エピローグ 未来を掴み取る演説
期限当日。
葉一と祈はグレイが用意した席に座っていた。二人の目の前には、二人分のマイクと大きなモニター、そしてビデオ機材。生配信用の機器が所狭しと並んでいる。
「わたし達の姿がこのびでお、きゃめら? で国中に映し出されるのですよね? 本当に凄い技術です」
「この方法しかないとはいえ、もう少しどうにかならなかったんですか?」
黒スーツを着た葉一がモニター脇に立っているグレイを見る。
「国民全員が見て聞かなければならない上、キミ達の意見にも反応できなければならない。この条件なら皆が参加できるコメント有りの生配信しかないだろう」
「それはそうですけど……」
モニターを不満げに眺める葉一。
既に画面には、幾つかのコメントが流れてきている。今回の配信は「大統領からの重大発表」というタイトルで肝心な内容については伏せており、葉一達の事は一切明記していない。
葉一にとって、こんなもので国民全員が配信を見るかは甚だ疑問だったが、グレイによると現時点で総人口の九割は視聴しているようだ。
「という事で、頑張ってね~」
(他人事だと思って笑顔振りまくんじゃない⁉ こっちは一杯一杯だって言うのに……!)
撮影班の「本番一分前~!」という声を聞きながら、葉一は胸の内で密かに悪態を吐く。
凱の前では萎縮していた祈は何故か緊張しておらず、代わりとばかりに葉一の身体は緊張で震えていた。葉一がこの配信で共和国の人々を説得できなければ、共和国軍の侵攻が開始されてしまう。
その事を一度認識してしまった所為か、葉一は自分の足元が壊れ、真っ逆さまに落ちていくような感覚を覚えていた。
葉一は震える手を押さえようと右手で左手首を掴んだ。
(夜澄さん……僕に力を、下さいっ)
夜澄とその大望を今一度想起する。すると、不思議な事に震えが次第に引いていく。
「本番開始五秒前~! よん……さん……にぃ……いち~!」
(もう、後には引けないんだ!)
「スタート!」
腹をくくって葉一がカメラの方を見た直後、遂に国の命運が掛かった生配信が開始した。
「――共和国の皆さん、こんにちは。僕は〈皇御国〉から来た大使の葉一です。今日は〈アズグラッド共和国〉との戦争を終わらせる為、アンダーソン大統領にこのような場を設けて貰いました」
始まるや否や、葉一は早速自己紹介を始めた。
すると当然とばかりに、葉一の発言に対するコメントが多数寄せられた。驚く声が画面越しでも聞えるようである。
「なお、この配信はアンダーソン大統領の公認の下、行っている事を心に留めておいて欲しい」
そうして、カメラがグレイへと向けられる。
「グレイ・アンダーソンだ。彼は一度この国を訪れていてね。その時交わした約定に従い、ボク自ら招いた。今回の配信でボク等の〈アズグラッド共和国〉と彼等の〈皇御国〉の今後の関係が変わる。だからこそ、キミ達も忌憚のないコメントを送ってくれ。彼――葉一君はそれに出来る限り答える。以上だ」
そこで言葉を切ると相変わらずの笑顔を浮かべて頭を下げた。入れ替わるようにして、カメラに葉一が映し出される。
「まずは僕を知らない人の為に僕自身の事を語ろう。そもそもの話、僕は皇国の大使ではあるけど、より正確には皇国の人間じゃない。そんな僕が大使として赴いている理由は二つ。一つは皇国の人に返しきれない程の恩がある事。そして二つ目、これが一番重要だ……僕が〈アズグラッド共和国〉のやり方に納得できていない。戦争する理由や皇国に対する考え方にしてもそうだ」
――――個人的過ぎる、失せろ余所者。
――――結局は皇国に肩入れしたいだけじゃない‼
などと、葉一を非難するコメントがモニターにピックアップされていくが、
「――ただ勘違いして欲しくないのは、共和国だけじゃなく皇国の在り方についても疑問を抱いている事だ。記憶のない僕には常識に囚われない思考で二つの国が抱える問題を見つける事ができた。だから終戦に関する話をする前にそれを語ろうと思う」
そこまで言い切ると、非難するコメントが止んで疑問の言葉が多く羅列されていった。
「皇国には、いわゆる合理的思考が存在しない。国の為ならば、国民は平気で命を投げ出すし、死ぬと分かっていても自ら使命を全うする者もいる。共和国の皆さんには到底理解できない思考回路だと思う。実際、僕もそれを理解できず逃げ出し、共和国に身を寄せました」
葉一が当時の事を昨日のように思い出しつつも一息吐く。
「幸いにも、共和国の考え方は記憶のない僕でも何故か安心できるものだった……ちゃんとした規則があり、合理的な考えに基づく社会。成程、これは居心地が良い――なんて思った事もあった。病院で共和国の残酷な仕打ちを見つけるまでは――」
葉一の顔が一瞬伏せられる。そして抑揚をつけて再開する。
「僕は病院の一室で一人の皇国人に出会った。その人はこの国の人達もよく知る巫女という存在だった。【呪術】という不思議な力を扱え、その度に人格が変わるとされている。だけど、僕がその人を知った時には。彼女の心は壊れていた。何故か? ……それはかつて、この国が捕虜にした彼女を精神破綻者として決めつけ、その力や原理を解明しようと監禁と実験を繰り返したからだ」
忘れていないぞ、とばかりに葉一がグレイを真っ直ぐ睨み付ける。グレイは参ったとばかりに苦笑を返してくる。
――――まあ精神が破綻しているのは確かだな。敵対国だし、そうなって当然だろうけど。
――――実際に見た訳じゃないけど、心を壊したっていうのは言い過ぎじゃないか?
「果たして、本当にそうかな」
視線を戻した葉一がコメントに反応を示す。
「貴方達は皇国に生きる人々の悪行を直接その目で見たのか? どんな人達なのか直接話した事があるのか? ない筈だ。言語を理解できない、それ以前に理解する気も関心もない。だから、聞いた事を鵜吞みにしている。それはちょっと傲慢過ぎやしないか?」
――――知ったような口を聞くな! 偉そうに!
「アンダーソン大統領の協力の下、事前に調査して知っていますよ。確かにその理屈は実に合理的だ、正しいと言える。だけどそれは、考える事を放棄しているのと同じだ。そんな貴方達に一つの真実を突き付けよう」
カメラに向かって、葉一は人差し指を突き出す。続けて、横に座る祈に手を向ける。それに合わせてカメラも向きを変えた。
「この人もまた先の話題に出た巫女の一人だ。彼女にその真実を答えて貰おう」
「初めまして、わたしは〈皇御国〉から来た巫女の祈。巫女の人格が変わるという話――実はただの作り話なのです」
祈がそうコメントすると同時に、驚愕を表すコメントが爆発的に増大した。
「わたし達の国〈皇御国〉では、民に巫女という超常の力と存在を信じてもらう為、『神様の憑代となる事で二重人格となる』という設定を流布していました」
言いながら、祈が仰々しい詠唱も人格が変わる事もなしに、【呪術】を実演する。
指先から火を出したり、水を創り出したり。それはさながらマジックショーの如く、配信を見ている者を釘付けとした。
「それがこんな形で一人の巫女の人生を狂わす事になろうとは……同じ巫女として、心苦しい限りです」
言葉通り、祈の顔は今にも泣き出しそうであった。同情的なコメントも数多く寄せられる。
「ありがとう、祈さん。こうなってしまったそもそもの原因は共和国の一方的な侵略行為にある。貴方達はこの国が皇国を攻める理由を答えられるか?」
――――平和を維持する為だ。
「そう、『敵国に共和国の思想を植え付ける事で平和と平等を保とう』という国の方針があるからだ。この配信を見ている人の中にも共和国に負けて国の一部にならざるを得なかった人達がいるだろう。その人達に問う。貴方達は共和国を害する気はあったのかと……」
事前の調査で共和国は敗戦国を吸収している事を、葉一達は知った。この問い掛けに対する回答に否定のコメントが非常に多かったのは、葉一の狙い通りである。
「皇国も同じだ。攻めて来たからこそ、防戦しただけなんだ。負けた国も皇国も平和を望んでいた。それは『お互いに戦う必要性がない』事の証だ。それでも共和国では国内で禁止されている争いを外で行っている。酷い矛盾だ……平和を望むのに、国自ら敵を作っているのだから」
――――よくよく考えてみれば、確かにこの人の言う通りだ。
――――なんで気付かなかったんだろう……。
「さっきも言ったように、貴方達は思考を放棄している。合理的過ぎる社会で効率を優先した結果がそれだ。だけどそれは仕方ない。戦争をしていても、国内の損害は全くといって良い程ない。だからこそ誰も気にも留めないんだ。この国の生活には利便性はあってもどこか無機質だった……生き甲斐を聞いても、まともな答えは返ってこなかった。そんなのは生きてはいるだけで、ただ死んでいないだけの状態じゃないのか? 例え国が平和でも、それは死んでいない事よりも幸せって言えるのか……? いや、言えない筈だ。それなら、使命を全うして死ねる巫女の方が幸せだって、僕は感じた……」
葉一はしばし黙った。コメントの流れも葉一の言葉に触発されてか、動きを止めている。
「この国はその生活を捕虜にも強要し、彼女が持っていた生き甲斐すらも奪った。僕達皇国はその事に怒りこそすれ、仇討ちは望まない……だって、捕虜の巫女や死んでいった者達も皆、平和を望んでいたから」
そこで一呼吸置いて、葉一は「今こそ気持ちよ届け」とばかりに感情を込める。
「それでもまだ、戦争を望みますか? 私達はきっと……いや、絶対に分かり合える。同じく平和を望む者として」
その問いに対しても、視聴者達のコメントはなかった。葉一は終戦に関して真剣に考えてくれている事を祈り、次の言葉を紡ぐ。
「これまでに両国の問題と戦う理由がない事を主に話してきた……これから最後に話すのは、終戦する利点と欠点に関してだ」
葉一の視線がグレイへと向けられる。
「まずボクからは利点について述べさせてもらおう。第一に、資源と人材問題の解決だな。このまま戦争を続けていれば、十数年以内に資源が枯渇する。そして、それはアンドロイドや機械に頼ってきたボク達の生活の悪化を意味する。食料生産は元よりインフラ整備も作業ロボットに頼ってきた。すぐには悪化しないだろうが、それも時間の問題だ。いずれ機能しなくなり、機械なしの自力での生活を強いられるようになる。だけど、終戦する事でそれに対応するだけの時間は残される」
共和国の生活は効率を重視した結果、生活のほとんどを機械に頼っている。つまり、元の生活ができなくなれば、楽な生活を送っていた国民はどのように暮らせば良いか分からなくなるのだ。
「第二に、皇国と講和条約を結ぶ事で皇国が有する生活のノウハウを伝授してもらえる。それは今後共和国が存続していく中で必要となるものだ。葉一君、次頼んだよ」
「はい。そして、終戦する欠点。それは、共和国の者が皇国人と共に手を取り合い助け合って生きていく覚悟をしなければならない事だ。今持っている皇国への価値観を変えないといけないからこそ、これは非常に難しい問題だろうと思う。そして、皇国人に対する終戦の欠点――いや、試練と言っても良い。〈皇御国〉は巫女によって支えられてきた今の生活を放棄する――すなわちそれは【呪術】によって根付いてきた数百年に渡る文化を捨てるという意味だ。これは終戦する上で出した結論であり覚悟でもある。それも胸に留めておいて欲しい」
グレイがメリットを、葉一がデメリットを包み隠さず語った。
これは元よりそういう段取りであり、葉一が考えた終戦を望む者としての誠意だ。それら全てを葉一自身が語るなどペテン師もいいところ。都合の悪い事は進んで語ってこそである。
「以上です。なお、本当に終戦するかの決断については、この国の規則に則り、投票形式で決めます。投票は三時間の休憩の後。終戦するかしないか――それを国民である貴方達が決める。それこそが、〈アズグラッド共和国〉の社会――民主的共和制だ」
大統領であるグレイが一方的に決断を下す事は有り得ない。それでは〈皇御国〉と君主制だ。あくまでも、終戦をするかしないかを決断するのは人民でなければならない。
――――アンダーソン大統領はどう、お考えですか?
モニターにそのようなコメントが表示される。
言葉からも想像できる通り、不安を隠せない要だ。だからこそ、今まで国を引っ張ってきたグレイの意見に縋りたいのだろう。
「……長きに渡る戦争。ボク達共和国が一方的に戦争を起こしてきたけど、ボクは終戦しても良いと思っているよ。このまま戦争を続けて仮に勝ったとしても、資源の枯渇を止められる訳じゃないからね。こんな事を言っては、今まで政策はなんだったんだ! ……って、言われかねないけど。終戦する事が天上の御意思なら、ボクは進んで〝賛成〟に票を投じよう――……」
グレイの言葉に反応はなかった。否、コメントの回答を締め切ったのだ。
実際はグレイに賛同するコメントや否定するコメントあったと思われる。しかし、グレイの話は参考にすべきであって、決断まで委ねるのは間違っている。それは葉一が指摘した〝思考の放棄〟と同じなのだ。
楽な方に逃げて、他者に決断を委ねる事は楽で良い。
だが、いざ結果を目の当たりにして、「こんな筈じゃなかった」と後悔するのでは遅過ぎる。自分自身で悩んで苦しんだ上で出した決断ならば、例え如何な結末を辿ろうとそれは納得できる選択だったと誇れるというものなのだ。
◆
三時間という長いようで短い時間は瞬く間に過ぎていった。
突然突き付けられた現実、提案された終戦による救済。共和国民は悩みに悩み抜いた。
この投票が共和国の未来を決める一票となる――――。
その決断の重さが、彼等自身が放棄していた思考能力を持ち直した。今ならば、悔いの残らない決断が出来るだろう。
「いよいよ、か……」
投票開始まで後一分。
葉一はモニターに表示された時刻を見て、重々しい息を吐いた。
この配信は現在、共和国民全員が視聴している。
投票は一人一票。全員が投票に参加でき、無投票は禁止。〝一票が五人分になる〟などという特殊な票も端から存在していない。皆が皆平等で同じ権利を有している。つまり、開票後は全員が後腐れなく現実に受け入れられる。
(……やれるだけの事はやった。後は〝賛成〟が多く入る事を祈るしかないっ……)
拳を握る手に自然と力が込められる。
共和国の未来が決まるという事は、同時に皇国の未来をも決まるという事。国の行く末がたった一度の選択が大きく変わる。それは余りに大きい重圧だ。
「あっ……祈さん」
握る拳に手が添えられる。
祈はもはや何も口にしなかった。添えられた手は、か細い筈なのにどこか大きく感じられる。
掌から伝わる温かさが葉一の心に僅かばかりの安らぎを与えた。
(……そうだ。泣いても笑ってもこの一瞬で未来が決まる!)
そして、運命の時――遂に開票する瞬間がきた。
「では開票する!」
開票の合図の後、モニターに映る投票箱から無数の投票用紙が飛び出していく。
〝賛成〟は青。〝反対〟の赤。それぞれの枠にそれぞれ集まっていき、次第に高さを増していった。それは時間にして、数秒の出来事だっただろう。
そうして、集計の動きがようやく止まった。
「――え?」
葉一の口から思わず声が漏れた。モニターに映る結果に絶望した訳ではない。
むしろその逆――――、
・賛成――97%。
・反対――3%。
待ち望んでいた結果が余りにも圧倒的過ぎて驚いてしまっただけで、
「賛成多数で可決! 投票の結果に従い、〈アズグラッド共和国〉は〈皇御国〉と和平を結ぶ事をここに宣言する‼」
未来を掛けた投票は圧倒的大差をつけて〝賛成可決〟という結果で幕を閉じた。
第4章1話は明日(2/8)の18時に投稿します。




