第4話 未来に歩む決断
城の中間部分に位置する露台からは〈皇御国〉の全てが一望できる。活気にあふれる街並みや喧騒。目と耳で感じ取れる一日の変化を楽しめるのは、居城の主である皇帝の特権だ。
しかし、今日に限ってはその活気が失われていた。戦時といえども失われる事のないというのにだ。
ただ一つ、訂正しなければならない事があるとすれば、活気が失われた訳ではなく、大きなひと塊となって城門前に集結している事だろうか。
「……何事だ?」
床に座り込み物思いに耽っていた凱だったが、城の外で騒がれれば流石に気が付く。様子を見ようと立ち上がって露台の手すりに手を掛けると真下を眺めた。
「凱陛下! さっきの話の続きをしに来ました!」
「葉一⁉ それにこれは……!」
外に顔を出した凱を出迎えたのは、葉一の張りのある声だった。
そしてその周りには、祈を含めた他の巫女と皇国に生きる全ての住人が立っていた。普段から街の光景を眺めていた凱が思わず圧倒してしまう程の規模だ。
「話し合いならば、お前の気が済むまで付き合おう。だが、他の者達まで巻き込むな!」
「確かに巻き込みはしましたが、これは全員の意思です! 貴方には聞いて貰わなければならない事がある!」
「その為にも凱陛下! どうか、城下に降りて来て下さいませんか!」
葉一に続いて祈が懇願する。
直後、他の者達までもが「お願いします!」と何度も頭を下げた。これには流石の凱も面を食らった。
嘆願ではなく服従。従う事はあっても皇国人自ら、何かを願う事は決してない。それこそが皇国人の姿だったからだ。
「……良いだろう。だが、また下らない話をするようならば、今度こそ罰を与える‼」
未だかつて見た事がない異常な光景を尻目に、凱が明らかな怒気を滲ませながら奥へ引っ込んでいく。
「祈さん。辛いと思うけど、また……」
「分かっています…………我が名は祈。畏き辺りにおわしまする――」
葉一の意図ははっきり言わずとも祈に伝わったようで、人格の変わった祈の【呪術】によって声の拡散が成される。
「すみま――いや、ありがとうございます」
【呪術】を使わせてしまう罪悪感につい謝ってしまいそうになるも、葉一は言い切る寸前に礼を言う事ができた。言い直したのは、祈の意思を冒涜する行為だったからだ。
そして、僅かばかりの時が過ぎ――、凱は再び葉一達と対面した。
「さっそく話して貰おうか。私に聞いて欲しい事とやらを」
「要件はさっきと同じです。僕達は夜澄さんの遺志を受け継ぎ、この戦争に終止符を打つ。その許可と協力を得に来ました」
「くどい! 何度同じ事を言わせるつもりだ! 終戦したところで、今までこの国に尽くしてきた巫女達は戻ってこない! 私はっ……彼女達の労に報いなければならないのだ、奴等との戦いを通してなっ‼」
葉一の一度目と変わらぬ返答に凱は声を荒げた。
「そこですよ。貴方の考えが破綻しているのは」
「な、に?」
葉一が論理の欠陥を突き付ける。すると、凱の圧倒的な雰囲気がそこで初めて揺らいだ。
「貴方は確かにこの国の皇帝だ。当然、余所者の僕よりもこの国を熟知している。だけど、貴方の思考は今の〈皇御国〉に向けられていないんだ!」
「私が、今のこの国を見ていないだと……⁉」
そんな事は有り得ない、とばかりに凱は狼狽え、しかし葉一を鋭く見据える。
「貴方は先程、巫女に報いなければならないと言っていた。なのに、貴方は亡くなった巫女達から貰った呪縛(恩恵)にずっと囚われている。彼女達『巫女の命』でもたらされた恩恵に……」
「…………」
凱は咄嗟に顔を背けた。
否定すらしないのは、すなわち真実である事を示していた。
「どうして……どうして、現在に目を向けないんですか……」
葉一が祈から聞いていた、皇帝として抱えてきた凱の心の闇。
それは、巫女が国へ貢献する為に捧げられてきた〝命の代価〟であった。
〈アズグラッド共和国〉の侵攻から祖国を守る為、歴代の巫女は【呪術】と【皇国呪装】を振るってきた。生活面でも人々の暮らしを良くする為に力を揮ってきた。
それこそが巫女の使命とはいえ――、
捧げられたものは、たったの一人の人間が背負うには余りにも尊く、そして重すぎた。
「私達は……この国は、彼女達から安易に貰い過ぎたのだ……命を犠牲に紡がれる奇跡を。私達は彼女達から貰うだけで未だ何も返せていない。それが、申し訳なかったのだ…………」
凱はあまりにも呆気なく本心をさらけ出した。葉一が指摘する前から既に心は限界に達していたのかもしれない。
「凱、へいか……っ」
心の傷を抉る、と言っていた祈が今にも泣き出しそうな顔で口元を手で押さえていた。
他の巫女や住人達も同様だった。国の長である凱が初めて漏らした弱音が、茨となって彼等の胸を締め付けている。
「故に私はこの国の長として、長年彼女達に報いる術を探し求めて来た。だが私にはっ……共和国と戦い勝つ事でしか、積年の恩に報いる方法を見つけられなかった…………」
「それは違う! 違うんですよ、凱陛下……」
抑揚をつけて、葉一が凱の言葉を否定する。
「皇帝という立場が誰かに相談できなくしていた事は分かります。ですが人間は元来、悩む生き物なんですよ。悩んで、藻搔き苦しんで、その上で人は歩んできた。だから、誰かを頼ってはいけないなんて事はないんです」
凱が抱える皇帝としての幻想を打ち砕き、言葉を続ける。
「戦う事でしか報いる事はできない? そんな筈ありません。言ったでしょう、貴方には聞いて貰わなければいけない事があるって。それを今、ここにいる人達から聞いて下さい」
凱と相対していた葉一がその場から身を引く。
代わりに凱の前に立ったのは、祈や薫といった巫女の面々だった。
「凱陛下。あたし達は自分の意思で国に貢献しています。暮らしを良くするのも、国を防衛するのも、全ては自分達の意思。ですから、凱陛下が罪の意識を感じる必要はありません」
「薫……」
薫が優しげな表情で凱に非はない事を徹底して伝える。続けて、他の巫女達も本音を明かしていく。
「今まで死んでいった仲間達も……夜澄も……この国の平和を守る為に戦いました。確かに共和国には多くの同胞を殺されました。けれど、復讐したところでかつての仲間は戻りません」
「そんな事よりもわたし達が望むのは平和なのです。皆が平和を望み、夜澄も平和を実現する夢を語って逝きました。ならば、亡くなった者達に報いる道はただ一つ。共和国との戦争を終わらせ、平和をもたらす事……そうは思いませんか?」
「わた、しは……私、は…………」
凱陛下が無様にも膝と手を突き、結論を出そうと苦悩する。
今、下そうとしている決断は〈皇御国〉が築いてきたこれまでの歴史を否定する事と同じだ。
一国の主がするにはふさわしくない挙動だったのかもしれない。しかし葉一には、それこそが人間が本来あるべき姿なのだと本能的に感じていた。
そんな凱を前に祈は自ら膝を折り、凱の手をすくい上げる。
「凱陛下…………悩む必要も苦しむ必要もありません。心の底から報いたいと思っているのならば、巫女(私達)の声に……耳を傾けて下さい」
その行為に凱に対する畏怖は一切ない。あるのは、手を取り助け合おうとする人間らしい優しさだけだ。
「………………どうやら私は彼女達に報いようとする余り、随分と盲目になっていたようだ。分かった。この戦争を止める為、私も協力しよう」
長考の末、凱は新しい未来へ歩む決断を下した。
「「あ、ありがとうございますっ!」」
祈と葉一が深々と頭を下げた。
「おおおおおおおおおおっ‼」
その瞬間、国中でかつてない程の喝采が響き渡った。それは〈皇御国〉においては初となる、嬉しさを示す声の祝砲となったのだった。
第3章5話は明日(2/4)の18時に投稿します。




