第5話 伝説の真実
その後、住人達は解散し普段の日常に戻っていき…………。
葉一と祈、他の巫女達はというと――――今後の動向を決める為に凱の居城に集まっていた。
「葉一、あの時は不愉快な思いをさせて悪かった」
他の巫女達や門衛の男が見守る中、凱は葉一に深く頭を下げた。
「え、えええ⁉ い、いや、そんな! 頭を下げてください! それにあの時って……?」
「夜澄達を代替品扱いした時の事だ」
依然頭を下げたまま説明する凱。
「あ、ああ……あの事ですか。なんとなく気付いていましたよ、あの言葉は本心じゃないって」
かつて葉一が夜澄の最期を伝えた時の事だ。
あの時、葉一は夜澄が死んだショックからまだ立ち直れていなかった。そのタイミングで代わりは幾らでもいると聞かされれば、理性を失って当然だった。
「そう、だったのか」
「正確には、貴方が報いる道を探していると知った時ですけどね」
「……本当に済まない」
「構いません。凱陛下にとって僕が余所者だったから……あんな事を言ったんですよね?」
「その通りだ」
余所者そして他人故に、凱は自身の心を葉一からひた隠しにした。
振り返ってみれば、凱の発言には巫女の者達を気遣う言葉が多々あった。ただ、それに気付ける程の冷静さがその時の葉一になかっただけで。
「だが、今となってはその心配も無用だろう。皆、お前を〈皇御国〉の住人として認めているのだからな」
「え?」
頭を上げた凱が柔和な笑みを浮かべて周りを見渡した。凱に倣って、葉一も辺りに視線を巡らせる。
「葉一様、一度はこの国から逃げ出した貴方ですが、夜澄とこの国を想って動いてくれた。そんなあなたをもう余所者という者はこの国には居ません」
祈が凱の言葉を肯定する。
「祈の言う通りだ。お前の事はイマイチ信用できなかったけれど、さっきの話し合いでお前の想いは伝わった」
「祈さん、薫さんも……」
祈、次いで薫の顔を見た後、葉一は他の巫女や門衛の男を眺める。その視線に皆が一様に頷きを返した。最も心配だった門衛の者は凱の意向ならば仕方ないという様子だったが。
「ありがとう……僕もこの国の一員として、この戦争に終止符を打つ為に頑張るよ!」
「頼んだぞ。それで本題に入るが、どうやって戦争を止めるつもりだ葉一」
凱が信頼の目で葉一を見た。
この集まりは元よりそれを話し合う為のものだった事を葉一は再認識する。
「共和国もその形はどうであれ、平和を望んでいる事は確かです。そこに突破口があると思うんですが……問題は二つあります。一つは共和国の人々から終戦に関して理解を得る事。戦争を終わらせる利点を理解させ、最終的には〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉との和平を成す――これが絶対条件ですね。幸か不幸か、あちらの大統領からは協力を得る事はできているので、どうにかして終戦する上での落としどころを見つけたいです」
「凄いじゃないか葉一! やるべき事が分かってるとはな!」
「い、痛いですってば……!」
薫が葉一の肩をバシバシと叩く。
しかし、結果を既に見据えているという事はその過程がいかに険しいものかも理解しているという事だ。例え協力を得られたところで、無理難題を解決しなければならない事に変わりないのだ。
その事を常に念頭に置きながら葉一はもう一つの問題を口にする。
「……そして、二つ目は時間です」
「時間だと? どういう事だ」
「あちらの大統領と約束した終戦条件は〈皇御国〉に帰ってから一週間以内に両国の理解を得る事なんです。それをすっかり忘れていて……」
「もし破ったらどうなるのだ?」
嘆息して、凱が分かり切った質問をしてくる。
「……問答無用に、共和国の侵攻が開始されます」
事態が深刻だというのに、葉一は極めて冷静かつ簡潔に答えた。すると、葉一の側にいた祈がその襟首を引っ掴み、
「ちょっと葉一様! なんでそんな重要な事を今まで黙っていたんですかぁあああああ!」
「ぐぇえええ⁉ ちょ、苦しいですってばぁあああ⁉ それよりも僕が寝ていた時間はどれくらいですかっ」
葉一の首がヘッドバンキングさながらの動きで高速で揺り動かされる。脳を何度も揺らされながらも葉一は今最も重要な事を尋ねた。
「……はぁぁ、ちょうど一日です」
事態は急を要する事を祈も知ってか、深々と溜息を吐くと手を離す。
「げほっ、げほっ……な、なら帰ってくるまでに使った時間も合わせて、恐らく後四日か……かなり厳しいな」
「確かに……」
部屋の中がどんよりとした空気で満たされる。
「時間が無いのを今更嘆いていたところで仕方あるまい。〈皇御国〉での理解は得られたのなら、次はさっさと〈アズグラッド共和国〉に向かうべきだろう」
皆が一様に頷きを返す。
「そこでだ。和平交渉に赴く大使は、葉一とその世話役の祈が適任だと私は思う」
「ぼ、僕⁉」
「わ、わたしですか⁉」
「当然だ。葉一は夜澄の遺志を受け継ぎ、この国に新たな風を起こした。祈も親友だった夜澄の為に動きたいだろう」
「それは、そうですけども……」
祈はどこか渋っていた。和平交渉の大使ともなれば重要な役目なのは一目瞭然。そんな大役を自分のような者が務めても良いのか引っ掛っているのだろう。
「祈さん。やりましょう」
だからこそ、葉一は祈に手を伸ばす。
夜澄の遺志を継ぐ、もう一人の女性に向かって。共に夜澄の夢を叶えようと約束した仲間に。
「……分かりました。その役目、謹んでお受け致します!」
迷いも負い目も何もない、決意のみなぎる声で祈は反応を示した。
「うむ、頼んだぞ。出発は明朝、馬と護衛を付けさせるから、そのつもりでな。では解散!」
やる事が決まれば、後はとんとん拍子で話は進むというもので、凱に解散を言い渡された皆はぞろぞろ部屋を離れていく。
「葉一、少し話がある」
そんな中、一人だけ呼び止められた葉一はその場に独り残った。
「話とは?」
「和平を結ぶにあたって、どこまで譲歩できるのかを事前に教えておこうと思ってな」
「それは……裁量権を委ねるという事ですか……?」
「そうだ。大使ならば、それぐらい知っておかねばな」
それから数時間。
交渉する上での約束事や国の事情をみっちりと教えられ、話が終わる頃には既に日も暮れていた。
「ふぃ……つ、疲れた」
「〈皇御国〉には文字などないからな。口頭で伝える必要があった」
いくら記憶がないとはいえ、葉一の頭はパンク寸前だった。
「で、では……僕はこれで」
「待て、葉一。まだ伝えなければならない事がある。付いて来い」
「……?」
話すだけならば、移動する必要はない。それでも場所を移すのは移動した場所でなければ話せない何かがあるという事だ。
葉一は怪訝に思いながらも凱の後ろを付いて行った。
◆
その日の夜。
案内されるまま向かった場所は居城の地下だった。凱が火の灯った燭台片手に、地下室のような暗い部屋の床を剥がして降りていく。そこは地面を固められて出来た階段らしく、先程よりも更に暗い。
「壁に手を当てて、ゆっくり付いて来い」
凱の助言通り、葉一は壁に手を這わせて一歩一歩慎重に降りていく。時間が経てば、目も暗闇に慣れてくる。二人が階下に降りる頃には、目の前がぼんやりと分かる程になっていた。
「ここだ」
「扉……?」
凱が眼前の金属の壁を押す。ギギギ、と軋むような音と共に開いたその先で小ぢんまりとした祭壇が広がっていた。
「ここは?」
「今から話す」
凱は持ってきていた蠟燭の火を壁際の燭台に移す。明るさの増した部屋の全容がそれにより明らかとなった。
「ここは見ての通り祭壇だ。古の時代より〝精霊〟を祀っている」
「精霊、ですか?」
「そうだ」
葉一には、凱の言葉を理解できてもその意味までは理解できなかった。
葉一の知る〈皇御国〉という国は巫女という存在がいて、神の憑代として生きている事しか知らなかった為だ。祀るというのならば、凱は〝神を祀っている〟と口にする筈である。
「この国で一般的に広まっている巫女の概念は知っているな?」
「神の憑代に選ばれた女性が【呪術】という特別な力を使う……って、まさかっ」
顎に手を当てて考え込んでいた葉一がハッとしたように面を上げる。
「ああ、お前の考える通りだ。正確には、神ではなく精霊という存在が巫女に力を与えている」
「どうして嘘の情報を?」
「その方が民にとって真実味があるからだ。巫女の人格が変わるのも、大昔の巫女の伝説が大仰なのも含めてな。実際に見て分かる事もあるだろう、こちらへ来い」
凱が祭壇の前で手招きをする。葉一は興味の惹かれるまま近寄った。
「精霊様、失礼します」
皇帝である凱が精霊がいるであろう祭壇に頭を下げてから、祭壇にある祠の扉を開いた。
「こ、これが……もしかして」
「そう、精霊様だ」
中では、握り拳程の光の玉が浮いていた。葉一達が視線を注いでも微動だにしない。
「〈皇国歴〉42年。この国が形を成し、ある程度の文化が根付いてきた頃、自然を大事にする当時の人間が精霊様から力を授かり、枯れた大地に雨を降らした。これが〝原初の巫女〟伝説の真実だ」
「驚きました。まさか巫女にまだそんな秘密があったなんて……」
巫女の知識は未だ断片でしかなかった事を葉一は痛感した。
(でも、なんだ? 今、何かが引っ掛かったような……何と何が?)
同時に葉一は凱の発言にどこか引っ掛かりを覚えていた。しかし、それ以上に今は気になる事があった。
「いや、でもこれって国家機密ですよね? それも、この国の人達が知れば皇帝や巫女の信用が揺らぎかねない程の……それをどうして僕に?」
葉一には分からなかった。
〈皇御国〉の人間と認められただけの自分に精霊の事を教える理由が。
「恐らく、共和国との交渉には必要ない事だろう。しかし、お前にはこの国と巫女の真実を知って欲しくてな。酷い事を言ったせめてもの詫びだ」
「そういう事なら……」
謝罪を受け入れて貰えても、凱にとってはまだ胸にしこりのある事柄なのだろう。何を言っても引かないような剣幕を前に、葉一は素直に詫びを頂戴した。
「さて、話は以上だ。戻って早く寝た方が良い」
「はい……ん?」
凱が祠の扉を閉じようとした時、再び葉一の視界に精霊の姿が映った。その瞬間、葉一の目は何故か光の玉に釘付けとなってしまい、
「葉一?」
「――――」
まるで、失った何かを取り戻せるような渇望にも似た感覚を覚えて、葉一は引き寄せられるまま、精霊が放つ光へと手を伸ばした。
「こ、これはっ……! ぐぁっ⁉」
光源に触れた刹那、脳に流れ込んできた情報と共に葉一の身体は弾き飛ばされていた。
「葉一! 無事か!」
「……」
「葉一‼」
「あっ……僕、は」
尻餅を突き、呆然としていた葉一の意識が凱の声によって呼び覚まされる。
「いったいどうしたというのだ? いきなり精霊様に手を伸ばすなどして」
「い、いえ……どうしてか、あの光に触れないといけない気がして……」
その問い掛けに葉一は自身の手をじっと見つめた。当然ながら何も変化は起きていない。表面的には、だが。
「そうか……怒りに触れて死ななかっただけでも良しとしよう。さ、そろそろ戻るぞ」
「……はい」
凱と共に階段まで歩を進めていく。
(……さっきの映像、もしかしてあれは――)
◆
「昨日は説得できて本当に良かったですね、葉一様」
早朝の〈皇御国〉の敷地外にて、馬上の祈が微笑み掛ける。
食料などの物資を積んだ馬車と数人の護衛を帯同し、出発前の談笑に興じていたのだ。
「そのおかげで今度はこの国の一員として、また皇国の大地を踏める……恩も返せる。なんだか、何かに守られているみたいです」
「夜澄が守ってくれているのかもしれませんね。ですが、これからが大変ですよ?」
「分かっていますよ。でも夜澄さんとこの国の未来の為です。過酷な運命なんて覚悟の上です!」
「そうですね……この旅は夜澄の夢とこの国の未来が掛かっていますからね」
馬上にて、皇国の伝統衣装を着た葉一が気合を示すように握り拳を作った。その姿を見て、祈はどこか不安げな表情で手綱を握る。
「ねえ祈さん、知っていますか?」
「なんですか」
そんな祈を見ていられなくなったのか、あるいは単に思い付きだったのか。葉一は夜明け前の地平を眺めて、
「夢は、手が届かないくらいが丁度良いんですよ」
いつか聞かせてくれた夜澄の言葉をそのまま紡いだ。その顔には満面の笑みを浮かんでいる。
「あっ…………」
祈は不意に声を漏らして口元を押さえた。
葉一のその姿が夜明けの光と重なるようにして、今は亡き友の姿が――――、
「――夜澄……?」
親友の姿が――――あたかも陽炎のように浮かんでは消えていく。
「祈さん? 何か言いましたか?」
「っ……いえ、相変わらず馬鹿ですねと」
「酷い⁉」
憤慨する葉一を他所に、祈は服の袖で目元を拭った。
「でも、そんなあなたと一緒ならきっと未来を変えられるって信じています」
「意味が分かりませんよ、全く。……でも、その期待に応えてみせます。きっとそれが、夜澄さんの夢を叶える事に繋がっているだろうから」
溜息を吐いて、されど決意に満ちた眼差しで、葉一は朝日の昇る地平線を眺める。そして手綱を握り締めて大きく息を吸うと、
「よし! じゃあ出発だ!」
夢を叶える為の、未来を掴む為の第一歩を踏み出した。
第3章6話は明日(2/5)の18時に投稿します。




