第10話 誇り高き者の最期
葉一と夜澄の仲が深まった次の日――――。
昼頃に突然、凱の屋敷に呼び出された葉一は、あの日と同じように水瓶を覗いていた。
「急に呼び出して済まないな」
「いえ、そういう約束ですから」
葉一と同じように凱も水瓶を覗いている。その傍らには、【呪術】を行使する巫女の姿があった。祈は、巫女は寿命が短い事を話していた。その事が葉一の頭に引っ掛かっていたが、今の葉一にそんな事を気にする余裕は一切なかった。
「まだ一週間しか経ってないのに、もう戦力を補充してきたのか……何か狙いがあるのか?」
前回の戦いからまだほんの一週間の時間しか過ぎていない。にもかかわらず、〈アズグラッド共和国〉は〈皇御国〉を攻めて来ていた。それに伴い、夜澄も巫女の役目を果たす為に再び戦場に舞い戻っている。
まだ本調子ではない事を知っていた葉一はその事だけが気掛かりだった。
「狙い、か…………葉一、参考までにお前の意見を聞こう」
「共和国に与えた打撃は半端なものではなかった筈です。それでも攻めて来たという事は、前回の攻撃は本気ではなかったか、あるいはこちらの消耗を狙っているのかもしれません」
「ふむ……どちらにしても面倒極まりないな。奴等の兵や兵器はほぼ無尽蔵だというのに。これは、最悪の事態も考えるべきか」
最初こそ皇帝の前で意見を発する事に脅えていたものの、今では難なく意見を伝える事ができている。
(これも夜澄さんが馴染み易くしてくれたおかげかな)
そうして、葉一が夜澄の笑顔を脳裏に浮かべた時だった。
「なっ――――」
水瓶に映った信じ難い光景を目にした刹那、いつかと同じように視界が赤く染まった。
①『皇帝の屋敷で夜澄の死を見届ける』→『〈皇御国〉から追放される可能性50%』
②『戦場に赴き直接夜澄の死を見届ける』→『怪我をして気を失う可能性100%』
それらのふざけた選択肢を見た瞬間、葉一は何の躊躇いもなく、その選択肢を選んでいた。
◆
葉一が屋敷に参上するほんの少し前――――。
「夜澄様! ご報告致します! 方位は北! 長柄組、絡繰り人形部隊を撃破したとの事です! なお敵部隊は撤退を始めている模様です!」
「ご苦労様です。この際、今後一ヵ月は戦えないよう損害を与えます! 前線の兵に追撃の指示を!」
「はっ!」
暗雲立ち込める共和国と皇国の国境付近の戦場では、いつものように巫女服を纏った夜澄が陣頭指揮をとっていた。
「夜澄さん」
「どうかしましたか?」
連絡係の男兵士に指示を与えたのち、一人の巫女が夜澄の隣へと並んだ。
「此度の指揮は夜澄さんに任されているとはいえ、兵に追撃を任せても良かったのですか? ここは前回と同様、【皇国呪装】で追い打ちをかけるべきだと思いますが」
彼女の言い分は正しい。夜澄自身も実のところそう思っている。決して敵に臆したり、葉一に〝巫女〟としての秘密を知られて死にたくはないと思ったりした訳でもない。
「何か嫌な予感がしたのです……力を温存するべきだと判断しました」
そう、夜澄を感じていた。既に人の温もりすら感じなくなった掌から伝わる妙な胸騒ぎを。
そして、その予感は最悪な事に的中する事になった。
「や、夜澄さん! あ、あぁっ、あれを!」
仲間の巫女が指し示した先――――前線の真上に広がる上空で一筋の光を放ちながら突き進む金属物。それはかつて、〈皇御国〉を三ヶ月以上も再起不能にした最凶最悪の兵器【ミサイル】だった。
予測できる落下地点は夜澄達が居る地点の遥か前方。つまりは現在進行形で追撃をしている皇国兵の頭上であった。
「このまま我が国の兵達が!」
「分かっています‼ 精霊よ‼」
そうと分かった瞬間、声の質と人格が変わった夜澄は即座に【皇国呪装】を使う為の祝詞の奏上に入っていた。
「その手に持つは全てを退ける不可侵にして聖域たる神の御鏡! 我が名は夜澄。畏き辺りにおわしまする神の御使いよ――来たる艱難辛苦から我が兵を御守り致しますよう……何卒、何卒良しなに、お願い仕ります……‼」
夜澄が右手に持ち空にかざしたのは、豪奢な金細工が施された大きな手鏡。鏡の表面上から光の膜が幾度となく飛び出し、次第に大きくなった光の防壁は空から迫る怪物を阻み――――、
ドォオオオオオオオン‼
大地と大気を揺るがす程の大きな衝撃が戦場を駆け抜けた。着弾地点を中心に黒煙が吹き荒れたものの、肝心の皇国兵はもちろんの事、光の壁には傷一つ入っていなかった。
「ゴフッ――っげほ、げほっ!」
たった一人の巫女を除いては。
「夜澄さん⁉」
仲間が夜澄に寄り添う中、夜澄は夥しい量の鮮血を何度も地面に吐いていた。
生気を失ったように青白さの増した肌、まるで老人にでもなったように白く染まった黒い髪。【呪術】と【皇国呪装】を使った代償がその身に如実に表れていた。
そんな夜澄の消耗を知ってか知らずか、共和国から放たれた第二のミサイルが光の壁に向かって発射されていた。ゆっくりと飛来するそれは、数分もすれば着弾するだろう。
「夜澄さんはもう限界……! 私が代わりに【皇国呪装】を――」
仲間の巫女がそう言って夜澄から手鏡を取り上げようとしたが、
「わた、しが……っ、やりますっ……! 貴方にはまだ、扱えないから……」
夜澄はそれを強い精神力を以って制した。
「無茶です! これ以上使えば死んじゃいますよ⁉」
「今使わなくても……いずれ、死ぬのですか――ガフッ、らっ……わた、しは最期まで自分らしく、巫女の夜澄として使命を全うします……‼ 私は、この選択を誇りに思います‼」
仲間の巫女を振り払う。気力を振り絞り毅然として立った夜澄が残された力を使って声を張り上げた。
「我は巫女の夜澄! 聞け! 愛しき〈皇御国〉の民達よ! そして、その胸にしかと刻み付けよ! 今この時より、我は〈皇御国〉の礎となろう! 愛しき国に尽くしてきた我が望みは、いつの日かこの戦争が終わる事っ! その道半ばで崩れる事を許して欲しい!」
「そ、そんな……⁉」
「願う事ならば! 我が意志を継ぎ、〈皇御国〉に永久なる平穏を! 人を殺める事のない安寧の世界を築いて欲しい! 我が名は夜澄! 巫女の夜澄! この〈皇御国〉に栄光をあれぇえええええええええ――――ッ‼」
夜澄の絶叫が響き渡った。
【皇国呪装】の手鏡がより一層の輝きを放ち、既に展開されていた防壁を更に強化した瞬間――――世界は光に包まれた。
◆
雨雲で暗くなった空からポツポツと雨が降り始めていた。視界はそこら中に横たわる死体や血で埋め尽くされており、戦いが凄まじかった事を物語っている。そんな真っ只中、息を切らしながら走る影があった。
「さっき光はいったい……! 夜澄さん……!」
不吉な選択肢を見た後、葉一はすぐさま屋敷を飛び出していた。
その際、葉一を引き留める凱の声があったが、その声は耳から耳へと通り過ぎていった。頭には、自分に良くしてくれた夜澄の事しかなかったから。
濡れた地面を蹴り、泥が跳ね、服が汚れても足を止めなかった。そうして無我夢中で走っていくと戦場のど真ん中で横たわる巫女と寄り添う巫女が視界に飛び込んでくる。
「……まさか、夜澄さん? 夜澄さん‼」
一度は足を止めた。不意に浮かんだ嫌な想像は頭を振ってかき消し、葉一は彼女達の元に駆け付けた。
「あ、あなた! 一般人が戦場に来るなんて……!」
「い、良いのです。貴方は下がって、兵の援護を……」
憤慨する仲間に視線を送って微笑む夜澄。その女性はしばし悩んだ挙句、その場から離れていった。
「ど、どうして、来たのですか…………」
「そんなの! 夜澄さんが心配だったからに決まっているだろ!」
掠れた声を発する夜澄の肩を抱き起こす葉一。あまりに緊迫した状況の為か、葉一の言葉遣いは荒くなっている。
「……こんなになるまで無茶をするなんて……夜澄さんがいなくなったら僕は、僕は……これからどうすれば良いんだよぉ……」
白く染まった髪や口元から零れていた血を見て、葉一は涙を浮かべて俯く。夜澄はそんな葉一の頬に右手を当てた。その手は氷のように冷たい。葉一の温もりに触れてか、夜澄は優しく微笑んだ。
「泣かないで、下さい。私は、使命を全うしただけ……貴方が泣く理由なんて、ない筈です…………」
「僕は、まだ貴方に恩を返せていない! それどころか、この国に来てからいつも助けられてばかりだった! 誰よりも気高くて優しい……自分の使命や生き方に真っ直ぐな夜澄さんを、僕はっ……僕はっ――」
葉一は言葉の続きを紡ぐ事ができなかった。喉がえずき、声は掠れる。鼻をツンと痛み、視界がにじんでいたから。
「うれ、しい……私は、幸せですね…………国に尽くせた上に貴方がそこまで想っていてくれた事が何よりも、うれしい。心残りは、そんな貴方とはもうお別れという事と、平和が訪れた未来をこの目で見られない事ですね…………」
嘆きの渦中にある夜澄の声は戦場の音に掻き消される事なく葉一に届いていた。それを聞いて、葉一はより一層涙を流した。
「……短い人生を送った事に、悔いは……ありません。過去の選択を誇る事は、あっても……恥じる事は決し、て――――…………」
「やす、みさん……?」
葉一の頬から力なく離れる右手。既に力は入っていなかった。身体は鉛のように重く、冷え切っていた。その顔は最後まで誇らしげであった。
「起きて、起きてくれよ……夜澄さん――っ、夜澄さぁあああああああん――――ッ‼」
葉一の慟哭が大気を揺らした。
愛しき者の腕に抱かれ、心優しき女性は今天寿を全うした。
その名は誇り高き〈皇御国〉の巫女――――夜澄。
「……………………遺体を持って帰らないと」
嗚咽する声は数分で止まった。葉一は涙を拭ってなんとか心を落ち着かせる。涙は疾うに枯れ果ててしまった。今自分にできる事は彼女を慕っていた者達の元へ運ぶ事だろうと葉一は思った。
すっかり重くなってしまった夜澄の身体を背負う。そうして、戦線から離脱しようとした。
――――ヒュルルルル~‼
「え?」
だが、共和国は葉一に死を嘆く暇も亡骸を運ぶ事すらも許してはくれなかったようだ。
打ち上げ花火の如く響き渡る奇妙な音。すかさず後ろを振り向けば、今までのミサイルとは一線を画す、細く速い弾が葉一に向かってきていた。
葉一は死に物狂いで走った。
しかし、その苦労の甲斐もなく彼我の距離は縮まる。覚悟を決めた葉一は夜澄を庇うようにして衝撃に備えた。
瞬間、葉一は光のベールに包まれたのち、着弾したミサイルの衝撃で吹き飛ばされていた。
次回第1章エピローグ、明日(1/21)の18時に投稿します。




