第3話 見学その一
「す、凄い…………まるでSF小説に出てくる未来都市みたいだ」
病院で外出許可を出して貰った後、葉一は予想外にも目を輝かせていた。
地面の車道こそ車輪付きの自動車が通っているが、空の車道には空飛ぶ車が沢山走っている。
原理を簡単に言い表せば、空気を高圧で噴射する事で浮き、小型ロケットブースターで速度を調節して動くらしい。ブレーキも前面に空気を噴射する事で行っているとの事。
街の中に緑はなく、あっても人口の芝生や木があるだけ。高層ビルが多く立ち並び、建物は皇国と比べて頑丈そうである。
また、人は移動手段として、ホバーバイクと呼ばれる空飛ぶ車の従兄弟のような乗り物や大人数を一気に移動させるリニアモーターカーなるものを利用するらしい。
(皇国との戦争の時にも思ったけど、予想以上に技術力が高いな。遠隔操作で動くアンドロイドを作るくらいだ……共和国の文明は皇国のそれを一歩も二歩も上回っている。これで皇国が今までよく負けなかったよな…………)
「どうかな、共和国の首都〈アイディーラ〉の感想は?」
「そうですね…………訳あって記憶喪失なんですけど、それでも分かるくらいに凄いです。語彙力がなくて申し訳ないくらい」
「その割には、あまり驚いていないようだけど?」
グレイが葉一の真意を確かめるように目を細める。
「記憶喪失といっても以前の自分を覚えていないだけですから。なんで共和国に関する知識が記憶にあるのかは分かりませんが……」
依然として、葉一の記憶回復の目途は立っていない。
アンドロイドという機械や戦車や重機関銃といった兵器の知識があった。ならば、共和国に行けば記憶が回復する――そう思っていた葉一の思惑は残念ながら外れてしまった。
「記憶喪失か……大変だね~。病院には記憶を回復させる機械があるけど、使ってみるかい?」
「……申し出は嬉しいですけどお断りします。そこまで急いでいる訳ではないですし、お金も持っていないですから」
「お金の事ならば、気にする必要はないだけどねー」
これだけの技術力があれば、本当に記憶を回復させる物があっても不思議はない。
しかし、葉一はまだグレイの事を信用してはいないのだ。仮にグレイが信用に値する人物だったとしても、記憶が回復する保障はどこにもない。
(なんで僕の事をそこまで気に掛ける? 腹の底が全く見えない……この人はまるで深淵のようだ)
先程から上辺だけのグレイしか現れていない。だからこそ、深く用心しなければならない。
「でも、本当に凄いですね……皇国とは大違いだ」
「皇国から来たらしいと報告ではあったけど、キミは皇国に住んでいたのかい?」
「ええ。記憶がなく行き場のなかった僕を保護してくれて……」
歩道をゆっくりと進み、葉一は目を瞑って皇国の事を思い出す。夜澄がいなければ、どうなっていたか分からない。だが、今ではその夜澄もいない。
「まぁ今となっては、どうでも良い事ですが」
「そうか……大変だったようだね。皇国はどんな所だった?」
グレイが同情してから、すかさず皇国について尋ねてくる。
「そんな情報、この共和国の技術力なら簡単に調べられるのでは?」
「スパイを送りこめない以上、スパイロボットを送るしかなくてね。しかし、それで見た映像も私達の価値観でしか判断できない。だから、皇国から来たキミに意見を聞きたくてね」
「…………良いですよ、その代わりこの国の事も教えて下さい」
「交渉成立だね」
葉一は少し渋ってから交換条件を提示してグレイの提案を受け入れた。
「皇国は皇帝が国を統治しています。文化のレベルでは共和国の足元にも及ばず、唯一特質すべき点はやっぱり〝巫女〟という存在でしょうか」
「目の付け所が良いね。あの白い服を着た女達か…………ウチの兵器をことごとく破壊して困っているんだよね……何か弱点とか聞いてないかな?」
「弱点、ですか?」
「そう、弱点」
「……いえ、所詮は余所者でしたから、巫女の秘奥に触れるような事は何も聞かされていませんよ」
「そうか、残念だな。分かれば、皇国を一網打尽にできたかもしれないのに」
流石に巫女の秘密を言う筈がなかった。グレイは心底がっかりした様子だったが、葉一はグレイの反応を見て、それも上辺だけのものだと感じた。
(巫女の弱点なんか言う訳ないじゃないか。お世話になった夜澄さんに申し訳が立たないし、何よりも恩がある。恩を仇で返す事は絶対にしない)
葉一がグレイを信用していないように、グレイもまた葉一を信用していない事は明白だろう。あわよくば、皇国の情報を手に入れられれば構わないというスタンスのようだ。
「そんな簡単に事が運ぶなら、貴方の前の大統領達が上手くやっているでしょう」
「ははは、それもそうだ」
「ところで、この国はどういう政治を行っているんですか? 皇国は皇帝が国を治める君主制でしたが」
「ウチは主権が人民にある国で、人民の代表者を選挙で決めて国家元首の席に据えるんだ。起源ともされている約八百年前に特殊なコンピューターを発見した事で発展を遂げてね。現在は〈械鋼歴〉842年。今代の大統領に選ばれたのがこのボク、グレイ・アンダーソンという訳だ」
「〈アズグラッド共和国〉という事は、やはり共和制を取り入れているんですよね」
「うん、その中でも民主的共和制というものだね。全ては法律の元に皆平等、争いは禁止されているんだ。その分、色んな法令があって、皆には苦労させているけどね」
「…………」
葉一はその説明を聞いて黙り込んだ。「なら、なんで戦争をするのか」と聞きたかったが、聞けば機嫌を損ねかねない。
「今、皇国とは戦争をしているのになんで? と思ったろう」
「⁉」
「慌てる事はない、至極当然の疑問だからね。争いは禁止されている、なのに皇国とは戦争をする。その訳は、世界を平和に保つ事でこの〈アズグラッド共和国〉の平和を維持しようとしているからだ」
「ど、どういう事ですか」
「ボク達はね、平穏に暮らしたいんだ。でも永遠に平和を維持する事なんて不可能だろう? だからこそ、ボク達はこの国の考えを他の国にも広める事で外部からも内部からも平和を実現しようとしている訳」
「……は?」
少しおかしいどころではない。
グレイという男の考えは根底から破綻している。平和を維持する為に他国に戦争を仕掛けては思想を押し付けようとしている。
当然、その国は反発するだろう。他国の色に染められないように抗戦する筈である。皇国も戦いたくて戦争をしている訳ではなかったのだから。
(その行為が敵を作っている事に、果たしてこの人は気付いているんだろうか?)
「あの国の文明は低いのなんの。平和にするついでに、この国の文化を授けてあげたいくらいだよ」
(だとしても、今の僕には関係ない事か。考え方は人それぞれだし、皇国に比べてこの国は自分に合っている気がする。多分、記憶の中の知識が関係しているんだろう。だから、この国が皇国を蹂躙したとしてもどうでも良い事なんだ)
グレイの言い分を話半分に聞きながら、葉一は心の中で独り言つ。
今考えるべきは共和国での暮らし。だというのに、葉一の心には皇国での暮らしが楔のように打ち込まれていた。
「――という事だ。文明の話ついでに皇国が使う武器についても教えて欲しいねえ」
「それも巫女の秘密に関わる事だったので、教えられませんでしたよ」
「それは残念」
「残念と言うなら少しは残念そうにしたらどうですか?」
「いやいや、本当にそう思っているよ。機密情報を簡単に手に入れられるなら、そもそもキミには聞いていないからね」
グレイが苦笑しながら葉一に肩を叩く。
「それもそうですね。あ、そろそろこの辺は良いです」
「次はどこを案内して欲しい?」
「うーん、可能なら軍事施設とか見てみたいです。それが駄目なら武器とかを生産している工場を」
葉一がそう言った瞬間、肩に置かれたグレイの手に力が入る。
「随分と踏み込んだ要望だね。好奇心は、身を滅ぼすよ?」
グレイが葉一の耳元で言葉を囁いた。
その言葉には冷ややかさが備わっている。何もされていない事から、まだ利用価値は十分にあるのだろうと葉一は解釈し平然を心掛ける。
「……皇国の事を教えて欲しいと言ったのはアンダーソンさんですよ。それに皇国の事を少しは教えました」
「対価が釣り合っていないだろう? …………と、言いたいところだけど。良いよ、連れて行ってあげよう。ただし、明日にしよう。今日は工場が稼働していないんだ」
対価が釣り合っていないと言っている割には、素直に了承するグレイ。相変わらず腹の底が見えず、葉一は少し困惑する。
(この反応……本当は本意じゃない? 誰がこの人を従わせているんだ……?)
そこで葉一は彼が「この国で二番目に偉い」と言っていた事を思い出した。
大統領よりも偉い存在など文字通り〝神〟しかいないだろう。仮にその神がグレイを動かしているのだとすれば、神よりも格下のグレイは指示以上の事は絶対にしない筈である。
このグレイ・アンダーソンという男は理知的で物事を合理的に判断する国の大統領なのだから。
「…………そういう事なら分かりました。明日ですね」
「ああ。明日昼以降、キミの病室に案内役を向かわせる」
そう言ってグレイは方向転換し、病院のある方向に向かって車椅子を押していく。
その後、病院に辿り着いた葉一はグレイと別れた後、早い夕食(合理的かつ効率重視のメニュー)を食べて眠りについた。
第2章4話は明日(1/25)の18時に投稿します。




