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いざ、我が家へ!〜おっさんの戦い〜

作者: 猫又よーき

久しぶりの小説です。

お手柔らかにお願いします。

俺の名は加藤英樹。

しがない会社員33歳。

結婚生活10年目、愛する妻と可愛い娘(3歳)がいる。

さあて、今日も今日とて家族との夕飯と団欒の為に、定時上がりをさせてもらおうか。


まずはミッションのおさらいだ。


定時になったら1720(イチナナニーマル)迄に、誰にも誘われ(見つから)ずに会社を脱出しなければならない。

その時間を過ぎると重役達が飲み会メンバーを探しにロビーへとやってくるからだ。

もっとも。最短距離を全力疾走で駆け抜けたら3分で会社を出ることができるが、後に待ち受ける難関を考えたら余力は残しておきたい。


会社から脱出を果たしたら、次の難関である歓楽街へと向かう。

客引きとの激しいバトルが繰り広げられることになるだろうが、通行人の邪魔にならないよう目を配りつつ客引きの目を掻い潜っていかねばならない。

時に全力を尽くして行かねばならない程の魔街だ。

ここを通る理由は、駅への最短ルート故に、だ。

そして1800(イチハチマルマル)までの電車に乗り込めれば、残るは商店街だけだ。


そして最後の難関である商店街。

ここで営む店主達はいわゆる、昭和気質の御仁ばかり。

俺も妻も結婚前から色々と世話を焼いてもらったこともあり、彼らの誘いには断りにくい。

否!断れないのだ。

話しかけられてもアウトだ。話が長い。

しかし、ここを乗り切れば自宅はすぐそこ、1900(イチキューマルマル)に予定される夕飯に間に合うのだ。


今日のノルマを全てこなし、ミッションを確認したら、静かに深呼吸して時計をチラリと覗き見る。

時刻は16時59分。

そして正面に座っている後輩(戦友)の高瀬(28)と目線だけ合わせ、小さく頷いた。

俺が高瀬を後輩と書いて戦友(トモ)と呼ぶのは、同僚だからだけではない。

実は俺の妻と彼の嫁が大学の先輩と後輩の間柄であり、それを俺達夫婦が二人の仲を取り持ったのが縁だ。

その高瀬には今、彼の愛する嫁が子を身籠り、嫁の側に一分一秒でも居たい、とその切ない気持ちを述べた事でその手を取った。

俺にはその気持ちが痛い程理解できたからだ。


そうしている内に時計の針は10秒前を指す。

緊張の一瞬が迫る。


カチ…カチ…という秒針の音が非常に遅く感じる。


あと三……二……一……ゼロ!



俺と高瀬は同時に伏せ、匍匐前進(ホフクゼンシン)でオフィスからの脱出を図る。

幸いにも俺達の姿を認識した者はおらず、机の下から微かに見える高瀬も順調に歩みを進めていた。


カタン、とイスを引く音を間近に聞き、俺は咄嗟に机の下へと隠れる。


「加藤さん、この書類なん…ですが……もう!

また定時で帰ってる!」

「あん?って、高瀬も帰ったのか。」

「アイツら速えなぁ。」


同僚の女子社員の言葉に近くにいた他の同僚と、課長がハッハッハと笑いながら反応した。

俺の所からは見えないが、高瀬も俺と同じくどこかの机の下に隠れているのだろう。

女子社員がイスに座り、いつもの喧騒に戻ったら机の下から周囲を注意深く観察し、こちらに注意が向いてない事を確認してから再び匍匐前進を開始する。


デスクゾーンを抜けた先に待ち受けるのは、コミュニティゾーン。

ここは身を隠す場所が少なく、運と咄嗟の判断力がモノを言う場所だ。

が、定時直後では誰かがいる筈もなく、通り抜けるのは容易だ。

チラリと視界の隅に高瀬が見え、周囲を警戒しつつも視線を向ける。

高瀬も俺に気づいたのか、コクリと頷きハンドサインで【ここを抜けた先は、どのルートで行くのか?】と寄越してきた。

そう、この会社からの脱出方法は三通りあるのだ。


ひとつ、ショートカット出来るエレベータールート。

ふたつ、多少距離はある階段ルート。

みっつ、遠回りの搬入口ルート。


この三つ。

まずエレベータールートは当然、人が多く集まるので却下だ。

と、なれば階段ルートか搬入口ルートになる。


が、それは普段の場合だ。

そう、俺には秘策がある。

俺は鞄の中に手を突っ込み、あるブツを素早く取り出してその一つを高瀬に投げて寄越す。

無事キャッチした高瀬は、受け取ったソレを見てニヤリと笑みを浮かべて俺に向けてグッとサムズアップした。

俺も自分用のブツを取り出し、ソレを装着する。

追加パーツも、だ。

高瀬もソレを装着したのを確認し、コミュニティゾーンで合流して堂々と通り過ぎ、エレベーターホールへと向かう。

すれ違った同僚達は俺と高瀬に気付かず、軽く会釈をして通り過ぎていった。


「流石です、先輩。」

「何度も使える手じゃないけどな。」


俺と高瀬が装着したもの、そう、カツラだ。

追加パーツとして眼鏡をしている為、ぱっと見の印象では見抜く事は出来ないのだ。



17時20分、歓楽街。到着。



腕時計の時刻を見て俺達は「よし」と小さくガッツポーズをし、すぐに気を引き締める。

10分足らずで会社を出られたのは大きい。


「予想以上に上手くいきましたね、先輩。」

「だな。 しかしここからはそう簡単にはいかない。」

「分かっていますよ、現に今も…」


目の前でキョロキョロしてるリーマンが客引きに捕まり、言葉巧みに誘い込まれて店へと消えていった。

それでいて客引きはなんら違法な事はしていない。

ただオススメする店の良い所を述べて、「少しだけ」という気持ちを刺激させているだけなのだ。

そうして誘い込まれた店で「お茶一杯だけ」などと言い出せる猛者は、誰もいない。

それが言い出せるならば、そもそも客引きに捕まらないからだ。

そして俺たち2人、あまり気の強い方ではない。

客引きに捕まってしまえば、なし崩し的に店へと連れ込まれるだろうことは想像につく。


さて、どう切り抜けていくものかと思案しようとしたとき、高瀬が自信ありげに提案を述べた。


「先輩、これを手に切り抜けましょう…!」

「これは……そうか! やるな高瀬!」


彼の手にあるのはクリップファイル。

監査のように振る舞う訳だな!

それを受け取り、中身を確認すると何やらそれっぽい事が書かれている資料があり、そこに大きく書かれた「意識調査」という文字を見て内容次第では不味いのでは?という考えが一瞬過ったが、よく見れば違う。

その内容は「これからお父さんになる人達が抱える不安の傾向」だった。


「俺たちに嘘はないですし、良い案でしょ先輩?

妻は臨月を迎えた妊婦で、俺ももう父親になります。

その不安を先輩に相談している訳で、向こうが勝手に監査だと勘違いしてるだけです。

つまりなんの問題もありません!」


やや興奮気味に早口で語る高瀬の勢いにたじろぎそうになるものの、俺もこの案には賛成だ。

それに長時間ここで立ち止まっていると、会社で飲みに誘っていたメンツがやって来る為、俺たちは早速移動を開始する。すると


「そこのお二人さん、ちょっといいですか?」


目をつけられていたのだろうか?

いきなり客引きに捕まり声を掛けられるものの、その目線が一瞬ファイルへと向けられたかと思うと


「あー、と、人違いでしたか。

いきなり声かけて申し訳ない、それでは。」


客引きが離れた後、俺たちの進行を邪魔する客引きは現れなかった。

おそらくさっきの客引きが、他の客引きへ通達なりしたのだろう。

いつもこうなら、と思わなくも無い。


そんな訳で歓楽街をスムーズに抜けて、駅に到着したのは17時40分。

俺と高瀬二人、改札口で無言でガッツポーズを決めた。



17時55分、駅前商店街入り口。到着。



隣に高瀬はいない。

ひとつ前の駅で下車したため、ここからは俺一人の戦いになる。気合いを入れなければ。


まずは商店街入り口の最初にして最強の難関、八百屋のおばちゃんをかわさねばならない。

しかし、ここで悠長に考えていれば結局は同じだ。

何よりも18時という時間的アドバンテージが、俺を八百屋のおばちゃんから救ってくれる。


そう、セール品だ!


この八百屋は18時になると、日持ちしない野菜とかを安くしてくれるのだ。

そのセール品を狙う主婦達も多数いる為に、おばちゃんはお客さんの対応に追われて、俺に話しかける余裕はないと思われる。

さらに今、下車したリーマン達の人混みに俺は紛れているのだ。

わざわざ見つけて話しかけることはしないだろう。


しかし油断は禁物。


次に待ち構える喫茶店のおっちゃんは19時の閉店故に、店の前でお客さんと談笑していることが多い。

八百屋のおばちゃんを乗り越えたからといって、その先が楽であるとは限らない。

商店街もそろそろ中盤に差し掛かり、リーマンの人混みはもう意味を成していない。

ならばどうするか?


何度も使える手ではないが、俺はスマホを取り出し…


いや、待て!

おっちゃんが店の中へ入っていく?

何故?と思いつつも横目で追っていくと、店内にお客さん。

どうやら会計のようだ。

これは…チャンスか!

俺は歩みを止めることなく喫茶店を通り過ぎていくが、ここでありえないミスをした!

気持ちがはやり、気づけば壁にしていたリーマン達の先頭に立っていたのだ。


いかん! これでは最後の関門であるスナックのママに見つかってしまう!


一応ママと称したが、彼は元男だ。

しかも我が妻の叔父にあたる人なのだ。

これ以上やりにくい相手はない。

19時に営業を開始する為、18時以降は看板なりを設置しながら知人友人を見かけては「店の中で待っていて」と声をかけるのだ。

まして姪の夫である俺には容赦なく、顎で店に入れと促し、無視でもしようものなら妻に延々と愚痴の電話を入れる。

夕飯の時間である19時に、だ。


少し長くなったが、件のスナックの前を確認しよう。


ドアは開いているものの、ママは見当たらない。

今なら見つからずに通り抜ける事が出来そうだが…


「あらー、英樹ちゃんおかえりなさーい。」


背後からママの声と俺の肩を掴む手。

冷や汗が流れる。

抵抗する術も、逃げる策もない。

つまり19時までの帰宅というミッションは、失敗をということを意味していた。


「た、ただいま、です。ママさん。」

「はい、よくできました!ウチにいらっしゃい、サービスするわー。」


有無を言わさない迫力と馬鹿力で、俺は店へと半ば引きづられ気味に向かう。

すまん、妻よ。すまん、娘よ。無力な父を許してくれ…!


「おう、薫子ちゃんや。」


店に入る直前、ママに声をかける人が。

薫子、とはママの名だ。

俺も振り向いてみれば喫茶店のおっちゃんの姿が…


「あらー、珍しい!アタシに何かしらー?」

「何、じゃねぇよ、阿呆。今日は集会だっつったべ?」

「あ!あー…や、やだ、忘れてた訳じゃないのよ?」


おっちゃんの言葉にあからさまに狼狽えるママ。

忘れてたんだな。

というか集会?


「かー、ったく。19時からなんだから早くしろや?」

「は、はーい」

「返事だきゃー、一丁前なんだからよぅ。」


頭をガリガリと掻きながらおっちゃんは離れていくが、一瞬だけ俺と目が合い、微かに笑ったかのようにも見えた…

もしかして俺は、おっちゃんに助けられた?


「ごめんねー、英樹ちゃん!

これから集会だったのをすっかり忘れてたから、今日は解放してあげる!」

「は、はぁ」

「次見つけたら、容赦しないぞっ?」


なにそれ怖い。

ママは出かける準備の為にサッサと店に入り、残された俺は解放された。

ハッとして時計を見る。

時間は……18時25分。

まだ間に合う!



商店街を抜けて、大通りに出たら通りに沿って道なりに進み、二つ目の曲がり角に入れば我が家だ!

時刻は18時30分。

玄関のドアを開けようかというタイミングでスマホの着信音。

相手は…高瀬からだ。

直感的に『この呼び出しを無視してはならない』というカンが働き、俺は素早く電話に出た。


「どうした、高瀬?」

「あ、もしもし先輩?えーと、あの、えーとですね…」


何だろうか?酷く焦ってい…る……まさか!


「すぐそっちに向かうから、今から指示することをやれ!」

「あ、は、はい!」


高瀬を落ち着かせてから色々聞き出したところ、奥さんの陣痛が始まったようだ。

実家や義実家に連絡しても繋がらず、俺の所に電話をしたという事らしい。

俺は妻に高瀬の話をし、妻も娘の食事をさせながら自分も出かける支度を始めた。


「帰ってそうそう、バタバタしてスマン。」

「いいよ、アンタだもん。」


俺だからという言葉は微妙に釈然としないが、俺を認めてくれるのは素直に嬉しい。


「はは、ありがとう。」


妻の額にキスをした。




それから……




高瀬の奥さんは元気な男の子を出産。

その高瀬自身は育休を取り、奥さんや赤ん坊の世話をあたふたしながら頑張っているらしい(我が妻の談)

我が妻は週に二、三回のペースで高瀬の奥さんの様子を見に行きつつ、2人に育児のアドバイスをしてるようだ。



そして俺はというと…



間もなく時刻は17時。

現在16時55分を回り、今日のノルマもキッチリ終えた所だ。

手早く帰り支度を始めれば残り2分で17時になる。


さあて、今日も今日とて家族との夕飯と団欒の為に、定時上がりをさせてもらおうか。


まずはミッションのおさらいだ…!

某ゲームを現実の社会でやったら…という妄想を書き殴りました(笑

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


評価や感想、その他ご指摘があれば幸いです。

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