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32. 別れ


「ルデル王国はオフィールオ殿下が王位を継ぐんだって?」


 目を細めるラフィムにナタナエルは、そうだよと答えた。


「この国の王族は、僕が魔族の魂を持っていると知っているからね。資質なしって事だ」


 それこそロイツだって知っている。だから隣国の聖女と結婚させその穢れを(すす)ごうとしたのだろう。

 魂が魔王だと知っても、彼らがナタナエルを家族と認識していたのは不思議だと思ったけれど。


 ナタナエルも十五年人間をやっていて思った事だが、人の業は上に立つ者たちが背負う事が多い。それらは魔族の欲と変わりなく、またそれ以上に人の害悪となる事がままあるからかもしれない。背負う覚悟のある者が立つ場所なのだ。

 つまり……同族だと認識されたのだろうと考えた。

 不思議な事に、少しばかりこそばゆい思いをしている自分がいる。



「資質以前に君は嫌がったと聞いているよ。シーラの事しか考えられないんだろう?」


 その名前を勝手に口にするなと言いたい。


「誰に聞いた? ロイツ兄上か?」


 ナタナエルはじろりとラフィムを睨んだ。


「当たり。彼って可愛いよねえ」


 口元に手を当てくすくすと笑う仕草が不気味だ。

 今こいつは精霊王だが、ラフィムの時もある。

 魔族と違い干渉の仕方が違うのか、ナタナエルにはよくわからない。


「ロイツに手を出すなよ。精霊王」


 その言葉にラフィムは目を細めた。


「そう、残念だなあ。久しぶりに可愛い子に会えたのに。君の守備範囲じゃ仕方ない」


 ナタナエルは胡乱な目を向けた。変な言い回しは辞めて欲しい。家族だからだ。


 それにしてもこいつは相変わらず男が好きなんだろうか。以前目をつけた勇者が男だったのは、たまたまかと思ったが、それだけじゃ無いのだろうか。


「君の勇者も可愛いよね」


 その言葉にナタナエルのこめかみにビキッと青筋が浮いた。


「あはは冗談だよ。君の可愛い勇者が僕に恋をしていたと知って、真っ青になった君が私を殺しに来た時にはちょっと引いたけど」


 けらけら楽しそうに笑う精霊王に、ナタナエルは今からでも殺しておこうかと軽く殺意が過ぎる。


「お前に恋なんてしてない……」


「んー。そういう事にしておこうか。勇者の平和の為に。それよりロイツは慣例の厳しい修道院送りになるんでしょう?会いに行こうかなあ」


「勝手にしろ」


 シーラに興味を持たれるよりはマシだ。ナタナエルはロイツを売る事にした。いずれにしてもロイツが厳しく己を律すれば、精霊王の誘惑に屈する事は無いのだから。


「じゃ、私は帰るよ」


「……どこに」


 ナタナエルは何となく気になった。

 彼らの在り方はイマイチ分からない。まあ、魔族もそうかもしれないけれど。ナタナエルだって全部の魔族を知っているかと言われれば、答えはノーだ。


「勿論メシェル王国だよ。あの国には私と彼の子孫がまだ過ごしているんだ。見込みのありそうなのが何人かいるから、彼らが頑張っている限りは私もあの地にいるよ」


「そうか」


「だからまた会う事があったらよろしくねー。結婚式には呼んでよね」


 精霊王はいたずらっぽく目を眇めた。


「君が昔私たちの結婚式に来てくれたのを知ってるよ。今度は私にも祝福させてよね」


 そう言ってひらりと手を振り精霊王は帰って行った。




 魔王に対し、一応精霊王なりのお詫びはしていた。

 あれも一応自分の子孫であったから。

 大事な番を傷つけられて怒らない者などいないだろう。



 自分また、彼のいなくなった世界で、その行く末を見届け、名誉を傷つけられては許せないと憤る。

 


 精霊は魔族と違い、人へ転生する事は出来ない。

 これから生きていく長い時間。

 いつまでも、ずっと……彼への想いは消えない。


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