第3話 民の声
「なんだろうな? 大事な話があるって」
「さぁ? 皆に呼び掛けたのは祈様だったって聞いてるけど、他の巫女様達もここにいるしな。なんの話か全く想像できん」
皇国の中で最も大きな広場に集められた者達は自分達を呼びつけた人物が現れるのを今か今かと待ちわびていた。
広場には既に数千人程集結しているが、それでもまだ総人口の約三分の一といったところである。本来であれば、〈皇御国〉の人口は〝万〟程度では止まらなかっただろう。
しかし、この数百年間。〈アズグラッド共和国〉の度重なる侵攻を受け続けた結果、現在の数となってしまっていた。
「あ! 祈様だ!」
「後ろの人は……たしか葉一さん、だったわよね? 記憶を無くしているっていう」
皆の前に悠然と現れた祈の傍らに立つ葉一。
良い意味でも悪い意味でも注目されている中、祈が一歩進んで前に出た。
「皆さん、突然のお呼び立てにもかかわらず集まって頂きありがとうございます」
その声はやけに広く響いた。
単に声量が高いからではなく、広範囲に声を届けている為だ。それを可能とするのは、命削りの【呪術】。その力が魂を浪費させる代物だと知っている葉一は奥歯を噛んで沈黙を貫いた。
「今からお話するのは、これからの〈皇御国〉についてです」
そう言うと、住人や巫女達が一斉にざわめき始めた。祈は手でそれを制する。
「知っての通り、わたし達の国は共和国から侵攻を受けています。先日の戦いでも大勢の兵士が戦死し、わたしの親友も命を落としました。元気な姿を見られないと思うと、とても胸が痛みます」
上辺だけの仕草じゃないのか、祈は胸に手を当てて声を振り絞っていた。
しわくちゃになった表情は見ていて痛々しい。昔から祈と夜澄の関係を知っているであろう仲間の巫女達も顔を伏せていた。
「…………そこで、皆に聞きたい。大事な友を、家族を亡くした今――何を思っているのかを」
そこで深い沈黙が訪れた。
胃がキリキリするような切迫感はなく、まるでここに集まった者達で哀悼するような静謐さがあった。
「あたし達は巫女だ。国の為に戦い死んでいく事に誇りを感じる事はあるけれど、死ぬ事が怖い訳じゃない」
沈黙を破ったのは気の強そうな一人の巫女だった。典型文のように巫女の在り方を語ると他の巫女も同様といった風に頷く。
その様子を見て葉一は密かに危機感を抱いていた。
(駄目、なのか……ここで祈さんに同調してくれないと皆の意思を統一できないんだっ――)
「でも――」
直後、葉一の心の声が否定されるように遮られる。
「でも……仲間を喪って、あたしは悲しい……! 本当はもう傷付けたくはないし、家族を失いたくない! 皆はどうさ!」
巫女は振り返って呼び掛けた。するとその悲しみと熱が伝播するように、
「そうだ、そうだよ……巫女様の言う通りだ!」
「大事な人達がどんどん死んでいく事が、悲しくて仕方がないわっ――‼」
「父ちゃんや巫女様達が死ぬのはもうやだぁ……!」
男性や母親らしき人、小さな子供までもが意見を同じくして叫んだ。ちょっとした騒ぎではない。この場に集った者全員の嘆きが大きな波を呼んでいた。
葉一と祈は嬉しそうに顔を見合わせ、
「皆がわたしと同じ気持ちで嬉しい! だけど……!」
「祈さんに代わって、僕からも皆に聞きたい! 皆は共和国の人間を殺したいほど憎んでいますか!」
葉一の声もまた祈の【呪術】にとって拡散される。
その問いが遠近問わずに届いた直後、血の気が引くように辺りの騒ぎは静まり返っていった。
「葉一、だったか」
気の強そうな巫女が葉一の名を呼ぶ。
「それは抗戦をやめて報復しようというお前の魂胆なのか? それともあたし達に凱陛下を裏切れと言っているのか、どちらだ?」
民達の間に衝撃が走る。
皇帝を裏切るのはつまり、殺されても仕方ないという事と同義なのだ。葉一の意図がどういう訳であれ、それは民達の動揺を少なからず招いていた。
「どちらでもない。僕は、最期まで誇り高かった女性の――巫女夜澄の夢を叶えたいだけです」
「夢、だと? それがこの国の行く末とどう関係する?」
葉一が夜澄の名前を出した瞬間、巫女の顔が強張る。
「共和国との戦いを終わらせて、この国を平和にする。そして、互いを尊重し合う国になるようにしたい――それが夜澄さんの夢だった。それを実現するには、巫女の貴方達の本心を凱陛下に伝える必要があるんです」
「あたし達の本心……?」
「お願いします薫! 夜澄のこれまでが報われるよう協力してください‼」
祈が人目を憚らず、深々と頭を下げてみせた。
すると、薫と呼ばれた巫女は一瞬だけ驚いてみせると溜息を吐いて、
「分かった分かったっ……あたしの噓偽りない気持ちを教えよう。だから頭を上げてくれ。正直お前に頭を下げられるのは違和感しかないんだ」
「ではお願いします」
「元に戻るの早いな⁉ 全く……」
頭を上げた祈がスンと澄ました顔に戻る、と薫は「早まったか?」とばかりに頭を掻き、
「憎くはない、と言えば嘘になる。だけれど、報復などして何になる? 敵を殺したところで死んでいった者達が甦る訳じゃない。確実に戦争が終わる保障もないだろう。あたし達巫女は己の使命に従い戦っている。多少の恨みはあれど、あたし達が今も昔も望むのは平和だ。〈皇御国〉の為、民が穏やかな日々を送れるよう支える事こそが、巫女の存在理由だ」
「それは……終戦に協力してくれる、という認識で構いませんか?」
「あたし個人としてはな。夜澄が生きていた頃、あいつには世話になったからな。それに、この場にいる誰よりも巫女だった夜澄が叶えたかった夢だ。凱陛下にどのような罰を与えられても、あたしは構わない」
その瞳には気炎が立ち昇っていた。何事にも揺らがぬ巌のような覚悟が言葉の端々からも伝わってくる。
「私も構いません。夜澄さんの夢は、私も聞き届けましたから……」
「貴方は、あの時の巫女さん……!」
薫の横に歩み出た巫女を見て、葉一が目を見開く。彼女は小さく笑って会釈した。
「それならわたしも――」
「ボクもだよ――」
「みんな……っ」
それを皮切りに次々と賛同者が現れ、祈は漏れそうな嗚咽の音を両手で押さえていた。その光景に、彼女達とは関わりの薄い葉一の胸もじんわりと温かくなった。
「――で、でも凱陛下は許してくれるでしょうか?」
そんな時だった。
一人の女性が青ざめた顔で震えながら言った。その者は巫女ではない、ただの皇国人だった。
「大丈夫、勝算はあります」
「どんな根拠があってですか⁉」
女性が言い切る祈の両肩をガシッと掴んだ。その手は震えていた。目元には涙すら浮かべて。
「私達は凱陛下には逆らえない! 昔から悪い事をすれば必ず処罰された! そんな確かな事実があってもまだ大丈夫なんて言えますか⁉」
ギリギリと肩に力が込められていく。
祈は肩の痛みを顔には出さず、その女性の瞳を真っ直ぐ見て、諭すように説得を試みる。
「今しようとしているのは、この国と逝ってしまった夜澄を想ってのこと。誰よりもこの国を愛し、民草を大事とする陛下が正しい事をしようとするわたし達を罰する筈がありません」
「で、でもそんなのは詭弁じゃないですか!」
懸命な説得も意味を成さず、なおも食い下がる女性。
確かに詭弁かもしれない。根拠はおろか、感情論で説き伏せようとしているのだから。
「それでも――」
彼等を納得させなければならない。けれど彼女の言う通り、巫女ではない彼等には相応のリスクがある。
祈は女性の手を優しく解いて、
「それでもまだ、納得できないというのなら……わたしの、わたし達の覚悟を信じて下さい」
両手で包み込むと優しさと決意のこもった眼差しを向けて言った。
「巫女とは、国と皇帝の為の存在。当然、凱陛下の意向に逆らった事は今まで一度としてありません。ですが、そんなわたし達が現状の方針に背こうとしている……罰せられる事も理解してです。その必罰の覚悟を……どうか、信じて下さい」
それはここ〈皇御国〉においては絶大な効果を持つ説得材料だった。
ただの推測と慣習から来る覚悟。天秤に掛けてみれば、どちらがより信じたいと思えるかは実に分かり易いものだ。
「どのような結末を迎えようと、わたしはこの選択を誇りに思います。あの時、夜澄(彼女)の手を取れなかったわたしに恩を返せる機会が、ようやく訪れたのですから」
そう言って、祈は朗らかな笑顔を浮かべる。
その笑顔に触発され、女性もようやく気が落ち着いたのか、諦めた顔で、されど決意した目で祈を見つめて、
「……分かりました。ただでさえ巫女様達には今までお世話になったんです。こうなれば、どこまでもご一緒させて頂きます」
「っ! ありがとうございます‼」
遂に理解を得られた祈は感極まった様子で頭を下げた。葉一や他の巫女達も続いた。
長々と続いた話し合いはまもなく終わりを迎えようとしていた。最終確認として、頭を上げた祈は再び皆に問い掛ける。
「最後の確認です! これは巫女としてではなく、ただの皇国人としての言葉だと思って聴いて下さい! 今の話を聞いて、終戦に異論のある者はいますか! あくまでも復讐したいと思う者は今ここで名乗りを上げて下さい! わたし達はそれを咎めはしません!」
「…………」
誰も異論を唱えなかった。
「夜澄様の為とあらば、協力せん訳にはいかんなァ!」
「夜澄様が平和をのぞむなら、俺達もそうするよ!」
一拍遅れて返ってきたのは、終戦支持の声だった。
葉一に畑仕事を教授してくれた老人、兵士になる事を当然のものと考えていた少年少女達、その他の大人達――――。
生前、夜澄が親しい関係を持った人々が次々にやる気を漲らせる。
その光景に、葉一の目頭は熱くなった。
(まだだっ……まだ泣いてなんかいられない)
まだ凱を説得できた訳でも終戦した訳でもなかった。けれども、この場に溢れる想いの奔流が胸を熱くする。
彼女の大望と生き様は死んでもなお、周囲に多大なる影響をもたらしていた。
「本当に凄いなぁ……夜澄は。一生敵わない……」
「ええ、本当に」
夜澄を思い出しているのだろう。そう言って苦笑する祈に葉一もしみじみと同意する。
「でもまだ、始まったばかりです」
「そうですね、ここからが本番」
辺り一面に広がる優しさの奔流。それはきっと始まりに過ぎない。
「凱陛下を説得して初めて――」
「初めて、夢想実現の第一歩、ですね」
受け継いだ夢を叶え、望む未来を実現する。その道筋を見据えて――――。
二人は顔を見合わせ、深く頷いたのだった。
第3章4話は明日(2/3)の18時に投稿します。




