第3話 墓参り
「うげー」
前代未聞の大宴は深夜近くでお開きとなり、大量の料理と酒を胃に詰め込んでいた葉一は案の定ともいうべきか、厠にて腹の中の物を盛大にぶちまけていた。
「うぇ……楽しいのは分かるけど、流石に呑ませ過ぎ――うっぷ⁉ げろげろ~っ!」
折角食べた料理を戻す事に罪悪感を覚える葉一。
腹の中が空っぽになるまで吐き続けるのは非常に辛いというのが通説だ。その理由は喉のひりつく感覚と気分の悪さに起因しているが、出し終わっても辛いものは辛い。少しはマシになる程度である。
出す物を出してスッキリした後、厠を出た葉一は空を見上げた。
「ふぅ……こんなにも綺麗な夜空だと怒る気も失せるか……」
晩酌中は見る事が叶わなかった空。真っ黒な世界で数多の星々が瞬き、地上を淡い光で包み込んでいる。
「…………」
そんな景色を見ていると、思い出したかのように頬が濡れた。
受け継いだ夢の実現が目前に迫っているからだろうか。共和国人の説得をやり遂げたという達成感に心が満たされたからなのだろうか。
否それとも――――、
「夜澄とでも話していたのですか?」
そんな時、葉一の傍らから鈴を転がすような声がした。
「っ、祈さん?」
「こんなところで、何をしていたのですか?」
葉一はすぐに目元を拭う。夜澄の話題を出してきたという事は、泣いていた事を見られていたのかもしれない。
「ちょっと、夜空を眺めていただけですっ……この景色を見ながら晩酌すれば、格別だなって」
「あんなにも吐いたのにまだ呑みたいなんて、変わっていますね」
「ほっといて下さい。ところで、祈さんはどうしてここに?」
「葉一様に用があったのです。それで、あなたを見かけた人に教えて貰って……」
そこまで口にすると祈は夜空を見上げて、独り得心したようにクスリと微笑んだ。
「な、なに笑っているんですか」
「いえ……目から塩水を流すのも無理ないですね、と」
「やっぱり見ていましたか……それで、何の用ですか? ただ単に、からかいに来た訳じゃないでしょう?」
顔が熱くなるのを感じながら、葉一は右手で顔を隠した。祈は一歩前に出ると葉一の方を振り返って、
「最近、忙しくて作る暇がなかったものですから手伝って貰いたくて」
「何を?」
「夜澄のお墓、ですよ――」
頬を濡らしながら、そんな事を口にしたのだった。
◆
肉体的な死の後も人は心の中で生きている。
親しい存在や単なる知人、あるいは憎き敵がその者を覚えている限り。しかし、その者の不在に慣れた瞬間初めて、その者の死は完了するのである。
だからこそ、葬儀というものは死者を生者の心から断絶させる為に存在している面がある。心の整理をする事で残された者は旅立った者の死を受け入れられるのだ――――。
「……丁度良かったのかもしれません。僕も祈さんも……」
「気付かれますよね……やっぱり」
苦労して完成させた墓に手を合わせて報告を済ませた後、葉一が横にいる祈を見て呟いた。
墓石は凱が用意してくれていた。葉一は居城の外れにそれを運んだだけ。後は祈と二人でそれらしい墓標を作った。
「なんだかんだあって、二人とも気持ちの整理がついていませんでしたし……だから、祈さんが誘ってくれた事は本当に良い機会だったと思います」
墓前に祈が置かれた一輪の花。葉一はその名前も花言葉も知らないが、美しい花が夜澄にはお似合いだと思った。
「これが皇国の歴史か……凱陛下が悩む訳だ」
この場には夜澄の他にも多くの者が眠っている。数百年もの間、国に尽くし平和を守ってきた者達の魂が。それこそ、千人は下らない程の墓標が存在している。
「葉一様は受け入れられるのですか……? 夜澄の死を」
「……どうでしょう? 完全に受け入れられるか微妙なところです」
「わたしは無理かもしれません。こうして墓を作っておいてなんですが」
祈が懐から鈴を取り出した。その鈴には赤い紐が付いていて、かなり時間が経っているのか少し錆びている。
「それは?」
「これは昔、夜澄から貰った鈴です。初めて友人になった時、少し離れていても安全が分かるようにと……今では、形見になってしまった訳ですが」
「……」
「わたし自身がいつか死ぬ事を受け入れられます。でも、わたしではない人の死を――大切な者の死を、受け入れられる気がしません……」
祈は静かに泣いた。
葉一にも祈が言いたい事はなんとなく分かった。墓を作ったのは心の整理をつける為。だが、こうして夜澄を前にすると胸が苦しいものがあるのは確かなのだろう。
「今はきっと無理でも受け入れられる……でもそうして、大切な気持ちが段々薄れて失われてしまう。それに慣れていってしまう事が、今はこの上なく悲しい……」
「祈さんがそう思う事はきっと正しい。人として、普通の事なんだと思いますよ」
「っ……え?」
「頑強な岩ですら、流れる水の前では摩耗します。春になれば野に花が咲き、時が過ぎれば枯れ果てる。たとえそれが一瞬の事だったとしてもその美しさが消えてなくなる訳じゃない……」
「……慰めてくれているのかもしれませんが、あまり意味が解りません」
「おおぅ」
そう言って目元を手で拭った祈に葉一はずっこける、
「んん゙っ……要するに、必ずしも受け入れる必要はないという事です。受け入れ方は人それぞれですし、祈さんは今の僕とは違って普通の人間らしい表情をしていますから」
葉一は自嘲気味に笑う。
祈自身も酔っていた所為か、葉一の不思議な表情を上手く読み取る事はできなかった。
「さ、今日はもう寝ましょう。明日は頭がガンガンしているだろうなぁ」
「……はい、そうします」
祈も今は深く考えずに眠る事を選んだ。
(少し心の整理ができた気がします……夜澄はもういない。だけど、夜澄はわたしと共に在る。その信念と夢は受け継いだ――そう思う事にします)
祈が手に持っていた鈴を懐へと戻す。
次に二人が夜澄の元を訪れるのは調印式が終わった後になるだろう。その事を分かっていてか、二人は静かに見つめてくる夜空にそっと視線を返した。
第4章4話は明日(2/11)の18時に投稿します。




