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37. 一年後


 あれから一年が経った。

 早いものだとシーラは振り返る。

 

 あの後直ぐにナタナエルと自分の婚約が発表された。

 嘘でしょうとか、早まるなとか、葛藤が物凄かったのを覚えている。


 そして王都に呼びつけられた父母は、娘のあらぬ姿に我が目を疑っていた。今でも彼らの手紙には、王都では狐狸が人を化かすのだろうかと、自身の記憶を疑う文言が添えられている。気持ちは分かる。


 正直私に王子妃なんて無理だと思っている。

 けれどナタナエルの隣に立つには、やるしかないのだ。

 自分なんてと謙遜と卑下を繰り返し、問題と向き合う努力から目を背けていても、今の私の小さな世界は救えない。


 けれど、あの世界は努力など嗤われるものでしかなく。そこで諦めずに頑張れなんて言葉は通じなかった。

 けれどあの世界を思い、罪悪感が全く無いと言えば嘘になる。

 あそこで幸せに暮らしていた人たちだっていただろうから。


 だから……


 だからせめて、この自分の立場で出来る限りの事をしたいと思ったのだ。

 人々の暮らしを、日常を守りたい。

 今の私の願い。

 それが魔王を世界に呼び、共に歩むと決めた私の────異形たちに勇者と呼ばれる者が背負う、贖罪。


 そんな事を考えていたら、どこぞの貴族と目が合った。

 反射でふわりと微笑みを作る。




 今日は王家主催の夜会だ。

 王子の婚約者という立場から出席し、淑女らしく佇んでおらります。ただ今一息ついているところ。とはいえ、ただ立っているだけでも隙を見せたらいけません。


 侍女頭から散々叩き込まれた淑女教育の集大成。とくと見よ! そして刮目せよ!


 侍女頭は鬼と化した。魔族の次は鬼かよとは言わないでおこう。彼女はオフィールオ殿下の姉君の教育係だったらしく、他国へ嫁ぐ事が決まっていた王女殿下を、それはもうビシバシやったらしい。


 おかげで王女殿下は彼の国で、至宝の宝玉と言われる程に大事にされているとか何とか。

 王家も認める実績を持つ侍女頭が一言。


「久しぶりに腕が鳴りますわ」


 私を見ながら指をゴキゴキ鳴らしながら言われましたよ、ええ。そしてそれはもう、ビッシバッシとやられました。


 どこからどう見ても地味顔の淑女でしょう。そうでしょう。華も何も無いでしょう。知ってますとも。


 私についた侍女さんたちには、派手なドレスは服に負けるので、程々でお願いしますと要望しております。


 けれど気品だけは失わないように、毅然と。それだけで案外、外野が口を挟む余地は無くなると学んだのだ。出来るだけ隙を見せず律然と。だけど嫌味にはならないように。


 最初は匙加減が難しく感じたけれど、慣れればストレス無く切り替えられるようになる。なんていうか演技? もう私王族の婚約者です、という役に成り切る事で、日常を乗り切ってます。


「シーラ」


 低く艶めいた声に振り返る。

 16歳になったナタナエルは背が伸びて、最近は色気まで身につけ始めるという、目も当てられない状態になっている。


 太ったりハゲたりしてくれないかな。その方が釣り合いとか取れるんじゃないかとか、こっそり考えたりして。


 けれど太ったら逃げる君を捕まえにくくなるし、髪の毛は仕方が無いでしょう。と、ふっさふっさの現国王の頭部を指差して、冷静に諭された。


「ナタナエル様」


 愛称で呼ぶようにとか、敬称はいらないとか、いちいち不機嫌になるので、人前では立場上これでいきます! という権利を勝ち取った。


 婚約者らしく仲良く過ごしてきたけれど、あくまで婚約者という立場を律し、踏み込もうとするナタナエルを必死に牽制するのは、まあまあ大変だった。



 ────結婚したら覚えてろよ。



 度々放たれる捨て台詞は聞こえません。

 あーあーあー聞こえなーい。



次回本編最終話です(*'ω'*)

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