第2話 上に立つ者の苦しみ
「凱陛下、あの異邦人がお目通りを申し出ておりますが、如何致しますか?」
「目を覚ましたか……つくづく悪運の良い奴だ」
〈皇御国〉の居城。
居間に入ってきた門衛の男の話を聞き、凱は唾棄するように漏らした。そんな言葉とは裏腹に、どこか安堵したように見えるのは気の所為なのかもしれない。
凱は深く息を吐くと男に招き入れるように伝える。
「あの時、あのような物言いをした私の事など見たくはないだろうに……奇特な奴だ」
それから程なくして――――。
凱は巫女の祈を引き連れた葉一と相対した。
「久しいな、葉一。壮健だったか?」
「ええ、運の良い事に」
相変わらずの圧迫感だったが、慣れが生じていた葉一は不機嫌さを隠しもせず肩を竦めてみせる。その不敬とも取れる言動に祈がビクついていた。
「祈も苦労。忠実に責務を果たしているようで何よりだ」
「も、勿体なきお言葉です。凱陛下……」
祈が震えながらお辞儀を返す。
低い声かつ強面故に多少なりとも圧を感じるものの、凱の態度に棘はない。それでも祈が身体を震わせているのは、これから行おうとしている事が関係しているのだろう。
「立ちながら話すのもなんだ。座ったらどうだ? 何か言いたい事があるようだしな」
そう言って凱が鋭い視線を葉一に向けた。
「では遠慮なく」
「し、失礼致します」
しかし、葉一は動じる事なく床に正座した。慌てて、祈もそれに続く。
「それで、何のようだ葉一。お前はもう私とは顔を合わせたくないと思っていたのだがな」
「問答は無駄だとあの時思っただけです。そして、その気持ちは今でも変わっていません。ですが、それでも夜澄さんの為だと自分を納得させ、こうして伺った次第です」
「夜澄の為、だと?」
凱が訝しげな視線を葉一に注ぐ。
(問答は無駄と分かっておきながら、夜澄の為だとぬかすか……巫女の待遇改善でも要求する気か?)
ジロリと、凱の視線が祈に移った。
葉一の新しい世話役で前任の夜澄と違い、自身に恐れを抱いている――――というのが、祈に対する凱の認識だ。しかしながら、今目の前にいる祈は普段以上に委縮している。
未だ納得できていない葉一に様子がおかしい祈。
顔にこそ出さないが、凱は妙な胸騒ぎを覚えていた。
「単刀直入に言います。僕は長年続いた〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉の戦争を止める。その為に、貴方の了解と協力を得にきました」
「よ、葉一様⁉」
もう少し世間話を挟んでから本題に入るつもりだったのだろう。想定とは違う葉一の大胆さに、祈は気が気でなかった。
しかしその心配は杞憂だったのか、
「――ふ、ははは……」
「がい、陛下?」
「はっーははははっ!」
凱が壊れたように高笑いを始めた。斜め上過ぎる反応に、祈が目を丸くする。
「――戦争を止めるだと? 舐めるのも大概にしろよ、若造が」
真顔に戻った凱は葉一にジロリと睨み、今まで感じた事のない殺気を露わにした。
どうやら取り越し苦労で終わらないようだ。
「っ、舐めたつもりはありません。ただ僕も夜澄さんの為、意地でも退けませんが」
流石の葉一も一国の主が発する殺気に一瞬気圧されるが、挑戦的な笑みを浮かべて切り返す。
「先程から戦争を止めるだの夜澄の為だのと言いながら、具体的な事は何一つ話さない。いったい何が言いたいのだ」
全く退く気のない葉一に凱が深く溜息を吐いた。
「祈、説明しろ」
「は、はひ!」
突然命じられた祈がビクリと跳ねる。
内心焦るがしかし、同時にこれは好機であると祈は思った。
葉一に任せておけば、一向に話が進まない。ならば、話が円滑に進むように会話を操作しようと、祈はしどろもどろになりながらも事の顛末を語っていった。
◆
「なるほど……夜澄がそんな事を」
葉一が〈皇御国〉を飛び出してからの事、そして夜澄の夢の事。それらを祈が話し終えた後、凱が感慨深げに呟いた。
「夜澄さんは戦争がなくなり平和になる事を望んでいました。凱陛下も分かっている筈です。このままでは近い内に国が滅ぶ。そうなれば、死んでいった巫女や兵士の人達の苦労は、浮かばれない」
「そんな事は分かっている。だが、国の方針を変えるつもりは毛頭ない。敵が攻めてくるならば、再び撃退するだけだ。それが死んでいった者達に報いる事のできる唯一の道なのだ」
「なっ――」
言うに事を欠いてそれなのか、と葉一の心がざわつき始める。
葉一は祈の推測を聞いて、凱が皇帝として何に悩んでいるかを知った。だからこそ、報いる方法が根底から間違っている事に葉一は腹を立てた。
「貴方は何も分かっていない! そんなのは罪悪感からくる決めつけだ! 巫女の人達が何を望んでいるのか、ちゃんと聞いたんですか!」
「私はこの国の皇帝だぞ‼ お前がこの国の何を知っている‼」
「このっ」
互いに血が上り、葉一が更に追及しようとした瞬間、横合いから服の袖が強く引っ張られた。
「葉一様、今は何を言っても無駄と思います。出直しましょう」
「だけど!」
憤慨する葉一に、祈は無言で首を横に振った。
「~~っ」
説得も納得もできないまま、葉一は祈に諭されるままその場を後にした。
◆
「本当に殺されるかもと! 冷や冷やしましたよ⁉」
凱の居城から離れた後――――。
葉一は怒り心頭の祈に胸倉を掴まれていた。身長差がある為、掴む手は微妙にぎこちない。
「で、でも! 殺されなかったから良いじゃないですか⁉」
「結果だけでものを語るなぁ~~~~!」
葉一の前ではすっかり化けの皮が剝がれてしまった祈の怒りが辺りに木霊した。
「とはいえ、こんな調子で大丈夫なんですか? 僕が冷静さを失った所為でもありますが、皇帝が抱える闇についても触れませんでしたし」
強く揺さぶられながらも、葉一は話を戻そうとする。
葉一の言った通り、凱と会う前に祈が語った事柄は、話していたようで話していない。そう形容するのは、凱が間接的な指摘に気付いていなかったからに他ならない。
「大丈夫、こうなる事は織り込み済みです。初めから、あの御方が認めない事は分かっていました。一回目は意識させる事が目的でしたから……」
「でも、あの強情さは祈さんも理解しているでしょう? 絶対に聞く耳持ってくれませんよ」
「そうならない為に、次は皆と話しましょう」
次なる一手を決めた祈の足が凱の屋敷から離れていく。
「皆って、まさか……」
「そう、他の巫女と皇国に住む人々です」
◆
凱の頭は先程の葉一達の話でいっぱいだった。
(夜澄が平和を望んでいた事は気付いていた。しかし、それを実現しようにもこの国は――私達皇帝は、巫女(彼女達)から恩恵を貰い過ぎてしまっていた…………)
国と民の為に捧げられた命と魂。
それらは国を潤し、同時に歴代皇帝の心を呪詛の如く縛り上げる。皇帝となって数十年以上、凱の心は抱えた負債を返済できずに苦しんでいた。
国の長は民に威厳ある姿を見せ続けなければならない宿命にある。
民からの畏敬を失った皇帝に誰が付き従うというのか。そう思うが故に、その悩みを弱みとして見せる訳にはいかず。国を想う巫女達の献身は太陽のように眩しく、同時に棘のように痛ましい。故に、「この国はもう大丈夫だ」とも言えず。
泥沼に沈んだ心は酸素(救い)を求めて藻掻き苦しみ、けれども闇を抜け出す光は闇に覆われて見えない。
(もはや、私には……戦う事でしか彼女達に報いる事はできない――)
などと、悩みと苦しみの連鎖に苛まれていた時だった。
「――凱陛下! 大変です‼」
私室の扉を乱暴に開け放った門衛の男が冷静さを欠いてやってきた。
「な、何事だ」
弱き姿は見せまいと懸命に取り繕う凱。
「先程の異邦人が広場に大勢の民を集めて何かを始めようとしています!」
幸い、その男が微細な変化を捉える事はできなかったようだ。
「人を集めて演説でもする気か……放っておけ」
「よろしいのですか?」
「構わん。納得するまで好きにやらせてやれ、答えはどうせ変わらん」
「は、はぁ……」
納得し切れていない様子だったが、門衛の男はその場を去っていった。黙認する代わりに監視するつもりなのだろう。
(どうすれば良いのだ……亜澄――)
第3章3話は明日(2/2)の18時に投稿します。




