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ノーブル・チョイス~悔いなき選択~  作者: お芋ぷりん
第1章 歪んだ国、逃げる選択を

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第9話 巫女の事情

 




「……これは」


 薬師も医者もいないこの国で葉一が頼ったのは、一週間前に防空壕で知り合った祈という巫女だった。


 皇国中を駆けずり回ってようやく見つけた頃にはもう夕方であり、葉一は彼女を連れて急いで夜澄の元に戻った。そうして、祈が夜澄の容態を診るや否や、即座にその顔が青ざめたのだ。


「どうですか?」

「…………ただの熱です」

「その割には、結構間がありましたけど」


 祈はしばらく無言を貫いた後、葉一の腕を引っ張って家の外へと連れ出した。


「ちょ、ちょっと! いきなりどうしたんですか……!」

「葉一様、あなたは夜澄をどう思っていますか」

「なんで今そんな事を……」

「良いですから」


 有無を言わさぬ雰囲気に葉一は心に浮かんだ言葉を並べ立てる。


「夜澄さんはひたすら真っ直ぐです。自分の使命に真摯に向き合い、他者の為に心を砕く。その選択に一切の迷いはない。ただそれだけに、無理が(たた)っていつか折れてしまいそうに見える。その身体や信念さえも」

「…………そこまで解っているのでしたら、少しは話しても宜しいでしょう」


 葉一の言葉を聞き届けた祈が深呼吸してから視線を戻した。


「夜澄が無理をしている……それは事実です。そして、あの症状はただの熱ではありません」

「それは……やっぱり病気か怪我で?」


 祈は申し訳なさそうに首を横に振る。


「違います。簡単に言えば、巫女は()()()が原因で寿命が短いという事です。そして、この先は凱陛下に箝口令(かんこうれい)を敷かれているので、残念ながらお話する事はできません。詳しくは、いずれ……時が来たら凱陛下から直接教えられるでしょう」

「それは、どういう事ですか……?」


 祈は顔を逸らして無言を貫く。それだけで言いたくはないという事が葉一には分かった。


「それじゃあ、最後にこれだけは答えて下さい。寿命が短いと分かっていて、なんで無理をするんですか?」

「国や住人の為に尽くす事こそ、巫女であるわたし達の使命だからです」


 祈が平然と告げた言葉に、今度は葉一が理解できないとばかりに絶句した。


 夜澄は葉一の考えを理解できない、同時に葉一は皇国人の考えを理解できない。祈でさえ、夜澄と同じ思想を持っていた。


 葉一自身「一生分かり合えないのではないか」と思う程に、〝巫女〟の生き方は常軌を逸していた。


「何がそこまで……貴方達を突き動かすんですか……」


 ふと漏れる葉一の弱気な声。突き動かすものが何か分かれば少しは理解できると思ったから。


「それはわたしの口からは申す事はできません。ただ、これだけは言っておきます。わたし達は決して、自己犠牲の精神で尽くしている訳ではない事を」


 祈にそう言われても、葉一はまだ納得できはしなかった。すると、祈が溜息を吐いて、すっかり夜となってしまった空を見上げてから、


「少し、昔話をしましょう」

「え?」


 優しげで、それでいて哀しさを滲ませる背反の表情を浮かべて語り始めた。


「夜澄は、昔はあんなにも礼儀正しい人ではありませんでした。今の姿からは想像もつかないとは思われますが」

「え、ええ。それはまあ……」

「わたしは夜澄とはほぼ同じ時期に〝巫女〟となりました。歳は……そうですね、子供としての遊びを覚えた頃でしょうか。巫女となった瞬間、周囲の目の色は大きく変わりました。同年代の友人から畏怖の目で見られ、親族からは神でも見るかのような視線を向けられるようになりました」

「っ……」


 その状況を想像した葉一の肩が震える。巫女としての夜澄を知っているからこそ、それは想像に(かた)くなかった。


「子供だというのに、友人や親に敬われる事は身の毛がよだつ思いでした。幼かったわたしは自分を偽る事で心を守りました。ですが夜澄は違いました。周囲の思惑を幼い頃から理解していたのでしょうね。周囲が望む『巫女の夜澄』という期待に進んで応えようとしたのです」


 そこで祈が大きく息を吐いた。


「その結果、昔はもっとお転婆でお茶目だった彼女は消えて今の夜澄が出来上がった。それでも、時折昔のようなお茶目な部分が出ておりますが」


 そこまで聞いた葉一はかつて夜澄と出会った頃の言葉を思い出す。


(他の人が私には逆らえないっていう言葉の裏には、そんな事情があったのか……)


 同情する事は簡単だろう。しかし、その人が受けた心の痛みまではきっと同じ体験をするまで理解できない。


「この話をしたのは、あなたが夜澄に信頼されているからこそ、ですからね? 別にこの境遇を理解して貰おうだなんて思っていません。その事をゆめゆめお忘れなく」


 そう言って、祈は灯りのない暗闇の中を歩いていった。


 ◆


「うぅ……こ、ここは」

「ここは夜澄さんの家ですよ」


 夜澄が起きたのは、夜が更けてからだった。ゆっくりと身体を起こすと彼女の額に載せられていた濡れた手ぬぐいが滑り落ちた。


「私は、いったい……」

「無理が祟って倒れたんですよ。今はもう真夜中です、熱はもう下がりましたよ」

「そう、ですか……すみません、心配をお掛けしました」

「いや、謝るのはむしろこっちの方ですよ。すみません、急に休ませてしまって……それと一週間前の事、凄く無神経だった」


 葉一が床に正座したまま頭を深く下げた。


「いえ、気にしていませんので。頭を上げて下さい」

「僕の気が済まない」


 頑なに頭を下げ続ける葉一を見た夜澄が大きく嘆息する。


「そこまで言うなら罰を与えてあげます。葉一が今抱えている腹の内を話す事、良いですね」

「……はい」

「なら、顔を上げて下さい」


 夜澄にそう言われてようやく下げていた頭を元に戻す葉一。その流れで姿勢を正し、夜澄と相対する。


「夜澄さんが寝ている間に祈さんに少し巫女の事情を聞きました」

「祈……話してしまったのですね。仕方ありませんか…………」


 諦めたように呟く夜澄の顔。その顔は葉一にとって、どことなく気が楽そうに見えていた。


「その上で言わせて頂きます。巫女としての使命があったとしても、それは皆の意思を蔑ろにしてまで行うものではないと思います。それが巫女としての夜澄への言葉だったとしても」

「祈はそこまで話しましたか……はぁ」


 葉一の言葉に思い当たる事があったのか、またもや嘆息した。


「僕の言う事を理解できないのはこの際しょうがない。僕もまだ巫女の生き方に納得できている訳じゃないですから。けど、身体は資本ですよ? これから先も巫女として皆の期待に応えたいなら、休む時はちゃんと休んで下さい。わかりましたか?」


 徐々に感情が込められてきたのか、丁寧の口調も少し崩れている。それでも葉一は心配しているという気持ちを言葉に乗せて伝えようとする。


「…………」

「わ、か、り、ま、し、た、か?」

「しょ、承知致しました…………」


 最初こそ無言を貫いていた夜澄だったが、先程まで熱を出していたおかげなのか、頑なだった態度が急に弛緩した。圧迫感のある葉一の言葉に、丁寧な口調を心掛けていた夜澄が更に丁寧になる程に。


「それなら良いです。食べられる元気があるなら、これをどうぞ」


 そういって夜澄の前に差し出したのは、木皿に盛りつけられた(むぎ)(がゆ)。その表面から微かな湯気が立ち昇っている。


「病人にはお粥だと思って作りました。記憶通りに作りましたけど、多分不味くはない筈です」

「ふふ、多分って何ですか? あっ……」


 ふと夜澄の腹の虫が大きくなった。昼から何も食べていなかったので、当然の反応である。


「匂いに釣られてお腹がなりましたから大丈夫ですよ、きっと……あむ」

「ど、どうですか……?」


 まるでプロの料理人に味見して貰うような心境だった葉一が思わず夜澄の顔をじっと見る。


「……………………しょっぱいですね」


 粥を口に運んだ夜澄の顔が大きく歪む。


「す、すみません。今から作り直しますね」

「いえ、構いません。この味、なんだか一人で暮らし始めた頃を思い出します」


 葉一が皿を取り上げようとして、夜澄に拒まれる。そのまま夜澄は箸で掻き込み、何度も噛んで咀嚼してから葉一の麦粥を胃に収めた。


「ごちそうさまでした。美味しかったですよ」

「いやいや⁉ お世辞は止して下さいよ! 結構酷い出来だったって分かっていますから」


 見事に塩辛い麦粥を平らげてしまった夜澄。ちなみに昼に切った魚や作っていた味噌汁は出来が悪かったので、葉一が無理をして全て食べてしまった。


「それよりも汗を拭きますよ。気持ち悪いでしょうし」

「……成程、そうやって私の裸を見ようと」

「ちがっ⁉ 違いますよ! 人聞きの悪い事言わないで下さい!」


 濡らした手ぬぐいを持った葉一を見て、夜澄が汚物を見るような視線を注いでくる。


「なんて、冗談ですよ。お願いしても良いですか?」

(祈さんの言う通り、巫女となった今でもお茶目な部分は出ているな、全く)


 子供っぽく笑う夜澄の頼みに、葉一は苦笑しながら頷きを返した。


 夜澄の後ろに回った葉一がその白い柔肌を手ぬぐいで上からなぞる。上着である白衣は腰まで脱がされており、露出している筈の双丘は夜澄自身の手で覆い隠されている。


「…………」


 記憶がないとはいえ、葉一も立派な男だ。目の前の裸体が気にならない筈がない。


(いやいや! 夜澄さんは信頼して背中を拭かせてくれるんだ! やめやめ!)


 どうにか残った理性を振り絞って、葉一はある話題を持ち出した。


「や、夜澄さんは何かやりたい事とかないの?」

「やりたい事……国や人々の助けになる事ですね」

「……それは巫女の義務でしょう? もっとこう、夢とかはないんですか?」


 どこまでも社畜気質な夜澄がしばし黙り込む。


「…………そうですね。もし叶うなら、長年続いた戦争が終わって、互いの国が互いを尊重し合えるようになれば良いな……とは、思います」


 そうして絞り出した答えはどこまでも途方もない事だった。


「そうして巫女が必要なくなれば、私のような思いをする人はこの国からいなくなりますから」

「それが夜澄さんの夢……叶うかどうか分からないくらいに凄い夢だね」

「夢というのは手が届かないくらいのものが丁度良いのです。それにその方がより価値があります。その為に道半ばで死に絶える事があっても、私は自分の選択と行動を誇りに思います」

「死んだら誇るも何もないですよ」


 そんな当たり前の指摘にも夜澄は怒った様子はなく、むしろ楽しそうな笑みを浮かべる。


「はは、違いありませんね。でも、その意思は誰かにきっと受け継がれていくと信じています」


 夜澄の夢は夢想のように儚げで希望のように美しいものなのだろう。大それた夢の方が応援し(やす)く、また誰かに託したくもなるのだろう。


 そして、それはきっと自分に向かって言われたものなのだと葉一は思っていた。


 そんな夜澄の夢を阻むかのように、共和国の魔の手が再び皇国へと伸びてきている事に――――二人はまだ気付いていなかった。





第10話は明日(1/20)の18時に投稿します。

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