プロローグ
投稿する投稿すると言いながら、遅くなってしまいました!
第1章は序盤だけ連続、後は時間を空けて投稿していきます!
では『ノーブル・チョイス~悔いなき選択~』、どうぞ‼
「あなたは、貴方は生きなくては駄目! 今まで死んでいった者達に報いる為に! そして――これからの皇国と共和国の未来の為にも!」
夕暮れの日差しが差し込む執務室にて――――その声は鮮烈な程に、男の耳に響いた。
床に這いつくばる長い黒髪の巫女が軍服の偉丈夫に背中を踏みつけられている。彼等の視線の先には、壁際に追い詰められた黒髪黒スーツの中年男性の姿。その者は軍人の男に拳銃を突き付けられていた。
「五月蠅いぞ、皇国人め‼ 奴は共和国の指導者という立場でありながら、祖国に貴様のような俗人を連れ込んだ罪人だ! あまつさえ、この戦時に膨大な国家予算を使いこみ、意味不明な実験までしていた‼ この女の使う【呪術】に誑かされたかは知らんが、この国の為に生かしておけん!」
軍服の男は相当腹に据えかねている様子だった。
確かに、黒スーツの男は国家予算を使って実験を行っている。その為に、敵国である『皇国』で重要な立場にいる巫女の力を借りている。彼の目には、その実験が本当に無駄で無意味なものに見えているのかもしれない。
――――少なくとも、巫女である彼女と黒スーツの男はそうは思わなかった。
「どうなんだ! 在原葉一‼」
軍服の男が巫女を更に強く踏み付けると同時に声を大きく荒げた。だがしかし、死ぬか生きるかの瀬戸際でありながら、在原葉一と呼ばれた男は死の恐怖に沈むでもなく、むしろ毅然として立っていた。真に祖国を想っているからこそ、今目の前で意見を発する者から目を背けてはならないと彼は思っていた。
「私にはこの国が往く末が分かる。このままでは、我が国はいずれ滅ぶ運命にある。戦争を仕掛けたのは我等だ。だが、我等は最初から彼の国を理解しようともしなかった。自分達の価値観を押し付け、国土を蹂躙し、大勢の人々が死んだ。それで戦争に勝ったところで何が手に入る? 何が残るというんだ‼」
「言っている事は実に御立派だ。だがな! 国が永久に繁栄する事など不可能だ! だからこそ、俺達の考えを広めて平和とし、今の暮らしをより良くしようと励んできただろうが!」
共和国の歴史は実に合理的な行動によって紡がれてきた。国民同士が争う事などなく、皆が皆平和を享受し平等に生きている。無駄はその一切を廃し、食事や生活面の一つにとっても全てが効率的となっている。ひとたび戦争が起きれば、優れた軍事力を以って敵を蹂躙し思想を押し付けてきた。
そんな世の中だったからこそ、在原葉一という男もその価値観を信じ、大人になるまで流されるように生きてきた。そして、指導者となった今は迷いながらも国の為と決断し戦争を仕掛けた。その判断自体、間違いだったとは思わなかった。その時は国の為だと信じていたからこそ、その決断は後にも先にも誇れるものだと信じていた――――国の現状が悪化の一途を辿っている事に気付くまでは。
「その結果が、我が国における選民思想と差別意識の高まりだ。自分達以外の他人を慮ろうとしない今の生き方では、平定した国々がいずれクーデターを起こす。そうなれば、我が国はお終いなのだ。そうなる前に手を打たなければならない!」
「………………そうだな。たしかに手を打たなければならんな」
「……! 分かってくれたか!」
軍服の男が説得に応じてくれたのか、構えていた拳銃をすっと下ろした。それを見て、在原葉一は安堵の溜息を吐き、一歩、また一歩と近付いていく。
だが、在原葉一は気付いていなかった。
目の前の男が巫女の女性を踏みつけたままだという事を――――。
男の眼が未だどす黒く濁っている事を――――。
「――葉一! 逃げてッ‼」
つんざくような声で巫女の女性が叫んだ瞬間、
パンッ――――と。
クラッカーを鳴らした時のような、乾いた音が室内に響いた。
「…………?」
在原葉一は一瞬何が起こったのか理解できなかった。視線の先には、硝煙立ち昇る拳銃。その引き金は引き絞られている。銃口の向かう先をゆっくりと目で辿り、到達した腹部へと手を当てる。すると、鮮烈な程に紅い液体の感触がぬるりと伝わってくる。
それは血――。
トマトのように真っ赤な血潮が、じわじわと溢れ出ていた。
それが何を意味するのかを、脳が遅れて理解する。腹部に熱が帯びる反面、全身の血の気は引いていく。
その場で膝を突き、力なく倒れる在原葉一。
その視界は次第に黒く塗りつぶされた――――。