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おまけ 魔族は献身する


 自分ほど主に忠実な魔族はいないと思う。

 魔王に付き従い時空を越えて、魔族にとっては生命力と等しい魔力をほぼ無くした。

 そしてその上で彼が伴侶を捕まえる手段を甲斐甲斐しく手伝っている。


 その一つがこれ。


「セドリックさん! こちらもありました! すみません遅くなって!」


「ああ、悪かったなホーンズ。書類はそこに置いておいて貰えるかい」


 そう言って、大して整理されていないテーブルを指し示したセドリックもまた、積み上がった書類の間から顔を覗かせていた。


 その言葉にホーンズは、少しばかり顔を引き攣らせ、「僕、片付け手伝いますね」と、テーブル周りを片付けだした。


 その言葉に礼を述べ、再び目の前の書類に向き直り────

 ふるふると頭を振る。


 今は城の人事についてをまとめている。

 必要な人間の配置に頭を悩ませる。


 あの娘にちょっかいを掛ける、或いは興味を引くような輩は遠ざけ、且つ必要人事に影響を与えないような配置。

 

 そう言えば王族用の教育が始まったり、彼女につける騎士の配置も決めたりしなければならない。

 何でも主人は女性騎士がいいと言い張り、騎士団長を困らせていたらしく、セドリックにまで愚痴が回って来た。


 それを宥め透かし、果ては女房との痴話喧嘩にまで付き合う羽目になり……


 (……)


 セドリックはため息を飲み込む。

 何故こんな事をしているのかと、思った方が負けなのだ。



 不思議なもので、一度忠誠を誓ってしまうと魔族というものはその意識を外せないようで。


 セドリックはわざわざ人間に擬態し城内に忍び込み、日々魔王に献身している。


 ……献身……しているのだ。


 思わず頭を抱えたくなる衝動をなんとかやりすごし、セドリックは思いを馳せる。魔王と初めて会ったあの時を────思い出そうとして、気分が悪くなって止めた。


 何故あの生意気なクソガキとの出会いを、わざわざ思い出さねばならぬのだ。

 番が見つからないなどと抜かし、三百年も待たせやがって。

 人間なんてどれも一緒だろうが。どれでもいいからさっさと済ませろと悪態をついたら、おばばにぶん殴られた。


「馬鹿な事言ってるんじゃないよ! 番ってのは特別な一人の事だ! 誰にも代わりなんて出来るもんか!」


 ……そうだった。この婆さんの前でこの手の話は、何故だか禁句なのだ。妙に人間に肩入れする魔族。とはいえ魔族らしく人に無関心な面も当然あるが、通常の魔族の感覚で言うと、彼らに対し、遥かに深い「情」をもっている。


 セドリックはおばばより生まれが遅い為、詳しくは知らないが、どうやら、この婆さんは昔人間と恋仲だったのだとか……


 魔族の中でこの婆さんの噂話を嬉々として話す輩は珍しい。何故なら大抵の魔族は、生まれたばかりにはこの婆さんに世話を焼かれ、人の世への馴染み方やら振る舞い方などを仕込まれる。


 婆さんを知らない魔族は大抵その習わしを軽んじ、人間を害する。そして婆さんに叩きのめされるのだ。


「いたずらに人間を害するんじゃない!」


 けれど、以前そんな婆さんの考えに反感を持った魔族が徒党を組み、婆さんを襲った。

 セドリックは特に関心も無かったので、傍から眺めて見物していたが、おかげで彼らが一瞬で吹き飛ばされていく様を目の当たりにしてしまった。


 逆らう者には容赦しない。

 遠慮なく奴らを踏みつけて消滅させるおばばを目にし、あそこにいるのが魔王じゃないか? とぐるりを囲んでいた魔族たちは全員怯えていた。


 とは言え魔族には魔力が必要なもので、どうしても人に対する害意は持つものだ。

 けれど、おばばは別に異形が生きる手段を無くすつもりは無く、魔族が一方的に彼らに京楽を求める事や、(なぶ)り殺しを嫌うようだった。


 確かに人族相手に魔族がそれをやるのは、質が悪いような気がするが、あなたがそれを言うかとは、塵になった同族を見送った皆が思った事である。




 おばばは、人に考え方が近いような気がする。

 以前噂で聞いた事がある、生まれたばかりの魔族が人間に保護されるとどうなるか……


 でも、そんな話信用出来ない。

 人間は生まれたばかりの魔族を見れば、欲を持つ。

 そして生まれたばかりでは、魔族は魔力を扱えず、無力だ。


 その時ばかりは魔族は人族から害される弱い立場なのだ。

 だから、そんな関係は成り立たない。




 セドリックは、自身もそうであった経験から、新たに生まれた魔族はおばばの元に連れて行っていた。

 生き方を知らぬ、弱い者たち。

 けれど彼らも、人の世で過ごせば自然と魔力は高まる。


 ただ、秩序に触れず過ごした魔族は、稀に非常にタチの悪いものになる。

 別に魔族は人を支配したい訳では無い。

 大抵の魔族はそんな考えは持たず、人に紛れて生きていた。




 現魔王は、セドリックがおばばの元へ連れた内の一人であった。


 おばばは魔王を見て確信したようだった。

 彼が次代のそれであると。


 そしてその後見たものは、セドリックは今でも見間違いだっのでは無いかと疑っているのだが……




「あら、精が出るわね」


 その言葉にセドリックは、傍に置いてあるお茶を溢した。

 ガチャンと言う音にホーンズが顔を上げ、目を丸くした。


「エ、エデリー様? 何故こんなところに?」


 その言葉にエデリー(おばば)は、いたずらっぽく目を細めた。


「あら、ここは宰相直轄の部署なのでしょう? わたくしのお父様の部下の仕事を見たくなっただけよ」


 その言葉にセドリックは冷や汗を垂らした。


 以前魔王に勇者襲っちゃえと告げたところ、魔王自体にも断られたのだが、それをどこからか聞きつけたおばばに低く脅された。



「余計な真似すんじゃねえ」



 令嬢の品位かけらもなかった。

 年寄りの威厳しか感じられなかった。


 その場に居合わせたセドリック他魔族たちは、恐怖の余り失神しそうになった。

 得てして生き物というのは、三つ子の魂百まで……どころでは無く死ぬまでらしい。

 もう生涯おばばが怖い。きっと生まれ変わっても怖いのである。


 こんな婆さんを妻に選んだパブロは見る目も趣味も悪いものだと、白けたものだが、彼もまた何と言うか……魔族から見ても病んでいるようで、お似合いらしい。それは……




「ねえ、セドリック? 構わないわよね」


「はい勿論です。エデリー様」


 反射で笑顔と肯定の返事が出る。

 仕方がないのだ。三つ子の魂は永遠なのだから。


 満足そうに頷くエデリーは、その後目を留めた書類についていくらか質問をし、今後のスケジュールを確認していたところで、婚約者であるパブロが顔を出した。




「ここにいたのか」


 ホッとした顔をして、直ぐにエデリーの腰に手を回して隣に立つパブロに、彼女もまたくすぐったそうに笑っている。


「もうお仕事は終わったのかしら?」


「とりあえず今日の分は……まだ聞きたい事があるからと、オフィールオが……」


 はあ、とため息をつくパブロの頬を慰めるように撫で、エデリーは、目を細めた。



 (あ……)



 すると、はっとするセドリックにパブロがじろりと目を向けた。


「なんだ?」


 セドリックは肩を竦める。


「……いえ、仲がよろしいなと」


 その言葉にエデリーも首肯する。


「当然だわ。わたくしたちは、長く婚約関係にあるのだから。さあ、そろそろ戻りましょうか。わたくしの確認も終わりましたから」


 そう言って二人は連れ立ち去って行った。




 セドリックは、はあと息を吐く。


「いやあ、本当にパブロ様はエデリー様を愛してらっしゃるんですねえ」


 ほうと息を吐いてホーンズが口にする。


「……そうだな」


 エデリーとおばばは、時々同じ目をする。

 それを見たのはたったの二度だけど、セドリックにはとても稀有なものに見えた。


 それは生まれたばかりだったナタナエルを拾い、おばばの元へ連れて行った時。


 おばばはナタナエルを見て次期魔王と確信を持った。

 けれど、あの時同時に何かを見ていた。


 それは何だったのかはセドリックには分からないけれど、鬼の目にも涙というのは流石に衝撃だった。

 おばばは隠そうとしていたようだったけれど、それなりに長い付き合いだった自分には分かってしまった。


 そして、さっきも少しだけおばばに同じものを感じたのだ。その目はパブロを見ていたけれど……



 セドリックにはやはり分からなかった。

 誰かに特別な感情を持つという事……


 けれど、恐らく魔王はどれ程回りくどくとも、勇者の心を真に射止めるまで彼女を伴侶にはしないだろう。


 何よりエデリーがその考えを支持しているというのだから、自分たちに異を唱える術など無い。




 そんな事を考えていると、ホーンズが作業を再開する。

 セドリックはその様をぼんやりと眺めながら不思議に思う。


 人間とは不思議だ。

 生きた年月から多くを見てきたものの、その生態は未だよく分からない。例えば今のホーンズの行動。

 セドリックに媚びて身の回りの世話を焼いているのではない。

 何故か彼はそれを喜びの一つとして行うのだ。




 彼は平民で、やはり身分と言うのは今の世では絶対だ。

 そんな中、彼が以前貴族の服を汚したと言う理由で、投獄されそうな場面に出くわし、助けた事から始まった。


 彼が掃除した場所で貴族がすっころんで恥をかいたと、八つ当たりでホーンズを罪に問おうとした。

 そいつはアンニーフィス家と懇意にしていた家の者で、助けに入れる者はいなかった。


 馬鹿馬鹿しいとは思ったものの、仕方が無いのでセドリックは割って入った。真面目に働く輩はセドリックが重宝する、大事な人材だったからだ。

 彼に掃除を指示したのは自分だと、代わりに謝った。

 セドリックは城でまあまあの立場にいる者なので、相手も何とか黙ってくれた。……というか面倒なので魔力を使った。



 うっせーから黙れ



 それからホーンズはセドリックに懐いた。

 裏表無く接し、セドリックに仕えるように働くようになった。

 魔族は害意には慣れているが、純粋な物には余り縁が無い。だから実はセドリックはホーンズが苦手だ。

 でも嫌いでは無い。


 自分の考えにも首を捻る。

 不思議な生態を持つ人間と共に過ごすと、自分にも不思議なものが生まれるらしい。


 ただ、それでも魔王のように、人を愛する感情を持つ事は、叶わないのだろうけど。

 そして恐らくそれが魔王となれる条件。

 他の魔族が持てない感情(もの)



 やがて自分の仕事に満足をしたホーンズにお礼の菓子を握らせを見送り、セドリックは再び一人机に向かう。

 

 そして目の前の書類に集中をすれば、やがて外は暗くなり、セドリックは一人、静かな部屋で仕事に勤しんだ。




 数年後、魔王が子を成すのを見届け、セドリックの魔力は尽きた。

 けれど彼は最後に忠義を発揮し、よせばいいのにルデル王国内のある貴族の三男の胎児に宿った。そして将来シャオビーズ家の嫡男の侍従を務める事となる。

 そこには魔族であった頃の記憶は無く、当然魔力も無い。




 彼は初対面からシャオビーズ夫人を苦手にする自分を不思議に思った。優しく微笑まれると、背筋が凍るような感覚を覚える。それもまた不思議で。


 幸いにして、大して関わり合う事があまり無かった為、侍従の仕事に不都合は無かった。

 ただ一度だけ、夫人の横顔が誰かに似ているような錯覚を覚え、つい口にしてしまった。



 夫人は驚いていたようだったが、



「三つ子の魂は永遠なのね」



 と、懐かしいものを見るように目を細め、はぐらかされてしまった。


 彼は首を捻ったものの、掴み損ねた何かに捕らわれる事はなく、そのまま人として生きて行った。

 やがて愛を知り、苦悩しながら。ごく平凡な一人の人間として。


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