第4話 見学その二
次の日、昼食を済ませた葉一の元にグレイの言っていた案内人が訪れていた。
その者は真っ黒なサングラスを掛けており、葉一やグレイが着ていたような黒のスーツを身に纏っている。体付きからその者が女性である事が分かるものの、抑揚のない声の為、本当に人間であるかは定かではなかった。
案内人が手に持ったタブレット端末を確認して、画面上を指で何度もなぞる。
(文字を入力しているんだろうか?)
そうして、指の動きが止まると案内人はまたまた抑揚のない声で「ついて来てください」とだけ口にし、病室を後にする。
怪我をしていたが、元々動けない程ではなかった葉一は病衣のまま外に駆け出した。
◆
〈アズグラッド共和国〉・首都〈アイディーラ〉北西部――――。
「お連れ致しました、閣下」
「ご苦労様、下がって良いよ」
葉一が案内人に空飛ぶ車で連れて来られたのは、病院から車で三十分程の場所にある工場らしき巨大な施設だった。
案内人と共に建物内に入るとロビーで待ち受けていたのは、大統領のグレイ・アンダーソン本人だ。彼は帰るように指示すると、案内人は一礼してこの場を後にした。
「ここは?」
「キミが期待していた場所――つまりはアンドロイドや銃などの兵器を生産している工場さ」
ゆっくりと進んでいくグレイの横に説明を聞きつつ工場の奥へと向かう。しばらくは徒歩で進み、機械による身体チェックを受けたのち、更に奥へ。
「さぁここだ」
グレイの足がようやく止まる。彼の視線の先には窓ガラスがあり、葉一は張り付くように中を覗き込んだ。
「これが…………」
そこでは、アンドロイドが一から生産されている光景が広がっていた。
金属を加工し、部品を作り上げ、徐々に腕や足、頭などのパーツの形に仕上げていく。その作業を担当するのは、人ではなく作業ロボット。切削加工や組み立ても全て機械が担当し自動で仕上げていく。
「アンドロイドを作り上げる為に必要な時間は約一日。ここ以外にも工場は幾つもあって、ここの規模だと一日に十体は生産可能だね」
「そ、そんなに速いんですか⁉」
「比べた事はないから分からないけど、出来るだけそう心掛けさせているよ。ただ、問題は資源なんだよね……」
グレイが大層な溜息を吐く。
〝資源〟という単語に加えて、工場の生産ラインを見ていて葉一も気付く。
「高度な文明には大陸資源が必須。だけど、その資源は有限であって無限じゃない、という事ですね」
「その通り。生産スピードが速い反面、戦争で破壊される量も多くてね。兵器を揃える時間が必要だから日が空く。その間に資源を手に入れているんだけど、このペースじゃあ十数年以内に資源が枯渇する恐れがあるんだよね」
この数百年間、戦争し続けているのだから「資源が底を突く」という言葉も嘘ではないだろう。
「なら資源開発は行っているんですね」
「もちろん。でないと皇国に考えを広める前にこの国が滅ぶからね……よし、次に行こうか」
グレイが窓から離れる。話が途切れたタイミングで、葉一は気になっていた事を尋ねた。
「アンダーソンさん。交換条件とはいえ、この国の事情をここまで話して大丈夫なんですか?」
「え? この国で暮らすんじゃないの?」
「今の所そう考えていますが、普通なら一般人にすら話さない内容でしょう」
「教えたところでキミが今更皇国に戻る訳でも戻れる訳でもないだろう?」
核心を突く言葉に葉一は黙った。
決めつけが過ぎるとも思ったが、実際はその通り。皇国の思想を理解できず何も言わずに逃亡した。今更、どの面下げて戻れるというのだろうか。
「……確かに、アンダーソンさんの言う通りです。特別な事情でもない限り、もうあの国に戻る事はないです…………」
特別な事情さえなければ――――。
その言葉を口にした瞬間、葉一は「そんな事情が出来れば良いのに」と無意識に思ってしまっていた。
そして、その憂いを帯びた横顔を見たグレイの顔は無そのものであった事に心底ゾッとした。
「まあ、そんな事今はどうでも良いじゃないですか……! 確かに今の僕に教えたところで大した影響はないですよね……! さっきの問題だって、少し考えれば分かる事ですし!」
葉一は取り繕うように明るく振る舞った。そうする事で〈皇御国〉の事を心の奥底に沈めようとした。
「それに、この国が幾ら戦争中だからといっても被害が国内に及ばず平和なら、国民は国の問題を知ろうとは思わないですし、関心すら示さないですもんね……!」
「キミの言う通りだよ。本当に人間というのは、興味がない事にとことん無関心でいられる冷たい生き物だと思うよ」
通路の奥へどんどん進むグレイの後ろを付いて歩く葉一は、忘れない内に気になった事や考えをまとめる事にした。
(これまで色々と話を聞いたけど、何かがおかしい気がする。〈皇御国〉と〈アズグラッド共和国〉――――長年戦争している割には、お互いの文化は全く似ていない。まるで、それぞれ与えられた箱庭の中で独自の発展を遂げた、みたいな)
隣り合う国や戦争している国は少なからず敵国の情報や技術を盗むものである。それが優れたものならば尚更だ。
〈皇御国〉の【呪術】は、言わば神秘的な力。
〈アズグラッド共和国〉の【科学】は、人類が生み出した学問的知識。
どちらも生活から戦争の道具まで汎用できる優れた力だ。だというのに、両国の文明は似るどころか、反発するようにかけ離れている。
(皇国と共和国が戦争している理由に関係している気がするな。思想を押し付けたい、他国に蹂躙されるのを由としない……本当に、それだけの理由なのか? 何かが引っ掛かる…………興味本位だけど、この国で暮らす中で調べてみるか)
それから案内されたのは、銃や戦車などの兵器を製造する場所だった。
グレイによる説明はどれも淡々としていて、葉一は欠伸が出そうなのを必死に我慢し、その場所の説明を最後にその日の案内はお開きとなった。
◆
〈アズグラッド共和国〉・首都〈アイディーラ〉中心部・大統領官邸――――。
夜もすっかり更けた頃、公務を終えたグレイは官邸の書斎にいた。
一際大きな本棚の前に立ち、白い装丁の本を奥に押し込む。ガコッという音と共に本棚が左右に広がり、本棚の奥に隠し通路が現れた。
グレイは薄暗い道を壁に手を当てて進み、慣れた手付きで壁のスイッチを入れる。
すると正面に灯りが付き、前方にはエレベーターが暗闇より現れる。ボタンを押して中に。そのエレベーターは直通で、目的の階は地下深くに存在している。チーンという音と共にドアが開き、グレイはエレベーターを降りた。
その階の内装は星のように光っていた。だが実際は星が瞬いている訳ではなく、地面に置かれている無数の機械が電光を放っているだけに過ぎない。
足元はその機械から繋がっている太いケーブルで支配されており、グレイは踏まないように用心しながら部屋の奥に進んでいく。
そうして、グレイの歩みがある大きな柱の前で止まった。部屋を支える支柱ではなく、機械で出来た巨大な柱。
それすなわち、グレイがこの場所に訪れる目的となった存在との対面を意味していた。
「マザー、本日のご報告に上がりました」
『…………グレイですか』
グレイが柱の機械を「マザー」と呼び、お辞儀をした。柱の中央に埋め込まれているモノアイの光が点滅し、抑揚のない合成音声が返ってくる。
「マザーのご命令通り、あの葉一という異邦人にこの国の事を教えて差し上げました。彼は、〈皇御国〉との思想や文化の違いに大いに興味を示していました」
『そうですか…………何も危害は加えておりませんね?』
「もちろんでございます。私は所詮、貴方様の僕に過ぎません。ご命令以上の事は何も」
このグレイ・アンダーソンという男。
〝大統領〟という肩書きだけで言えば、この国で彼以上の権力者は存在しない。しかし彼は傲慢に振る舞うでもなく、肩書きに胡坐をかくでもなく、眼前のマザーという存在にただただ首を垂れていた。
『気にならないのですか』
「……何を、でございましょうか」
『葉一という人間を保護し丁重に扱う理由です』
グレイの肩がピクリと跳ねる。それにマザーが気付いたかは定かではないが、グレイは動揺を押し隠すように笑みを張り付けた。
「ワタシはそれを考える立場にありません。私は貴方様の忠実なる僕、言わば駒なのですから」
『……………………』
静寂がこの場を支配する。マザーはグレイをジッと注視したのち、新たに言葉を紡ぎ始めた。
『しばらくは、その者を自由に過ごさせこの国に慣れさせるのです。時期が来れば、彼女の元へ誘導しなさい。良いですね』
「承知致しました、マザー」
マザーの指示を聞き届けたグレイは一度面を上げると、再び深々とお辞儀をしてその場を後にしたのだった。
第2章5話は明日(1/26)の18時に投稿します。




