29. 相思相愛
眩しい光に瞼を炙られ目が痛い。
痛みから、光から逃れるように首を捩れば、はたりと気づき目を開けた。見上げる天井は高く、天使の絵が描かれている。
自分が今目覚めた感覚がある。
けれど、今まで見てきたものが夢だったと言い切るには、自分の中にそれは深く根付いているようで。
起きてしばらくすれば忘れてしまう類のものではないと、頭から溢れる記憶が身体を駆け巡る感覚を覚えた。
頭に響く音が痛みに似た苦痛を覚え、シーラは顔を手で覆おうとした。けれど、上手く動かせない。自分の身体に困惑し、視線を身体に向ければ今度は瞠目し固まった。
自分の隣でナタナエルが……何故かしがみついて寝ている。
「な、何で?」
そもそもよく見れば天蓋付きのベッドである。
一介の侍女に過ぎない自分がどうしてこんなところに?こんな状況でここにいるのだろう??
とにかく誰かに見咎められ、手討ちにでもあったら大変だ。速やかに抜け出さねば。
そう思い身を捩るも、ナタナエルは藁に縋る夢でも見ているのだろうか……びくともしない。
15歳のくせに力の強い子どもである。
ふんぎふんぎと歯を食いしばっていると、ナタナエルが薄目を開けた。
シーラははっと思い出す。
そうだ、ナタナエルはリュフィリエナに刺されたのだ。
慌てて様子を伺うと、気が付いたナタナエルと目が合った。
「シーラ」
「?」
嬉しそうに顔を綻ばせるナタナエルに、シーラは内心首を捻る。いつもの挨拶代わりの暴言が無い。運ばれる時に頭でも打ったのだろうか。
戸惑っていると、ナタナエルは力を緩めた手をシーラの後頭部に手を当て、口付けた。
「は……い?!」
ばっと頭を逸らし間隔を空け、改めてナタナエルを見れば、うっとりとした顔でシーラを見ている。
おおおおかしい。いつものナタナエルじゃない!
はっ? もしかして、自分じゃない身体に入り込んでいるのだろうか? 変な夢ばかり見たし……。
或いはナタナエルの目がおかしくなったか、寝惚けているか、それともナタナエルにナタナエルじゃない何かが入り込んで……なんかもう訳が分からなくなって来た。とにかくおかしい!
ナタナエルは空いた隙間を埋め、再び口付けてきた。
「むぐ」
シーラはばたつかせた手をナタナエルとの間に滑り込ませ、必死に身体を押しやろうとするも、敵わない。ち、力が無駄に強い……
酸素不足で頭をくらりとフラつかせれば、そのままベッドに押し倒された。ぎょっと身体を竦ませる。
「シーラ。僕を助けてくれたんだって?」
そう言ってまた口付けが落とされた。
「命を掛けてくれたって聞いた……」
はあ、という吐息が耳から首筋に掛かり、身体がぶるりと震える。
間違いでは無い。ナタナエルを助けたかった。その一心で命まで掛けていた事は知らなかったけれど。
しかしそれを褒められるにしては、この行為は過剰というか、違うというか……え。何これ? 何でこんな事になってるの? としか思えない。
とりあえずどいて貰えないだろうかとナタナエルを見れば、妙な色気を振りまく美少年と目が合い固まってしまう。は、恥ずかしい。こういうの目の毒ってやつなのかしら。
「僕を愛してくれたって事だよね?」
……ん?
じっと見つめるナタナエルに視線を合わせ、シーラはしばらく黙した。
「命を掛けて、僕に口付けしてくれた……それってそういう事でしょう?」
……そう……なのかな……そうだったっけ?
「嬉しい。やっと君に愛された」
そう言って頬擦りしてくるナタナエルを突き放せない。いや、突き放せる傑物出てこいと言いたい。
とりあえず待って欲しいと口にしようとすれば、また口を塞がれた。
「んんっ」
のし掛かってくる身体にも力が篭められており、抜け出せないし、何より先程から口を開こうとすると邪魔されているような……違うとは言わせないという、無言の圧力を感じるのは気のせいか。
キッと目元に力を籠めれば唇をペロリと舐められ、ふにゃりと力が抜ける。なんかもう勘弁して欲しい。ナタナエルはちゅっと音を立て口を離し、僅かに身体を起こした。
「シーラ、このまま結婚しよう」
嬉しそうに目を細めるナタナエルを見上げれば、視界の端に人が見えてぎょっと身体を跳ねさせた。ナタナエルは何でも無い事のように口を開く。
「彼らは見届け人だよ。僕らの婚姻を後で証言して貰おう」
「ひっ。見届け人って……」
「僕らの房事を────」
「わ────────────! 言わないで!!」
視線を横に滑らせれば、何故かアンティナもいる。彼らは一様に無表情だが、その背後に「わくわく」と言う文字が見えるのは気のせいか?
「無理いいい! 絶対駄目えええ!!」
「落ち着いてシーラ」
「落ち着けるかあ!!」
「僕も興奮してるからその気持ちよく分かるよ」
「そうじゃなあい!」
「……何してるの君たち」
冷静な声にシーラははっと首を巡らせた。
そこには半眼の青年がベッドを覗きこみ、ため息を吐いている。
「刺されたって聞いたけど、元気そうじゃないかナタナエル」
呆れた声にナタナエルは面倒臭そうに返事をした。
「オフィールオ兄上」




