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28. 王と王妃の決断


 先陣を切り、時空を遡る為に多くの魔力を消耗した。

 後に続く魔族の内一体は、逆巻くその力に抗いきれず消滅した。もう一体もまた消滅寸前となり、そこに生きる人間に憑依した。

 ナタナエルはその魔力をほぼ使い切り、世界に在る力を失い掛けていた。



 産室に突如乱入した異形たちに国王は息を飲んだ。

 周りを見渡せば近衛も兵士も眠ったように動かない。王は妻を守ろうと彼らの前に立ちはだかった。


「警戒は致し方ありません。けれど王、あなたはご存知な筈だ。我らがここに来た理由を」


 魔族の一匹が言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 来る途中消滅した魔族は、ナタナエルたちが降り立つ時間の数年前から干渉していた。王にナタナエルが壊した未来を見せる為に。


「このまま未来を紡げばあの破滅が待ち受けているのですよ。何よりあなたが恐れる、王妃から聞きたく無いあの台詞を聞く事になるのですから」


 王は頬を引き攣らせた。

 妻が自分への不義理を告白する未来。信じられず許せない自分は妻を殺してしまう。そして失った事に嘆き暮らすのだ。国王という役目を放棄して……


 悪夢だった。自分がそんな事をするなど信じられ無かった。

 けれどそれ以上に妻が自分を裏切り、他の誰かを受け入れたと言うあの夢。ただの夢だと言うのに許しがたく、また、自分の中に沸き立つどす黒い感情に苛まれた。

 王は王妃を愛していた。自分という檻に閉じ込め捕らえたい程に。


「王妃様」


 呼ばれ王妃は肩を跳ねさせた。

 涙に暮れる眼差しで魔族を見る。


「あなたのお子様を助ける術があります」


 その言葉に王妃は立ち上がり、魔族に縋った。


「助けて、この子を! お願いこの子を助けてあげて!」


 その言葉に魔族は口元に弧を描く。


「その子を助けたいのは、その子を愛しているからでしょうか?」


「そうよ。大事な子なの。産まれる前から愛しているのよ」


 ポロポロと涙を流す王妃に魔族は首を傾げた。


「産まれる前から?」


「そうよ、だってこの子はきっと、セレフェドラと求婚してくれた記念日に授かった運命の子だもの。わたくしたちと始まりを共にした大事な子なの」


 そう言って王妃はまた涙を流した。

 国王────セレフェドラは目を見開き、王妃と赤子を覆うように抱きしめた。


「ティリアヌ……今も私を愛してくれているのか?」


 王は伺うように王妃に問いかけた。


「……あなた以外愛せないわ」


 そう言って王妃は王のこめかみに口付けた。

 幸せと安堵を噛み締める国王の様子に魔族は頬を掻く。


「お子様をお助けする案ですがね……」


 王妃ははっと顔を上げた。


「ここに在る我らの王の魂をその子に宿せば助かりますよ」


 その言葉に王妃は一もニもなく頷いた。


「分かったわ! それを頂戴!」


 魔族と王は揃って目を剥く。


「それ……ですか……」


「ティリアヌ……私には彼らは異形に見えるが……」


 動揺気味に口にする王を無視し、王妃は魔族に向き直った。


「魂と言ったわね。それって心という事?」


「違いますね」


「この子は人間では無くなるの?」


「いいえ、受肉後は人間になります」


「わたくしの……わたくしたちの子どもになるのね……?」


「左様でございます」


「ならば頂戴。この子を死なせたく無いの!」


 そう言って王妃は王を見つめた。


「お願いよセレフ。わたくしこの子を死なせたくないの。きっと正しく育てると誓うから」


 切実に願う王妃に王は折れた。

 もしここでこの子を見捨てる道を選べば、王妃からの愛を無くしてしまうかもしれない、という考えが過ったからでもある。


 魔族は若干白けた顔で、魔王の魂を赤子の中に入れた。

 光が溶けるように赤子の中に馴染めば、かぼそかった赤子の息は吹き返し、大声で泣き出した。

 王妃は泣き顔に笑みを浮かべ、大事そうに我が子をあやし始めた。


「いくつか話しておく事がございます」


 その言葉に王が身構えた。

 王妃もはっと息を呑む。


「大事な話を後からするなど、卑怯な真似をする」


「王妃様が急かしたからでしょう。それに赤子も死にかけていたのだから、この場合話は後で。と言う事を責められる謂れはありません。流石に死んだ者を生き返らる事は出来ませんから」


 腕の中の赤子を大事に抱え、王妃は魔族を見据えた。


「この子は9歳になった時、魔王であった記憶を取り戻します」


「九年後? なんでそんな半端な数字なんだ?」


 ポカンと聞く王を意に介さず、魔族は続けた。


「その時彼が会った人物が彼の運命。くれぐれも邪魔をしないで頂きたい」


「……運命とは……?」


「あなた方のような関係の事ですよ」


 その言葉に王と王妃は見つめ合い、目を丸くした。


「愛する人の事?」


「そうです」


 王妃は腕の中の赤子をぎゅっと抱いて顔を覗き込んだ。


「もう愛する人がいるの? あなた────ナタナエル?」


 その言葉に魔族ははっと息を飲む。


「この子の名前よ。いけなかったかしら?」


 王妃は悪戯っぽく笑った。


「────いえ、素敵なお名前です。それでは我らが王をくれぐれもよろしくお願いします」


 魔族たちは恭しく礼をとり、その場を後にした。




 あとの彼らの役目は、王が子を成すまで見守る事。

 王が子を求める衝動に触発され、魔族は数を増やす。そんな事はわざわざ教える必要は無いので黙っておいた。



 王と共に時空を越えた彼らもまた、魔力がほぼ空となり、彼が使命を全うする頃には消滅してしまうだろう。

 そうなる前に王のように、どこぞの胎児に身を宿す事も出来る。尤もそれをすれば、愛する者のいない自分たちに、魔族としての記憶が戻る事は、もう無いのだけれど。


次話でシーラが起きます。

物語に混乱してしまった方々……すみませんでした(>人<;)

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