第6話 終戦に向けた話し合い
馬を走らせること丸一日。
途中休憩を数度挟んだものの、葉一達は何事もなく共和国の国境警備隊の基地前に辿り着いていた。
「皇国の人間め! 何の用だ!」
「……うーん、どうしよ?」
葉一が頬を掻きながら呟く。
今現在、葉一達が率いる終戦大使御一行は警備兵数人に包囲されていた。
何事もなかったのは道中だけの話で警備隊連中は銃を構えてケンカ腰。まさに一触即発の空気である。
「僕達はアンダーソン大統領との約束があって来ました。確認を取ってくれれば――」
「そんな話、誰が信じるものか!」
葉一が要件を伝えてみるも強引に話を遮られる。
葉一達に彼等を害する気はなくとも警備隊は違う。自国の敵が数人とはいえ、許可なく領地に侵入しているのだ。それだけでも銃口を向けるに値する。
「憤っているようですが、彼等は何を言っているのですか?」
溜まらず、祈が葉一の耳元で囁く。
〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉。どちらも同じ国という形を取っているとはいえ、文化は大きく異なる。生活環境や技術、そして何よりも言語。戦争以外、断絶したように交流のなかった国々だ。独自の言語が育まれてきたのは当然とも言える。
「敵がこんなところで何をしているって感じです」
「なるほど……このままでは平行線のままですね。どうします?」
「と、聞かれても……さっきの話を上に通して貰わない限りはどうしようも――」
「……ん? いや待て。そこのお前、どこかで……」
このまま何も成せずに終わると思われた時だった。
葉一の顔を見た、ひょろひょろの警備兵が何かを思い出したように銃を下ろしたのだ。
「お前、前にアンダーソン大統領の命令で保護された奴じゃないのか?」
「そう、ですけど……貴方は?」
警戒を緩めず、葉一が尋ねる。すると相手は苦笑して、
「気を失っていたからな、無理もない。私は国境付近で倒れていた君を保護して病院に搬送した者だ。全員、武器を下ろせ」
銃を下ろすよう仲間に命令した。渋々といった様子だったが、全員言う通りにした。
この男の言う通り、彼自身はグレイの命令で葉一を保護した者の一人だ。相方の隊長が葉一に関わって命を落とした後、その後釜としておさまっていた。
「特例として保護された君の事だ。大統領と約束があるという話もあながち噓ではないかもしれないな。おい! 誰かアンダーソン大統領に確認を取れ!」
「は!」
一人の警備兵がその場を駆け足で離れていく。
「どうやら、殺される事はなさそうですね……言葉が解らないので対応は貴方に任せます」
「それは良いんですけど、大丈夫かなぁ」
しばらくして、先程の警備兵が戻ってきた。そうして、隊長の男に報告を済ませると、
「君の言う通り、アンダーソン大統領との約束があったようだ。丁重に扱い連れて来るようにと言われたよ。馬車はこちらで預かるので、必要最低限の荷物だけ持って付いて来てくれ」
「分かりました。祈さん、荷物を取ってこよう」
「ええ」
葉一達は馬車から荷物を取り出して持つと隊長の男の後を追った。関所で慣れない持ち物検査を受け、持っていた武器は奪われたものの危害を加えられる事はなかった。
その後、隊長と入れ替わりに黒服の男がやってきて、その者が運転するリムジンでグレイの待つ官邸へと送迎された。
◆
「ここが皇国で言うお城ですか……! 街並みもそうでしたけど、新鮮で見ていて飽きませんね……!」
祈が洋風建築物の内装を見ては目を輝かせる。
首都〈アイディーラ〉に位置する大統領官邸に招かれた葉一達はグレイによるもてなしを受けていた。テーブルに出された紅茶のカップからは香ばしい匂いが立ち昇っている。
「悪かったね。キミ達が来る事をすっかり伝え忘れていたよ」
「それは暗に、説得が失敗すると思っていたという嫌味ですか?」
「意地悪を言わないでくれないか? ここ最近、仕事が溜まっていてね。少し寝不足気味だし、疲労も溜まっているんだよ」
軽薄そうな笑みを浮かべて、テーブルの席に着いたグレイが自分で肩を揉みほぐす。
「でもまさか、こんなに早く国を纏め上げるとは思ってなかったよ。正直、皇国は戦争を望むものと思っていたからね」
「やっぱり嫌味じゃないですか。約束の件、守ってくれるんですよね?」
「それは勿論。あの御方の指示だからね」
自ら用意した紅茶のカップに口を付けるグレイ。
「前にも聞きましたけど、大統領よりも偉い人ってどんな人なんです?」
グレイが度々話題に出す、大統領よりも位階が上の存在。テーブルに出された紅茶には手を出さなかったが、葉一の興味はそちらには向いていた。
「近い内に会えるよ。ただ言えるのは、目的達成の為なら何も躊躇わないという事かな」
「貴方と同じですね……っと、こんな話をする為に来たんじゃなかった。本題に入りましょう」
軽く嫌味を返しつつ、気を取り直した葉一はグレイに向き直った。
「良いだろう。だけどその前に、これをそちらの方々に渡しておくよ」
グレイが懐からインカムのような機械を複数取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは?」
「翻訳機だよ。耳に差し込めば、自動的に共和国語が翻訳される仕組みだ。逆にそこのマイクに話し掛ければ、君達の言語に翻訳されるようになってるよ」
何故か言語が理解できる葉一は祈達にその旨を伝え、祈達はそれを恐る恐る耳に付けた。
「どう? ちゃんと君達が理解できる言葉に聞えているかな?」
「っ! す、凄いですね……共和国の技術は……! これがあれば、わたし達にも言葉が解ります!」
祈が目を見開き、共和国の技術力に驚嘆の意を示す。
「それなら良かった。改めて、ボクはこの国の長グレイ・アンダーソン。よろしく」
護衛の者達も同様の反応をしている中、グレイはマイペースに自己紹介をした。
「何故皇国の言語が既に解明されているのかは追及しないでおきますよ」
以前スパイロボットを送った事があると聞いていた葉一は深々と溜息を吐いてグレイを見る。
「そうしてくれると助かるな。じゃあ、始めようか。終戦に向けた話し合いを――」
事前の約束通り、グレイは協力的だった。
共和国内の経済状況や生活環境、思想や国が抱える問題に至るまでありとあらゆる国の事情を包み隠さず、紙の資料として葉一に提出したのだ。
国を背負う者が敵国の者に自国の情報を軽々差し出すなど、本来ならあってはならない事だ。しかし、グレイが崇拝する存在の指示のおかげで、葉一は必要な情報を手に入れる事ができてしまった。
「どうかな? 満足できるだけの情報だとは思うけど」
「そうですね……正直驚きました。この数日の間でここまでの資料を用意してくるとは」
協力の約束があるとはいえ、葉一にとってこの資料の出来は予想外だった。グレイの解説もあって、資料への理解はかなり深まったと言っていい。
「ですけど、これが本当に正しいかどうかまでは判らない」
しかし、葉一は注意深過ぎるくらいの警戒を露わにし、資料をテーブルに放る。グレイが監禁中の亜澄にした仕打ちを考えれば、その警戒も当然と言えるのかもしれない。
「キミは本当に疑り深いね」
「そう思うなら、その軽薄そうな表情をやめればいいでしょう」
「これは手厳しい。ならどうする? 正確性が解るまで情報を精査するかい?」
「出来るだけそうするつもりです」
葉一が平然とそう言ってのけるが、
「葉一様、それは流石に無理があるのではないですか? 時間もありませんし」
相方である祈に時間の問題を指摘される。
グレイと約束した期限まで残り三日。その内の一日は共和国民の理解を得る時間に費やすとして、残りの二日間で全ての情報を精査するなど無理がある。
「アンダーソン大統領を疑っているのは確かです。ですけど、言われた事や渡された資料をただ鵜吞みにするのは違います。僕達が実際に見て感じた訳でもないんですから」
「……そう、ですね。時間の許す限り確かめてみましょう」
祈にも思うところがあったのか、一瞬の瞑目の後、葉一に同意した。
「止めて止まるようなら、そもそも終戦なんて大それた事を実行しない、か……約束は約束だ。すぐに車を手配しよう」
分かっていたとばかりに、グレイが溜息を吐くとすぐに携帯端末機を取り出し通話を始めた。
(無茶だとしても、やらなければいけない。これは国の命運を左右するものなんだから……)
自身の決断に葉一が奥歯を強く噛み締める。それだけ無謀に過ぎるという事を葉一は良く理解していた。
それから葉一達は資料にあった情報の精査をする為に、共和国内をリムジンで移動して回った。
資料の中でも取り分け重要と判断した経済状況と国民が持つ思想を確認していき、ギリギリまで情報の質を高める。その後、国民を説得するには何を訴え掛ければ良いのか、どんな問題を指摘すれば良いのか、終戦した場合のメリット・デメリット等々……葉一達はグレイと共に議論に議論を重ねていった。
そして、ようやく納得できるだけの言葉(答え)を得た葉一は決戦の日に備えて寝床に入った。
そうして万全を期せたかのように思えたが、葉一はある一つのミスを犯していた。
それは最も根本的な問題。グレイが協力的ですっかり頭から抜け落ちていた事柄である。
それがのちに終戦への道を阻む事になろうとは、この時の葉一は知る由もないのだった。
第3章7話は明日(2/6)の18時に投稿します。




