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ノーブル・チョイス~悔いなき選択~  作者: お芋ぷりん
第3章 泡沫なる夢想を現実とせんが為に

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第1話 協力者

第3章開始です!

 




 〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉の国境付近でグレイと別れた後、葉一は皇国まで自力で帰還しようとした。


 前回の失敗を省みれば、皇国に辿り着く事など到底不可能という事は明白。けれど、葉一はグレイから車を借りる訳にはいかなかった。仮に借りる事ができても運転できる保障もない。その為、国境からは徒歩での帰りとなった。


 国境付近から皇国までの道程(みちのり)はそれなりに長い。食料と水は有限であり、また体力にも限界がある。


 案の定ともいうべきか、葉一は道半ばで力尽きてしまった。そんな彼は今、〈皇御国〉にある見慣れた民家に居た。正座して項垂れたままの体勢で。


「全く……偶然通り掛かった兵士がいたから助かったものの、あなたは何を考えているのですか? 馬鹿ですか? 馬鹿ですね? 馬鹿でしたね?」

「うっ、馬鹿の三段活用……耳が痛いことこの上ないです、はい」


 容赦のない罵倒の数々が起床直後の葉一に襲い掛かる。


 目の前で葉一と同様に正座をして、説教垂れているのは巫女の祈。死んだ夜澄の代わりに世話係となった女性であった。


(ほんと、情けない……穴があったら埋められたい)


 グレイに対し、無謀にも戦争を終わらせると意気込んでいた葉一。そんな自分が恥ずかしくなる程、なんとも情けない滑り出しである。


「ですが、無事で目覚められて何よりです。さ、遅めの昼食を作ってきますので…………」

「あ、あのっ」


 葉一が腰を上げようとした祈を控えめな声で引き留める。


「なんですか」

「いなくなった理由とか今までどこにいたのかとか…………聞かないんですか?」

「聞いて欲しいのですか?」

「あ、い、いえ。そういう訳ではなく……」


 引き留めておいて、返す言葉を考えていなかった葉一はすぐに黙り込んだ。


 祈が夜澄の事で自分を信用していたにもかかわらず、それを裏切り逃げ出してしまった事に引け目を感じていたからだ。


 気まずそうな葉一を他所に、祈は面倒くさそうに溜息を吐き、


「まぁ、どういった理由でこの国を離れたのか……それを凱陛下にも報告しなければならないので、お聞かせ頂けると助かりますが」


 やれやれとばかりに床に正座し直すと傾聴の姿勢を取った。


「は、はい…………お話、します――――」


 葉一は悪事を暴露するような気持ちで、離れてから今までの経緯(いきさつ)をぽつぽつと語り始めた。


 そうして、しばしの時間が経ち、


「――そして、共和国のやり方に納得できずこうして戻ってきました」


 休憩もなしに言い終えた葉一はやり切ったとばかりに息を吐いた。


 真剣な面持ちで話を聞いていた祈は深く息を吐いてから、


「あなたは馬鹿ですか?」


 本日四度目の罵倒をした。


「〈皇御国〉の在り方が理解できず逃げ出し、〈アズグラッド共和国〉に逃亡したら何故か保護された。最初は居心地が良いと思っていたけれど、捕虜となっていた巫女の扱いとグレイ・アンダーソンなる者の思想が理解できず、無謀にも終戦しようと意気込んでいたところ、その帰り道で無様に力尽きてしまった、と……やはりあなたは馬鹿ですか?」

「うぐっ」


 端的に過ぎる要約をしたかと思えば、やはり最後は罵倒の言葉で締めくくられる。


「優柔不断、考えなし」

「ふぐぅ」


 両国(まわり)の在り方に勝手に惑わされ、悩み、苦しみ、駆けずり回った挙句、この体たらくだ。反論する余地もなければ、目の前の祈に「はいその通りです」と開き直る気概も葉一にはなかった。


 そんな馬鹿者(自分)には冷水のような罵倒がお似合いである、と葉一は責め苦を甘んじて受け入れた。


「色々と自業自得とはいえ、よくも無事に帰る事ができましたね」

「僕自身、よく殺されなかったなと思っていますよ。一度あちらの兵士に殺されかけましたし……」


 銃口を向けられた恐怖が宗士郎の脳裏に鮮明に蘇る。


 しかし不快な記憶とは別に、葉一が朧気ながらも思い出した事がある。あの、銃弾を弾いた不可思議な現象の事だ。


「こうしてピンピンしているという事は、自衛なさったので? あ、衰弱はしておりましたけども」

「結構辛辣ですね……あれが自衛になるのかどうか……」

「歯切れが悪いですね、はっきりと申して下さい」


 葉一自身、その現象についての明確な答えと記憶を持ち合わせていない事もあり、祈を苛立たせてしまう。


「い、言いますから! 睨まないで下さいっ」


 苛立ちを隠しもしない祈の視線が突き刺さり、葉一はやむなく白状した。


「僕自身信じられないんですが、危害を加えられそうになった時、なんというか、こう……バリア、じゃなくて、障壁みたいなものが出てきて攻撃を弾いたんですよ」

「……障壁、を?」


 葉一の言葉を聞いた直後、祈が顎に手を当てて黙り込んでしまう。


「祈さん?」

「あ、いいえ。続けて下さい」

「はあ……まあそんな事もあって無事だったんですが、実は以前にも同じような事があった気がするんです」


 またもや、はっきりとしない回答をしてしまう葉一。


「気がする、ですか?」

「はい。どちらもはっきりと見た訳じゃないですが、亡くなった夜澄さんを担いで逃げようとした時にも……」


 葉一の記憶は霧が掛かったようにあやふやだ。だが、それもしょうがないのかもしれない。無我夢中に逃げていた上に、のちに衝撃で吹き飛ばされたのだから。


 祈もそれを分かっているのか、確信が持てない言葉に対するお咎めはなかった。


(あれは僕の意思に関係なく発生した。あの現象をどう言い表せばいいのか……そう、反射だ。脅威が迫った瞬間に起きたような、気がする)


 夜澄を担いまま砲撃された瞬間――――。

 突然共和国兵に発砲された瞬間――――。


 身体を包んだ光の壁はそれらを容易く弾いた。それはまるで、自己防衛本能ともいうべき反応速度だった。


「……そうですか。ありがとうございます」


 少しの沈黙の後、祈は一息吐くと半目(はんめ)で葉一を覗き込んだ。


「それで、無様にも逃げ出し無様を晒してまで戦争を止めようとしている理由ですが、考え方が理解できない以外にも理由がありますよね?」

「えっ……な、なんの事ですか?」

「とぼけなくともいいです。一度は逃げ出したあなたが死にかけてまで戻ってきた。それは、夜澄の為なのでしょう?」

「なんで、そう思うんですか」

「うわ言で、『夜澄さん、僕はあなたの夢を、絶対に…………』と言っておりましたので」


 祈は事もなげに言ってのける。


「そ、そんな事を……言っていたんですか? お、お恥ずかしい」


 意識がなかったとはいえ、指摘された内容が内容だ。あれでは、葉一の亡き夜澄への想いが露見しまいそうである。


「夜澄の為とはいえ、やはりあなたは馬鹿ですね。そんなこと途方もなければ、叶う可能性すらないに等しいですよ」


 馬鹿と形容されるのも無理はない。


 葉一自身馬鹿げた夢物語を実現しようとしているのだから、他人からすればより馬鹿げた夢想に見えるのもまた道理だ。


「それでも戦争を終わらせようと……国の在り方に介入してまで終戦(止)めようとするのは何故ですか? 何がそこまで、あなたを突き動かすのですか?」


 今度は祈が葉一にそう問う番であった。


 しかし、何も迷う必要はない。葉一には既に覚悟(答え)があるのだから。後は決意(思い)の丈を声に出して形にする事のみ。


 葉一は真摯にその言葉と視線を受け止め、


「夢想を夢想で終わらせない為……いつか戦争がなくなり、〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉が互いを尊重し合う関係になる事――そんな夜澄さんの遺志(夢)が僕を再びこの国まで導いてくれました」

「夜澄の、夢……?」


 祈の疑問に静かに頷くと、葉一は開かれた手の平を力強く握り締める。


「夜澄さんが己の人生と選択を誇ったように、僕も自分に恥じない生き方でこの戦争を終わらせる。そう決心したんです」


 受け継いだ夢に覚悟を携え、葉一は今ここに決意を言い表した。


「…………」


 祈は啞然とするでもなく、また先と同じように馬鹿と罵倒するでもなく。ただ己の答えを探るかのように、静かに目を瞑って思案に耽っていた。


 ほんの少しの瞑目の後、祈は遠き日を思い出したように目を細めて、


「葉一様は夜澄の手を取ったのですね――」

「え?」


 そんな事を口にした。自虐とも取れるその表情に葉一は呆気に取られる。


「葉一様」

「は、はい!」

「その夢の実現、わたしにも手伝わせて下さい」

「え? え、えぇ? えええ⁉」


 葉一の首が驚きと共に少しずつ曲がっていき、遂には大声で声を上げてしまっていた。罵倒か凱への告げ口を想定していた葉一の予想は見事に外れてしまう。


「そ、それは助かりますけど、良いんですか?」


 葉一はいつかの凱との会話を思い出す。


 凱の言い分だと裏切り行為で打首も十分あり得る。皇帝至上主義のような雰囲気が存在するこの国で、命令もなしに行う平和への画策が見過ごされる筈がないのだ。


「微妙なところ、ですね。下手をすれば、生きてはいられないと思われます。ですが、夜澄の夢となれば話は別です」

「何か、特別な思い入れでも?」

「ええ。と言っても、後悔の念ですが――夜澄の手を取れなかった事への、ね…………」


 憂いを帯びた瞳は過去の光景を映し出しているのか、葉一が理由を聞かずとも祈は独りでに語り出した。


「巫女になったばかりの頃、わたし達は夢を語り合いました。わたしは国に尽くし最も偉い巫女になる事、夜澄は戦争を終わらせ国を平和にする事。ですが、夜澄にはわたしの夢が嫌々ながらに出した嘘だと分かっていたようです。巫女に対する過剰な敬意が嫌だったわたしがそんな高尚な夢を語る筈がないと」

(ひ、酷い……夜澄さん、直球過ぎるよ……⁉)

「それなら、夢を叶える手伝いをしてくれないかと夜澄に提案されました。勿論、夜澄の誘いは本当に嬉しかった。けれど、わたしは首を縦に触れなかった……何故か分かりますか?」


 そこで突然、祈が自虐めいた笑みを浮かべた。


 これまで過ごしてきた中で既に判断材料は出揃っている。葉一が答えを出すのに、そう時間は掛からなかった。


「……国に尽くす巫女が、抗戦の意思を示す皇帝に逆らう訳にはいかなかった?」


 祈は苦笑まじりに黙って頷いた。即ちそれが祈の抱える後悔に他ならなくて、


「…………でも、でも――」


 昔話をする祈の声には次第に震えが伴う。


 そして、遂には彼女の涙腺は決壊していた。


「でも、でもっ…もっと早くっ――、手を取ってあげるべきだったっ…………そうしていれば、夜澄が死ぬ事もなかったかもしれないのに……!」


 夜澄の死を痛感してもここまで感情が乱れる事はなかった祈。そんな彼女が大粒の涙すら浮かべて過去の自分を責めている。


 きっと彼女も心の底では夜澄の死を(いた)んでいたのだろう。過去の選択が夜澄の急死という出来事で後悔の色に染まり、祈の心を傷付けている。


 その痛ましい姿を見ていられなくなった葉一は、


「祈さんっ」

「葉一、さま……?」


 気付けば、祈の身体を抱き寄せていた。


「それは違いますっ……確かにその可能性はあったでしょう。ですが、それを言ってしまえば、命を賭して国を護った夜澄さんの誇りと生き様を穢す事になってしまいます……!」


 祈の心が救われるようにと強く抱き締める。


(自分の事を棚に上げて何言っているんだって自覚はある。でもすみません! 今だけは……)


 以前、凱の前で夜澄を侮辱した言動をしていた。葉一は心の中で密かに詫びる。


「それでももし、貴方が本当に過去の選択を悔いているのなら、夜澄さんのこれまでが報われるよう彼女の夢を叶えましょう――共に」


 その選択が後にも先にも誇れるように――――。


 道半ばで潰えた夢が現実のものとなるように――――。


 そして、己が穢した夜澄への償いになるようにと――――今は亡き夜澄に代わって、葉一は祈に手を差し伸べた。


「……い、はいっ……!」


 泣きじゃくっていた祈が葉一の手を取る。


 今度こそ間違えない、と決意を固め、祈は葉一と共に夜澄の夢を叶えようと天に誓った。


 ◆


「お見苦しいところをお見せしました」


 ()(ぬぐ)いで目元を拭いた祈が赤面して視線を逸らす。


「決意を聞いた後で無粋だとは思いますが、本当に良いんですか?」


 これから行おうとしている事は国家転覆にも等しい。


 両国の現状に納得いかなかった葉一が意地となり勝手に動いているに過ぎないのだ。だからこそ、葉一は不躾にも再度確認を取った。


「〈皇御国(わたし達)〉は戦争など望んでおりません。平和こそを望み、仇討ち等はもってのほか。それは巫女であるわたしや皇国の民、そして凱陛下とて例外ではありません」

「皇国が平和を望んでいる事は知っています。共和国も形はどうであれ平和を望んでいるそうですが、それでもまだ、凱陛下を説得するには材料が……」


 不安げに瞳を揺らす葉一。


「あなたがやろうとしている事でしょうに……ですが、大丈夫。交渉の余地は十分あるかと思います。本当は切りたくない、とっておきの手札なのですが」


 祈は溜息を吐きつつ毅然として答えたが、何やら不穏な雰囲気だ。


「……そ、それは…………?」


 それを感じ取ってか、葉一は固唾を()んた。


 祈の顔付きは神妙そのものだ。しかし、悲痛の色を顔に滲ませた直後、


「歴代の皇帝が抱える闇――それこそが終戦への第一歩となるでしょう。凱陛下の心の傷を抉る事になってしまいますが――」


 その不穏さの正体が明かされる事となった。





第3章2話は明日(2/1)の18時に投稿します。

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