38. 魔王と勇者
ナタナエルはするりとシーラの腰に手を回す。
当たり前のようなこの仕草にも大分慣れ、この状態でも余裕の笑顔で立っていられるようになりました。ふふん。
「僕という婚約者がありながら、他の男に笑いかけるなんてさ、ありえないよね。なんなのあいつ、ちょっと殺して来ていいかな?」
げふん。
ここで駄目って言うと、「へえ、あいつを庇うんだ。誰だったっけ、家ごと潰しておこうか」などと言い出しかねないので、出来るだけ笑顔で躱す。
「何の事ですか? 先程は昨日のナタナエル様とのお買い物を思い出しておりましたの。こんな場で上の空だっただなんて恥ずかしいですから、あまり大きな声を出さないで下さいね」
にっこり笑えば、ナタナエルの背後に大輪の花が咲いた。うん分かりやすい現像をありがとう。何とかごまかせたようで、ほっと息をつく。頭の上に口付けはいらないので、少し落ち着いて下さい。
ぎろりと睨みつけてくる、妙齢のご令嬢からの視線が面倒臭い。
元々美少年だったナタナエルは、毎日順調に美青年への階段を登っている。いつの間にやら身長を追い抜かれ、身体も少しずつ大きくなっていった。
魔力が無いからと日々身体を鍛えて余念が無いのだが……魔力、無いようであるよねと言うのが私の見解だ。
人目に触れないように気をつけているみだいだけど。
まあ、僕は男だからと、君を守る力をつけたいと一生懸命剣を振るナタナエルは好きなので、そんな姿をみれば嬉しいとしか言えない。
「ナタナエル様ぁ。今日も素敵ですわぁ、ね、あちらに今日の主役のラダーヴェス侯爵がおりましてよ。わたくしあの方とは懇意にしておりまして……」
意を決した令嬢の集団がナタナエルを取り囲んだ。それとなくシーラを押しのけ割り込もうとしているので、がっちり掴み抵抗するナタナエルの手が食い込んで痛い……
「そう……様子を見て挨拶に行く事にするよ。お気遣いをどうも、セユーバ侯爵令嬢」
「あらん、遠慮なさらないで下さいませ。わたくしの事はどうぞミアフィルとお呼び下さいな」
そう言ってナタナエルの腕に自らのものを絡め擦り寄る令嬢に、シーラは内心むっと唇を尖らせた。
「は……?」
「え?」
ナタナエルが呟いた一音と下がった温度に、ミアフィルは笑顔のまま固まる。
「何故僕が君の名を呼ぶと? 正直覚えるのも面倒臭いと思うんだが?」
「え? え?」
「僕はね、婚約者に貞節を求めるし、自分もそうするべきだと思っているんだ。というかこの人しか考えられない。この台詞は公式の場でも何度も口にしているけれど、皆聴覚を失してしるのか、さっぱり浸透しないんだ。それに君は婚約者がいるだろう。恥ずかしいとは思わないのか? 人前で別の男の腕にしがみついて」
その言葉にミアフィルは慌てて離れ、顔を俯けた。
「あ、あの殿下、わたしは婚約者がいなくてですね。別に……」
「だから?」
「……っ!」
別の令嬢が呟いた一言に、吹雪のような冷風が一陣通り過ぎた。
「君のことなんてどうでもいいよ。それよりさっきからシーラを押しのけようとしてるよね。やめてくれ、邪魔なのは君だよ」
ばっきばきに凍りついた令嬢を一瞥し、そのまま視線を群がる令嬢に滑らせる。
真冬の風雪よりも凍える瞳で睨まれた令嬢たちは、顔を赤らめその場に頽れた。
……胸にぐっさりくるこれに、実は病みつきになっている令嬢たちがいる事を、シーラは知っている。
今も足元から、冷たい視線イイ……あの侮蔑の眼差しが堪らない……罵って下さい……という台詞が漏れ聞こえてくる。皆重症だ。
勿論本気で王子妃を狙っている人たちもいるけれど、そんな目的の方々も随分増えた。やっぱりナタナエルの色気が半減すればいいのに。と、シーラは少しだけ剥れてみせた。
◇ ◇ ◇
来月私たちは結婚する。
何だかんだで早かったな。妃教育大変だったからせいかな。あ、思い出したく無い事思い出した。
指先に絡まる大きな手に気づく。今は手袋をしているけれど、その中身が昔のように王子様然としていない事を私は知っている。その手を握り返して、思う。
「ナタル、私を見つけてくれてありがとう」
ナタナエルは一瞬だけ目を見開いてから、シーラに口付けた。
「どういたしまして。僕の勇者様」
握り合う手を、強く繋ぎ直した。
読んで頂いた方ありがとうございました(^^)
おまけ1本
番外編1本用意しました
もう少し付き合ってもいいよー、と言う方は是非(*'▽'*)




