第1話 アズグラッド共和国
第2章開始です!
〈アズグラッド共和国〉・国境警備隊基地周辺――――。
「こちら国境警備隊、本日も異常なし――皇国からの侵入者はゼロでございます!」
漆黒の軍服を着た若い男が基地内部に備え付けられている無線機を通して報告をしていた。
連絡先は国内にある共和国軍基地司令部。国の防衛から敵の殲滅までを管理している場所であり、司令部からの返答は「引き続き任務を続行せよ」との事だった。
「は! 了解であります!」
男は無線機越しに敬礼して無線を切ったのち、デスクにドカッともたれ込むと知恵の輪を手に取った。
「ったく、かったるいなー。侵攻にはアンドロイドを使う癖に警備は人の手を使うなんてよぉ」
時折、イラついたように自らの茶色い髪を乱暴に掻きつつ、カチャカチャと金属音を鳴らしながら悪戦苦闘する男。
男の言う通り、警備の仕事を担当しているのは人間であり機械ではない。全ての仕事を機械やアンドロイドに担当させないのは、それによって働き口を失った人間が堕落してしまわない為である。
言うなれば、便利過ぎるのも考え物という訳だ。
「どうせ、国境には皇国人なんて来やしねぇって。来たら来たで、それはもう丁重にもてなす必要はあるだろうけどなぁ」
それは〝歓迎する〟という意味で言った訳ではなかった。しかし、男は今後思い知る事になる。
まさか、本来の意味と危害を加える意味でも、もてなす者が現れようとは…………。
「おお、もう少し、もう少しだぁ……!」
「――失礼致します隊長!」
複雑極まる知恵の輪がようやく解けると男が思った時だった。突然部屋のドアが勢いよく開き、大きな音を立てた。
「あ゙……⁉」
その音に驚いた男は知恵の輪を持っていた手を思わず離してしまった。
「ご報告致します! 国境沿いに皇国人らしき者が倒れていまし――あ……」
ドアを開けて入ってきたひょろひょろした男は格好良く敬礼を決める。そうして報告している最中に気付く。隊長の男が怒りで震えている事に。
「キサマぁ~~~、よくもオレの邪魔をしたな!」
若き隊長は知恵の輪を拾い上げ、報告にきた仲間に見せつけた。見れば、外れる寸前だったにもかかわらず、落とした衝撃で金属の輪は再び複雑に絡み合っていた。
「ひぃ⁉ も、申し訳ございません――なんて言うと思いますか! 仕事中に遊んでいたのですから私が悪い筈ありません! 正義はこちらにあります!」
「部下の癖に生意気だぞキサマ⁉ オレの邪魔をしたんだ! さぞかし、重要な報告なんだろうな!」
非は隊長にあると言って開き直る部下に、男は机に拳を叩き下ろして尋ねた。細身の部下は今一度敬礼をし直すと自信を持って告げた。
「は! 国境沿いに皇国人らしき人間を発見致しました。恐らく、皇国から流れて来た者かと思われますが、その者が傷だらけな事と服装がスーツという事もあり、その者を処理する前に報告に来た次第であります!」
「なに?」
報告を聞き、隊長は双眼鏡を持って窓際に立った。そして、双眼鏡を覗き込んで部下の話が真実だという事を知った。
「…………確かに、報告通りだ。よし、銃を持って近付くぞ」
二人は自動小銃を持って、外に止めてあるバギーへ乗り込んだ。部下の男がエンジンを始動させ、砂埃を立てながら発進する。
「隊長、何をしているのですか?」
「オレにも判断ができねぇかもしれねぇからな。念の為、無線機の周波数を司令部に合わせている」
隊長はバギーに備え付けられている無線機のつまみを回し、チャンネルを合わせた。
程なくして、報告のあった場所に辿り着き、男達はバギーを止めて車を降りた。小銃を立射姿勢で持ちながら慎重に歩みを進める。
「隊長、こいつです」
「……気絶しているようだな。擦り傷も多いし、スーツもボロボロだ。もしかして、皇国から走ってきたのか? なんで皇国人がスーツを着ている?」
隊長は銃の先端でうつ伏せに倒れている青年の身体をつつき、意識がない事を確認すると仰向けにして寝かせた。そのまま持ち物をチェックし、本当に皇国人なのかを厳密に精査する。
「うーん……服はこの国で売っている物に似ているな。だが、この巾着袋の素材や中に入っている道具は明らかに皇国製だ。間違いねぇ」
「どうしますか?」
「これはオレ達の手に余るな。オイ、司令部に判断を仰ぐぞ」
「分かりました」
隊長は青年を見張りながら、部下に命令して無線を掛けさせる。
「こちら国境警備隊、国境付近で不審人物を発見。指示を仰ぎたい、その者の特徴は――」
部下の男が倒れている青年を横目で見ながらバギーの無線に話し続ける。そして、一時会話が途切れる。返答を待っているのだろう。
「……はい、はい…………え?」
思いのほか時間が掛かり、ようやく会話が再開した。しかし途端、細身の男の表情が訝しげなものに変わり、そこで再び会話は途切れた。
そうして、何度か頷きを返すと部下の男は無線機を元の位置に戻した。
「上の指示はどうだった?」
無線が終わったのを見計らい、隊長が尋ねた。部下の男はまるで意味が分からないとばかりに頬を引き攣らせて言った。
「『その者を病院に搬送しろ。くれぐれも丁重に扱え』…………とのご命令を受けました」
「…………は? 正体不明の奴を、も、もてなせってか? い、意味がわかんねぇ」
◆
薬品臭い匂いが室内に漂っているのか、鼻をつく感覚を覚える。身体は温かく包まれており、心地良い感触が浮遊感を生んでいた。
「……う、うぅ……ここ、は……」
うめき声を上げながら、病衣を着ていた青年――葉一はベッドの上で目を覚ました。
辺りは一面白色。壁も白ければ、カーテンや布団さえも純白そのもの。唯一のまともな色は葉一の黒髪くらいのものだろうか。
全てが白一色。清潔感を感じさせるその部屋の名称は、朦朧としている葉一の記憶の中にも該当するものがあった。
「病院、なのか……? 僕はたしか、皇国から逃亡して……無我夢中で走って、それで……」
葉一は記憶を探った。
皇国にいれば死ぬかもしれない。そう思って、〈皇御国〉を飛び出した事までは覚えていた。しかし、その先の記憶がどうも曖昧であった。
その時、不意にお腹の音が鳴った。
「あ……そういえば、まともな食料を持ち出す余裕がなかったんだった。そうか、空腹で僕は倒れてしまったのか」
お腹の虫に教えられて、葉一はようやく思い出す事ができた。その弊害に、空腹感が目を覚ますようにますます大きくなっていく。
「お腹減った…………しかし、見た感じここは皇国じゃない、よな。という事は、〈アズグラッド共和国〉に辿り着いた、のか……?」
葉一は辺りを見渡してナースコールを見つけた。行動しようにも、まずは現状を探る事から始めなくてはならない。葉一は意を決して、ナースコールのボタンを押し込んだ。
「ど、どうだろ…………お、きたきた」
しばらくして、部屋の外からパタパタと靴を鳴らす音が響いてくる。部屋の前で音が止まったかと思うと、ドアが横に開かれ、白いナース服を着た女性が入ってきた。
「目覚められたのですね……! 良かったです。ええと、貴方の名前をお聞かせ下さい」
「あ、はい。葉一です、あのここは?」
「葉一さん、ですね? ありがとうございます、ここは〈アズグラッド共和国〉における最も巨大な病院です。少し失礼しますよ」
その看護師は妙に大袈裟なニコニコ顔をしながら名前を尋ねた後、葉一の前をはだけさせ、左胸に聴診器を押し当てた。
その後は脈診を行い、身体に巻かれていた包帯の具合も確認した後、看護師はふぅと息を吐く。
「怪我以外は何も異常は見当たりませんね。何かご要望はございますか?」
「え? あ、え、えーと……その、お腹が少し……」
お腹が減っていた葉一は腹のあたりを手で押さえた。すると、何を勘違いしたのか看護師が取り乱し始める。
「腹痛ですか! それは大変です! すぐに車椅子を――!」
「ち、違います⁉ お腹が減ってしまって……少し図々しいですけど、その、何か食べるものあります?」
◆
「ここがこの病院の食堂になります」
そうして、葉一が車椅子に乗せられ連れて来られた場所はだだっ広い食堂エリアだった。
「ここで待っていて下さいね、今持ってきますから」
「ど、どうも…………」
どうも看護師の態度が苦手だった葉一は苦笑いを浮かべて席についた。
食堂にいる人の数はまばらで満席状態という訳でもない。しかし、一見普通に見えておかしな点が二つあった。
まず一つは食堂のキッチンに人が全くいない事。食事を取りに行く事はセルフのようだが、キッチンには料理人はおろか配膳係すらいなかった。
そして、二つ目。こちらの方がより奇怪だった。食堂には様々な人がいる。腕を骨折した人や頭を包帯で巻いた人。そこは何もおかしい所はない。
葉一が何よりも気になったのは、ここが〝病院〟というどちらかと言えばネガティブな環境にもかかわらず、ここにいる人は皆満面の笑みを浮かべていた事だ。
「どこか不気味だな…………」
といっても、別に葉一自身が危害を加えられるような事はない。なので、葉一も特に気にしなかった。
「お待たせしました~! 食事をお持ちしましたよ~!」
「ま、待ってました」
待ち望んでいた食事が看護師の手によって運ばれてきた。
お腹の減りも十分、気合も十分。早速頂こうと置かれたトレイの料理に手を伸ばそうとして、葉一の顔が面白い具合に歪んだ。
「こ、これは……」
葉一はトレイの上に載っている物を見て目を疑った。
そこには、様々な味のゼリー飲料と何やらよく分からない錠剤約二十粒が並べられていた。
「あ、あの……これは、ご飯、なんですよね……?」
「はい! ゼリー飲料とサプリメントの定食になります!」
「うぁ……ぁ、ぁ……」
精進料理も真っ青な量と質で、葉一の気分がだだ下がる。それを「まだ足りない」と判断した看護師はキッチンに赴き、何やらごそごそと探して帰ってくる。
「足りなければ、こちらもどうぞ」
「こ、これは?」
透明な容器に入った不気味な色の何かを指差し、葉一が看護師を見た。
「加熱した肉や新鮮な野菜などをすりつぶしてペースト状にした飲み物でございます」
「うげぇ……これじゃあ、ゼリー飲料じゃなくてゲリィ飲料だ…………」
「素早く栄養を補給できる――実に合理的でしょう?」
「た、たしかに? ……いや本当にそうか? 見た目はあれだけど、この際背に腹は代えられない、か…………」
腹の虫がまだかまだかと催促してくる。
葉一は引き攣った顔で生唾を飲み込み、効率重視の定食に手を付けた。
第2章2話は明日(1/23)の18時に投稿します。




