒がしく始まった式典だが、今は静寂が訪れていた。
『では、アンダーソン大統領並びに凱陛下。お手元にあるペンと判子で公文書にサインと捺印をお願いします』
指示された通り、グレイと凱が同時にペンを手に取り、公文書にペンを走らせる。
この日の為に、葉一はサインの方法を凱に伝授していた。文字すらない文化故に苦労はしたが、凱はなんとか共和国語でのサインをマスターしていた。判子もこの日の為に職人に作らせている。
二人が滞りなくサインと捺印を済ませると司会進行役の男が公文書を回収し、内容をチェックする。そうして、確認し終えると慎ましい装飾がある木箱の中に二つの公文書が置かれ、紐で封がされた。
『確認しました。ではこれにて閉幕となりますが、最後に両代表の方々には友好を表す握手をして頂きます! お二人とも、互いにお近付き願います!』
席を離れて、グレイと凱が互いに歩み寄る。その光景を葉一はその場で見守る。
「じゃあ、これから友好国としてお願い致します」
「ああ。互いに手を取り合い、助け合って生きていこう」
二人がしみじみとそう口にし、互いの手が握られる――――と思われた瞬間だった。
ドゴォオオオオオオオンッ‼
突然、遥か彼方の共和国方面より凄まじい爆音が鳴り響いた。葉一達は揃って、音が発生した方を見やる。
「共和国で爆発が起きたのか……! な、なぜだっ?」
「これは、不味いな……」
その方向ではモクモクと黒い煙と火の手が空に上がっていた。グレイの反応からも分かる通り、大統領でも預かり知らぬ事が起きている事は確かなようだ。
「いったい、何が起こっているんだ……?」
会場が軽くパニックを起こし掛けた時、葉一の言葉に反応するかのように会場の至る所にあるマイクからザザッと不快な音が鳴った。
『――よう、終戦大使の立役者サマ。俺からのプレゼントは気に入ってくれたか?』
直後、聞き覚えの無い男の声が聞えてくる。そして、その者はあろうことか〝終戦大使の立役者〟と口にした。その言葉を聞いた瞬間、葉一は声を荒げていた。
「誰だお前は!」
『おうおう……怖ぇ怖ぇ。そんな怒りなさんな、今から教えてやるからよ。会場内にあるモニターを見な』
「すぐにモニターの電源を点けろ!」
男は飄々と声音で葉一を諭すとそんな事を口にしてきた。グレイはすぐさま部下に命令を飛ばす。
会場には二つの国民が入るには規模が小さ過ぎる事からその様子を国内にも伝えるべく、会場から中継機を繋いで放送している。また、国内の様子も同時に把握する為に、先の逆の事も出来るようにしてあった。
そうしていざ、会場のモニターを点けてみると、
『お、こっちの姿は見えてるか。えぇ? 葉一サンよ?』
「キミはっ……共和国軍アンドロイド部隊隊長――ネイサン・クルード⁉」
軍服を着た金髪の偉丈夫の姿が画面に映る。
葉一にその者の記憶は微塵もなかった。ただし、それは葉一が〈皇御国〉に来てからの話だ。
「ああ、見えている。それで、プレゼントとはどういう事だ……? さっきの爆発と何か関係があるんだとしたら、僕は貴方を許さないっ」
『もう許す許さないの問題じゃないぜ? 何故なら、お前が終戦させようとした事で被害を被っている奴がいるからな』
「は? それはどういう――」
葉一が問い詰めようとした時、ネイサンが脇にズレる。そして、葉一の視界に映ったのは思いも寄らぬ者の姿だった。
「祈さん⁉」
「祈……! 貴様、いったいどういうつもりだ?」
どこかの倉庫だろうか。椅子に座らされた祈は両手両足をロープで縛られ、目隠しをされている。その事に凱が静かな怒りを抱き、ネイサンを睨み付けた。
『コイツは葉一サンをおびき出す為の餌さ。身勝手にも戦争を終わらせようとしたお前には、さっきの爆発は堪えただろ? 何しろ、終戦させようとした途端に死者が出ちまったんだからな』
「な、なんで……⁉ そんな事で自分の国を……⁉」
『言ったろ? お前へのプレゼントさ。お前が余計な事をしなければ、戦争は俺達の勝ちだったのによぉ全く。それに祖国を最初に狙ったのは、単に腹いせなだけだから気にすんな』
ケケケ、と嫌味ったらしい笑みを浮かべて、ナイフをお手玉するネイサン。
「そんな理由で、貴方は祈さんや関係のない人達を巻き込んだのか!」
『お前にとっちゃあ、そんな理由かもしれんが、俺達は違う。たしかに、この国は近い内に資源が枯渇する。だから終戦する。その事に関しては、お前は正しい……ああ、正しいさ。だけどな、急に国の危機を教えられた身にもなって欲しいもんだぜ。枯渇した時の事はその時考えれば良い。お前がした事は、ただいたずらに国民を困惑させただけに過ぎない。結局は余計なお世話だったって訳なんだよ。だから投票でも〝反対〟に票を入れさせてもらった……まあ、意味はなかったがな』
「くそっ……!」
葉一は見逃していたのだ――小数の反乱分子を。
葉一が〝正しい〟と思ってやった事は、ネイサン達反対派にとっては〝間違い〟だったという事だ。
『さてと、そろそろ本題に入ろうか。葉一サンよ、今すぐそこから一番近い倉庫に来な。たっぷりと礼をしてやるからよ? まぁ、来たくないならそれでも良いんだぜ? 来るのが遅れた分だけお前へのプレゼントが増えていくからよ』
「何をするつもりだ……」
『三十分毎に女の服を一枚ずつ剥いでいく。そして、一時間遅れれば、次は皇国にも砲撃していってやる』
「この、下衆がっ……!」
『ハハハ! じゃあ、待ってるぜ。王子サマ?』
そこで映像は途切れた。会場を満たすのは皇国民による共和国への不信感と葉一の燃えるような怒りだ。
「アンダーソン大統領、これはどういう事だ? お前は奴の事を知っていたようだが」
凱がグレイに向かって至極当然の疑問をぶつける。
「言い訳をするつもりじゃないけど、ボクが指示した事じゃないよ。完全に彼の独断専行さ。国民の不安は分かっていた筈なのに……」
「責任の所在なんて、どうでも良いじゃないですか」
「葉一君!」
葉一が唾棄するように、凱とグレイの会話を遮った。
「それよりもアンダーソン大統領、今すぐドローンを飛ばして、僕の姿を中継して下さい。僕が直接、奴らの元に乗り込みます」
「! まさか、キミ……!」
「早く!」
グレイには、葉一が言わんとする事を理解できたのだろう。鬼気迫る葉一の激情にグレイが思わず尻込みする。
「……分かった、すぐに飛ばすよ。場所は分かるかい?」
「この会場の中で分からない事はありません。じゃ、行ってきます」
駆け出した葉一は壇上から勢いよく飛び降り、祈とネイサンが居るであろう場所に向かって走り出した。
(葉一君、君は自らの行動で国民の心を牽引するつもりなのか……? あの力で……)
「アンダーソン大統領、何故葉一を止めなかった? 一人じゃ無謀も良いところだろう」
葉一を送り出したグレイに凱が詰め寄る。
「今の彼はボクにも貴方にも止められませんでしたよ。それに、葉一君なら大丈夫さ。自分に迫る脅威ならばね……」
「まさか……! 祈からも聞いていたが、本当に……」
嘆息するグレイの話を聞いて、凱は葉一に関する何かを思い出した。
半信半疑の情報故に今まで葉一に訊ねる事はできなかった。しかし、迷いが一切ない葉一の行動を目の当たりにして、凱もようやく納得がいった。
「さぁて、ボク達は会場内の混乱を収めようか」
「うむ。終戦寸前だというのに、邪魔をされてたまるものか……!」
第4章5話は明日(2/12)の18時に投稿します。




