第7話 無謀な決断
「あれはどういう事なんですか!」
病室から少し離れた場所で。
壁にもたれかかるグレイの胸倉を掴み、葉一は激しく憤る。
「見ての通りさ。あの亜澄とかいう巫女は三十年前に捕虜にしてね。巫女という存在は【呪術】という力を使う際二重人格となる。医学的観点から合理的に判断すれば、彼女は精神破綻者である事は明白だろう? 何故君がそこまで怒るのか、理解し難いよ」
「確かに、そうなのかもしれない。だけど、僕が聞きたいのはそんな事じゃない! なんで薬を使ったり実験したりして今まで幽閉してきたのかを聞いてるんだ‼」
「幽閉なんて人聞きが悪いなぁ」
「それに、さっき三十年前って言ったな! 彼女の髪や肌が極端に白いのは、実験と薬品漬けの毎日だったからなのか‼ 答えろ! グレイ・アンダーソン‼」
そこまで言い切って息を整え始める葉一。
グレイはお手上げとばかりに両手を上げて、溜息を吐いた。
「そうだね。たしかにボクは彼女を入院させるように言ったし、その際〝巫女〟の力を調べろとも言った。それが非人道的で最低な行為だと言われても仕方がないと思う――――そう、君の価値観ではね」
「なんだと?」
「こっちはあくまでもこの国の規則に従ったまでだ。だから、おかしいと言われる筋合いはない訳で……」
「ふざっけるな‼」
叫ぶと同時に、葉一の拳がグレイの頬を打ち抜いた。
大統領であろうと関係がなかった。いけしゃあしゃあとのたまうグレイを前にして我慢できる程、人間ができてなどいなかったのだ。
「規則に従っただけ? 最低な行為ではないだと? そんなクソの役にも立たない理屈で彼女を苦しめたっていうのか……? ふざけるのもいい加減にしろよ‼ そんな理屈はな、彼女を何十年も幽閉していい理由にはならないんだよ‼」
湧き上がる衝動に任せて出た言葉が廊下に木霊する。
その数秒後。
「…………くくく――ふっはははは!」
殴られたグレイは床に倒れても起き上らず、壊れたように笑い声を上げた。
「なにがおかしいんだっ」
「いやぁ、人に殴られたのは久しぶりでねえ。それに、キミのようにこうやって意見を述べる者がいなかったから、何だかおかしくてね」
ゆっくりと立ち上がったグレイは怒りを抱くどころか、笑っていた。
「でも安心してくれ。そんなキミでもボクは仕事を斡旋してあげる。それがボクの役目だからね」
そう言って、グレイはくつくつと笑いながらその場を後にした。
「これが、この国とっての普通なのか…………」
今までは共和国の知識と暮らした経験から、葉一はとても過ごしやすい国だと思った。
皇国と違って、命を大切にして平等に扱う。そんな社会での暮らしが自分には合っているとさえも思っていた。
しかし、それは大きな間違いだったと葉一は気付いた。
「最初は〝普通〟に見えていた。だけど、本当は違ったんだ。自分の中の価値観と似ていて今まで気が付かなかったんだ……この国の〝異常〟さに」
先程の亜澄という巫女の扱いで考えさせられる。それが本当に正しいのかどうかを。
「〝夜澄さんのように己の使命の為に生きて死ぬ生き方〟と〝合理的な社会の理屈に縛られた無機質な生き方〟……どちらがより人間的でより幸せな選択なのかが今分かった。どっちが間違っているかなんて関係ない。どちらがより幸せで誇れる人生なのかが大事だったんだ……!」
その時、記憶のない葉一には明確な指標が生まれた。
後にも先にも後悔しないような、誇れる選択をしていくのだと。意志を固めた者の歩みは今加速する。
「アンダーソンさん!」
「ん?」
先に歩いて行っていたグレイに追い付き、葉一はその名前を呼ぶ。
「ボクは皇国に戻ります! 最初は命を軽々しく扱う皇国が間違っていると思いました。だけど、そうじゃなかった。この国の思想を肌身で感じた今の僕には、共和国の方が間違った生き方をしている……そう思えたんです」
「ふぅん、それで? 結局のところ、何が言いたいのかな?」
「こんな人間的に不幸せな環境なんて糞くらえって事です! もう一度言う、僕は皇国に戻る! そして、皇国でこの下らない戦争を終わらせる! ぶっ壊してやる!」
葉一は大統領の前でとんでもない事を言いきった。すると、今まで興味なさげに聞いていたグレイが笑い始めた。
「く、くくく……はははははっ! なら、やってみるといい。この数百年に渡る長きに争いに終止符を打てるものならね?」
「その為には、貴方にも協力して貰いますからね」
「……なんだって?」
そこで初めてグレイは、そのポーカーフェイスを崩し始める。
「無血終戦です。僕は、ある人の意志を受け継いでこの二つの国に平和をもたらす! それには、互いが手を取り合う必要があるんだ!」
「…………これが、貴方が望んでいた彼の行動ですか」
葉一の途方もない夢に、グレイが葉一に聞えない声でそう呟く。
そして、自身の内で何かを納得したのか、グレイは大統領としての言葉を葉一へと伝える。
「良いだろう。ならば、一週間以内だ。それまでにこの国と皇国を納得させてみるんだね。その間は協力も惜しまないし、危害も加えないと誓うよ」
「その言葉、大統領として責任持って下さいね」
「もちろんだ。それどころか、キミを国境付近まで丁重に送ろうじゃないか」
「ならお言葉に甘えます。ですが、今すぐです」
「分かったよ。あとで病室に迎えを向かわせよう」
グレイは圧倒的強者の余裕を見せつけ、その場を退いていった。
その時の葉一の目には、また新たな選択肢の一つが既に浮かび上がって強調されていた。
①『〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉の戦争を終わらせる』→『???』
今までの経験上、どちらか一方の選択肢を選べば、その結果の通りの事が起こってきた。しかし、今回に限っては文字化けしていてどうなるかは解らなかった。
②『このまま共和国で過ごす』→『〈皇御国〉が滅ぶ可能性99%』
(この選択肢を見た後だとな…………)
選ばなかった選択肢はほぼ間違いなく〈皇御国〉が滅ぶというものだった。
だが、葉一はそれでも文字化けしている方の選択肢を選び取った。まだこの選択肢が現れる現象がどういうものかも分からないまま。
(たとえ1%の確率だったとしても関係ない! この下らない争いを終わりにして平和を迎えさせる為に、互いが互いを尊重する世界を実現する為にその壁に挑んでやる! そうじゃなければ、夜澄さんは救われない……その人生は、報われないんだ……!)
現実的でもなく、合理的でもなく、だけども高潔で誰よりも人間らしく在り続けた夜澄とその夢の実現の為に。
記憶のない葉一はその生涯を賭けるだろう前代未聞の戦いに今挑もうとしていた。
◆
『そうですか……彼はそのような選択を』
〈アズグラッド共和国〉・首都〈アイディーラ〉中心部・大統領官邸書斎・最深部――――。
グレイからの報告を聞いていたマザーはモノアイを点滅させる。その部屋は、機械音以外は静寂そのもので。グレイはマザーの次の言葉を、息を殺して待っていた。
『分かりました。彼を皇国との国境付近まで送って差し上げなさい。その際、一切の危害を加える事を禁じます。危害を加えられるとは思いませんが』
「それは、どういう事でしょう?」
『言葉通りです。危害を加える事はできないようになっているのです。これからは彼の行動の行く先を見守るだけです』
「葉一君が戦争を終わらせられるとは、とても思いませんが」
グレイは気に入らないとばかりに皮肉を吐き捨てる。
『グレイ。人は時には、結果よりも過程を大事にする必要があるのです。その者の姿が他人に影響を与える事も有り得なくはないのですよ』
「葉一君の行動が誰かに良い影響を及ぼすと良いですね」
『貴方は今のやり方でこの国の平和が続くと思っているのですか?』
「どうでしょう? 少なくとも今はそう思っていますが……」
自国の思想と価値観を他国に強制し共和国の色で染め上げる。
そうする事によって、共和国は集団意識を生み平和の輪を広げようとしている。共和国の大統領であるグレイはそう考えているものの、更に上の存在であるマザーは現在のやり方に疑問を抱いていた。
傍から見れば、それは完全に対立した者達の関係に見えるだろう。
しかし、マザーは関与しない。ただの傍観者なのだから
「ですが、ご安心ください。このグレイ・アンダーソン、一度口にした事は必ず守り通す人間でございます」
『彼に協力するのですよ、グレイ』
信頼を感じさせる言葉に、グレイはいつものように深くお辞儀を返すのだった。
第2章8話は明日(1/29)の18時に投稿します。




