第2話 宴
終戦を決める投票後、しばらくの時が過ぎた。
当初想定していた共和国内の反乱もなければ、身勝手な侵攻を行う者もいない。穏やかな日々そのものだったが、それは国民に対しての話で、大使である葉一や大統領のグレイは講和を行う為の執務に日々励んでいた。
いつ条約を調印するか、調印する前と後でどう交流を図るか、交流するにしても意思疎通をいかにすべきか……など、他にも色々考える事が山積みの状態だ。一つ言える事があるとするならば、終戦が決定してからの方がより心労が溜まるという事だろう。
それだけ、数百年に渡る戦争の重みは凄まじい。今すぐ敵の垣根を取り払う事は難しいだろうが、それも時間が解決してくれる事だろう。
「帰るのかい?」
「ええ、終戦が決定した事を〈皇御国〉の人達に報告しないといけませんし、調印の件で皇帝と日程を調節する必要もありますから」
部屋の入り口で立っていたグレイに向かって、葉一は荷造りの手を止める事なく答えた。
大使である葉一達は〈アズグラッド共和国〉で不自由なく過ごす為に、一軒家を宛がわれていたが、それも今日で引き払う事になる。
「その件はよろしく頼むよ。調印の場は移動が面倒にならないよう国境に設営しておくからそのつもりでね」
「分かっています。それじゃ、他の人達も呼んできますね」
「うん、表に車を回しておくよ。あ、あと彼女の事だけど、調印後にそちらの皇帝に引き合わせる感じで良かったよね?」
まとめた荷物を背負った葉一を呼び止めるグレイ。
「はい。その方があの人にとっても良いでしょうし」
この家には居ない女性の事を思い、葉一は頷きを返した。そうして、グレイの脇を通り過ぎると他の大使の部屋に出発の旨を伝えに行った。
◆
家の前には、既に葉一以外の大使の姿があった。皆、慣れない生活で心労が溜まっている中、一人だけ肌がツヤツヤの者がいた。
「祈さん……本当にその服装で帰るつもりですか?」
「べ、別に良いじゃないですか! ここでなら自分を偽る必要もありませんし!」
祈が胸元を隠すように両腕を前で交差させる。別に胸元を露出されている訳でもないが、葉一が呆れた様子で指摘した事により、咄嗟にそのポーズを取ったのだろう。
「いや別に良いんですけどね?」
今の祈は普段の巫女服を着ておらず、ガーリー系の洋服で身を包んでいる。
あの終戦投票の後、グレイが祈に洋服を与えたのだ。最初は遠慮していた祈だったが、渋々着てみた結果、嘘の自分を演じていた反動もあってか、非常に気に入ってしまったようだ。
その後、以前葉一が出会った事のある案内人の女性と何度かショッピングに行っていたりもする。
「全く、終戦が決まってから羽目を外し過ぎでしょう……見た目が可愛いだけに着替えろとも言えないし……攫われても知りませんからねー」
「か、かわっ⁉」
実際、似合っているのだから強く出る事ができない葉一。護衛の男達が思わず見惚れる程の可愛さが今の祈にはあった。
一方、腕に巻いた時計を見たグレイが顔を上げて、
「葉一君、そろそろ出発するよ」
「分かっています。祈さん、はしゃいでいないでさっさと車に乗りますよ」
「は、はしゃいでなどいません!」
「はいはい」
「なっ! 信じておりませんね⁉ きゃぁっ⁉」
陽気な祈を見ていると心がぽかぽかとする葉一。
だが、時間も迫っている為に少々投げやりな態度を取ってしまう。祈の腕を引っ掴むと同時に車の後部座席に押し込み、葉一自身も乗車した。
その後、数十分掛けて国境警備隊基地に到着。
大統領の一言でボディチェックを素通りし、預けていた馬と馬車を回収する。そうして、馬車に乗り込んだ葉一達は短いようで濃い時間を過ごした〈アズグラッド共和国〉にしばしの別れを告げた。
◆
〈皇御国〉に戻るとすぐに凱の居城に向かった。
「――そうかっ……この戦争は、終わったのだな……よくやった、葉一っ……祈っ……」
諸々の連絡を済ます前に、葉一が終戦の事を伝えると凱はしみじみとそう口にした。
何代にも渡る長き戦いに終止符が打たれた。今まで国に尽くし散っていった巫女や兵士達の献身も報われたに違いない。
「それでなんですが、戦争を終わらせるにあたって幾つかやる事がありまして、それを今ここで伝えても構いませんか?」
「無論だ、よろしく頼む」
「まず、戦いが終わった事を内外に知らしめる為に講和条約を結ぶ調印式を執り行います。日程はこの機械で表示される日付の一週間後。そこで凱陛下には、〈アズグラッド共和国〉大統領のグレイ・アンダーソンと対面する事になります」
葉一がグレイに渡された電子カレンダーを凱に見せる。
「話は分かったが、共和国の文字が読めないのだが? それに言葉も違うだろう」
「文字が読めないのは仕方ないので、予定日の二日前に僕が凱陛下に教えます。言葉に関しては、祈さんが持っている翻訳機という物を使いますので、ご安心を」
「ううむ……やはり共和国の技術は凄まじいものがあるな。ところで、葉一が何故共和国の言葉を理解しているのかだが――」
「そ、それは……」
凱が訝しげな視線を葉一に注ぐ。
言語を理解できる理由については当たりがある。しかし、それを凱に伝えられる言葉が見つからず、葉一は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「正直に申せば、気にならない訳がない」
「うっ」
「だが、今更お前を疑う事など有り得ない。葉一……お前はこの国と夜澄の夢の為、己の身を省みず敵地に赴き、和平という未来を掴んだ。不可能と思われた事を実現させたのだ。そんなお前を間者だと抜かせば、死んでしまった夜澄に笑われるわ」
葉一の肩を優しく叩くと凱は、くつくつと笑った。長年苦しんできた巫女への返礼について悩む影はもうなかった。
「さぁ、小難しい話は終わりして、今日は宴にしよう。祈や他の巫女達――いや、民達全員を巻き込んで騒ごうではないか……!」
「え? えっ?」
未だかつて見た事もない程に破顔した凱の姿に葉一は目を何度もぱちくりとさせる。
「こんなめでたい日くらい、騒いだところでバチは当たらんだろう。ささっ!」
「えぇ⁉ 誰だこの人⁉ というか、力つよっ⁉」
呆気に取られる葉一を無視し、凱は葉一の肩を組むとそのまま引きずるようにして部屋を後にした。
そうして急遽始まった〈皇御国〉全土を巻き込んでの宴は、それは大層盛り上がった。葉一は乾杯の音頭を取らされ、巫女達が振る舞った料理をたらふく食べさせられた。その量は大量を通り越して異常で、不味くなかった事がせめてもの幸いだった。
だが、そんなものでこのどんちゃん騒ぎが終わる筈もなく――――、
破裂しそうな腹を抱えた葉一に待ち受けていたのは、気持ちよく酔っぱらった凱陛下(皇帝)直々のお酌だった。
幸せな気分で呑んでいるものだから、葉一も拒むに拒めず、慣れないお酒を呑み下す他なかった。杯が空になった途端、凱や巫女達が即座に酒を注ぎ、また空になればお酌をされる……という繰り返し。
そんな無限ループから逃れる術を葉一は持ち合わせておらず、凱達が満足するまで杯が乾される事はなかった――――。
第4章3話は明日(2/10)の18時に投稿します。




