25. 魔王の役割
仕方がないのでナタナエルは人間を物色する事にした。
別に自分が女になれば同性でも構わないかと、男も見てみる。けれど何をどう判断すれば、人間に特別性を見出せるのか分からなかった。
仕方が無いのでもっと人間に近づいてみる。
富と権力があり見目が良い事。それに礼儀とやらを持ち合わせていれば向こうから近づいて来た。けれど物理的に近づいても人の機微に気づく事は出来なかった。
こんな事を五百年も続けるのかと、げんなりと肩を落としていると、精霊王を名乗る輩に声を掛けられた。
「良さそうな人間はいたかい?」
サラサラした長い白銀の髪を揺らした美しい青年がナタナエルを覗き込んだ。こいつのせいかとナタナエルは精霊王を睨んだ。
「……見つかってたら、こんなところで項垂れていない」
精霊王は、はははっと明るく笑った。
「ちゃんと好きになれれば誰でもいいんだよ。どうせただの種の存続の手段だ」
ナタナエルは訝しんだ。そう言えば何故こんな事をするのか聞いていなかった。
「魔族も精霊も同族で子孫を残すものじゃないからね。急にいなくなるんだ。その時に人間に残しておいた種が芽吹く。知らない方が凄いね。魔王認定される程長寿なのに」
「聞いた事はあるけれど……」
どんなに長く生きてもそれに当たる事は無いだろう。種の絶滅の話だ。それを知っている事に矛盾も感じるが、言葉を持たない動植物とて命を繋ぐ術を知っている。魔族が何かしらの伝達手段を持っていたとしても不思議では無いだろう。
しかもあのおばばが関わっているのだ。そもそもあれは殺しても死なないような、種の存続以前の存在だ。
「高い魔力を持つ者を王に選ぶのは、種が長く人間の遺伝子に残り続ける為だよ」
「相手は誰でもいいのか?」
まだひと月経っていないが、正直ナタナエルは面倒になった。もう適当な人間で手を打とうと投げ出す事を目論んでいる。
「別に大丈夫だけど……あまり興味の無い人間を選ぶと君が辛いだけだよ? 番じゃない相手を身篭らせる行為は、人間で言うところの家畜と交配するようなものだからね。君、あれと子ども作りたい?」
そう言う精霊王の視線の先にいるものに目を止め、顔を顰める。
「……絶対に嫌だ」
ナタナエルはため息をついた。
「私も君を推したけど、君が選ばれたって事は、君と番う相手がいるって事なんだけどね。魔族にも予知能力を持つ輩がいるだろう?」
「具体的に相手を教えて欲しかった」
精霊王は、あははと笑った。
「自分で見つける方が楽しいよ」
その言葉にナタナエルは顔を上げた。
「見つけたのか?」
「うん、とってもかわいい男の子」
「……お前男だろう?」
「今はね。でも私は彼の為に女になるんだ」
精霊王はうきうきと答えた。
「精霊の予言は魔族のものと少し違うんだ。私たちは一足先に種を残して冬眠する事になるよ。だからバイバイ」
暗にもう会う事は無いと告げられる。
「君の番も無事に見つかる事を願っているよ」
そう言って精霊王は去って行った。
ナタナエルはその背を見送りぼやいた。
「豚は無理だ……」
◇ ◇ ◇
百年経った。見つからない。
二百年経った。どこにもいない。
三百年経った頃、あ、これはとっくに見落としたに違いない。自分の番とやらは何処かで死んでるなと諦めの境地に陥った。
「家畜か……魔王なんて引き受けるんじゃなかった」
あと二百年待てば世界をうろつく真似はしなくて良くなる。だがナタナエルはこの人探しにいい加減飽き飽きしていた。適当な女を孕ませ終わりにしよう。
そう思い立って手近な国に降り立った。




